第十二話
十二話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
バイトや自分の片付けに忙殺され、一週間がかなり早いものに感じた。
ネカスに連れてこられたすぐの時も、時間は早く流れ去って行っていたが、あの時とは違う、中身のある一週間。その中身が揃いも揃って最悪でしかないのが、気分を悪くさせるが。
また、そんな最悪の一週間が始まってしまう。
小さな絶望を朝の教室の壁に見つけていると、視界の端に写る担任が何か、数枚で束ねられた紙を取り出した。
一枚一枚馬鹿共にそれを配り、俺にもはいと配ってくる。
このやり取りには、見覚えがあった。
「みんな見てるね?」
最後、手元に余った一枚の紙を自分のにして担任は教卓へと戻り、口を開いた。
「今週末、実地訓練があります。…ランケくん、説明しなくても分かるよね?」
「…あぁ。貴様らにもあったんだな」
こいつらにも、実地訓練はあるのか。
机の上だけでは分からないことがある。
そういう事実に基づいた考えでこの学院では、士官科経済科両方、およそ月一回程度、あちこちの街に赴いては専用の授業とは別に実地訓練を行っている。
士官科であれば騎士団と連携し、街々の問題事、クラスに依っては事件解決の協力を。
経済科では店などに出向き、実際の金の流れを把握したりする。
士官科が経済科、経済科が士官科のするような事をすることは無い。基礎教養に関しては両方で学ぶが。
騎士団方面でも経済方面でも、学院の卒業生は多い。
そういう事もあり、実地訓練の受け入れを表明している場所は豊富にあるのだ。
ネカスが士官科なのか経済科なのかいまいち判断に欠くが、実地訓練は一応やっていたらしい。
多少気に喰わないがコルファの方もまた、経済科士官科、どちらの科なのか正確な決定はなされていない。
どちらの実地訓練も、均等に行っている。
文武両道は大抵中途半端に終わるものだが、中途半端では終わらない人間ばかり集めたコルファでは、両方行うようになっているのだ。
「おやおやランケさん、コルファなのに知らなかったんですか?」
「興味なかったからな、こんな所」
馬鹿にしてくるクーシルを簡単にいなす。
一週間の内の五日もの間、バイトでこいつと結構な時間を共にしているのだ。
軽口ぐらい、左から右に流すことは出来るようになった。
渡された紙に目を戻した所で、担任が説明を始めた。
「行く場所は『レビーテ』って言う、王都だと…南東かな?の、とこなんだけど」
行く場所の名前が出されると、すぐに横で知ってる?知らないですと、ぎきと椅子を鳴らして制服が集まる。
小煩いそれを意識から省いて、机に置かれた紙に意識を向けた。
レビーテ…か、知らないな。
王都から南東ということは、大陸全体で見た時、ワクレールとは反対の位置にあるというわけか。
紙にはその町らしい写真が数枚、説明書きの上に貼られていたが、見て分かる、辺境の小さい田舎町だ。
こういうつまらない辺鄙な場所では大抵、その近辺の森から出てきた魔獣退治が基本。
「最近まで、魔獣が町の近くで集まってたみたいでね」
やはり。予想の矢は見事に的を射抜いていた。
となると、こいつらの実地訓練は士官科の方なのか。
「それの退治って事すか?」
「前も言いましたけど、私あんまり戦うの得意じゃないんですけど…」
レグが紙の持っていない方の手を挙げて尋ねる。
退治と聞くと横のワッフルは眉を困ったように寄せ、その顔を担任に見せた。
「こいつらの訓練は誰がつけてるんだ。貴様か?」
ふと気になり、担任にどうなんだと目を向ける。
普通、一教科に付きそれを担当する教師がいるのだが、流石落ちこぼれの巣窟だからか他の教師がここに近寄る事はなく、全てこの担任が授業を担っている。
戦えるようには四方八方見ても見えないが、戦闘の訓練ももしや任されているのか。
「んあ、違う違う。それはちゃんと担当の先生くっから。ミーせんせそういうの全くだし」
俺から見て手前のクーシルに被らないよう目の前の机に若干のしかかるようにして、レグが手を左右に折りながら言ってくる。
まぁ、そうか。
担任はどう考えても戦えるような人間ではない。戦えない人間が、戦い方を教えられる訳がない。
訓練に関しては行うクラス全て、教師は共通らしい。
レグの答えに納得し、また視線を紙に帰す。
……?
