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【8】クロ殿下と剣聖の故郷


――――誰かが叫ぶ。


「そうだ!その忌み子は世界に混沌をもたらす忌み付き王子だ!」

この世のすべてから憎まれている。誰か助けてと叫ぶ。だけど刹那、空色の瞳が夕焼け色を映し温かな手に包まれた。


――――エメラ姉さんの忠告から早数週間。姉さんはとはいうと公務で城を開けている。ヴェイセルに帰ってきたらまた勝負だ!といって出発していった。


ヴェイセルとの日々は相も変わらずで今日はなんとカレーである。


「カレー!ここにきてカレーが食べられるなんて!」

「ちなみに、福神漬けも仕入れてきたよ」


「いっただきます!!」

この世界にはカレー粉なるものはないようで、一からスパイスを合わせなくてはならないらしい。それなのに用意できるなんてヴェイセルはいったい何者?

――――ふと、この前のエメラ姉さんの言葉が脳裏をよぎる。


『あの男は何かを隠している。気をつけろ』


「ヴェイセル。ヴェイセルはその……」

「ん?辛かった?」


「あ、いや。ちょうどいい」

顔はいい。さわやか系イケメンだ。剣聖と名の付く通りの剣豪でその上料理もそつなくこなす。たまに「?」な発言があるけれど。それがエメラ姉さんの言う『何か』につながっているのだろうか?


「どうしたの?殿下。そんなに俺のことを見つめて」

「その、まだ俺、ヴェイセルのことそんなに知らないなって」


「知りたいの?」

どこかエル兄さんを思い起こすいたずらっぽい笑みだ。


「そ、そりゃ、ずっと一緒にいるわけだし。料理のこと以外も……」

「なら、知ってみる?」


「いいの?」

「そりゃぁ殿下は俺の……俺の身も心もすべて捧げるって誓ったからね!!」

心も身体もってなんか違う誓いだと思うけど!?てゆーかそもそもそんな誓いしたっけ!?


「それじゃカレーも食べ終わったところで……行こっか」

「行く……?どこに?」

ヴェイセルの左手が俺の手を取る。鮮やかすぎてただただ流れに身を任せてしまう。そして右手を空中にかざすと、光の門のようなものが現れて開く。門の先はゆらゆらと歪んでいて見えないがふと草原と空が映る。


「俺の生まれ故郷、クォーツ州クォーツ領だよ」

「へっ!?」

そういえば、ヴェイセルの本名はヴェイセル・フォン・クォーツだったな。クォーツ公爵の領地ってことか。


「わっ!」

ヴェイセルに手を引かれ、俺はその門の向こう側へと引き込まれた。


いやあぁぁぁぁ!


絶叫マシンみたいな気分だが、絶叫タイムは来なかった。一瞬で俺は青い空の下、緑の草原の上にいた。俺の前にはヴェイセルがいて光の門は消えていた。


「俺の空間魔法・ゲートだよ。驚いた?」

「う、うん。ここ、ほんとにクォーツ?」


「うん。王都からは馬車でまる二日、飛竜だともっと早いけど」

ふ、二日!!この世界にはテレビがあるのだが電車とか車はないらしい。でも空飛ぶ竜……飛竜はいるのでいつか乗ってみたい。


「あ、紅消は……?」

そう言えばいつも一緒にいるはずの紅消はどこへ言ったのだろう?

「いないよ。空間魔法で歪めて近づけないようにしたからね。そして門も閉じてしまったからシャドウはこちらには来られない。俺たちがどこに行ったかもわからない」


「どうしてそんなこと……」

「それはね……」

太陽を背にし翳りを帯びるヴェイセルの顔にどこか得体のしれない恐ろしさを感じてしまった。ここには紅消もいない。とおさんもいない、シルヴィー小隊長もいないんだり王都からはまる二日。ヴェイセルのような空間魔法がなければ決して容易には辿り着けない辺境・クォーツ州クォーツ領。こんな遠くて知らない土地にヴェイセルと二人きり……。




