34話目
34話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
「よーし」
騎士団の詰め所を出ると、クーシルの気合を入れるような声が耳に触れた。
「んじゃせんせ、あたしら見回り行ってくるね」
「…うん」
前回のユーツの実地訓練でシルバレードから実地訓練中に担任が常に付いて回る事への疑問が挙がり、それから担任も考えたのか、まともな思考を巡らせるようになったらしい。
見回りへの付き添いを遠回しに断られる事に納得も理解もしているようで、クーシルのその言葉に沈黙短く頭を頷かせた。
「さき戻ってるね。ケガ、みんな気を付けてね?安全第一ですること!」
しかし完全に心配の気が抜けていないようで、言うまでも無いような事を忠告だとばかりに、迫力の薄い険しげな顔でそう口にする。
馬鹿共が揃って、返事の言葉をそれに返した。
「レグ、これ」
「っす」
馬鹿共の返事に決心が付いたようで、持っていた地図と手配書の両方を、一番近くにいたレグに手渡す。
そして踵を返すと、少し離れた位置の客を待っていた馬車に向かい乗り込む。
担任を乗せた馬車は馬を歩かせ、走らせ、蹄鉄を打ち鳴らして車道の先へと徐々に徐々に小さくなって走り去っていった。
「…それじゃあ、見回りですね」
「レグ、見回りするとこってどっち方向?」
「んーとな…」
…担任は行った。これで、余計な口出しは減るか。
「…あっちか」
それならばと、馬車が走って行った方角とは真反対に靴の先を指す。
「ランケさん…?…あっちなんですかね?」
馬鹿共の靴音が、案内人を見つけたとばかりにかつかつと背後に忌まわしく迫ってくる。
叶うならば振り切りたかったが、一度こうなってしまえばこいつらにそれをするのは無理がある。
何も言わずにしばらく歩いていると、背後でレグの声と紙の音がした。
「…こっちじゃなくね?真反対行ってっけど」
「え。ね、灼熱、これどこ目指しで行ってんの?」
「…律儀に住宅街の見回りなどしてられるか。出そうな所を当たる」
盗んだのが金目的であるのならば、必ずピアスを何処かで換金しなければならない。
そうなると潜んでいる可能性が高くなるのは、古物を取り扱う店の多いエリアになる。
地図など無くてもこの街の事はほとんど頭に入っている。そのエリアまで向かう道筋も、頭が狂いのない物を叩き出していた。
「でもそれ、言われてないとこでしょ?」
「ミーせんせーにも言ってないですし…」
道端、足を緩め馬鹿共に振り向く。
そこにあるのは予想通り、俺を止めようとしてくる眼差しと言葉。
「お前らはお前らで勝手にやってればいい。俺が個人的にやる事だ」
何も、馬鹿共に付いてきて欲しいなどと言ってはいない。むしろ、いる方が困るぐらいなものだ。
適当な妥協案を出してやったが、ワッフルとレグが、組んでそれに反論を返してくる。
「ダメですよ!一人でもし犯人に会っちゃったら危険ですもん!」
「さっき安全第一って言われたばっかだろ」
「…なんでそんなやる気なの?珍しくない?」
「面倒な…」
あまり答えが浮かばない、浮かんでも言う気になれない問いを出され、憎くも口が止まる。
つい出た動きの躊躇いに、馬鹿の不気味な直感で何かを悟られぬ前にと、馬鹿共に回した身体を戻し、目的の場所を目指しまた歩き出す。
「ちょ…ね、どうする?」
「俺らも行くしかなくね?一人でってのはな…」
「絶対ダメです!」
「だよね…。くー…ミーせんせ、ごめんなさい…!」
そんなやり取りの後、遠ざかっていた声がまた近くに駆け足で寄ってくる。
結局付いてくるのか…。
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馬鹿共を嫌々に引き連れ、人も店も多い通りに出た。
俺としては犯人共の出る確率の低い場所にいるのが嫌なだけで、古物を取り扱う店が多い箇所を選んだだけなのだが、馬鹿共はここまで来たなら自らの手でと逆にそんな意思を固めたようで、そういう類の店を見つけては直ぐ様乗り込んで、地図と一緒に渡された手配書を見せつけ聞き込みをひたすら繰り返していた。
俺もそれに引きずり回され疲弊に迷惑にと背負わされたが、引っ掛かることは知れた。
駅に人員を割けなかったように、情報収集にも人を割けていなかったらしい。
事件発生からまだ時間が過ぎていないからだろう、店によっては手配書は二度目だと少しうっとおしがるような様子だったりもありはしたが、数としては多く、まだ騎士が聞き込んでいない店があった。
