第十三話
十三話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
まだ白みがかった空。
肌寒ささえ感じる、外に漂う透き通った朝の風。
今日を期待させるような朝なのかもしれないが、俺にとっては晴れた空が何よりも陰険に見える。自分という存在が、心が、世界に無視されたような気分になるのだ。
担任に渡していた武器の申請書が通り、実地訓練当日、学院にまで全員で受け取りに向かっていた。
この時間でも熱心な奴ならば寮の周りを走り込んで自分を鍛えたりしているが、学院内と寮とを繋ぐ道には決まった時間まで開かない、格子状の門扉が設置されている。
お陰、誰かに見られるような事もないまま休日の学院の中へと入る事ができ、武器の貸し出しをしてくれる所までも、これと言っての災難なく着くことが叶った。
各々、チャックに小さな錠前の付いた武器が入った保護用のバッグを鍵と共に受け取り、それを一泊分の荷物を詰めた鞄と共に背負い、もしくは抱えてで持つ。
次の目的地を駅に定め、廊下を引き返す。
クーシルは…バッグの細長さからして槍だろう。
レグの方の独特な形は、考えるにボウガンだろうか。
昔はそのまま矢を放っていたが、最近は電気の込められた針付きの、矢のように細い筒を発射することで、相手に大きな怪我を与える事なく無力化出来るとじわりじわりと勢力を拡大している武器。
父の持っていた騎士団でも、見掛けたような記憶がある。
そしてワッフルだが…。
「…なんですか?」
俺の目に気づいた、頭にベレー帽を乗せたワッフルが首を傾げる。
「いや…それだけかと思ってな」
「え?」
制服の背中に亀の甲羅みたく背負われた、盾一枚。ワッフルが身に着けている物で、他に武器らしい武器は見当たらない。
先程、一番遅くまで武器貸し出しの受付口にいたというのに。
そんな身軽が許されるなら、俺だってこの細剣は置いていきたかった。
「付けてますよ?ほら」
ワッフルが自分の耳の近くの髪を、手ではらりと退ける。
丸い耳たぶに付けられたのは、結晶のピアス。
涙のように加工されたそれが、歩きに合わせゆらゆら気ままに、風を浴びた花みたく揺れていた。
「それだったのか」
あぁと、口が動いた。
「前に出たくないのでこれにしてるんです」
周りに使っていた人間がおらず記憶から抜け落ちていたが、確か、魔力を増させるアクセサリーだった筈。
詳しい原理は忘れたが、電結晶を小さく結晶の中に組み込む事で、血液に溶け込む魔力の量が増幅するんだったか。
要するに、一度に使える電気の容量が平常時よりも増える代物。遅かったのは、それを付けていたからか。
「その盾は?」
「万が一の時の保険です。もしも背後を取られても、これでバシッとバリアです」
身体をくいっと捻り、得意げな顔で盾の半分を俺に見せつけてくる。
「バシッとなった事、一回も無いけどな」
話を聞いていたレグが、これでもかと大きな欠伸を漏らしながらワッフルを見る。
長引かせるつもりが無かった会話に、着替え用のとは違うらしい、肩から下げた小さなバッグを揺らしてクーシルも質問ありと入ってきた。
「でもさ、なんでピアスなん?他にもあったでしょ?腕輪とか指輪とか…なんか色々あるよね?」
「これが一番オシャレですから」
「…貴様が言うか」
生真面目な見た目から似合わない事が発せられ、口が勝手に動く。
「む…なんですか?ダメですか?…ぶつけますよ?」
「意外と言っただけだ。他意はない」
胸の前で斜めに付けたベルトに手を掛けるワッフル。
その睨みは、半分本気と言った具合だった。
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長い電行車の時間は、背中に痛みを残した。
父の持つ専用車、もしくはコルファの時に使っていた等級が上の席であれば、こんな痛みは生まれなかった
一応、俺の父含めた貴族からの多額の寄付で、少しぐらい等級を上げてもそう経営難にはならないだろうに、外聞があるのか、何から何まで平民用の所に入れられてしまった。
実地訓練の時に使う電行車は、その寄付から出されるお陰で費用は求められない。
