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貴族様の成り下がり  作者: いす
二章

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十七話目

十七話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 宿に帰ってから朝の日が上るまで、いつもより数倍早く感じられた。

 行きと同じあの貧相な馬車に揺られてコタまで向かい、そこの詰め所で被害者調書の作成に手伝わされた。

 どういう場所で、時間で、怪我の確認もされたが首に至って目立つ傷はなく、犯人も捕まっているして危険はないと、まぁまぁ時間は要したが開放はされた。

 俺を担当した騎士が言っていたが、奴らの目的はやはり身代金。

 その金で、あの田舎を捨てたかったというのが動機。

 奴等の話からそんな風な感じはしていたが、コルファの制服を見て誘拐しただけて、俺については何も知らなかったらしい。

 奴等の素性だが、あの田舎に住むこれまた予想通りの不良。

 前からあの二人の騎士が目を付けていたらしいが、田舎のよしみとかいう腐った関係がある所為で、多少の厄介が起きても、親も被害者に頭を下げていただけに、毎度、厳重注意だけで捕まえる事まではしてこなかったらしい。

 その騎士二人もまさかここまで大事(おおごと)をするとは。そう驚いていたと、コタの騎士からは聞かされた。

 情報の少ない田舎とは違い、コタの騎士ともなるとこの俺の扱いは純然腫れ物で、触れないようにしている雰囲気がひしひしと伝わってきて、詰め所にいる間はずっと気分が悪かった。