「さぁ、クォーツの奇祭・魔女祭りだよ!」


「は……?」

行き交うひとびと、賑やかな祭囃子、露店の数々。そしてほとんどのひとが前世で言う魔女帽子をかぶっていた。こちらの世界の一般的な宮中の女性魔法使いはああいう帽子はかぶらないのだが。


「ほーら、クロた……殿下も!」

そういうとヴェイセルがなぜか狼耳のついた魔女帽子をかぶせてくる。


「はぇっ!?」

「魔女帽子は魔女祭りの醍醐味だからね!」


「お前はかぶらないのか?」

「だって魔女帽子だからね。俺男だし」


「俺も男だけど」

「クロり……殿下はかっわいいから!!半ズボンとの相性バッツグンだから!」

何だ、半ズボンとの相性って。なんか別の意味で恐いんだけど。


「ほ~ら、焼き立ていももちだよ~~」

「う、うん」

味噌汁に入っていたいももちよりも大きく、のりせんべいくらいの大きさがある。甘じょっぱいたれの匂いが香ばしくおいしそう!

ぱくっ。外はかりかり、なかはもっちり。甘じょっぱいたれがしみ込んでて……なにこれおいしぃ!あっという間に間食!


「ふふ、おいしそぅ」

びくっ。何だ?


「な、なに?じっと見て……」

「殿下……」

ヴェイセルが手を伸ばしかけるが、群衆に押されるようにしてヴェイセルとの距離が広がっていく。


「わ……っ」

「クロ!」

ヴェイセルが手を伸ばすけど、その手は空をかすめる。俺は……その手をつかまなかったんだ。


――――ここは、どこだろう。行き交うひとびと、知らない街、知らない空。

独りがこんなに寂しいなんて。でもその感覚を俺は知っている気がする。ヴェイセルはどこだろうか。これから、どうしよう。王子と言うことを明かせばこんな辺境でも助けてくれるだろうか。


――――忌み付き王子

――――元凶


後宮で聞いた忌避の言葉を思い出す。俺はひとびとから忌み嫌われていて憎まれている。クロムウェル第4王子と明かせばまた命を狙われる……?命を……どうしよう。どうしようもなく恐くて、寂しい……。


「……ここ、何?」

とぼとぼと歩いていると、大きな白い建物があった。扉は開放されるようだ。


「何かの……施設?民家じゃないよね?」

その中は前世で見たことのある教会のようだった。整然と並んだ椅子の先に教壇のようなものが3つ並んでおり、その先には大きな3つのステンドグラスが掲げられている。


真ん中には羽根と鐘。右には狼と月と氷。左にはおひさまと花畑。


「きれい……」

そう圧倒されていた時だった。

「クロムウェル殿下」

いつもより低い声。またヴェイセルが光を背にして教会の扉の前に立っている。何故。どうしてここが。ずっと心細かったはずなのに、わざと掴まなかったその剣聖の姿に脅える。わけのわからぬまま後ずさった俺は教壇の前でバランスを崩し尻もちをつく。


「え……と」

「どうして逃げるの?俺が、恐い?」

脚がすくんで立てない。どうしよう……ここには、俺の味方なんていない。ここだけ?いや、この世界にも……?


「……」(ぽふぽふっ)

しかしその時何かが俺の横にいることに気が付いた。それは抱っこできそうなくらい小さな天人族(てんじんぞく)


「……?」

天人族は一般的に白っぽいか、ベージュに近い毛並みが多いのだが……この子は黒。黒と言うのは珍しい。黒い髪黒い瞳に黒い天人族の耳とふわもふしっぽ。そして何より天人族最大の特徴。まるでマフラーを巻いているかのような、首元のふわもふと小さなかわいい翼。もちろん黒い。因みにテイカかあさんとイヴには魔人族の血が入っているからか無い。


