第ニ話
二話です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
ミヤシロに決闘を申し込み、翌日。
学院に設けられた、実技エリアの控え室。
帯剣の支度をしながら、まだ変わらず痛む口で、唯一この部屋に呼び入れたメガネに声を掛ける。
「おい、あれは持ってきたか?」
「まぁ…はい…あの、でも…」
どこか躊躇うようにして差し出された、小さな黒の小箱。
なにか言いたげなメガネからそれを取り、蓋を開ければ、そこにあったのは石のような、その割には凝った意匠の施された、片手に収まる程の球体。
それを掴み、自分の目の前にまで持ち上げる。
「くく、これか。一定範囲の電気使用を出来なくするという奴は」
そう言って、これを父に売り込みに来たこいつの親の話を覚えていて良かった。
確か近々、父の有する騎士団に犯人制圧用のアイテムとして配備されるんだったか。
これぐらいのサイズともなれば効果のある範囲はそう期待出来なさそうだが、さして広くない実技エリアぐらいなら、なんら問題はないだろう。
これを使われたホラ吹きが、理解出来ぬまま死にかけの虫みたいに慌てふためく様が目に浮かぶ。
「使い方は?」
「そこの背中のスイッチを押せば。もう一回押すと解除です。これと言って変な音も仕掛けも出ないので、周りにバレたりはしないと思いますけど…」
「さっきからなんだ、うっとおしい」
妙に弱気というかなんというか、言葉が中途半端で終わっているようで見ていて腹が立つ。
「その、もしあいつが嘘を付いていたとしても、だからってこっちがそれを使って良いんでしょうか?それが少し…気になって」
「くく、なんだ今更良心の呵責の真似事か?どうせこれだって、親に無断で持ってきたのだろう?」
「……」
やはり図星か。メガネの口が閉じた。
「憐れで悲しい嘘付きを最高の笑い者に仕立ててやるんだ。なら、こういう演出は必要だろう?それともどうする?自ら盗んだと父に謝りにでも行くのか?」
「い、いや…」
俯いて沈黙を口にしたメガネから目を離し、学院から貸し出されている鞘入りの細剣が付いたベルトと、それの装着で少し崩れた制服、そして金の髪を軽く手直す。
細剣は…使うか怪しいが、あいつが逆上して無謀にも剣で突進してくるかもしれない。
それをしなやかに弾き、あいつが恐れおののいて跪いた時にでも、喉にパフォーマンスで近付けてやれば良い。
そうすれば、あいつをなお一層の笑い者にしてやれる。
「貴様も見て笑えばいい、あいつが無様に灼かれる姿を」
「…はい」
壁に掛けられた電結晶の仕掛けの時計は、もう数分を持って開始の予定時刻を指す。
あぁ、胸が高鳴る。
身体のあちこちはまだ痛む。
蹴られてなった頬の腫れだって引いてはいない。だが、大笑い出来ると思えば、耐えるのがまるで苦にならない。
父親に連れられやれ観劇だの社交界だのはあったが、やはり、人が一番心から喜ぶのは、地より下に落ちる無様な人間を見ることなのだと思う。
ズボンのポケットの中に入れた球体。
それを一度指で触れてから、実技エリアに出る為の扉に向かった。
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扉を開け実技エリアに出でみれば、呼んだわけでもないのに、周りには喧騒を耳を困らせるぐらいに放つ観客が集まっていたのが目に飛び込んでくる。
それは、どいつもこいつもこの学院の制服。
本来なら実技試験待ち用に設けられた、座る場所もない、立ちっぱなしになる狭いスペースにこれでもかという数。
その中には、昨日の騒ぎを聞いたのだろう教員もちらほらと混じっていた。
と、向かいから、扉を開け、遅れて現れたミヤシロ。
前に会った時と同じ、奇妙な制服らしいの。
その腰から不似合いに垂れる鞘に収められた剣がかたりと揺れた。
「…ん?」
同じ扉から、どうしてかラーコも出てきた。
自分が戦う訳でもないというのに、妙に張り切ったような顔。
ミヤシロに数言声を掛けた後、一度こくりと頷くと、さり気なく近くの観客の中に溶け込んでいく。
距離と周りのせいでろくに聞こえなかったが、まさか、俺を倒すことでも誓ったとかだろうか?
