第三話
3話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
ハッと、目が醒めた。
真っ先に目に入った、花の蕾のようなデザインのランプ。
天井から吊り下げられたそ見覚えのあるそれが、こちらにその柔らかな暖色の電球を見せびらかしている。
あぁ…ここは。
「おい」
扉に向け、身体をごそりと起こしながら言う。
少しの足音の後、扉がガチャリと開けられた。
「ランケ様…お目覚めになられたのですね」
開けられたそこから、安堵した顔でメイドがとたとたと寄ってくる。
やはり、貴族寮にある自分の部屋。それも寝室のベット。
「…どれぐらい経った」
身体を起こした際、ずり落ちた掛け布団。
その下にあるのは制服ではなく、よく着る寝間着。
それには、十分に自分の熱が籠もっていた。
「一日です」
「今は」
ベットから見た、細い格子入りの窓の先。
カーテンこそ掛かっているが、隙間から漏れ出る白色の光は月光とは考えられない。
「もうすぐで学院の登校時間になります」
そんなにか…。
倒れていた時間が長ければ長い程、あいつから感じた恐怖の強さが分かってしまう。
あれだけの人がいる場所で醜態を晒すとは…駄目だ、学院に行く気が何処からも来ない。ミヤシロめ…。
「ちっ…今日は休む。連絡しとけ」
舌打ちを漏らし、窓の方に顔を向ける。
実技エリアでの事を思い返し、自分の額を指で触れてみた。
昨日までの長さの髪はそこにはなく、額がほとんど見せびらかされているような、俺には似合わない髪の長さになってしまっている。触った感覚では、きっぱりと一直線に切られたらしい。
早い内に、この傷跡をなんとかしておかねば。
「それなのですが、既に連絡してあります」
髪の事を考えていると不意にそう言われ、頭が引っ張られる。
まさか、こいつが勝手に?いやしかし、実家からの付き添いのメイドにそんな権利ある筈が無い。
怪訝な顔でメイドを見た。
「どういうことだ?誰が決めた」
普段通りと言えば普段通りだが、その表情を変えることなく、メイドは淡々とその名前を告げた。
「グランドル様です」
「なっ…!父がか?」
「はい。今回の件が学院から伝えられたようで、話をしたい、と。正午に迎えの電行車が参ります」
一気に心が青ざめていく。
頭が自然、俯くように下に落ちた。
自分の横髪がはらりと垂れ、布団がまだ掛かった腰の辺りに濃い影が生まれる。
あの失態を、父に?
出来た影の中には、揺らめく恐怖があった。
「……」
眉間を人差し指の背に乗せ、どう取り繕うべきか、言葉を必死に考える。
「荷物の支度はもう出来ております。ですので、後は一度、朝食を…」
こいつは…。人が考えているというのに…。
「あぁもう分かった…!着替える、さっさと出ていけ!」
「…承知しました」
メイドが部屋から出ていく音にさえ、ため息をこぼさせるような苛立ちが募る。
「全く…邪魔な奴だ」
閉められたばかりの扉に、不満をぶつける。
なんにしても、家には向かわねばならない。父からの呼び出しを断るなんて不可能。
家に着くまでの間になにか、父の怒りを減らせる、上手い言い訳を考えなければ…。
ベットから掛け布団を残して立ち上がり、クローゼットに近寄る。
父に会うのだ、外行き用の気を抜かした服よりも、制服の方が相応しいだろう。
クローゼットを開き、右端に掛けられたそれに、不安がまとわりついた手を伸ばす。
外行き用の服が数を減らしていたが、メイドが一部を荷物として詰め込んだのだろう。
家には貴族らしい服はあるが、街の遊覧に相応しいような服はあまりない。
あぁそれと、家に着くまでは帽子も被っておかねば。応急処置的ではあるが、そうすればこの前髪も隠せる。
「……」
しかし、あいつに会ってからというもの、嫌な事ばかり立て続けに起きている。
手だけじゃない、身体の全てに不安がまとわりついているような感覚だった。
蹴られた頬だって、まだ治っていない。
いま俺に起きている全ての不幸の元凶は、間違いなくあいつだ。
貴族でも何でもないような、それどころか素性さえ怪しい人間に、どうして神はあんな絶大な力を与えたのだろうか。