平民から見れば良い仕様かもしれないが、平民が多いクラスに所属してしまったクラスの貴族からしてみれば、迷惑極まりない。
痛む身体を軽く動かしながら、ホームから駅の出入り口を目指して全員で歩いていく。
ホームにあった時計はもう少しで正午を指す。
朝に出発してこれとは、かなりの所要時間だ。父が呼ぶ特注の電行車とは出せる速度が違うのだろう。
「はー、着いたー!」
「やかましい…」
ホームから抜け、荷物の重さに面倒を感じながら駅の階段を上がり、第一の目的地である『コタ』に出た。
光を浴びると早々、クーシルがみっともなく両腕を空に大声を上げる。
幸い、それが目立たない程、街は道行く人で賑わっている。
それでも耳に響いた騒音に耐えきれず、一歩、距離を取った。
服飾を伸ばすこの都市では新しいデザインの服が毎年多く生まれ、王都でも平民用から貴族用まで幅広く、そして数多く売られている。
コタ製、というだけで一定の品質は保証されているぐらいだ。服に関して、この街の信頼度はかなり高い。学院の制服も、この街出身の人間がデザインした筈だ。
実家にあった俺のクローゼットの中にも、ここで買ったのが幾つも並んでいた覚えがある。
まぁ、都市と言っても王都にはやはり劣る。
路面電行車もここにはなく、駅前の石畳が鳴らすのは往来の人の靴の音のみ。
そこに隣の馬鹿二人の靴音が、こつと混じった。
「あー…行きたいなー…!服見たいなー…!」
「ちょっとぐらい…ダメですか、ミー先生?」
目を輝かせ、並び立つ服屋に吸い込まれるように首を伸ばすクーシルとワッフル。
その煌々とした輝きが、留め具のベルトを垂らした、革張りの手帳を見る担任に集まる。
「ダメ。これから迷惑かけちゃったお家の人に挨拶行かないとなんだから。馬車の時間だってあるんだし」
不可能であると、きっぱり頭が横に振られる。
「その人が泊まってる場所ってどこなんすか?なんか、代わりのとこ用意したんすよね?」
ここに着くまで、電行車でほとんど寝ていたレグ。首を俺以上に痛めたのか、首に手を当てて、四方八方巡らせながら担任に尋ねる。
「いま見てたんだけど…ここら辺から結構近くみたい。歩いてもそんなぐらいの……言っとくけど、余裕があっても時間は作れないからね?授業として来たんだから」
「「…はーい」」
時間がそう掛からないと聞くと、馬鹿二人の目の輝きは強さを増したが、これは実地訓練。個人的な観光ではない。
担任がメモ帳をぱたりと閉じ、それらしい方向に向けて歩き始めると、馬鹿二人も咎められた事に不服そうにしながらも、制服のスカートをふわりと翻して担任に付いていく。まさしく、後ろ髪を引かれたような遅さではあったが。
俺もこの実地訓練もどきにずっと不服を感じているが、ここまで来てしまった時点で、何を言おうと迎える結末は目に見えている。
荷物を担ぎ直し、髪隠しの帽子を目深に被って、その背中に付いていってやった。
…駅から左に曲がり、しばらく大通りを道なりに歩いていると、担任がそこそこ大きな建物の前で足を止めた。
「ここ…かな?…だね、うん」
担任は一度外観を見上げ頷くと、その宿の扉をガチャと押し開ける。
わざわざ全員で行かずとも最低限で行けばというのに、フロントに歩いていく四人。
そこまで付いていく気にはなれず、少し踏み入ってはしまったが、閉まりそうになっていた扉を手で止めた。
と、最後尾を歩いていたクーシルが、視界の端に写ってしまったのか、不思議そうな表情で振り向いてきた。
「どしたん、行かんの?」
「全員でぞろぞろ行く理由は無いだろう」
理由を端的に伝えると、ふーんと曖昧な声が返ってくる。
「大丈夫?一人で外、寂しくない?」
「正気か」
からかってきているという様子では無い事に呆れながら、宿の扉を外に出てからばたりと閉めた。
入り口傍の柱に凭れ、何の気なく、横目で近くの窓から中を覗いた。
窓の先、受付の人間に事情を説明しているのか、わたわたと身振り手振りが激しい担任。
それでも受付は何とか話を汲めたのか、あーと理解したような顔を見せた所で、近くの階段から二人の親子らしいのが手を繋いで降りてきた。
この街に相応しくない、地味な色味の服を着ている母親。
おおよそ一桁程度の歳だろう少女の方も、服は地味なデザインの、膝下が隠れるぐらいのワンピース。