ローゼットめ、こんな状況ならばこちらに聞き込みの一部を任せるなり、全うと言える指示はあった筈だ。
ネカスという言葉の重みを繰り返しに辟易しながら、あまり日の届かない路地の店を出て、人の多い日差しの差し込む通りに戻る。
歩きっぱなしに疲れ、車道と歩道の間に掛けられた鉄柵に凭れると、馬鹿共も同じようにして俺の傍に勝手に集まってきた。
「なーんも見つかんないね」
「けっこー回ったんですけどね」
魔力を増幅させるピアスなど、まず正規で売られはしない物。
買い取ってくれと言われた時点でそういう店を出している人間として立派にやっているのであれば、盗品という事に間違いなく気付くに決まっている。
売買の成立がしていないならば、店の人間が積極的に犯人共を庇う理由もない。
勘付いて買い取りを拒否したにしても、売りに来ていた人間がいたという話ぐらいは聞き込みに対して出してきてもおかしくはない。むしろそれが自然だ。
「あれじゃねーの?こういうとこじゃなくて、裏の店的な方に売ってたりすんじゃね」
「考えられんな。犯人は意図せずここに来た筈だ。そんな人間がそこまでの店を把握しているとは思えない」
最も簡単で呑み込みやすい話を探すのであれば、犯人達が訪ねた店にまだ、俺達が届いていないだけだという事が一番手近になる。
「じゃ、わざととか!実はお金目的じゃなくてさ!」
「他の悪い事に使うとかですか!」
「それだっ!」
クーシルが正答を見つけたとばかりにワッフルを見て、そのまま馬鹿二人、意気揚々と声を跳ねさせるが、あまりにも脆く詰めの甘い話だった。
「だとするなら割に合わんな。わざわざ王都まで向かって、そこから更に学院にまでしのび込んで。そこまでの危険を冒して盗んだ物でどうこうするぐらいなら、ここにもどうせあるそういう店でも見つけた方が話は速いし確実だ」
「あ、売ってんの?ピアスって」
「流石にそれは無いだろうが…何か他の事に使うにしても、わざわざピアスを選ぶ必要は無いだろう」
「…そうですよ!ぶっ倒れるんですよね!」
強烈に印象に残っていたのか、ワッフルはジス教授との話からそうだったと引用をしてくる。
ピアスの影響をどこまで把握しているかは不明だが、強盗なりなんなりに魔力を使う人間など、とてもじゃないが考えられない。
魔力を使えば、それに合わせて疲弊が伴う。
それから更にピアスの分も引かれるとなれば、使用する魔力は格段に飛躍する。
倒れるまでいくかは人それぞれとしても、そこらの凡人程度の魔力量であれば、動きは必ず鈍くなる。後に響いて捕まってしまえば、まさしく本末転倒だ。
そうやって考えを潰していけば、行き着くのは結局のところ金目的。
危険を冒すのならば、まず第一に考えるべきなのはやはり金だ。手近にある答えに現実味が帯びてくる。
…違う。
つい答えてしまったが、何故俺がこいつらと真剣に悩んでやらねばならない。
俺の目的は犯人共の分析ではない。球体の確認だ。
馬鹿馬鹿しくなってまだ見回っていない方向の道先に顔を向けた時、人の隙間をすり抜けて出てきた紙箱を抱えた一人の女に、目が無意識に留まった。
この俺が、誰とも知らぬ人間に目を留める訳はない。
留まるのであればそれは、面識のある人間のみ。
「あっ…」
白の制服に目を留め、そこから帽子の下を窺ったその女が両足を地に固め、戸惑いの吐息を漏らした。
「…」
学院でまだコルファにいた頃、傍に付き添わせていたメイド。
外出用にだろう、服装は街では浮くメイド服から無難な装いに変わっていたが、毎日見ていたその顔を、俺の瞳は見落とさなかった。
「……」
「………」
メイドも足を止め、俺も動けず、そうして数秒の間。
何を考えているのかは知らないが、何かを考えている事は分かるその間。
「ランケさん?」
横目に写る馬鹿共も遅れてその予期せぬ出来事の空気を肌に感じたのか、こちらを見て軽く首を傾げてきた。
メイドの持つ紙箱。
そこに刻まれた文字には見覚えがあった。
ミアが好きだった菓子の店。ミアに買ってくるよう頼まれたのだろうか。
いや、だがこいつは、ミアの世話をするメイドでは無かった筈だが…。
「ミ、ミアは…」
ミアの事を考えた途端、咳き込むように、思わず喉が動いてしまった。
「……」
意図しない俺の問いかけにメイドは、答える事も、それ以前にまともな反応を見せる事も無く、沈黙の伏し目で、辺りの声を遠ざけていた空気を破り、駆け足に人混みの奥へと紛れていく。
それを追いかける事も出来ず、消えたメイドの後ろ髪があった場所に、自分の視線を打ち付けたように留めるだけだった。
