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貴族様の成り下がり  作者: いす
二章

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十六話目

十六話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 ゆっくりと、瞼が上がる。

 ぼんやりと歪んだ視界が、次第に晴れていく。 

 まず真っ先に目に入ったのは、椅子に縛り付けられた自分の身体。

 後ろに回された手に感じる、ロープの窮屈な食い込み。

 どういうことなのかと自分の身体を見ていると、そこに濃い影が差し込んだ。

「目ぇ覚めたみたいだな。やっとかよ」

 俺よりも数歳は歳上だろう男。

 その傍、傷だらけのテーブルに腰掛ける同じぐらいの歳らしい男も、俺の方を見てくる。

「…誰だ、貴様は?」

「さぁな?」

「…あ?」

 肩を竦めて出されたふざけた返しに、怪訝な表情になる。

 晴れてきた瞳で、男の背後を見た。

 何処かの部屋…だろう。それも古い場所だ。

 木の床には天井からか落ちてきたらしい瓦礫が散らばり、それに被さるようにして、厚みのあるホコリで汚れている。漂う空気も顔が歪むぐらいに濁っていた。

 この荒れ具合、今日片付けたあの家のように突発的な大きな衝撃でやられた、というよりかは、時間が静かに染み込み蝕んでいっての被害だ。

 最近なら標準装備の電結晶の明かりも、荒れた天井には付いてなく、それに当たるのは精々、こいつらの持ち物なのか、テーブルの上の電結晶仕掛けの古臭いカンテラのみ。

 一体、なんの建物なのだろうか。

 …そうだ、思い出した。

 急に身体に電気のような衝撃が走り、そして意識を失ったのだ。

 そして、この薄暗い場所に見知らぬ男二人。

 考えられる可能性が無くはない。

 今の今まで無縁だったが、まさか今日ここで来るか…。

「お前さ、コルファだろ?親は?名前言え」

「…何故言わなくてはならない」

「や、そりゃ分かるだろ。身に覚えあんだろ?なに、状況分かんねぇの?」

 身代金…だろうな。

 コルファには、名のある家の人間ばかりが集まる。

 この白の制服が、金持ちの衣装と見る人間もいるだろう。

 大方状況が理解出来た時、俺と誘拐犯のやり取りを見ていたもう一人の仲間らしいのが、恐る恐るに口を開けた。

「あ、あの、本当にこれいいんすか…?」

「んだよ、今更それかよ…」

 赤い髪の毛をがしがしと掻いて、男が振り返る。

「や…でもほら、コルファってなんか、めっちゃ強いって聞くじゃないすか?」

「違ぇよ、あんなんはな、大抵付き添ってる騎士が強ぇんだよ。貴族様ばっかだからって、ぬくぬく大事にされてな」

 馬鹿にでもするようなトーンで言うと、誘拐犯の顔がこちらに向く。

「それに、さっき見たろ?なにしに来たか知んねぇけど、騎士も付けてねぇし、武器らしいの、こいつ持ってきてねぇんだから」

 くくと下衆に笑った赤毛の男のポケットから、折り畳みのナイフが取り出される。

「無駄に騒いだら、これ刺すかんな?」

 喉元に近付く、ナイフの切っ先。

 カンテラの光が、その表面にうっすらと滲んでいた。

「……」

「お前さ、もーちっと動揺しようぜ?」

「………」