説明の再開を待ったが、担任から声が中々出てこない。
目を上げれば担任は、何か喉にでも引っかかったような顔を浮かべていて、その手に握られた紙が、かさりと鳴った。
「え、えっと…魔獣なんだけどね?もう…その、倒されてるの」
「……へ…どゆ事?」
クーシルが間抜けに口を開け、こてっと首を横に倒す。
奥の二人も、訳が分からないと眼を疑問の色に染めている。俺もそうだった。
「俺たちやるんじゃないんすか?」
「ううん、違くて。私達がやるのは、その…それの後片付けなの」
「後片付け?え?」
尚更意味が分からないと、レグが聞き返す。
「魔獣に関してはもう、コルファが倒しちゃってて…ね?」
「コルファが…」
コルファの名前が出ると、三人の目がこちらに向けられる。
今の口から飛び出た呟きも、きっと聞かれてしまった事だろう。
「倒したんだけど…町のかなり近くまで逃げた魔獣がいて、それを倒そうと魔法を使ったら、近くにあった家とか柵とかそういうのに、少し被害が出ちゃったらしくて」
えっ、とクーシルが声を挟ませる。
そして、至って真剣な顔で担任の事を覗き込んだ。
「あたしら…じゃ家建てるの?」
「マジですか…?」
「難易度高すぎるだろ…」
壮大な勘違いをして、魔獣退治と同じかそれ以上の顔をうえと見せるワッフルに、驚愕の顔で続くレグ。
すぐさま、担任は首を横に振って間違いを直した。
「じゃなくて!瓦礫とか、あと壊れちゃった柵の撤去!片付けた後に、ちゃんと直す人くるから!」
「あぁなんだ…良かった…」
安心したように、クーシルが言う。
しかし、実地訓練とは大仰な事を…。
魔獣相手に日頃の鬱憤を晴らしてやりたかったが、結局、蓋を開ければバイトのような仕事。それも、これはコルファの尻拭いだ。
折角浮かんだ気力が、ぱちんと風船のような音を立てて弾けた。
「全く誰だ、そんな考え無しな戦い方した奴は…」
気力を弾けさせたその人間に、不満が漏れる。
コルファに籍を置いていた人間を思い出すが、そういう失敗をするような人間は特別思い当たらない。
元…屈辱ではあるが元級長として、全員の力量は把握していたつもりだ。
頬杖を付いて壁を見た俺の独り言を聞いた担任は、言いにくそうにしながらもその失敗を犯した人間の名前を口にした。
「それがね、ミヤシロくん…なの」
何処からか湧いたのか、笑いがこぼれた。
「…はっ、そういう事か」
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そこから実地訓練もどきを翌日に控えさせた平日の終わりまで、何を考えていただろうか。
確実に不快な気持ちは抱えていた。
翌日に備え自室のベットの前に立ち、あの時、唯一家から持ち出せた鞄にベットの上に並べた着替えを一枚一枚詰め込んでいく。
…のだが、数枚詰め込んだだけで、すぐに鞄は隙間なく膨れ上がる。
これでは、他の細かい道具が入れられない。中身を全てベットに吐き出させた。
あの後、担任からは予定表と武器の申請書を受け取った。
他のクラスであれば、どこであっても一週間、少なくとも数日は設けられる筈だというのに、期間はたったの一日のみ。内容はコルファの後片付け。
後片付け程度に武器が必要なのか甚だ疑問だが、魔獣も倒したとは言え残党がいるかもしれない、それに一応実地訓練だから、と、形式的な問題なのだと返されてしまった。
そう言う割に騎士団が万が一に備え同行したりするような事はなく、田舎町在中の二人しかいない騎士が、精々監視役に付くぐらいらしい。
コルファとは段違いの扱いだ。まぁ、所属している人間の身分を考えれば当然か。
なんて考えている間も、手が服を鞄に詰めていたが、やっぱりまた隙間なく膨れ上がる。
ちっ…面倒臭いな。
また鞄から吐き出させた所で、部屋の扉がこつこつと鳴った。
「どー?準備出来たー?うぉ…何してんの…」
「失礼します」
勝手に部屋に入ってきたクーシルとワッフル、馬鹿二人。
