第一話
第一話です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
「あの、少しよろしい…」
「ラ、ランケさんっ!」
ランチを晴れた中庭で取り終え、まだ残った休憩時間。
クラスに戻り自分の席に腰を降ろすと同時に、執事を傍に添えて、こちらに歩み寄りながら声を掛けてきた、経済科のフィール嬢。
それを見たこちらの付き添いのメイドが、控えめに会釈をする。
これと言って今まで接した記憶のない相手。なんの話だろうかとそちらに顔を向けた時、フィール嬢のその凛とした声をかき消して、出入り口からばたばたと駆けてくる二人組。
「…なんだ」
両方とも、服こそこのクラスのみにしか配布されない白の制服ということもあり華やかではあるが、内面の汚さが表面に滲んでいて、視界に入れるには少々気分が悪い。
聞こえた自分の声にも、しっかりそれが滲んでいた。
「す、すみませんっ…ちょっ、ちょっと、は、話したいことが!」
貴族らしくもない口調の、眼鏡を掛けた片方。
名前は…なんだったか。まぁいい。
父がよく家に招いている、そこそこの商人の息子。
父同士が懇意にしていることもあってなのか、学院に入学してから今日まで一年とおよそニヶ月。
ずっとこうして、周りに邪魔くさく彷徨いてくる。
そしてもう片方。
喋る余裕無さげに酷く息を切らして、汚い汗を顔に見せる、制服の腹を膨らませた小太りの男。
家は侯爵家とまぁそこそこらしいが、最近親がなにやら下手を打ったらしく、意味があるのか、こうして隣のヤツ同様にこそこそと厄介にも近付いてくるようになった。
「だからなんだ」
「へ、編入生が、来るみたいなんです!」
眼鏡の方が醜い顔を更に醜く崩して、必死げに言う。
「…ここにか?」
「は、はいっ!」
「『コルファ』に…編入生…?」
自分の知る限り、ここへの編入なんて前代未聞。
他のクラスとは違い、コルファという名前が持つ栄誉は大きい。
どれだけの金を積んでも才能が無ければ入れない、力で以て選ばれる場所。
この二人もまた、一応ではあるが選ばれてここの席を得ているのだ。
「…あぁ、フィール嬢」
「お気になさらず。私も気になりますわ、そのお話」
先に話しかけてきたフィール嬢を放って考えてしまっていたことを思い出し顔を向けたが、フィール嬢もまた、コルファへの編入生という存在に興味を抱いている様子。
フィール嬢の目に入れるには相応しくない二人だが、持ってきた話には聞く価値があった。
二人から、話の先を引き出しに掛かる。
「何者だ、そいつは?」
聞くと、ようやく息を整えたらしい小太りが、隣の奴の言おうとしたことを奪う。
「それが、5、5属性持ちらしいんですっ…!下の方でも、噂になってるみたいで…!」
「5、5属性…ですの?」
フィール嬢が、驚きで瞳を丸くさせる。
「…ほう」
俺も、無意識に言葉が漏れた。
この世界に、古来生まれた5つの魔力。
炎、水、雷、風、土。
人は本来、その5つ全てを血に流していたらしいが、長い時を経て、何があったのか、数を増したのは雷の魔力のみを有した者達。
今では雷の魔力のみを持って生まれる人間が、公式に記された一年間の出生では9割以上。
他の属性なんて、その1属性だけしか持っていない人間でさえ、年によっては十も生まれない時がかなりの頻度である。今はそんな時代なのだ。
世界も、電気を軸に大きく作り変えられた。
5属性なんて、それこそ千年は前の話。
優秀な血で繋いできた王族でさえも、今となってはそんな話聞いたことがない。
第二王子が精々、3属性。
それでも、王位はそちらに渡されるべきだと意見が一部で割れるぐらいだ。
となれば、コルファへの編入の権利は、確かに得られるかもしれない。強力な才能だ。
…まぁ、真実であるならば、だが。
一瞬湧いた興味だったが、すぐに呆れで蓋がされる。
「貴様らも馬鹿だな。どうせ下手な小細工でも仕掛けたのだろう。5属性持ちなぞ…」
「い、いやでも!感応石が確かにとっ!」
「だから言っているだろう、小細工だ。そんな物に騙されるとは…教師も愚かだな。…そうだ、折角なら会いに行ってやろう、その卑怯者に」
5属性なんて、あり得るわけがない。
このコルファには入りたいあまりそのような下手という言葉でさえ足りない嘘を付くとは、きっと、この二人よりも醜く醜悪な、泥のような姿の奴に違いない。