「ミア…ミア…?…え!もしかして、今のが灼熱の妹ちゃん!?ミアって、妹ちゃんの名前だったよね!?」
全くの見当違いを掲げ、クーシルが俺に向いてくる。
「そうだったのか…!?」
「……違う。今のは、俺の、メイドだった女だ。そもそもあいつは俺より歳上だ」
聞くに耐えない話を鵜呑みにする馬鹿が現れ、指摘せずにはいられなくなる。
自分達の間違いに気付いた馬鹿共は、またそのメイドが消えた人混みに視線を集めた。
「思っきり逃げてったな…」
「なんて言う人なんですか?」
「……」
「名前覚えてないとか言うんじゃないよな、その無言」
「え、一緒にいたんでしょ?」
「………一介のメイドの名前など、覚える必要は無い」
「…そーゆうとこじゃないですか?逃げられるの」
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それからも見回りに、馬鹿共の側は加えて聞き込みも続けたが、目立って得られた物は無かった。
今日一日、馬鹿共がかなり聞き込んでいたのだが、ピアスを売りに来た客は、話に挙がらず仕舞い。
盗んだ事への興奮、そしてそれから来る過敏な自意識にやられ、警戒して売りに向かえていないのだろうか。
人の多い通りからは外れた場所の店を寄り終えた頃、空には夕暮れが広がっていた。
疲弊の吐息を溢したレグが空が伝える漠然とした時間を読み、幾らか悔しそうに呟いた。
「…そろそろかもな」
「むー…」
悔しそうに尖った唇で唸るクーシルだったが、違う話でそれを開く。
「あ、てか、帰ったら謝んないとだよね…。ねー、帰ったらさ、せんせーに…」
「謝ってやる理由など俺には無い」
俺に向けて来るクーシルの少し張った声に、先読みで意思を告げてやる。
「…ぜってー明日もやるよな、あいつ」
「でも、やっぱりミーせんせーには言った方が…」
担任に範囲から出て無許可に見回った事を謝るかどうかを話し合う、俺からほんの少し離れた場所に位置を取る馬鹿共。
全部の責任を俺に押し付けて事を済ますかと思ったが、自分達で決めた事に関しては謝罪の意を見せるつもりらしい。
くだらん範囲決めをしたのはあの男、ローゼットだ。
それを受け入れた担任に文句こそあれど、俺までも謝罪など阿呆の行動極まりない。
全身に溜まった疲労が、軽い吐息として外に出た。
進展が無かったことへの徒労感もあるのだろうが、ここまで歩いてばかりで流石に身体は疲れてきていた。
一度ホテルに戻って休憩を取った後、夜にまた出るなりすれば…。
この後の流れを頭の中で組み立てていると、そこに、人混みが日頃放っている統一性の無い思うがままのとは違う、声のトーンにある程度一致の取れるざわめきが遠くから耳に聞こえてきた。
こういった一致したざわめきの時、考えられる事は少ない。事件か事故、どちらかが起こった時である。
ざわめきの場所を捜せば、車道を経た通りの先に出来ていた人だかり。
遠くを見ようとして踵を上げたり、何かに向けて人差し指を指したりと、同じ方向に人の意識が集まっていた。
「…なんかあっち、人集まってない?」
クーシルもそれに気付き、首を伸ばした。
「まさか…」
「あっ、ランケさん!」
「あいつまた…」
青色に光る信号機を確認し、歩道から車道に飛び出して一気に駆け出す。
反対の歩道に行き、人だかりから状況を知っていそうな騎士を見つける。
「おい」
「は、はい!え、あ…」
交通整理の為か、道に立って野次馬らしいのに解散を呼び掛けていた騎士に声を掛ける。
俺の顔を見てこれまたお決まりの態度を見せたが、そんな物を今、いちいち心にまで持ち込む気は起きなかった。
「王都の窃盗犯か」
「え、えぇ、それらしい二人組がいたようで、声を掛けたらいきなり逃げ出したみたいで…」
「ちっ…」
紙一重だったのか…。
「犯人出たの!?あっ、出たんですか!?」
同じように信号を渡り、肩越しに顔を出してきたクーシルに、思わず表情が顰む。
他の二人も意味なんて無いだろうに、俺を盾にでもするようにして騎士と向かい合った。
「…それで、犯人達は」
「それがどうやら分かれて逃げたようで。声を掛けた騎士が追いかけてますが…」
「あーなら、俺らも分かれた方が良いか」
「えーっと、じゃーあー…」
眉を寄せたクーシルは、振り分けを考え込もうとする。
「勝手にやってろ」
だが、馬鹿の指揮など悠長に待っている余裕はない。騎士が追いかけているならば、そのまま相対す事になるのが自然。
野次馬の見る先に、注意を仕舞った瞳で足を動かす。
「わ、わたし、ランケさんと行きます!」
「んじゃクー」
「うんっ!行こっ!」