両方、如何にも街に慣れていない、田舎者という雰囲気だ。被害者はあいつらだろう。
すぐに担任もあっと口を開け駆け寄ると、出会い頭に頭を深く下げていた。
その後、入り口の脇に設けられていた小さなロビーのソファに全員は集まり、その内の担任と母親らしいのが話を始めた。
しばらくは動きの無い話し合いが続くのだろう。
そう思い街に目を向けようとした時、母親の側にいた少女とふと目が合った。
周りではあの馬鹿共が気を引こうと、荷物を置いてあれこれ話しかけているようだったが、何故か俺から目を離そうとしない。
次第に周りの馬鹿共も俺と目が合っている事に気付き、少女の肩を叩くとこちらを無礼にも指差してきた。
そこで嫌な事が起こる気配を察知し、目を逸らした。
だが、すぐに横の扉が開く音。
クーシルの、今度こそからかうような声が耳を不快にさせた。
「へいへいへいへーい、女の子と目あわしてなに通じ合ってたーん?」
「…ちっ」
気分を落とさせるニヤついた顔の馬鹿共三人に加え、傍にはあの少女も。
俺の傍まで小さい靴で走ってくると、何を考えているのかジッと丸い瞳で見上げてくる。
「白いけど…ともだち?」
馬鹿共に顔を向けた少女が、それを傾けて尋ねる。白…制服の事か。
「違う」
こいつらに答えの権利を譲ってもろくな事にならない。一足先に答えを言う。
「えー、違うの?」
「仲良くしてきたと思うんだけどなー…」
納得がいかないと、うーんと頭を斜めにする馬鹿共。
それを見た少女が、また俺の事を見上げてくる。身長差の所為で、目深まで下げた帽子が意味を成してなかった。
「ちがうの?」
「違う」
「む、頑なですね」
子供の気まぐれか、それ以上、友達とやらの話はどうでもいいようで、一度石畳に視線を落とすと、数秒の間の後、別の話を持って顔を上げてきた。
「…カッコいいね」
「おぉ、まさかの告白ですか」
「うわ、すげー大胆…」
微笑んで茶化す、ワッフルとレグ。
反対に真剣なのか、少し赤らんだ少女の頬。
居場所に困ったような短い指先が、長めに伸びた髪の毛をいじっている。
照れながらもこちらを捉える瞳の奥にあるのが、例え本心であろうが、俺には心底どうでもよかった。
これが妹であれば、兄として優しく微笑んで接していたが、こいつは何処まで言っても赤の他人。そんな奴、構ってやる理由などない。
何も言わずに無感情に視線を合わせていると、横から少女の頬を付く、細長い指が伸びてきた。
「やめときなー?これ、顔は良いかもだけど他ダメダメだから。も最悪」
しゃがんで目線の高さを合わせたクーシルが、諭すように語りかける。
「さいあく?」
「そ、最悪も最悪。やーもう、奥さんとかなったら苦労スゴいしちゃうよ?」
「おい」
最悪最悪と繰り返し好き勝手言われ、いい加減口が動く。
好意だなんだは至極どうでもいい。
たが、馬鹿共に好き勝手言われた挙げ句、最悪と鵜呑みで印象を持たれたまま話を終わらせられるのが、心から気に喰わない。
「…なら、今のなし。とりけし。ごめんなさい」
しかし知能が同レベルだからなのか、少女には俺よりも馬鹿の言葉が響いたようで、少し慌てた様子で、俺に頭を下げてきた。
「……」
無感情に見ていたつもりが、思い通りにいかず気分が悪くなる。
それは顔で、睨みを作っていたかもしれない。
本当にそうだったのか、はたまた単に居心地悪くなったのか、また気まぐれに少女は宿の扉へ向かって駆け出していく。
と、それが開けるよりも先に、向こう側から扉が開けられた。
「わっ」
扉の先でした担任の驚いた声。
出てきた担任の脇を抜けて、少女は宿の中へと入っていった。
「何してたの?」
自分が出てきた所を見ながら、担任がこちらに歩いてくる。
「危険な恋の芽をね、摘んでた」
「?」
気取った顔で語るクーシルに、どういうこと?とはてなを浮かべる担任。
それを放って、クーシルは自分の表情を普段に戻した。
「あ、話おわったんだよね?」
「思ったより早かったですね」
「まぁ、これからやりますっていう、報告ぐらいだからね」
「じゃあ、つぎ馬車?」
「そうだけど…みんな荷物、中だよね?置きっぱなしだったけど…」
「あっ、ヤバ…」
ばたばたと、三人も駆け出していった。