 赤毛からはぁと苛立ったため息が漏れ出る。

「名前ぐらい、言ってくれっと助かんだけどっ!?あぁ!?」

 脅かし目的か声を張り上げる赤毛だが、返してやる言葉は無い。視線を横に逸らした。

「ちっ、抵抗すんなっつーの…」

 またがしがしと頭を掻いて舌打ちをすると、赤毛は俺から少しばかり距離を離す。

 この制服が、まさかこんな厄介事を呼び寄せるとは。

 こういう状況に自らがなった時、もしくはこういう状況になった被害者を助ける訓練はコルファの頃の話にはなるが当然積んでいる。だが、細剣が無い。

 いや、やろうと思えば炎で縛っているロープを燃やせばいい。

 後は、こいつらが戸惑っている内に、さっさと魔力なりで制圧してしまえば良い。

 見た感じ、きっちりと戦闘の訓練を積んでいる人間ではない。そこらの不良がわずかに育ったの…それが予想としては当たるだろう。

 だが、どうしてか、逃げようと言う気持ちにまるでなれなかった。

 必死に抵抗して、必死に戦って、それではまるで、俺があの担任の言うように生きたがっているみたいではないか。

 必死に生きようとするのが、果てしなく嫌だった。無様とすら思えた。

「…そう言えばっすけど、親分かっても連絡取れなくないすか?」

「あ?コタ行きゃ電話あんだろ」

「でも、夜っすよ?真夜中っすよ?こっから走ってとかどう考えても無理ですし…」

 つまり、レビーテからそう離れてはいない位置なのだろうか。流石にあの町の中に根城があるとは思えないが…。

「あー、じゃああれだ、明日の朝イチで良いだろ。お前行ってこいよ、俺見張っとくから」

 この話の内容、あまり深く決めずに決行したのだろう。

 この制服を見て、その日の内にでもやったのか。レビーテ辺りの騎士が事前に吹聴したようには思えない。

 そもそも、来るかどうかすら知っていたか怪しい。俺の制服を見た反応からして、騎士が知っていたのはネカスだけだ。

 と、また赤毛がこちらに近寄ってくる。

「あんさ?さっさと親に金払ってもらってそれで終わりでいいじゃん?なんでそんな意地張んの?」

「………俺に、親はいない」

 何を言っているのかと理解が出来なかったような、知らない言語でもふと使われたような間が流れた。

「……は?いや、いやいや、ふっ、なに愉快な冗談?貴族ジョーク的な?そういうの別にいらねんだけど」

 やはり…信用されないか。

 そろそろ、何か言っておかないと不味い気がした。

 不良と仮定した時、こいつらは良くも悪くもこういう事には慣れていない事になる。

 隙があると言えばそうだが、思い通りにいかないと過激的な事にすぐ手を変えかねない。

 …生きようとするのが嫌なくせに、こういう自衛はするのか。自分が分からなくなる。

「…ふっ」

 思わず、自分へ侮蔑の嘲笑(わら)いが出た。

「あ…?なに笑ってたんだよ、あぁ!?」

 勘違いさせてしまったようで、怒りを顔に赤毛が俺の椅子を蹴り飛ばしてくる。

 がたりと椅子がバランスを崩せば、俺も当然そこに巻き込まれ、床にどんと顔がぶつかる。顔の片側に鈍い痛みが走った。

「ぐっ…」

「さっさと言えって!ほんとさ!マジで一回刺されないと分かんない感じ!?」

 そう言って赤毛がポケットに手を入れた時、遠くで何か、扉のようなのが開く音がした。

「今の…」

「き、騎士来たんじゃないすか?」

