25話目
25話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
昼食を馬鹿共の嗅覚が掘り出した店で済ませ、ホテルのロビーでしばらく待ってやれば、シルバレードが今度は執事無しで現れる。
本来ならば事前に配られる予定表も、こんな急遽な物には存在しない。
じゃあどうしようかとか言うシルバレードの雑な言い出しから班分けが始まり、俺とクーシルと担任、残った馬鹿共がシルバレードと、という切り分け方で決定される。
これまたシルバレードの言い出しで騎士団に挨拶する事も、必要性も薄いしで武器を持つ事もなく、さも観光に出掛けるかのようにユーツでの聞き込みは幕を開けた。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
傘に潰れる雨の音が、耳に響き続ける。
シルバレードがホテルに来るまでの途中、騎士団に寄って貰ったらしい被害者のリストを読み、財布を盗まれたとかいう人間の家にまで向かっていく。
雨に濡れるユーツの街。
担任とクーシルはある程度進む度に、これまたシルバレードから貰った小さな地図を何回も傘の下で広げる。その都度止まる所為で足の進みが酷く遅い。
しかしそれでもなんとか残り少しらしい所まで来たところで、思った事が口を出た。
「訊くが、この聞き込みをする意味は何処にある。しばらくすれば資料が届くのだろう」
出掛ける直前に、しばらくすればホテルに騎士団が纏めた資料が届くという話があった。
被害者のリストもその一部で、全て合わせた時に一度に運ぶ量かは少し怪しいからと、必要なのだけ貰ってきたというのがあの女の説明。
つまるところ今からする聞き込みは全くの無駄手間で、それがやる気の無さを一層高めさせる。
「けど、ホテルで来るまで待ってるよりかは、ね?色々違っても実地訓練だし、練習って事で。あっほら、もしかしたら、今になって思い出した事とかもあるかもしれないし」
「窃盗程度に思い出すも何も無いと思うがな」
話していると、担任が一軒の質素な二階建ての集合住宅の前で足を止めた。
「…あ、ここかも」
雨で陰鬱な空気が溜まったような中へと進み、荷物入れのような扉に収められたプレートが『103』に来たところで、その扉を担任から譲られたクーシルがこつこつとノックした。
「すいませーん」
すると、扉の奥でごそりと人の動く気配。
扉が空くまでの間、クーシルは制服の胸元に収めていたらしい生徒手帳を取り出す。どうやらメモ帳の代わりらしい。
ペンの方は流石馬鹿らしく忘れていてあたふたしていたが、見兼ねた担任がはぁとため息を吐いてから自分の手帳に掛けていたペンを渡す。
そんなやり取りが終わりかけた時、俺達より少しばかり歳が上だろう男が、開けた扉から顔を出してきた。
有象無象の平均を取り出してきたような、もしかしたら何処かで会っていたような気さえしてしまう、まさしく平凡な顔付きの男。
その男が「っす」と、息なのか声なのか分からない声で会釈らしいのをした。
「あ、すいません。えと…その…あたしら、いま学院で実地訓練に来てて…あーっと…財布!盗まれたんですよね!」
如何にも慣れていない喋りでクーシルが尋ねると、怪訝そうな顔をしていたその男の顔が、あぁと用件を理解した顔になった。
「その話?なんか進展あったの?」
「あ、いや…違うんですけど、いろいろ話聞きたくて」
「前話したんだけど…まぁ、いいか。で?」
一度は首を傾げた男だったが、自分で勝手に納得するとクーシルに目を向ける。
「えと…じゃあ、盗まれた日っていつぐらいなんですか?」
「んーと…ぴったり一週間前。店入ろうとしたら急に出てくる奴とぶつかってさ、多分男っぽい感じのと。なんかそういや噂になってんのと見た目似てんなーって思ったら、マジで財布消えてて」
ほとんど強盗だな。もう少しバレないようにやっているかと思ったが。
「ポケット入れてたのが不味かったんだろうなー…そんな金入れてなくてマジで正解だった」
その時を振り返り、後悔と小さな幸せを言いながら頭を人差し指で掻く男。
服やズボンに付けられている浅めのポケットであれば、財布の物にもよるがはみ出す形にはなるかもしれない。予想にはなるが、そこを掠め取られたのだろう。
「じゃあ…っと、どんな格好だった…とかは?」
訊いた話を学生手帳に拙く書き込んだクーシルが、顔を上げて更に尋ねる。
「まぁ、なんかほとんど黒だった気するけど。あーあとあれ、腕に銀色の腕輪?みたいなの付けてた」