 親との絶縁は確かに話として聞いている。

 だが真実なのか、鵜呑みにして接していいのか、そんな不気味な不安を抱えていたのだろう。

 そんな感じでコタに時間を食われた結果、予定では少なくとも午後には確定で王都に着いていた筈なのに、すっかりその王都は夕暮れ。

 学院で武器を返し、何やら報告があると消えた担当を除いて四人で寮へ向かっていたが、生憎、今日は学院が休みの日。

 それもこの時間は、街に繰り出していた生徒らが丁度戻ってくる最悪の時間。

 そろそろ現れる筈の玄関の先に、小さな絶望が見えていた。

「折角おっきい事やったんだし、なんかこう…ご褒美みたいなの、買いたくない?晩ごはんとは別でさ」

 一つの荷物を無くしたクーシルが、身体を傾けて全員に提案をする。

 軽やかな足運びが鳴らすこつこつという靴音が、夕日の色に染まった廊下に反響していた。

「今のあたしの舌的には…んー…甘いのとか食べたいんだけど」

「ドーナツとかどうですか?帰り道の途中に、ちょっと曲がったとこですけどありましたよね?」

「それ!気になってたやつ!なんか、最近できたやつだよね」

「へー、そんなん出来てたのか」

 初耳顔を浮かべたレグが、鞄をがさりと持ち直す。

「けっこー人気な感じらしいよ?よーし、それケッテー!灼熱も良いよね?」

「どうせ俺が何を言おうがそうするんだろう」

 レグとワッフルの奥から、クーシルが軽く上半身を後ろに逸らして一歩後ろの俺に顔を見せてくる。

 それにため息混じりの睨みを返すと、クーシルは否定する事なく、むしろまぁねと言うようにふへへと笑って上半身を戻した。

 学院の外に繋がる大扉が見えてきた。

 休日ではあるが図書館も学院の中には併設されている為、開けっ放しになっている大扉。

 その先は眩しい夕焼けの所為でいまいち窺えなかったが、景色は予想出来ていた。

「あー…」

「え、うわなに、人おおっ…!なんで急に増えたの…!?」

 大扉を越えてみれば、校門から寮を目指し、満足げな顔で隣の人間と(やかま)しくはしゃぎながら歩いていく大勢の生徒。

 レグが予想出来ていたような声を密やかに漏らし、それをかき消すぐらいの声をクーシルが上げる。

 ワッフルは黙っていたが、眼鏡の奥は理解出来ない事に丸くなっていた。

 三人揃って足が止まる。俺も一拍遅れて止まった。

「かち合ったか…」

 嫌そうなトーンでレグが呟く。

「なに?どうゆう事?」

「なにかあったんですか?」

 訳知り顔のレグに、ワッフルとクーシルの疑問の色に染まった目が向かう。

 事情は知っていたが、なんとなく俺もそちらを見た。

「いや、今日休みでほら、学院の奴ら外行けるだろ?全員、門閉まるギリギリまで粘っから、夕方終わるぐらいになると大体いっつもこんな感じになんの」

 のんびりしすぎたなー…と、校門にまたレグは顔を運んだ。

「そうなんだ…知らなかった…」

「わたしもです…」

 ネカスの寮があるのは学院の外。

 休日の学院、それも終わり際を知らなくてもまぁ、こればっかりは不思議には思わない。

 寮に向かうのを忘れているのか、立ち止まったままの馬鹿共。

 レグが俺の顔を覗いてきた。

「ランケ、どうする?遅らすか?」

「確かに。どうするんですか?行ったらスッゴい見られますよ?」

 校門からしか街に出れない以上、あの人の波は越えなければならない。

 あの人波の行き着く先、寮があるのは学院の脇。大扉まではまず来ない。

 ここで待っていれば、いつか来るだろう、数の少ないタイミングを確実に狙える。

 …だが。

「いい。さっさと部屋に向かいたい」

 誘拐に加え長時間の腫れ物扱いで、身体はとうに疲れ切っていた。

 いつかとやらをここでひたすら待つのも、あれを越えるのと同じぐらい心が拒んでいた。

 待つのもまた、一苦労なのだ。ましてや、あんな烏合の衆をなど。

 俺が帽子を被り直すのを見て、それならと三人は、いつの間にか俺と横並びで歩き始める。

 当然、歩けば歩く程に、着々と烏合の衆は近付いてくる。

 それの中をこれから通り抜けようというその直前、子供が海に入る前に頬いっぱいに空気を貯めた後のように、すっと顔を伏せた。

「え、ねぇあの人…」

「コルファ…あ、いやっ…うーわ…」

 誰だか知らない人間の、俺を見た反応の声。

 大波に飲まれたような息苦しさ。

 烏合程度に、緊張を思い出されるとは。

 俺の呼吸一つ、それでなにか笑い草を作られているのだろうか。

 あぁ、人の視線はこうも痛いのか。突き刺さるのか。

 今にも逃げ出したいが、ここで逃げ出すのもまた醜態だ。醜い人間はなにをしても醜い。

「やっぱ目立つね」

「ただでさえ逆走してますからね…」

「それに、あの服だしな」

 いつまでも、かつかつと前後に動く靴だけを見て進んでいた。

 時折、オレンジに染まった道の上から人らしい影が現れるが、なにか小さく声を放つと、避けるように横に消えていく。

 自分の靴が動く様だけジッと見ていると、その現れる影が一気に減った。

 恐る恐る顔を上げてみれば、校門を少し行ったところ。

 ひとまず、学院の奴等の目は落ち着いた。

 自分の歩調が、一気に緩まった。

「お疲れさん」

「触るな。やめろ、その目」

 誉めるように肩をぽんと叩いてきたクーシルの手を払い退け、妙に温かい眼差しを向けてくるワッフルにも睨みを返す。

 変に扱われる俺を見てか、レグがふっと笑った。

「……」

 なにか見たかった訳でもないのに横目でかすかに後ろを覗いた時、通り抜けた人波の中で、見間違いか、銀の髪が夕焼けに輝いていたような気がした。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 寮に着き、玄関で帰ってきたとか何とかあれこれ言っていた馬鹿共を放って、足早に部屋に戻った。