「ちょ、は、早すぎんだろ…。お、お前、黙ってろよ!?」

 俺を指差し、焦り気味に叫ぶ赤毛。

 ポケットからナイフを取り出すと、その切っ先を駆け寄った古びた木の扉へと向ける。

 テーブルに腰掛けていた男もそこから降り、扉の方に目をジッと向けていた。

 静かになれば耳が拾う、扉を開けた人間の靴音。複数の音が重なっている。

 本当に騎士かと思ったが、聞こえてきた注意も何もなさそうな脳天気な声で、誰なのか一瞬で分かってしまった。

「おーい、灼熱いるー?」

「返事してくださーい」

 馬鹿共だ。

 その声に反応し、赤毛がこちらに振り向いてくる。

「お前、マジ黙ってろよ…!」

 あんなのに助けなぞ求めるか…。

「ちょ、どうするんすか…!」

「や、やるしかないだろ…!お前あれな…!来たら雷な…!」

「えっ、や、え、でも…」

「やるしかねぇだろ!あいつらなら何も持ってねぇからだいじょぶだって!」

 男二人が慌てふためいている間も、まるでその焦燥をかき回すように、こつこつと近付いてくる馬鹿共の靴音。

 それは時々止まったかと思うと、扉を開けるような音を代わりにぎいとさせる。

「…いるか?」

「んーん、いない。え、これ全部やんの?」

「やんないとだろ。もしかしたらいるかもなんだし」

「…ほんとに、誘拐なんですかね?嫌になって逃げたとかありそうですけど」

「そんな事…ないと思うけど…」

 この声、担任までいるらしい。あいつ、戦えないんじゃないのか…。

「実際、コタまで歩きとかまず無理だしな」 

「馬車乗るぐらいだし、結構距離あったよね。やっぱり…じゃユーカイ?」

 着々と近付いてくる、馬鹿共の靴音。

 二枚ほど扉が開けられ、いないという声が同じく二回響いた後、声がこの部屋の扉の前にまで来た。

 すると、なにやら男二人はアイコンタクトを取り、赤毛の方がナイフを持つ手にぐっと力を入れるのが見えた。

 馬鹿共がこの気配に気付いている感じはしない。このままいけば、もしかしたら。

「…はぁ」

 ため息が漏れた。

 色々不満はあるが…目の前で血など見せられては不快だ。

 万が一にも制服に付いたりしたら鳥肌が立つ。仕方なしだ、助けてやろう。

 誘拐の知恵などやはり無いのだろう、足は縛られていない。

 自由に動かせたそれを使い、床に靴をこんっとぶつけた。

 その音は静寂しか無かった部屋にはっきりと響き渡り、男二人の耳にも当然それは触れる。

「っ、お前…!」

 俺のした事の意味を察し、怒り狂った顔で振り向いてくる赤毛。

 潜めてはいたが、そんな風に声を出せば流石に馬鹿共と言えど気付く。

「…今、声しなかったか?」

「え、いるの?」

「ワッフル、ちょい」

 レグがワッフルの名前を呼んで少し。

「余計な事すんなって…!…っ!?」

 赤毛がこちらに迫ろうとした瞬間、背後の扉が勢いよく、桃色のイナズマで吹き飛ばされた。

 降り注ぐ、木の破片と桃色の粒子。

 衝撃でホコリが舞い上がり、咄嗟に目を細める。

 薄れた視界、無くなった扉の先には右手を突き出したワッフルがいた。

「え…」

 自分自身も、その力に驚いたような顔で。

 瞳が桃色に染まり、耳のピアスがぼんやりと淡く光っていた。

「灼熱いたー!え、じゃああれ犯人!?ん…あれ、でもあんたら…」

「クー、早いとこ武器取り上げんぞ!」

「あっ、うんっ!せんせー、下がってて!」