「黒の服…それと、銀色の、腕輪…」
「顔とかは分かんないよ?そこら辺ろくに見えなかったし」
「そうですか…。あ、思い出した事とかあったり…」
「んやまぁ、そんな、特には」
やっぱりな。
一瞬にして起こる財布の窃盗などに、物語の密室殺人のような思い出す情報などある訳がない。言った通りではないか。
引き出せる情報はもうないと分かったらしいクーシルはそれじゃあと話を終わらせようとしたが、男の目が少し後ろで眺めていた俺の顔を気にするように、帽子を下からほんの少しだけ覗き込んできた。
「…違うか」
「えっと…?」
「あ…や、なんかリーネス…じゃなくて!リーネスさん来てるって話あるから、その制服もしかしてーって思ったんだけど…」
はっ、シルバレードめ、自領の人間から呼び捨てされているとは。
こういった人間を取り込む為に、あいつはこの事件に奮起しているのだろう。
しかし、あいつであれば制服はスカートの筈なのだが…とりあえず白の制服だからと確認したのだろう。なんにしてもだ、違ったからとじゃあ誰なのかと続けざまに探られても迷惑極まりない。
覗き込んでも見えないよう、顔を少し下に伏せる。
と、クーシルから唐突に快活な声が響いた。
「あっ、はい!今ほかのとこでやってるんです!あの、あたしら絶対解決するんで!そしたらシルバレードの事、応援してください!」
男がシルバレードの事を話した瞬間、べらべらと喋り始める馬鹿。
「…え?あぁ…ま、解決してくれたらね」
ふと話を盛り上げられた男の声が、若干戸惑ったような物に変わる。
こいつの事だ、さしたる考えではないのだろうが、あいつの人気取りを手伝ってどうする…。いや、そもそもこの実地訓練自体がほとんどそれを目的としてなのだが、それ以上を自ら踏み込んでやるとは…。
「阿呆らしい…」
思わず漏れたため息が、陰鬱とした空気の中に静かに溶け込む。
「まぁ、それじゃあ」
馬鹿馬鹿しい勧誘に堪えられなかったのか、男は言葉の最後、小さな微笑みを吐き出してから扉をぱたりと閉めた。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
最後の聞き込みが終わったのは、曇り空でも夜だと分かる程に暗くなった時だった。
どの聞き込みも、一回目の男のとさして内容は変わらず。
ホテルに帰り早速情報の纏め、が他のクラスであれば普通の流れになるが、シルバレードは夜は実家。
面倒にも聞き込みの纏めは翌日に回される事になり、一日目は止まない雨の音で眠りに落ちた。
そして翌日。
「ねー、まとめやろー」
眠りを妨げてくる、クーシルの声とコンコンというノックの音。
それに意識が叩き起こされ、苛立ちの力のみでベットから降り、やかましい扉を開けた。
「…煩いぞ」
扉を開けて出来た隙間に、制服を着込んだサイドテールがふわりと入り込んでくる。
「おはよ。せんせーとワッフルもう下行ったよ。昨日のまとめ、下でやるから」
「シルバレードも来てないのにか…」
「いるよー」
クーシルの背後から、予想外にも銀の髪がゆらりと現れる。
「貴様…」
「おはよう、灼熱」
憎たらしい銀髪に一気に目が覚めた。
「おーい、レーグー!起きろー!」
最悪な気分に堕ちた俺の脇をするりと抜け、レグを起こしに無遠慮に部屋に入ってくるクーシル。
「ほーらー!」
「うぉぉ…ぬぉぉ…やめてくれぇ…」
掛けていた布団を一気に剥がされたレグはベットの上で丸まり、悶えながら苦しみの呻き声を上げる。
「おーきーろー!」
廊下に残されたシルバレードはクーシルに付いて部屋に入ってくる事はなく、俺の金の髪を見上げるなりくすっと微笑んだ。
「寝癖、付くタイプなんだね」
視線の先の頭を少し手を浮かして撫でてみれば、耳の上の辺り、つんと当たってきた髪の毛。
自分の顔が苦味に染まるのを感じながら、それをそのまま手で潰すように抑え込んだ。
「…朝から貴様とはな。最悪だ」
「ならよかった。目的達成♪」
「ちっ」
上機嫌な声をはたき落とすように、部屋の扉を力任せに閉めた。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
小さな洗面室で寝癖を治し、制服に着替え、起きろ起きろとクーシルに叩かれるレグを放ってホテルの階段を降りていく。
雨雲を写し出す窓を奥にした、ロビーのテーブル。
一番早くに来ていたらしいワッフルと担任、それにシルバレードの三人が、それを囲んで上から眺めていた。