そしてちっちゃい天人族は俺の身体にぽむぽむとタッチしてくる。かわいい。めちゃくちゃ抱っこしたい。でもなんか眼差しは達観している。そんなところもかわいい。


「あれー?ウェイセルじゃん」

「何、祭り来てたのか?」

ふと声がして、ふたりの人影が入ってきた。ひとりは銅のような色の狼耳、髪にしっぽで瞳は金色。アスラン兄さんと同じいわゆる茶狼族(さろうぞく)だ。


もうひとりは赤紫色の髪に銀色の瞳。頭の左右横上から二本の黒い角が伸びており、まっすぐではなく少しいびつに曲がっている。いわゆるラスボス魔王の角である。そしてそんな角を持つのは魔人族(まじんぞく)である。異世界なのに魔族じゃない。何故『人』いれた。

二人とも、俺より3、4歳年上だろうか。


「司祭様に挨拶してく?」

「呼んでくるか?」

そうこう会話を聞いているうちに、黒い天人族が俺の膝の上に乗ってきた。


「……」(もふっ)

頭を撫でてみると、耳を上下にぴくぴく動かしている。イヴが喜んでるときみたい?


「ところであの子は?」


「んっとねぇ……」

茶狼族の少年の言葉にヴェイセルが目を反らす。


「おい、目線そらすな。何かたくらんでるんじゃねえよな」

と魔人族の少年。


「ほらほら、みなさん。こんなところでケンカしないの」

その時俺の方にふっと誰かが歩いてきて、ヴェイセルたちに向き直ったのは……。水色の髪に竜人族の白い角。白いケープのふちには金色の刺繍がされており、ケープの継ぎ目には六角形の金色の星のエンブレムがついている。ケープの下は修道服のようなデザインだが、両横にスリットが入っておりそこから白いゆったりとしたズボンがのぞいている。


「司祭様――――!ヴェイセルが祭壇にかわいいおとこのこ連れ込んでます!」

「ちょっと、何言ってるのリオ!」

リオと呼ばれたのは茶狼族の少年。


「まぁヴェイセルったら。悪い子ですねぇ」

「ちが……っ、違うから!」


「でも、涙目だぜ」

「ローも何を……」

ローというのは魔人族の少年のようだ。


「おや、大丈夫ですか?ヴェイセルにあんなことやそんなことされていませんか?」

振り向いた司祭様はエル兄さんによく似ていた。違いは髪にメッシュが入っておらず、水色一色なところくらいだろうか。


「シズメさま……?」

そして司祭様が呆然と呟く。


「え、シズメさま!?ミニサイズ!?ミニサイズのシズメさまだよ、ロー!」

「落ち着けって、シズメさまは天人族の姿とってんだから。天人族って、変化の魔法得意だろ?」

リオとローがはしゃいでいる。


「確かに……でもシズメさまちょーかわいい!俺も抱っこさせて!」

シズメさまと呼ばれた天人族はふるふると首を振って。俺にぎゅーしてくる。やばい、かわいいかも!


「えーだめなのー?シズメさまー」

「まぁまぁ、シズメさまが懐いていてそのお顔……あなたはクロムウェル殿下でしょうか?」

へ……?俺のことを知ってる?違うって答えたほうがいいんだろうか。このひとは味方かどうかわからない。司祭様は俺の回答を待たずにっこり微笑むと、ヴェイセルに向き直った。


「まずはエルくん呼びましょーねぇ。それからアーサーくんにお電話を……と」

「えぇ……っ!?アーサーお兄様はだめぇっ!!!」

アーサーお兄様?クォーツ家の人だろうか。


「だーめ。ヴェイセルはフィーアに似てるから。まずはじわじわと弱点から追いつめないと……ふふふふふふっ」

優し気な笑顔に恐怖の憤怒表情を浮かべる。こ、このひとが一番恐いよぉぉぉっ!!!ぷるぷるとシズメさまをぎゅーすると、シズメさまが不意に光り、大きく、柔らかな体に抱きとめられる。


「え?」

そこにはおっきな姿になったシズメさまがいた。




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