 普段とは違い、まず先に風呂に入り、その後、空が夜の色に染まった時刻に出来た夕飯を部屋で済ませ、その皿洗いをしに共用スペースに向かった。

 いざその扉まで近付いてきたところで、鼻に触れた紅茶のような香り。

 今まで何度もここに来ているが、この時間帯に紅茶の香りは少し不思議に思えた。

 普段のこの時間なら食事をあいつらも終わらせていて、勉強をするでもなく、何をするでもなく、椅子の上でぐたぐたと中身のない会話をしているのが常。

 それのお供に、紅茶でも淹れたのだろうか。

 がらりと扉を開けてみれば、より一層、濃く紅茶の香りがした。

「お、狙ったようなタイミング」

 俺を見て発せられたクーシルの言葉に釣られて、他の三人もこちらに顔を向けた。

 二つをくっつけ一つにしたテーブルに置かれた、三つのコップに二つのカップ、そして二つの細長い箱。

 あの中身は、帰り際に寄って買ったドーナツ。

 一つの箱に、五つのドーナツが入っている。

「茶会の真似事か?」

「マネじゃなくて、ほんとの!」

 ご褒美だなんだと言って買ったのを、それらしい場を設けて食うのだろう。

 紅茶の香りをさせていたのは、遅れて帰ってきた担任。

 今まさにポットを手に、二つのカップに湯気上る紅茶をこぽこぽと注いでいる。

 三つのコップの方には、既にオレンジジュースが穏やかに波打っていた。

 どうやらこいつらの舌は頭と同様に馬鹿らしく、紅茶は無理らしい。

「呼ぼうと思ってたの。一緒にどう?」

「断る」

 最後のカップに紅茶を淹れ、ティーポットをテーブルにかたりと置いた担任が誘ってくるが、無論出る気などない。

 キッチンに、持ってきた皿の並ぶプレートを置く。

 寝間着の腕を捲り俺が皿を洗い始めた途端、おもむろに馬鹿共が椅子から立ち上がった。

「よし、じゃ灼熱の部屋行こっか」

「あ…?おい待て、なに言い出してる」

 洗いかけの皿から、反射的に顔を上げる。

 手に当たる水が邪魔でキュッと蛇口を締めた。

「わたし、ドーナツ持ってきます」

「んじゃ俺いすー。半分クー頼むわ」

「りょーかーい。せんせ、飲み物」

「うん。えっと、トレイは…」

「だから何を…」

 俺の部屋に行くとかなんとか言っているが、どういう風に思考を働かせたのか。

 前からまるで決めていたかのように、異論なくテーブルの上の物を手早く運ぼうとする馬鹿共に言うと、クーシルが不敵に笑った。

「ふふふ、どうする?断ったらそっちの部屋で開催する事になるよ?お茶会」

「…ちっ」

 本当にこいつらは…。

「…分かった、参加してやる」

 俺が折れた瞬間、これもまた前から決めていたように、馬鹿共は笑って運ぼうとした物を戻していく。

 さっさと皿洗いを済ませ、濡れた手を布巾で拭い、お茶会もどきの席に向かう。

「何でもかんでも貴様らは強引過ぎる…」

 椅子をがたりと引き、腰掛けながらうんざりとした顔で文句を言う。

「そっちがすぐ断るからじゃん」

「…放って置いてくれれば良いだろう」

「無理だな、同じとこ住んでんだし」

「です。仲良しが一番です」

「くだらん」

 そんな俺達の言い合い染みたやり取りを聞いていた担任が、何が面白かったのかふふと表情を崩した。

「食べよっか。紅茶冷めちゃう」

 ドーナツの箱両方が、テーブルに身を乗り出した担任の手でかぱっと開けられた。

 種類は、クーシルとワッフルが店で気の向くままにで選んだ物。

 そしてまた、全員の気の向くままにでドーナツは取られていく。

 俺も適当に、箱の隅にあったサバーラップを使って、ホワイトチョコのドーナツを取り上げた。

「あっ、それ…」

 俺に向けられる、ワッフルの如何にもショックを受けたような顔。

 その手には、濃いブラウンのチョコが掛かったドーナツが持たれていた。

「……なんだ」