少し隙間を置いて置かれた、二つのテーブル。
そしてそれを三方向から囲むように置かれた、一人掛け用と二人掛け用のソファ。
テーブル一つにつき、二人掛けが一つと一人掛けが三つ。担任とワッフルは二人掛けに並んで座っていた。
馬鹿共とシルバレードが囲むテーブルには、昨日貰ったのより数倍はある地図とそれにペンが数本、加えて何かしらの書類が物を置く場所を占領していて、使われていないテーブルを囲む一人掛けのにとりあえず腰を預けた。
「おはよ、ランケくん」
「おはようございます」
担任とワッフルの挨拶を流し、テーブルに置かれた地図を覗き込む。
どうやら、事件の発生時刻をここに書き込んでいるらしい。
街のあちこちに赤い円と『!』がセットで書かれていて、少し下にはその発生時刻らしい数字も合わせられていた。地図と共に並べられた書類は、そこら辺を纏めたのなのだろう。
昨日ホテルに付くや否や、フロントで担任が紙を受け取っていた。他で見覚えもないし、それがこれだったのか。
地図を見る限り、発生件数は数十件にも上っている。
まぁ、財布を取るだけの犯行だ。難易度が低い分、多発はするものか。
「ほーらー!降りてー!」
「ぅぉぉぉ…」
暇潰しにでもなるかと地図の上から適当な紙を一枚引き抜いた所で、寝間着姿のレグをずるずると引きずって階段からクーシルが降りてきた。
尚もレグは呻いているが、それが眠気からなのか痛みからなのか分からない。
こんな調子を事あるごとに見せられてきたのであれば、当時の担任がネカスに捨てる判断をしたのも解る。
一人掛けのソファの上に座らされたレグは、散々階段に身体をぶつけていたというのに、今にも眠りに落ちてしまいそう。
完全に起こし切る事は無理だと他の馬鹿共は分かっているようで、そんな阿呆を傍らに聞き込みで得た情報の交換が始まった。
…こちらの聞き込みで得た話にはやはり新しい情報は無く、次にシルバレード達の話に移る。
どうやら、こっちが聞き込みした被害者の中にはいなかったが、半ば強盗のような手口以外にも、スリのように盗んでいく手口もあったらしい。
手に取った紙が丁度その内容を纏めた紙で、上から下に視線を落とせば、確かにたった二件程度だがそういう話が書かれていた。
ふと鞄やポケットが軽くなって見てみれば。そんなような文章の書き出し。
…少し、引っかかった。
「ね、ある?」
ふと横から顔を出してくるクーシル。
これの他に、事件の内容を纏めた紙はないらしい。
俺の目線の先を追って、クーシルはそのスリの事件を読んでいく。
担任の方は俺が来る前にでも読み終えていたのか、こちらに来ることは無かった。
「…変わった話だな」
もう一度読み直すと、自分の口がつい動く。
「なに?どこが?」
声に反応して横の顔がこちらを見てくる。
一瞬の思考もしていないような声と瞳に拒否が滲み、顔を後ろに下げた。
「君も気になった?」
シルバレードが、待ってたとばかりに口を挟んできた。
「事件全体の偏りから見て、この犯人の手口は間違いなくぶつかったタイミングで強引に奪っていくやり方だ。なのになんで違う手口なんか使ったんだろう?特別変わった相手でもないのに」
少しの呼吸の間の後、シルバレードは更に話を続ける。
「強引なやり方から慎重なスリに変えて、それでそのままスリ犯に鞍替えするとかならまだしも、その後にはまた結局手口を戻してる。でしょ?」
「…だな」
紙にはスリの後にまたぶつかる手口の事件が続き、そしてまたしばらくした所でスリが一件挟まる。そこから先は、再度強盗染みた手口に戻っている。
シルバレードから向けられた眼差しに、頭を小さく縦に振ってやる。
スリで被害を受けた二つには被害者の特徴について、顔などはやはり無いが、服装に関しては多少ばかり書かれている。すぐに気付き、振り向いた証拠だろう。
あまりスリは得意ではなかったのだろう。しかしそうならば、何故やる理由があったのか。
「あぁでね、他にも気になる部分があるんだ。…ここ」
他にもあると一人掛けのソファから腰を上げたシルバレードは地図に身を乗り出し、とある場所をピンクの爪の人差し指で指差す。
クーシルの足が忙しなく、今度はとたとたと地図に向かう。
街の東の方の通りに、赤い丸と『!』が書かれている。発生時刻は午後に入った直後。
そこに目を集めさせたシルバレードの指は、次にスーッと地図の表面を撫で、遠い箇所を指差す。
「で、ここ」
「あれー、おんなじ日…」