いつもなら付いているレグはまだ部屋に、担任の方は実地訓練もどきでやる事があるようで、最近は帰りが遅い。
二人の内の扉を鳴らしたらしい先頭のクーシルが、こちらを見るなり目を丸くさせる。
だが、こっちだって目が丸くなりかけた。
「ノックは相手からの返事を求めるものだぞ。鳴らしたからとすぐ入って良いものではない」
「ん、次から気を付ける。で、ほんと何してんの?きったないけど」
「…荷物の準備だ」
簡単に流された事に言いたいことはあったが、とりあえず答えてはやる。
恐ろしく邪魔ではあるが、追い出そうとして素直に帰る奴等ではない。
「それがですか…?」
クーシルとワッフルは肩を並べて、俺の近くにまで寄ってくる。鞄を置き、身体を馬鹿共の方に向き直してやった。
「貴様達こそ、何しに来たんだ」
「いや実地明日だし、どんな感じかなーって。あたしら準備終わったし」
ですですと言って、隣のワッフルが頷く。
「それだけでか?」
「良いじゃん、同居人なんだし。…これさ、もしかして、まさかだけど、あり得ないとは思うけど、畳まずに入れようとしてた?」
ベットに散らばった服の一着を勝手に取り、クーシルは冷めた目で俺に聞いてくる。
「あぁ。さっきからやってるんだが、この鞄、小さいんだろうな」
かと言って、他の適したのがある訳でもない。
この部屋にある鞄はこれと、学院用の二つしかない。
「バカ…」
「馬鹿は貴様…」
「いいよ!前もやったよこのやり取り!考え無しにゴチャゴチャやったらそりゃ入らないでしょ!ほらそこ変わって!」
顔に当てていた自分の手を退けたクーシルは苛立ったような声で俺から鞄の前を奪い取ると、服を手に取り、手早く畳んでから鞄にどんどん詰めていく。
すると、さっきまですぐに膨れ上がっていた鞄が、同じ枚数を詰めてもまだ余裕があると、へこみを見せていた。
そう言えばこんな事、確かメイドもやっていたな…。
「お皿洗いは出来たのに、服は畳めないんですね」
「…ふん」
ジッと鞄に荷物が詰められていくのを眺めていると、背後からふと声が背中を叩く。
「んあ、どうしたー?」
クーシルの声にでも釣られたのか部屋から出てきたレグが、開けっ放しの扉から顔だけを覗かせていた。
「ランケさんが、服を畳めないと言うのでクーがお手伝いです」
「ほー…」
小さく驚いたような声を出しながら当たり前のように俺の部屋に入ってくると、使っていなかった椅子に腰掛けるレグ。
クーシルが上半身をぐいと捻る。
「レグは荷物終わったの?」
「ま、大体は。残りは明日やる」
言い終えたレグがこちらを見てくる。
目の奥には、何か聞きたいことがあるという色があった。視線を合わすと、それは言葉に代わった。
「行く気、あったんだな。なんか理由付けてゴネると思ってたけど」
「行かなくていいならそうするがな」
最初に実地訓練もどきの話をした時、あいつは、俺が来る前提があったからああして紙を配ってきたのだ。行かないと言ったら、またややこしい事が起こるに違いない。
「貴様らは良いのか。騎士になるというのに、コルファの尻拭いなど…」
最後の荷物を詰めたクーシルが鞄のチャックをジーッと閉め、出来上がったそれを、人の物だと言うのに一度両手でよしと叩いてからこちらにくるりと身体を向けてきた。
「や、ならないよ?騎士」
「…ならないのか?」
声のトーンで分かった。
嘘も冗談もない、心からの言葉だと。
「あたしとワッフル、もともと経済科入ろうとしてたんだもん。ねっ?」
背後から抱きしめるような形でワッフルに腕を通すクーシル。
肩から落ちてきたクーシルの両手を、ワッフルは何か言うこともなく、自分もまた両手で握った。
「です。なのに、ネカスだからって今回みたいな事もさせられて…ちょっと迷惑です」
頷く眼鏡の下の瞳が、あからさまに不機嫌な色になっていた。
…言われてみれば、パン屋があるのに騎士を目指すのもおかしい話か。パン屋の成長の為なら、経済科が確かに順当。