叶わぬ夢を託したのであれば、なんと虚しい奴。そんなだから家が没落しかけるのだ。
実技エリアの中心、土が敷かれた、天井のない、日の差し込む場所にざっと足を置いた。
さながらそこは、舞台のスポットライトのよう。
「逃げなかったんだな」
観客のざわめきと距離を考え、張り上げた声で言う。
すると、一斉に周りを沈黙の幕が閉じ込めた。
「あぁ」
ミヤシロもまた、同じ所に降り立つ。
蹴られた土が、一瞬の砂埃を起こす。
「良い度胸だな。流石、大層な嘘を付けるだけある」
「別に嘘じゃないんだが」
「ふっ、素直に謝り跪けば、無様に負けずに済むぞ?」
「するか、そんな事」
パフォーマンスへと試しに招いてみるが、まぁ、ここに剣を携え立ったのだ。そうなるだろうとは思っていた。
そんなつもりは無いと、目の奥が強く訴えていた。
「じきに昼終わりの鐘が鳴る。それを開始の合図にするぞ」
「分かった」
ミヤシロは首に手を当てると、ぐるりと頭を一周ほど捻らす。くく、らしい演技だ。
俺も鐘の音を待つだけのような、不自然さの無い動きで、ズボンのポケットに手を入れる。
そして、かちりとスイッチを押した。
あいつが言っていた通り、これと言って何かが起こるような感じはない。
駆動音さえせず、あるのは変わらないポケットの中の石ぐらいの重さのみ。
そうなると一抹の不安が胸に生まれるが、結局、これがあろうと無かろうと、あいつの負けは既に決まっているのだ。
最高の笑い者に仕立てられなかったのが悔やまれるだけ。
流れる沈黙と、普段なら聞き落とすような、風がどこかの木をかさかさと揺らす音。
そこに混じり、ゴーンとこの高校の時計台に取り付けられた鐘が鳴った。
「っ!…!?」
それと同時に、ミヤシロが自分の右手をばっと前に突き出した。が、何も起こらない。
ミヤシロは驚いたように目を丸くし、前に出した自分の手のひらを見つめる。
「ふっ…どうした?まさか、雷さえ貴様は使えないのか?くっ…くく…」
駄目だ、笑いが抑えられない。
ゆっくりと、自分の靴を前に出す。
笑いながらも意識を少し足に向ければ、土に置かれた自分の靴の底からゆらりと、静かに紅の火花が生まれ、そして宙へと舞い上がる。
もう一歩進めばまた、今度はより大きな火花がぱちりと。
周囲に、冬の雪のように火花が浮かび、漂い始めていく。
「言いそびれていたが、俺も貴様には流石に劣ってしまうが、雷以外にもう一つ魔力を有していてな?」
更に一歩。
ミヤシロの周りを、炎が一気に取り囲んだ。
その熱さに、ミヤシロは顔の高さで腕を盾にする。
「っ…くふっ…ふふっ…」
もう、笑いを抑えなくても良い。
今、一番に痛むのは片腹。
それを気にせずに、高らかに叫んだ。
「はーっはっはっっ!ご自慢の5色の力、見られないのが全く以て残念だ!」
「………」
鋭い眼差しで、ミヤシロが睨んでくる。
その目の色は恐怖での抵抗というよりも、憎むようなそんな色。
もしや、なにか細工を仕掛けられたことに勘付いたのだろうか。
そうであろうとなかろうと、最早どうでもいいことだが。
高揚する血液と心に急かされ、口がほとんど無意識に動いた。
「お前に味わわせてやろう!この、灼熱の皇子の炎をっ!愚人を裁く煉獄の華をっ!」
さながら戦場で掲げられる旗のように、天へと自分の片腕を伸ばす。
漂っていた紅の粒が手の先へと全て集まり、一つの 炎の塊へと進化する。
おぉと、観客席から歓声が上がった。
そう言えば、クラスメイト以外の奴らの前でこれを見せるのは、今日が初めてだったか。
ミヤシロは、紅の柵に囲まれ動けない。
腕を盾にしたままただ呆然と、俺の手の先でめらめらと育っていく炎を見やるだけ。
折角なら間抜けな顔で崩れ落ちる姿でも見たかったが、そのまま強がった姿で灼かれるのもこれまた一興。
周りの観客の事もある。
この実技エリアを丸々焼くことも容易く出来たが、上げた腕を「はぁぁっ!」という掛け声と共に振り下ろす一瞬、少しばかり力を抜いて炎の火力を弱めた。
ただそれでも、真正面から受ければ消えるか分からない火傷は残るだろう。
それにおいおい泣きながら、辺境にこそこそと怒られた子供のように逃げ帰る姿を紅茶でも飲みながら眺めてやろう。