「その…狙ってたので」

「渡さないからな」

「なに、白チョコ好きなの?」

 うまうまとドーナツを食っていたクーシルが、興味ありげな瞳で聞いてくる。

「違う、譲るのが気に喰わない」

「うわー…」

 俺の言葉に、非難するかのような眼差しがクーシルから来る。

「ほんとブレないよな。誘拐された時も、俺もっとめそめそしてるかと思ったのに」

「ね、なんならせんせーの方が泣きそうだったよね」

「だって…」

 唇を尖らせ、しょぼくれるような顔を浮かべる担任。

 思い返してみれば、確かに一番慌てていたのはこいつだった。

「訊くが、結局犯人について貴様らはどれだけ聞かされたんだ」

 俺が騎士に色々聞かされていた時、こいつらもコタの詰め所にはいた。

 捕まえた張本人として、言う事もあれば、聞かされる事もあった筈。何も知らずに開放はされまい。

「大体聞いたよ?なんで灼熱狙ったのかとか、ねっ?」

「そうな。あいつらがどういう奴らかとかも聞いたし…あぁまぁ、こっからどういう風になるのかは流石にだったけどな」

「やっぱり…牢屋とか、入れられちゃうんですかね?」

「…かな」

 ワッフルから向けられた目に、担任がこくりと頷く。

 二人とも、何処か罪悪感らしいのを浴びたような声だった。

「当たり前だろう。田舎のよしみとかいう腐った物で好き勝手やってきたんだ、今回の事だけで決められるのがなんなら憎たらしいぐらいだ」

「けど、なんかそう言われちゃうと心の底から喜べないよねー…。や、ドーナツ買っちゃんだけどさ」

「まぁでも、あれじゃね?今のランケじゃなかったら今より酷くなってただろ、あいつらの罪。ギリギリ命拾いはしたと思うぞ」

 …確かに、もし俺が父から見放されていなかったら、あいつらに待ち受けていたのはきっと、より重い罪だったろう。

 これからあいつらにどれだけの罪が待ち受けているのか知らないが、それでも間違いなく、確実に。

 そもそも見放されていなければあんな場所には絶対に出向かなかったし、行ったにしても十分な警護があったが、何にしても命拾いは運良くしたのだ。全く以て憎たらしい。

 固くなった空気に、全員の手が止められた。

 それを打ち破ったのは、レグの問いかけだった。

「そうだ。お前、犯人いるって、部屋のまえ来たとき合図くれたよな?あれ助かった、ありがとな」

「え、あっ、あれランケさんだったんですか?なんか声しましたけど…」

「いや、多分それじゃなくて、それをさせるなんかだな。だよな?」

「目の前で血を見せられても不快だったからな。仕方なくだ」

「なにそれ、優しさ?」

 ぷっと笑ったクーシルが、ドーナツを一口ほうばる。

「制服に貴様らの血など付けたくなかっただけだ」

「ふーん、ほんとにそうかなぁ?」

 必死こいて言おうとする程、こいつらは曲解を酷くさせる。

 余計な心労を背負わないため苛立ちの息だけこぼして黙っていると、食べていたドーナツを飲み込んだ担任があのさと声を掛けてきた。

「その制服の事なんだけど…ランケくん、今度から一般用の方で…その、お願い出来たりしないかな?」

「断る」

「でも…」

「理由は分かっている。また今回みたいな事になったら面倒だからだろう」

 今回の誘拐のきっかけは、まず間違いなくあの白の制服だ。それを着替えれば、まず一つの危険は去っていく。

 だが、やはり他の制服など着れはしない。

「なんでそんなこだわるんですか?」

「ねー。帰り、ヤな思いしたじゃん」

「…なにかあったの?」

 知らない事に心配そうに首を傾げた担任。

 俺の意思を挟む余地無く、すぐさま説明はされる。

「帰りね、ちょうど寮帰りの人とぶつかっちゃって。それですっごい目立っちゃったの」

「そうなんだ…」

「なんであろうと変える気はない」

「もはや意地だな、これ」