クーシルはしゃがみ込むと、きょろきょろとその二つを見る。
「最初の方が強盗タイプで、次のがスリタイプ。大して時間も空けないで一日に連続してる」
言うと、謎が解けたような顔をクーシルが得意げに浮かべた。
「あー、あれだ!どんなに急いでもぜったい間に合わないやつだ!」
「あ、いや、別に行こうと思えば普通に全然行けるんだけど」
「…そうなんだ」
「人の心理的な問題。…そうだ。灼熱、折角だから説明お願いしてもいいかい?」
「あ?」
閃いたような顔のシルバレードに急に任され、そちらを睨む。
「コルファなとこ、見せてよ」
…気に入らないが、ここで断れば好き勝手にこいつは俺を馬鹿にし出す。
大事な一線な気がした。
一度舌打ちをしてから、手に持っていた紙をぱさりとテーブルに投げ捨てた。
「…こういう事をした人間はある種の興奮状態だ。頭にはあるのは何よりも逃げる事だけ、次の犯行などまず考える余裕はない。ましてやスリなど、そんな神経を使うような事がたった数時間空けた程度で出来るのか……こう言ってやれば満足か」
「ふふっ♪」
思った通りに動いた事が喜ばしいのか、シルバレードが唇をにんまりと緩ませる。
ふんと鼻を鳴らして、顔を逸らした。
「えっと…つまりどういうことですか?」
「もしかしたら、別のが混ざっちゃってるとか…」
ワッフルと担任が、顔を見合わせて頭を傾ける。
「さぁな。腕輪はしていたらしいが」
スリの方の被害者が語る服装の中にも、やはり銀色の腕輪が出てきている。
その腕輪が、今回の多発している窃盗事件を個別ではなく一つの物として結び付けている紐。
その紐がスリにも絡んできたからこそ、騎士団も関わりがあるものだと見て、こうして一枚の書類に纏めたのだ。
しかしこいつ、ほとんどの場合で腕輪を見られているな。もう少し用心するとかしないのか。…顕示欲でもあるのか?
「共犯…とかもありえるけど、仲間がいたとして、なんでこんな短い間隔でやる必要があったのか解らない。やる前にそういう打ち合わせぐらいするだろうし、手口だってちゃんと整える筈」
話を合わせ、錯乱が目的か似たような格好で犯行に及ぶ。
あり得そうな話だが、考え過ぎという場合もある。
「なんか混乱してきた…」
長い話を聞いて頭が処理を止めたのか、クーシルは眉を寄せて老人かのように目を細める。
「そもそもの話、ここまで発生しているのに何故貴様のとこの騎士団は捕まられていない。普通この程度ならばもう少し速く捕まえられるだろう」
シルバレードの手伝いをしてしまった事に苛立ちを吐いて、銀の髪を見る。
相手はどこまでいっても窃盗犯だ。
少し励めば早期に決着はつけられていそうなものだが。
「頑張ってはくれてるみたいなんだけど、やっぱりこの天気だからね。傘の所為で見通し悪いし、一回見失っちゃうとどうしてもみたい」
シルバレードは近くの窓から覗く、くすんだ銀色の空を目に写すと軽く肩をすくめた。
「ろくでもない奴らだな」
「結構熱心なんだけどね。ここにあるのだって、全部彼らが集めてくれた情報なんだし。で、それはともかくとして、この後どうしよっか?」
シルバレードの視線が、俺を相手にするのを拒むかのように他の馬鹿共に流れる。
それを受け取った担任は、えっと、と困ったように口を開けた。
「…どうしよっか?」
「丸投げか」
「今の聞いたら、何が正解か分かんなくなっちゃって…」
シルバレードが疲れたような吐息をこぼす。
「結局、犯人が動かない事には僕達も何も出来ないんだよね。だから…一番堅実なのは見回りかな?固まって起きてる所と、逆にまだ少ない所で」
「あ、じゃあ、今日あたし、シルバレードと一緒の班が良い!」
クーシルがここぞとばかりに手を挙げた。頭を使う話から逸れた途端のこれだ。
「そうなるとじゃあ、私もかな?」
昨日の事を考えればと自分もと、シルバレードの班に加わろうと声で立候補をする。クーシルがそんな担任に駆け寄った。
「…君も来る?四人になっちゃうけど」
「行くか」
法則に従えばとばかりに俺を見て、くすりと微笑むシルバレード。
くだらん誘いを蹴ると、傍にワッフルが歩いてくる。
「なら、今日はランケさんの班ですね」
「勝手にリーダーにするな」
「リーダーさん、レグ起こしてください」
ずっと沈黙だった椅子の上を見てみれば、ぐったりと顔を俯かせたレグが。つむじがこちらにありありと突きつけられている。
寝癖まみれの髪に隠れたレグの前で、クーシルがすとんとしゃがみ込む。
「も死んでんじゃんこれ…」
全くこいつは…。