そうまでして必死に高いところを目指そうとする哀れな人間を蹴落とす、その娯楽への期待でくくっと笑いが漏れる。
メイドにもこの楽しみを付き合せてやろう。
「おい、行くぞ」
「…わかりました」
目を向ければ、メイドが頭を下げる。
「じ、自分達も行きます!」
何故貴様らも…。
だが、どうせこの落ちた気分も、その卑怯者が晴らしてくれることだろう。
「…フィール嬢は?どうされます?」
「私も行きたいですけれど…」
フィール嬢の顔が若干険しくなってから、後ろに佇んでいた執事にちらりと流れる。
執事は、静かに首を横に振った。
「授業の時間までもう少しです。お早めに戻って、準備をした方がよろしいかと」
「もう…。しょうがありませんわね。楽しいお話、期待しておりますわ」
それでは。と、カーテシーをして、フィール嬢はふわりふわりとスカートをたなびかせて、コルファから去っていった。
期待されたのだ、お眼鏡に適う話を持ち帰らねば。
「そいつは今どこにいる?」
「多分、審査室から出て、教員室の方に向かってる途中かと…」
馬鹿な小細工に引っ掛かる教師共の顔も、ついでに見といてやろう。
また、くくと笑みがこぼれた。
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かつかつと靴を鳴らして廊下を行き、下の階に一つ降りる。
普段であればこんな平民か下の貴族ばかりの汚い所になぞ降りたくはないが、これからのことを思えばそれほど苦ではない。
「あ、いました!」
眼鏡が声を上げる。
廊下の先、妙に人だかりが出来ている場所があると思えば、その先に見えた、見慣れぬ服を着た、女性教師と共に歩く黒髪の男。
「なんだ、あの服は…」
平民の服なぞさして興味はないが、それでも世の中、平民に溢れているもの。
そうなれは自然、奴らの着る服の知識も意図せずとも貯まるものだが、廊下の先に向けて歩いていく奴の服に、自分の集まっていた記憶は一つも当てはまらない。
この学院の制服とも似た…どう言えばいいか、制服の様式を持っていながらも、それが持つ雰囲気はまるでこの世界のとは違うような、そんな言い方になってしまう奴の服。
いいや、これもどうせ必死の強がりだ。
名も知られていないような辺境の村で生まれた、薄汚い民族衣装のようなものかもしれない。
「おい、邪魔だ、どけ」
「え…あ、す、すみません!ランケ様っ!」
「へっ、ランケ様…!?」
人だかりの後ろ数人に言えば、そんな声が上がり、伝染して他のもこちらに間抜けな顔を振り向かせる。
そして全員が脇に下がり、あいつに向かう為の道がそこに出来上がる。
「おい、そこの」
まず先に教師が振り向き、それに一歩遅れてからそいつも顔を向けてくる。
別に特徴もない、つまらない平凡な顔。
「貴様、5属性を持っているらしいが、それは本当か?」
「誰だ、お前」
不遜な口の聞き方だ、だがこれも、嘘を貫こうとしての演技かなにかかもしれない。
すぐに感情的になるのは愚かな行為。
着実にその化けの皮を剥いでいかなければ。
笑みを浮かべてから、彼の元に歩み寄る。
「これは悪かった。俺はランケ・デュード・グランドル。歳は17。貴様が入ることになる『クラス・コルファ』の級長だ。この名前に聞き覚えがあるのではないか?」
聞くと、そいつは顔を少し下に落とし、何かを思案でもするような顔を作る。
「あぁ…こしゃ…の、ラ…ケ…」
「…ん?」
「いや、なんでもない。確か、モノセ公爵の…」
「あぁそう、その家の嫡子でな。次期公爵な訳だ。それで聞くが、貴様の名は?」
「…ミヤシロ、同じ17」
ミヤシロ…。これもあまり、耳にした事のない名。
しかし、人が律儀にも全て名乗ったというのに、何故こいつはフルネームを言わない。
いや、違う、聞きたい質問はそれではない。
「話を戻す。5属性の話、それは本当なのか?」
「らしい」
こちらの目を見ずに、ランプの付いた壁に興味なさげな目を送るミヤシロ。
ぐっ、と、その態度への怒りで声が漏れる。
「…まるで、他人事のような言い方じゃないか」
「俺も知らないんだ。5つ持ってるのがそんなにレアなのか?」
ハッ、今度はとぼけて誤魔化す作戦か。
5属性を全て持つ者の凄さを知らないなんて、この世界の人間でいない訳がない。
ろくに考えずに付いた嘘、自分でも設定をまともに固めきれていないのだろうか。
しかし、そこに常識を入れ忘れるなんて、相当なアホと見た。ド辺境の生まれか?