 これ以上話すことは無い。ドーナツを食べる。

 すると、担任もそれ以上制服の件を強いる事は諦めたようで、悲しげな顔をわざとなのか浮かべた後、ドーナツを静かに食べていた。

 少ししてクーシルが一つ目のドーナツを食べきった時、なにかを思い出したようにあぁと口を開けた。

「結局さ、あそこなんだったのかな?」

「あそこって…教会?」

「うん、ボロボロになってたとこ。王都にもあるけどさ、あんなじゃないよね?」

 理由知ってる?とクーシルの目がワッフルとレグに向くが、馬鹿共にそんな知恵ある訳がない。

 当然、首は横に振られ、その目は次に俺を捉えた。

「灼熱は?」

「知っている」

「え、うそ、教えてよ」

「…崇めてる神が違うんだ」

 俺がそう切り出せば、きょとんとした顔で三人の頭が傾いた。

 流石に、担任の方は知っているようだが。

 歴史に関しての授業でも時事問題として、そこまで踏み込んでではないが取り扱う話ではある。

「俺達がどうやってこの地に生まれたか、知っている……訳ないな」

「当たり前じゃん」

「当たり前です」

「初歩中の初歩だな」

 つい期待して言いかけてしまったが、やはりそうか。三人揃って、妙に自信ありげな面持ちで言うのが癪に障る。

 呆れをため息で吐き出してから、説明を始めてやった。

「大昔、五人の女神がそれぞれ血を一滴分け与え生まれたのが人間、という事になっている。だから、昔の人間は五色の力を自在に使えていた」

 炎、水、雷、風、土。

 その力の源は、人間に流れる女神の血。

 教会が語る話では、そういう事になっている。

「でも…もう使えないですよね?」

 あれと、ワッフルが気付く。

「あぁ、そうだな。おおよその人間が使えるのは今は精々一色だけだ。だから、他の属性の神は隅に追いやられ、今やほとんど存在を抹消されようとしている。この時世だ、雷の女神しか知らない人間もごまんといるだろう」

「あたしもそうかも…」

 少し意外だ。雷の女神に関しては知っていたらしい。

「最初の話に戻すが、あの教会はその(ほか)の女神を信奉して建てられた物だろう。誰も行かなくなって、ああいう風に朽ちたんだろうな」

 はぁとかへぇとか、話していまいち気持ちの良くないリアクション。

 理解しているのか分からないぼやっとした顔で、クーシルは二つ目のドーナツに手を伸ばした。

 と、担任が羨ましがるようなトーンで話しかけてきた。

「詳しいね、説明も上手だし」

「俺にも、他の女神の血が流れてるからな」

「あそっか、お前炎使えるんだもんな」

 授業で習ったのもそうだが、それよりももっと前に、俺に雷とは違う力があると分かった時、父から女神についても学べと言われた。

 その女神の名前も知っているが、この調子では、言ったところでこいつらの記憶に残るか怪しい。

「五人の女神が血を…それで、五色…」

 ドーナツを食べながらぼんやりと天井を見つめ呟く、クーシルの油で艶めいた唇。

「てことはさ、ミヤシロってさ、もしかして神の使いとかそういう事なんじゃない?」

「…流石に馬鹿が過ぎるぞ」

 あのミヤシロが神の使いなど、あまりにも突飛で非現実的過ぎる。

 あり得ないと、その思い付きに自分の首がゆっくり左右に揺れる。

 そんな俺を見たクーシルが、えーと不服そうに自分の唇をつんと尖らせる。

「そうかな?今までほら、あんなスゴい人いたなんて聞いたことないじゃん?それって、もしかしたら最初っからこの世界にいなかったからなんじゃ…!」

「普通に、辺境の田舎からでも出てきたんだろう」

「クーの意見、私はありえると思いますよ?田舎の方でも、あれぐらいならすぐ広まると思います」

「そ、それは…あれだ、何かしらの意図が…」

 馬鹿のくせにらしい反撃を…。

 あいつが神の使い?天使かなにかだと?