気まぐれを通り越して、狂気の沙汰とまで考えてしまう。
着替えを済ませても尚、苛立ちは悪病のように治まらなかった。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
朝食を取り終え、学院内の寮から、太陽がさぞ人を見下ろしやすいだろう位置にまで上がっていた街へと出た。
途中までを試験運行中の路面電行車で、そのレールが終着した所で、降りて自分の足で進んでいく。
その道中、通りすがりの人間誰もが、チラチラとこちらを覗いていた。
それも、気分を悪くさせるような嫌な視線で。
笑い者を見るような、しかし真正面から見ては申し訳ないと、小賢しい親切心を咥えた、薄汚い奴らの目。
どうせ、あの場を見ていた奴らが親や周りに笑い話として言いふらしたのだろう。腹が立って仕方ない。
見ている相手が次期公爵と、こいつらは理解してないのだろうか。
王が直々に城を構える場所だからと、貴族に対しての尊敬がこいつらは薄いのだ。
城を、王の身を、誰が守護していると思っている。
青々と茂った街路樹が等間隔に生えた石畳の緩い坂道を、苛立ちを腹にかつかつと下っていく。
帽子の下から一睨みすれば全員が慌てたように俺から目を離すが、その簡単に逃げる姿も、見ていて尚一層腹立たしくなる。
と、そろそろ駅の屋根が見えてきた。
王都の玄関口。
普段ならば出入りの激しいそこではあるが、父が向かわせた電行車が来るのだ。
盾の紋章の付いた制服を身に着け、剣を腰に携えた騎士団が三人、誰も通さぬよう入り口を封鎖していた。
傍には駅員も一人、肩を並べている。
その両方が、こちらに気付いた。
「ランケ様、どうぞ」
「あぁ」
騎士の一人が深々と頭を下げ、二人の騎士が守っていた入り口をこちらに明け渡させる。
「ホ、ホームまでご案内させていただきます」
隣の駅員はぎこちない程に畏まった態度で、俺の数歩前に自分を置いた。
俺の背後にあるものを、こいつはちゃんと理解しているのだろう。浅ましいが、賢さからの行動とも言える。
駅員が開けた扉を越えて、声の無い、閑散とした駅構内に。
散らばって配置されたらしい騎士団を時折見掛けながら、ホームに降りて数分。
アナウンスが流れてきたと思えば、途端駅員の動きが活発になる。
父の持つ8両編成の電行車が、キーッとスピードを緩めながらホームに入ってきた。
何処か威圧感のある黒を喰わせたような灰色のそれが止まり、目の前の扉が横に開く。
すると、家に仕える澄ました顔の執事が降りてきて、腕を腹に頭を下げてきた。
「ランケ様、お久しぶりです」
「…邪魔だ、いま機嫌が悪い」
「失礼しました。どうぞこちら…」
「いい」
案内しようとする執事を超え、ともすれば、何処かのホテルのように飾られた車内へと進む。
俺が車内に入ったところで、執事の靴音が背後でした。
「レトリー、ランケ様のお荷物はこちらで預かります。あなたは1両後ろに」
「了解しました」
そんなどうでもいいメイドと執事のやり取りを望まず耳にしながら、窓際に設けられた二人掛けの席に自分の腰を落ち着かせる。
だが、心は落ち着く気配を見せない。
電行車がその足を少しずつ速め出しても、視線は窓に、意識は思考に。
速度を上げ、駅の構内から出た電行車。
目を細めてしまうぐらいの日差しを浴びた窓に一番目立って写されたのは、街の奥に聳えた王城。
王の意向に従って、過去作られた城と見た目こそそう差異無いように建てられたが、あの城には、現代の科学の結晶がふんだんに盛り込まれている。
父は新しい物はすぐに取り込むようなタイプだが、その父でさえ、前に招待された時は悔しそうな顔をして帰ってきたのを覚えている。
そんな電気仕掛けの城から、わずか離れた位置に、傍に時計塔を寄り添わせた学院が。
時計塔は人目に簡単に留まれる高さで設計されている。
街の中であれば、城の方角の空さえ見れば、何処でも時間を確認出来るようにと。
けれど、流石にここまで来ると、正確な針先までは分からない。
「……はぁ」
久しぶりの帰宅がこんなに憂鬱になるとは。
王城は言い訳を考えている間に、窓の端の更に遠くへと去っていった。