ワッフルもまた、この生真面目な見た目は経済科のそれだ。
経済科と士官科の両方の落ちこぼれを集めたネカスという場所…本来やるつもりも無かったカリキュラムが突然組み込まれる事もあるのか…。
「貴様もそうなのか?」
「んや、俺は普通に士官科の方」
クーシルとワッフルが元は経済科を目標としていたのは分かった。
どっちだったのか聞くと、風呂上がりで多少寝癖が消えマシになった緑の髪の毛を、レグはいいやと横に振る。そのまま椅子に凭れ、両手を頭の後ろに当てた。
「だから、経済科がやるような授業やられてもサッパリなんだよなぁ…」
経済科の方もしているのか。
授業と言っている辺り、実地訓練は今のところ行ってないようだが。
こんなのが来たら、来られた側は堪ったものではない。学院が意図的にやらせないようにしている可能性がある。
「私だって、戦闘の訓練とかサッパリお手上げです。クーは割といけてますよね?」
「んふふー♪意外な才能ってやつ?ま、やる気はそんなないけどね」
「…なんにしても、貴様らに学があれば解決する話だろう」
お互い言い合っているが、根本的な問題はそこだろう。不満の矛先は自分にするべきだ。
「やめろよ…致命傷なるからそれ…」
学力の話をした途端、一気に空気の重量が増した。
馬鹿共三人、視線を床だ天井だに逸らし、体調が悪い時のような、顔のパーツを全て中心に寄せた渋い顔を作る。
そんな顔のまま傷口を作られた反撃なのか、ワッフルがぽつりと言ってきた。
「…言いますけど、ランケさんが嫌なのは『コルファの後片付け』だからじゃなくて『ミヤシロさんの後片付け』だからですよね?」
「ぐっ…」
「いま級長なんだっけ?スゴいよね」
教室での場面が、頭の中に蘇る。
担任が言うにはあいつは今、あの人智を越えた魔力を買われ、コルファの級長になったらしい。
あいつの話を聞いてついでに思い出したが、最初にあいつを連れていたのは担任だった。
見覚えが無い顔と思っていたが、こんな所の担任だったとなれば納得だ。
小さくはあるがそういう経緯もあって、動向はそれなりに知っているらしい。
…あの魔力なら確かに、それこそ咄嗟に撃った力とかであれば、周りにも大なり小なり被害が及ぶだろう。
しかし級長とは…あの小太り、さぞや居心地が悪いだろうな。
学力は言わずもがな、平均から大きく跳ねた魔力を買われコルファに来たと、眼鏡はともかく小太りの方は自慢していた。
そんな自分を優に飛び越えてくる、自分とは到底相容れないだろう、未だ素性さえ分かっていない人間に上に立たれて、言葉に出来ないもどかしさがある筈だ。
仲間でも友人でもなんでもない人間。
心配するつもりではないが、憐れだとは思う。
…俺ほどでは、きっとないのだろうが。
「結構あちこち話聞くよなー。なんか、ここら辺でも話してるの聞いたぞ」
「まっ、何処ぞの貴族様が果敢に挑んだ挙げ句ー?」
「見事に蹴散らされましたからね。それで爆発的に広まったのかと」
ワッフルの肩越しにアイコンタクトを取ると、連携して俺に当てこすりをしてくる馬鹿二人。とぼけたような声には、腹を煮えたぎらせる物があった。
「くだらん…!出ていけ!」
「「きゃー!」」
一睨みして距離を一歩詰めると、はしゃいだ子供みたいに馬鹿二人はばたばたと大きな足音で部屋から出ていく。
「貴様もだ」
「へーい」
椅子からまるで動いていなかったレグに、出ていけと顎で扉を指す。
すると、これと言って反論もせずに「おやすみ」と言って、部屋から呑気な足取りで出ていった。
その後ろ手で、ばたりと扉が閉められた。
あいつの知名度を上げることに図らずも貢献してしまっていたとは…。
ミヤシロの事を考えると最早セットと言っても過言ではないぐらい、苛立ちの気持ちが身体を蠢き始める。
ベットの上に置かれた完成された鞄を、クローゼットの近くに投げ捨てるように置いた。




