表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴族様の成り下がり  作者: いす
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/69

38話目

38話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 夏の季節も終わり、冬へと繋がる、この年2回目のブランクが涼しい風に運ばれてきた。

 王都の街中を路面電行車で抜け、降りた先から学院に向かっていく。

 ネカスの寮から出ると必然、学院に着くのはどうしても距離的に遅くなる。

 校門の閉鎖間際に着くのはあまり気分として落ち着いたものではないが、この時間であれば学院の脇に併設された寮からはともかくとしても、王都の自宅から通う生徒はほとんどが登校を終えている。ここまであまり視線を気にせずに歩けるのは、多少利点と言えるのかもしれない。

 ただ一応、帽子は深く被り直す。

 誰でもない。

 過ぎ去った夏の、長期休暇中にあった実地訓練。

 ローゼットが言い放ったその言葉は脳裏に遠慮も知らず深く刻まれ、あの暗い路地までもが共に蘇ってくる。

「もう少ししたら、あっちも変わるんですよね?」

「ね?どうなんだろね」

 と、行き着く先の定まらぬ思考を馬鹿共の声がやかましく打ち破ってきた。

 紫の控えめに溶ける切り揃えられた黒髪のワッフルが、ついさっき歩いていた学院までの道を振り返る。

 眼鏡の掛かった顔にはあふれんばかりの期待の色が滲み、何に向けてかは、金の髪を揺らしてくる風の軽さで察する。

 学院祭も近くなってきた。

 毎年行われる祭り事で、習性として、馬鹿共のような人間はそういうのを逐一騒ぎ立てるものだ。

 頭の空っぽな人間は、露骨にあからさまに作られた『楽しい雰囲気』というのが好きなのだろう。

 歩調に合わせ、待望するようにクーシルの赤混じりのオレンジのサイドテールも揺れていたが、残る一人、寝癖まみれの濃い緑の毛は、沈黙を口に瞑目(めいもく)していた。

「お前、それでよく歩けるな」

「レグ、寝てません?」

「いや、起きてる…あぁー…ねんむ…」

「最近涼しいもんねー…くぁぁ…」

 クーシルとレグが、揃って大あくびをする。

「ん、むぅ…」

 それに同調したのかワッフルもむず痒そうに顔を中心に寄せると、同じように欠伸が出る。

「…間抜けな奴らだ」

 知恵の足りないような顔を見せつけられながら、学院の玄関として開けられた大扉に歩いていく。

 夏でも冬でもなく、暑さにも寒さにも傾かない、中途半端な時期。

 少しばかり勢い任せに吹き付ける風は、その思い悩む姿を誤魔化すようにも見える。

 木々に捨てられ道に揺蕩(たゆた)う葉を踏むと、かさりと芯から乾いた音がした。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 学院での授業はなんの変わりもなく流れ、最後の授業の時間となった。

 雨が降るような気配はしていないが、灰色の雲が教室の窓からは彼方まで続いている。

 朝は晴れていたが風が吹いていた。それがこの曇り空を押し流してきたのだろう。

 最後の授業は、学院祭に向けた時間。

 だからまぁ、授業と呼ぶには少し相応しくないか。

 授業ではない事に馬鹿共は馬鹿らしくテンションを上げ、まだ始まる時間ではないのに、ノートなりペンケースなりをリュックや鞄に仕舞うと、教壇のクリーム色の髪の毛に顔を飾らせた担任へ跳ねた声を掛ける。