 レグがボウガンを構えるのを見て、自分の顔を悩ませていたクーシルも慌てて背中に掛けていた槍を構える。

「ランケくん…。みんな、気を付けて…!」

 担任が後ろに下がるのを見てから、その槍先を突然の事に戸惑う赤毛の方に向けた。

「持ってきてねぇんじゃなかったのかよ…!あーっ、くそっ!」

「来るぞ!」

「りょーかい!」

「らぁぁっ!」

 ナイフを握り、クーシルに突撃していく赤毛。

 だが、ナイフに槍では結果は明白。

 軽々と槍先に弾かれ、ナイフはカンテラの光に照らされながら、床にからんと落ちた。

「ぁ…あっ…!」

 手元から突然武器が消えて唖然とした赤毛に、クーシルの背後に構えていたレグが筒をひゅっと胸に撃ち込み、瞬く間に気絶まで持ち込む。

 ばたりと、赤毛が床に倒れた。

「ライブ!?」

「投降すんなら今のうちだよ!」

 赤毛に駆け寄ろうとするもう一人の男だったが、その進路にクーシルが割り込む。

「あぁもう…!はぁっ…!」

 どうしていいか分からなくなったのか、大声を上げると右手を突き出し、適当に雷を撃とうとした男。

「あっ…」

「あっぶねー」

 が、雷が走るよりも先に、またレグが脇から風切り音をさせて筒を撃ち込み、もう一人の男もまた意識を失って床にばたりと倒れ込んだ。

「ナイス、レグ」

「おう」

「ワッフルも」

「え、あっ、はい…」

 静かになった部屋で、ハイタッチの清々しい音がぱちんと鳴った。

「たっ…助けないと…!」

「のあっと」

 制圧した瞬間、ぱたぱたと俺目掛けて走ってくる担任。

 脇からの急な飛び出しに、クーシルが驚く。

「え、えっとえっと…い、今ほどくから!あ、あれ?…あれっ?」

 俺の目の前でへたり込むように座り、椅子の後ろで固められたロープの結び目に手を伸ばす担任。

 が、焦り過ぎで、手がいまいち自在に動いていない。縛り付けるロープが、これと言って緩くなる気配が無い。

「せんせ、俺やりますよ」

 見兼ねたらしいレグがこちらに歩いてくる。その途中、床に転がっていたナイフを拾うと、テーブルの上に安全目的かかたりと置いた。

「二回目だな」

 椅子の後ろでしゃがんだレグが、ふっと笑う。

「無駄口叩いてないで速くしろ」

「へーい」

「うぅ、ごめんね…」

 不甲斐なさからか悲しげに謝る担任の後ろ、クーシルが倒れた犯人の顔を、どうしてかしゃがんでまでまじまじ覗き込んでいた。

「け、怪我とかしてない…?あ、危ない事されたりとか…」

「別に。平気だ」

「良かったぁ…。急にいなくなって…本当に…はぁぁ…」

 ロープがほどけるまでの間、質問に答えてやると、担任は心底安心したような顔で胸を撫で下ろす。

 頬は痛んでいたが、ここで言ってあれこれ心配されるのも面倒くさかった。

「探しといてなんだけど、マジで誘拐されてたとはな…うーし」

 締め付けていたロープが、はらりと力無く緩んだ。

「ほれ、手」

「いらん」

「んだよ」

 自由になった身体を起こし、制服に付いたホコリや扉だったのの小さな破片を急いで払う。

 レグが手を伸ばしていたが、そんなのが無くとも普通に立てる。

「…あ、閃いた」

 俺の拒否に出した手を何も握らないまま締め引き返させたレグだったが、ふと頭に電球を灯したかと思えば、解いたばかりのロープを手に、意識を失っている二人の犯人に向かっていく。