「そうだな、5属性なら千年は前の話になる。本当であるのなら、なぁ?」
そろそろ、核心の話に誘ってみるか。
真偽を確かめる為、隣の女教師に顔を向ける。あまり記憶に無い顔だが、コルファでは教えない教科の担当だろうか。
びくっとした女教師は、びくびくしながらも頭を頷かせた。
「ほ、本当…です。感応石には、確かに5色、浮かび上がっていました…」
「ふっ、疑わしいな。小細工でも仕掛けられてたんじゃないのか?」
「い、いや、それは…」
と、そこに割り込んできたミヤシロの飽きたような色の声。
「なぁ、これなんの話なんだ?これから色々手続きしないとなんだ。先生、行きましょう」
「えっ、あ、うんっ…!」
ミヤシロは言うと、廊下の奥に靴先を向ける。それに引かれ、女教師も付いていく。
「おいっ、待てっ!」
呼び掛けるが、反応はなし。
都合が悪くなって逃げたな…。
アホらしい、都合が悪くなったら逃げの手。
「ランケさん…」
眼鏡が後ろから、怯え混じりに声を掛けてくる。俺の不機嫌さを感じたのだろうか。
気分を晴らそうとしたのに、尚悪くなった。ちっ、と舌打ちがこぼれる。
「どうせまた教室ですぐに会える。その時に暴けばいい」
とりあえずの追求はここで止めてやろう。
そう決め、俺もミヤシロに背中を向ければ、口を噤みながらも変わらず残っていた、大勢の馬鹿ども。
そうも群れてなにがしたいのか、残っていた道を歩いていけば、階段のところから廊下に現れた、小さなランチボックスを手にした二人の女子生徒。
人だかりを見て、二人は動きを止める。
丁度、俺をほとんど真正面にして。
そう言えばこいつ…。
片方の、如何にも気弱そうな方に目が動く。名前は…ラーコ、だったか。
しょうがない、こいつで憂さ晴らしでもしてやろう。
「おい」
「は、はいっ!」
「これから少し付き合え」
言うが、そいつは付いてこようとしない。それどころか、反論までしてくる。
「え、や、これから、授業が…」
「良いだろ、早く来い」
手首を掴むが、それでも動こうとはしない。
「や、でもっ…」
どうしてこうも今日は、気分を悪くする事ばかり起きる…。
隣の女みたく、黙っていれば良いというのに。
「貴様の家、確か一度潰れそうになっていたよな?そこに無償での資金援助をしたのは何処だったけなぁ?その恩、踏みにじるつもりか?」
父の事。
貴族や王族との社交界で、話の華作りにとやっただけなのだろうが、それでこいつの家が救われたのは事実。
それでも尚、歯向かうのであれば…父に頼んで与えた金の返却でも求めさせてやるか。
「その金、返してもらおうか?」
提案するように言ってみれば、流石に馬鹿でも状況は分かってきたらしい。
足から力が抜け、少し引っ張れば軽々動かせる状態なのが手を伝えて分かった。
「………」
「くく、自分の立場、ようやく理解したようだな?」
顎を持ち、その震えた瞳を自分の目に近付けさせる。怨むなら、ろくでもない親を怨め。
さて、何処へ行こうか…そう考えた時、奴が歩いていった廊下の方から、妙に速いリズムの靴音が聞こえてくる。
それは明らかこちらに近付いてきていて、気になり顔を向けた。
その瞬間、視界が震天動地でもしたように揺れた。
「ぐが…っ…!?」
身体のバランスがどうしてか崩れる。
廊下らしい絨毯の床が下に来たり上に来たり、身体全体が跳ねたような感覚の後、全身が一気に痛み始める。
一番の激痛は顔の右半分に強く走った。
「っ…!?」
気付けば、自分は絨毯に倒れていた。
誰がなにを…と、急いで顔を起こせば、ラーコの隣にいたミヤシロ。
「お、お前っ…!」
俺の事などまた興味なさげにして、「大丈夫か?」とラーコに声を掛けていた。
口の中がじんと痛む。
見れば、赤の絨毯に一層色濃い自分の血らしい血痕が。口元を手の背でぐいと拭えば、一気にそこが真っ赤になる。
「ランケさん!?」
「だ、大丈夫ですか!?ランケさん!」
「ランケ様…!」
眼鏡と小太り、そしてメイドが慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「な、なにをした…っ!」
そいつらなんてどうでもいい。
今は一心で、ミヤシロを睨みつける。
「ドロップキック」
「は…?」
「だから、ドロップキック。飛び蹴り」
あっけらかんと、まるで自分が正しい行いでもしたように言う。
「俺が誰か…貴様、理解してるのか?」
「あぁ、してる。その上でやった」
「くくっ…随分な度胸じゃないか…。小細工の強がりもここまで行くと愚かだぞ…?」
言いながら、自分の身体を起こしていく。小太りが支えを出していたが、そんな薄汚い手触りたくもない。
「だからなんだよ、その小細工っての」
「あくまでしらを切るか…」
こいつはもう、愚かなんて言葉じゃ足りない。それ以前の、人以前のなにかだ。
一瞬は混乱したが、流石に冷静になってきた。痛みでそうする余裕が無い、が、正しいのかもしれないが。
こいつの醜さをここの奴ら全員に余すことなく見せる方法、それが今、思い付いた。
「…ミヤシロ」
「なんだよ、まだなんか言いたいことあるのか?」
何処か、見下すような声のトーン。
醜い人間は処刑が最も。
それも『炎』で焼くのが最善。
その舞台を、俺が用意してやらねば。
あの『ネカス』にさえいられなくしてやる…。
ミヤシロに、人差し指をびしっと向けた。
「お前に、決闘を申し込む!」