「ミーせんせ、学院祭のですよね!次!」

 身を乗り出す勢いで話しかけてきたワッフルにふふっと微笑みうんと頷いた担任は、何もない宙を見上げ、思い出に耽るように口を動かす。

「もう2回目だね。あっという間だなぁ…」

「レグは3回目ですよね?これで」

「あぁ。レアだろうな、卒業までに累計4回楽しむヤツとか」

「んね、ちょーうらやまし」

 馬鹿共がくだらない振り返りの話をしていると、授業開始の合図を告げる鐘が鳴る。

「みんなで街のほう降りて、あれ楽しかったよなぁ」

 それを聞いても尚、馬鹿共の雑談は止む気配はない。

「ふふっ、そうだったね」

 担任も止める気配を見せず、膨らむ思い出話に小さく微笑みをこぼす。

 ここの学院祭は、学院内部だけの催しではなく、学院の目の前、王都の一部区画も取り込んで行われる。

 昔は学院内だけで行われていたが、ある時を堺に学院の前の区画も巻き込んで行われるようになった。

 元々休日の学生目当てに、学院前の区画は飲食店系の店が多く、出店にはなんら困らなかった。

 それを目当てに学院側から打診した。確かそんな風な話だった筈だ。

 もう少しすれば学院内だけでなく、その区画の方もたった一日ばかりの学院祭に向けて飾り付けが行われ出す。朝、ワッフルが気にしていたのはその事だろう。

「コルファってさー、去年なにしてたん?」

 自分たちの去年の話をある程度済ませると、クーシルが話の先を、多少予想出来ていたが俺に投げてきた。

「…カフェだ、あの忌々しい女の提案でな」

 勝手に記憶が見せてくる、銀色の瞳に寄り添う泣きぼくろ。そして憎たらしい銀の髪を下げた女、シルバレード。

 カフェと言っても頼まれた品を用意するのは、それぞれの抱えるメイドと執事。

 九割方そいつらが準備を済ませた後、シルバレード達は最後に完成されたのを提供してやるだけ。だが、目的はそれで達成されていた。 

「普通の生徒との垣根を無くしてだとか言ってたか」

「やっぱり良い人じゃないですか」

 記憶の中の作ったような笑顔のシルバレードに気分が害される。ついでに、考え無しの馬鹿の発言にも。

 言葉の裏を読むなど、馬鹿には不可能な技らしい。

「上から言われてる事に気付かないのか。学院祭を口実にしてやるから、特別な自分に特別に会わせてやろうと言ってるんだぞ、あの女は」

 が、馬鹿共は裏を教えてやっても嫌悪感などは見せず、さらりと話を変えてくる。

「お前もやったん?それ」

「何が楽しくて接客などしてやらなくてはならない。当日は見て回っただけだ、御令嬢を誘ってな」

「うわー…デート自慢…」

「なんだその嫌そうな顔は…」

 そんなサイドテールの後ろにいる切り揃えられた黒髪が、身体(からだ)を傾け俺を眼鏡に写す。

「コルファの級長さんなのに、シルバレードさんに負けたんですね」

「負けてなどいない、俺は降りたのだ。勝手に解釈を捻じ曲げるな」

「言い方の問題じゃね、それ」

「祭り事の平民になど付き合ってやれるか。無礼講だなんだと自分に都合の良い言葉で騒いで、己の立場を忘れたフリして馴れ馴れしくしてくる…」

 俺自身に話しかけてくる奴などまずいなかったが、これを期にと普段なら遠目でしか見れない御令嬢に声を掛ける、何処の出かも分からぬような愚かなのもいた。

 そいつらの頭にある言い訳は、学院祭というたった三文字。

 あいつらのとぼけた演技を傍目(はため)で見るのも気色が悪いのに、店員という立場でそれの手伝いなどおぞましくして仕方ない。

 あの女、思い返してみれば俺に降りると言わせる為にカフェなどと提案してきたのかもしれない。

 思い通りに動かされたと思うと尚のこと気分は悪いが、だとしてもやはり、あの時の自分の選択は間違っていないと今でも固い意志で断言出来る。

「までも、楽しくなかった訳じゃないけど、あたしらも去年の見て回るだけだったよね」

「…ここだからね」

 担任の諦めたような顔が指しているのは、このネカスというクラスのある場所だろう。

 新しく改修された教室から弾かれた、学院の人が滅多にと言っても足りぬ程に来ない僻地の場所。

 そんなような場所で何かしても、人が集まる訳が無い。

「や、でも今年こそはじゃない?実はあたし、ちょっと考えてきたんだよね」

「まじ?」

 レグの視線に、クーシルは自信ありげにうんと頷く。

「あ、じゃちょっと待って。これからその話する予定だったから」

 担任は急いで背後の黒板へと向かい、背伸びをする。摘まれた白のチョークが上から下に『学院祭の出し物について』と、黒板に書いていく。

 最後の一文字を書き終えた担任はチョークを置いて指に付いた手の粉を払うと、それじゃあとクーシルに促す目を送った。

「ここでやるからダメなんじゃん?でなんだけど…外でやるとか良くない?」

「あー…出店(でみせ)的な?」

「そそそっ!」 

 レグが提案を適当に補完すると、クーシルが何度もぶんぶんと頷く。

「ネカスの店に客など来るとは思えないがな」

「すぐ文句言う…。どっちかって言うと不安要素そっちなんだけどね…接客バカ下手男…」

「馬鹿はお前だ。勝手に俺を参加する前提にするな」

 接客などしてやれないと言ったばかりなのに、何故俺にさせる前提なのか。

「ランケくん」

 担任の立ち塞がるような視線と声音に、喉が言葉を詰まらせる。しかしそれでも、そのままでは終わらせない。

 他に喉を通れる言葉を探して、担任に言い返す。

「…俺の意思を尊重してこその良い教師ではないのか」