 真面目に考える人間が馬鹿と言われるような話だ。

 その考えに汚染される前に直ぐさま頭から追い出し、紅茶のカップに手を伸ばす。

 だが、その紅茶の湯気は何処へやら、温く微妙な味は顔を(しか)めさせるだけだった。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 紅茶を飲み終え、早々に部屋に戻ろうとカップをソーサーに返そうとした時、クーシルがまた何かを思い付いたのか、がたりとやかましく席から立ち上がった。

「そだ写真!撮ろっ!みんなで!」

「どしたん、急に」

 頬杖を付いたレグが、クーシルの(おとがい)の辺りを見上げる

「前から考えてたんだけどさ、なんか時間見つけられなくて。せっかく思い出したんだし、ね?いいよね?この五人での初実地訓練終わり記念ってことで!」

 くだらない記念写真の提案だったが、馬鹿共は乗り気な顔でいいかもねと頷く。

 無論、それに合わせてやるつもりなど毛頭ない。

「断る。これ以上付き合うつもりなど無い」

「ダメ。じゃ、カメラ取ってくるね」

 が、俺の拒否を片手間に跳ね除けたクーシルは、カメラを取りに共用スペースからばたばたと飛び出していく。

 扉に遮られた背中に文句を言っても届かなくなってしまい、元から高かった訳でもない自分の表情の温度が、一層下がるのを感じた。 

「あいつ…喜べないとかどうとか言ってたばかりではないか」

「そういう気持ちも全部まとめて、思い出、みんなで作ろうよ」

「いいじゃないですか、写真ぐらい」

「…はぁ」

 こいつらと写真…。

 俺がネカスにいる事が、はっきり形に残るもので写される…。

 ぞわりと、全身に鳥肌が立った。

 少しして、馬鹿が共用スペースにカメラ片手に戻ってきた。

 それを見てがたがたと楽しげに席から立ち上がる三人。

「ほれほれ灼熱も!」

 座ったままだった俺を、クーシルが手招いてくる。立ち上がる気になど当然なれない。

「写真なんぞ撮ったところでだろう」

「思い出なるじゃん。それともなに?もしかして一人で撮って欲しいとかそういう事?」

「目立ちたがりだな」

「もーしょーがなーい…。あ、決めポーズとかあったりする?」

 俺をあおり気味に捉える、カメラのレンズ。

 この茶化しのような空気のまま撮られた写真など、絶対に良い物ではない。

 普段よりも強い葛藤はあったが、諦めて椅子から普段よりも重い腰を渋々、嫌々で上げてやると、四人は嬉しそうにくすっと微笑んだ。

「うーし、じゃ撮るよー?あー、ここで撮っていいかな?なんかいい場所…」

 綺麗に横一列整列してではなく、斜め上に持ち上げたカメラのレンズを、身を寄せ合った自分達の方向に向けたクーシル。

 その瞳が傍のテーブルを離れ、写真に相応しい場所をきょろきょろと探す。

「ま、いんじゃね?五人で撮るなら後ろとかもう写んないだろ」

「そっか。じゃーあ…て、ちょ灼熱、そこだと写んないと思うよ?」

 カメラのレンズに入るか入らないかで誤魔化そうとしたが、馬鹿共に見つかってしまう。

 こういう所はどうして妙に鋭い…。

「いや、俺はここでいい」

「写真なのに写らないって意味無くないですか?」

 あっ、と担任が目を引く声を出した。

「なら、ランケくんの方に集まれば…」

「あ…?」

「せんせーそれ天才!」

 担任の閃きに俺が戸惑いを見せたその隙を付いて、新手の攻撃かのように、俺にぶつかる勢いでワッフルとレグが身体を寄せてくる。

「いぇーい♪」

「うぃ〜♪」

「ぐっ…!」

「ふふっ」

 担任も俺に身体を寄せながら、満足げに表情を崩す。何が楽しいんだこいつ…。

 ほとんど中心に押し込まれ、他の奴の身体の所為でまともに身動きが取れない。

 そこにクーシルが余裕の足取りで、勝ち誇った表情で迫ってくる。

「待て!撮る…」

「撮るよー?はい、チーズッ!」

 小さなカメラに取り付けられた小さなレンズ。

 その中心に、なんとか抜け出せた片腕を伸ばして叫ぶ俺の姿が反射した瞬間、意地悪く笑って、掛け声を発したクーシル。

 パシャリと、シャッターの音が夜に響いた。

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