 いつ目覚めるか分からない、再利用して縛っておくつもりなのだろう。

「ね、この人らさ、ご飯食べてる時いたよね?」

 と、二人の内の赤毛の方をジッと見ていたクーシルが、俺に顔を向けてきた。

 言われて赤毛を見下ろすが、記憶がざわめくような事はない。

「そうだったか?」

「ほら、灼熱が文句言ってた時に見てきた人たち。覚えてないの?」

 顎に指の背を当て、その光景を思い出す。

「…見てきた奴がいたのは覚えている。だが、どんな顔だったかまでは知らん」

 二度と会うかも分からん奴の顔を、いちいち覚えて何になるのか。

「記憶力わる」

「違う、余計な事に割かないだけだ」

「そ。でもさ、だとすると、まさかそれの復讐で灼熱を…!」

「普通に身代金目的だろう」

「あっ、それあるか」

 などと話している間に、レグが壁に寄せた二人を、纏めてロープで器用に縛り上げる。

「そうだ、騎士呼んでこないとじゃね?」

「来てるのか?」

 聞くと、一仕事終えたレグはあぁと頷いた。

「反対側の方、見てもらってる。…あ、ここがどこか分かってるか?」

「…教会か?」

 自由になってからもう一度部屋を見回すと、蘇った馬車での記憶。

 そう言えばあの時、壊れた教会があると言っていた。こういう奴らには、うってつけの根城になるだろう。とすればここは、神父かシスターが使っていた小部屋にでも当たるか。

「正解。やるじゃん」

 俺の推理におぉと目を丸くしてから、レグは担任の方に身体を向けた。 

「じゃせんせ、呼んできてもらっても良いっすか?ランケ、他に仲間っぽいのいないよな?」

「あぁ。してた話からして、こいつら二人だけだろうな」

 他に仲間がいて、出くわす可能性を危惧しているのだろう。士官科の一年、なにも全く無駄にしていた訳ではないらしい。

「じゃ、お願いします」

「うん。…て、ワッフル?何してるの?」

 無くなった扉の前で、呆然と立ち尽くしていたワッフル。

 騎士を呼びに行こうとした担任が声を掛けると、ハッと身体が小さく跳ねた。

「あっいや、なんか思ったよりスゴいの出しちゃったような気がして…。き、騎士さんですよね?わたしも行きます」

 担任と間抜け面を直したワッフルが、肩を並べて部屋からとたとたと出ていった。

 ピアスの恩恵を得るのが、どうやら初だったらしい。

 予想外の力が目の前で弾け、理解に遅れたのだろう。

 二人が出ていってから少し、町の詰め所にいた二人の騎士が到着し、尚も意識を失ったままの犯人を連れて部屋から出ていった。

 信用ならない騎士らではあるが、流石にこれを置いておく程の奴らではないらしい。

 なにやら犯人の顔を見たとき顔を見合わせ呟いていたが、詳細は聞こえなかった。

 夜もだいぶ深まっていたらしく、細かい経緯の纏めなどは明日の朝、それもコタの方の大きな詰め所に回される事になり、ひとまず今日はもう宿で休めというのが、二人の騎士からの指示だった。

 犯人が連れ出された教会の一室。

 五人だけになると、クーシルが手のひらを屋根に身体を大きくぐっと伸ばした。

「はー、お風呂入り直しかー。つかれたー」

「私もヤな汗かいちゃった…」

 言いながら、ほとんど廊下との打ち抜きになった部屋から出ていこうとしていた馬鹿共だったが、ワッフルだけはその足を止めていた。

「…あの、すみませんでした」

 こちらを見てきたかと思うと、その頭がぺこりと下げられる。

 馬鹿共が何事かと振り向いた。

「わたしが外いこうって言ったから…その、こうなって…」

 落ち込んだ声が、静かな部屋にぽつりと響く。

 眼鏡の奥の瞳は、居場所を探すように床を見つめていた。

「全くだ。貴様の所為(せい)で…」

 俺が口を開けた途端、クーシルが話に、というか俺達の間に物理的に割り込んでくる。

「まーまー、良いじゃんチャラで。すぐ助かったんだし。というか助けたんだし」

「いや、だかな…」

「ほら、もさっさと帰ろ!ぶっ通しでこっち眠いんだから」

「ぐ、押すな!い、いいか…!」

 俺の背中を、いつぞや家の時のように押してくるクーシル。

 それをなんとか足に力を入れることで(こら)え、ワッフルにきっかけはあるだろうと指を指し言おうとしたが、背中の手は押しきろうと仲間を呼んでくる。

「粘んなー!レグ、ちょっとこのねちっこいの手伝って!」

「んー」

 呼ばれたレグも俺の背後に回り、力任せにぐいぐいと背中を押してくる。

 流石に二人掛かりになると、堪えていた足が少しずつ、前に進み始めてしまう。

 歩き始めてしまうと不安定な足取りを整えることに専念するしかなくなり、言いたいことも結局言えなくなってしまう。

 部屋から連れ出される時、横目に見えた。

 指先で潰せば消えてしまうぐらいのほんのわずかな火の粉が、ひらりと床に舞い落ちるのが。

 …気分が悪くなった。

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