 夏休み中の実地訓練で、一方的に担任が宣言してきた話を持ち出すが、担任は(がん)とした思いの顔で首を横に振る。

「これで認めちゃう方が良い教師じゃないの!」

「ふんっ」

 受け入れる気のない担任から顔を背ける。

 と、ワッフルが出された提案に疑問を差した。

「でも、お店って何やるんですか?」

「そこら辺は?」

 レグから向けられた視線に、至って真面目な顔でクーシルは声大きく言い切った。

「全く考えてない!」

「まぁ、急がなくても大丈夫だよ。他のクラスも何回か時間取って、それで決めるみたいだから」

 学院祭に取り組む馬鹿共が微笑ましいのだろう、担任は楽しげな面持ちで慌てなくて良いと優しく言う。

 時間の余裕を知った馬鹿共から、そうなんだと軽く安堵が漏れた。

「…」

 今年も、コルファはあの女が仕切るのだろうか。

 …いや、それともあの男かもしれない。

 俺を、話に付き合うだけで疲弊させられるこの馬鹿の巣窟に追い落とした元凶、ミヤシロ。

 この世界でとっくに消えたと思われていた五色の魔力を使い、今やそれを見込まれコルファの級長にもなった男。

 そうなれば、舞踏会も、か…。

「…ランケくん?」

 心の内だけで巡らせていた考えだが、表情に些細な苦悶が滲んだのか、俺に目を留めた担任が呼んでくる。

「舞踏会は…今年もやるのか」

 あの男の踊る様を見るぐらいならと、どうせ叶わない願望で言う。

 だがやはり、担任は勿論(もちろん)と頷いた。

「うん、あるよ。去年みんなで少し見たよね」

 夕方までであれば一般の人間も学院に入れるようになっているが、学院祭も終盤を迎えた夜になると、生徒や教師、学院の関係者以外は退出を求められる。

 そうして残った生徒達で行われるのが、舞踏会。

 廊下側に席を取っている所為(せい)で見えないが、レグが真横を取る窓の席からは、舞台である、学院の後方に建てられたホールが見えた筈だ。

「途中で帰っちゃったやつですね」

「けっこー遅くまでやってたもんね。しゃく、もしかして踊ったん?」

 学院祭で強制参加となっているのは出し物まで。

 舞踏会は基本的に自由参加であるが、そこにはある一つの仕来りが存在している。

「お前らは当然知らないだろうが、コルファの級長は舞踏会に必ず参加するという昔からの伝統がある」

「ほーん、そんなんあんだな…」

 留年する前、コルファとネカスの無い一年を過ごしたレグもあからさまに知らない様子を見せていた。

 コルファが無ければ伝統も伝わらないか。

 学院には、特別な名を持ったクラスがある。

 コルファであれば、秀抜な人間が一定数集まらなければ、その名を貰う事は出来ない。

 そのクラスの級長ともなれば、舞踏会では終わりを飾る役割を持たされる。

 思い付きそうな伝統と言えばそれまで。しかし、そうやって誰でも分かりやすい、受け入れやすい伝統だからこそ、重視される節はあるのかもしれない。

 無関係で何の被害もない楽しみを見たい。そんな、観客気取りの浅はかな欲望もあるのだろう。

「舞踏会の終わり、コルファの級長は最後に一人、相手を指名して二人きりで踊る。それを最後のダンスとし、学院祭と共に舞踏会は幕を閉じる」

「二人きりって…え、まじで二人きりってことか?ほか、踊る人ゼロ?」

「全員の目、全部浴びて踊んの?」

「他にいたら邪魔になるだろう」

 馬鹿共の想像に間違いはないと言ってやったが、俺を(たた)えるような空気にはならず、それどころかあまり、その場を考えたくないような表情だった。

「全員の前で踊るとか恥ずっ…。拷問でしょそれぇ…」

「先生方もいらっしゃるんだよね…?スゴイね、ランケくん…」

「…お前らには過ぎた話だったな」

「相手の人、誰だったんですか?さっき言ってたゴレイジョーさんですか?」

 四角いフレームの眼鏡越しにワッフルに興味を向けられ、またも眼前に蘇った忌々しい銀の髪。

「…………シルバレードだ。前もって言うが指名したのではないからな。あいつが立候補してきた所為(せい)だ」

 あの醜い内面を覆い隠す見目の麗しさ。

 俺とシルバレード、美男美女のコンビだからと調子付いて(はや)し立てる観客共に立場として答えてやるしかなくなり、シルバレードと二人、最後のダンスでホールを飾った。

 が、あの女が俺の導くままに殊勝に踊る筈もない。立候補してきたのは、俺の場を潰す意図だった。

「俺がリードしてやろうというのに強引に自分のペースにしようとしてきて…ちっ、全く憎たらしい…」

「すげぇな…踊りながらケンカしてる…」

「ふっ、結局その時は俺がリードしきってやったがな」

「めっちゃほくそ笑んでる…」

 あの時のシルバレードの、表向きはそんな思惑など無かったような振る舞いが飾る銀の瞳に、明らか不満の色が黒く滲んでいた事を思い出し口元をつい緩めていると、担任が「じゃあ」と何かに気付く。

「それなら今年は…」

「ミヤシロさん、ですね」

「…」

 コルファの級長になったのであれば、そうなるに違いない。

 分かっていた事だがはっきりと言われ、気分が重いため息に下げられてしまう。

「誰と踊るんだろね、やっぱラーコちゃん?」

「なんじゃね?知らんけど」

 ネカスに落ちてからというものずっとそうだが、晴れない気のまま時計を見やる。

 まだ、時間は半分にも至っていない。

 続く時間に辟易しながら、頬杖を付いて壁に顔を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