ミヤシロに向け落ちる、煉獄の華。
結局、奴は一歩もそこから動かないまま、それの餌食となった。
「…ふっ、逃げれば良かったものを」
空に向け、一気に伸びた炎の柱。
あんなの喰らって大丈夫なのか、やっぱりスゴいと、それぞれ密やかながらも、観客は俺の力に称賛を送る。
…と。
「…おい…あれ」
誰かが言った。
炎の柱の中に、一人の影が見えた。
その影は決して、地面に倒れるでも、熱さに悶え苦しむ訳でもなく、剣を抜くと、柱をすっと下から上に向けて裂く。
すると、一瞬にして炎が消え去った。
「な、なぜだ…」
炎の中から怪我の一つもせずに、ミヤシロが白煙を足元にして現れる。
制服にこそ小さな火の粉は付いていたが、それも奴は剣を持っていない方の手で軽くぽんと払うと、何事も無かったかのように俺を見てくる。
ばくばくと、高揚ではない心臓の音が鳴り始める。
その音が、ともすれば伝わってしまう程、周りも一気に音を忘れた。
「今ので終わりか?」
けろりとした顔でミヤシロは言う。
「な、なにをした…!貴様なにをしたんだ!?答えろ!?」
理解出来ない。
確かに、あいつのいる場所目掛けて撃ち込んで…。
「聞きたいのはこっちの方だ。お前、なにかやってるだろ?」
「は、話を逸らすな!」
「ま、答えたくないならそれで良いんだけどな」
胸がずっとざわついていた。
あの炎を意図も容易く抜けた奴ならば、まさか…と。
「…しょうがない、見せてやるよ」
ひゅっと、自分の髪が揺れた。
風が、瞳を緑色に染めたミヤシロの周りに集まっていく。それはなにかの自然現象ではない、あいつが、あいつが意識して呼び寄せた物。
ミヤシロがまた、雷を使おうとした時みたく手を前に突き出す。
「…ぐっ!」
咄嗟に、自分の半身を後ろに引かせた。
目の前をひゅっと、ナイフが真横を抜けた時のような音で抜けた風。
なんとか直撃を避ける事は出来た。だがしかし、あまりの速さ。
ひらひらと、金色の細い糸のような物が地に落ちていく。
見れば、それは自分の前髪だったもの。
土にゴミのように付いたそれを見て、身体が凍りついた。
「あんまり、目立ちたくなかったんだがな…」
ミヤシロが、こちらに一歩、また一歩と迫ってくる。
「ひっ…!」
本当だったのだ。
使ったのは風のみ。だが、直感した。
こいつは確実に5属性全てを持っていると。
それだけじゃない。とてつもない魔力までをも、その血の中に有していると。
腰が抜けた。視界の高さが一気に下がる。
「な、なぁおい、あれ…なんだ?」
誰かの声を皮切りに、全員の目がなにあれと、奇妙そうに地に付いた俺の手に向かうのが見えた。
そこには、ポケットから転げたあの球体が。
「なっ…ち、違っ、これは!」
慌てて隠すように掴んだが、足を止めたミヤシロから深いため息が聞こえてくる。
「…なるほどな。それが、雷使えないようにしてた元凶か」
「え?…あ、ほんとだ!使えない!」
何処かの女子が手を開き雷を使おうとする。だが、そこに雷は現れない。
「ち、違うんだ!こっ、こ、これはっ!」
「おい、もう見苦しいぞ」
また、ミヤシロがこちらに向け歩き始める。
そ、そうだ…剣っ…!
「く、来るなっ!俺に近寄るなっ!」
「お前…」
立ち上がれないままながらも細剣を取り、一心不乱で左右に振り回す。
が、ミヤシロは手にしていた剣を使い、軽々とそれを弾いてきた。
鉄の音をさせ、細剣は遠くに離れる。
細剣を無くした自分の手は震えていた。
「ひぃっ…!」
後ずさりをすれば、ミヤシロがまた一歩。
「…俺の本気の力、見せてやろうか?」
にやりと、不気味にミヤシロが俺を見下して笑う。
その身体に、黒のイナズマがばちりと走る。
それに合わせたかのように、手の中に隠していた球体から突如、異音が鳴り出した。
驚いて手を退けてみれば、それがプルプルと怯えたかのように震えていて、ミヤシロが更に一歩踏み込んできた瞬間、ぴしっとヒビが入り、そしてばらばらに砕け散る。
少し先の未来の自分が、そうなるのだと告げるように。
「ぁ、ひ、ぁ…」
「……」
目の前に静かに突きつけられた、剣の切っ先。
こんな…こんな筈じゃ…。
「…ぁ」
そこで、ぼんやりと視界が揺らいだ。