【62】クロ殿下と荒野の決戦
――――延々と続く赤土色の荒野の色とは違う。真っ赤な夕焼け色が空色の瞳を染めていく。
「ヴェイセル!」
赤髪の剣聖は剣を振りかざし、この灼熱の荒野では高い効果を発するであろう炎の技でモンスターを駆逐していく。
流れるように鮮やかな炎の剣技が繰り出されていく。そしてそれに魅入っている間にモンスターの群れは一匹残らず剣聖によって討伐された。
――――ずっと探していた。
ずっと会いたかった赤髪の剣聖が、そこにはいた。
またいつものふざけた笑みとか、悪戯っぽいクォーツ公爵譲りの笑みを浮かべているだろう剣聖が思い浮かんだ。
そしてヴェイセルが俺の方を振り返る。……しかしその双眸は鋭く、両頬には牙のような赤黒い模様が2つずつ浮かんでいる。
「ひ……っ」
いつきが俺の腕をつかむ。
「だ、大丈夫!これは俺の騎士だから。ヴェイセルもそんな恐い顔すんな!美少年を恐がらすんじゃない!」
ショタっ子を泣かせるのはお前のポリシーに反するんじゃないか!?
「……クロ」
いつもとは違う低い声。あれはラズーリ祭壇でヴェイセルが女勇者に向けた声に……怒気をはらんだ声に似ている。
怒って……いるのか?
俺がこんなところにいきなり来てしまったから……?
「どうしてこんなところへ……」
「えっと……」
口ごもってしまう。
ヴェイセルに会いたくて……とか恥ずかしくて言いたくない。何か寂しくなって……とか絶対言いたくない。
答えが出ない沈黙をよそにヴェイセルは不意に視線を外す。
ドオォォォォォッッンッ
激しい音がしたかと思うと、ヴェイセルは剣を構え攻撃を受け止めていた。ヴェイセルに攻撃を仕掛けたのは黒い髪に銀色の瞳、頬にはいつきと同じ刺青……そしていつきと同じ金色の3本の短い角がある。剣をふるうヴェイセルに拳で挑むその長身の青年は、いつきと同じデザインの黒い服を身にまとい細身ながらも筋肉質なその体躯で、ヴェイセルに攻撃を仕掛けていく。
「ちょ……っ、ヴェイセル!?」
「……おにいちゃんっ」
ん?……お兄ちゃん?今、お兄ちゃんっつった?いつきのお兄ちゃん!?あのひと……いや鬼のひとが!?
や、やめさせなきゃ!――――というより何でいきなり戦闘開始してんだあのふたりはぁっ!!!
「貴様、弟に何を!」
「……何をってそっちこそ!」
どうやらいつきが何かされたかと思っているらしいが何もしてませんよ!本日はまだ健全な剣聖です!!
「とめないと……」
でも、どうやって?青年の攻撃は熾烈を極め、どうしてかヴェイセルが押されているように見える。ヴェイセルは炎を纏いながら剣をふるっているようだが、青年には全く効いていないようだ。……むしろヴェイセルが傷を負っている。
どうして……?レベル9999でも勝てないレベルなのか!?
……違う、今のヴェイセルはレベル9999じゃない。この経験値ブレスのせいでレベル8000まで下がっているはずだ。レベル9999なんて異常だけどヴェイセルがレベルマックスまで上がれたんだ。……他にいないとも限らない。俺はブレスを自身の力で無理やり引っ張り破壊した。ブレスの欠片が飛び散り粒子になって消える……!その瞬間ヴェイセルの覇気が明らかに変化したのを感じる。
「うおおおぉぉぉぉっっ!!!」
今まで聞いたことのない力強いヴェイセルの雄たけびが灼熱の荒野にこだまする。
そしてヴェイセルの頭の前方に黒く長い2本の角が天に向かって真っすぐ伸びているのが見えた。ヴェイセルの一撃に弾き飛ばされた青年は灼熱の荒野に投げ出されうめき声をあげるが立ち上がらない。
そしてヴェイセルも地面に剣を突き立てガクリと体を落とす。――――あれって重症じゃぁ……。
「ヴェイセル!」
俺がヴェイセルに駆け寄るのと同時にいつきも【お兄ちゃん】に駆けて行くのが見えた。
俺がヴェイセルの身体を支えようとすると、ヴェイセルは力尽きたかのように地面に向かって倒れた。俺は頭を打たないようにヴェイセルを抱きかかえる。
うぅ……。
中学生男児に大人のお兄さんを支えるのはキツイ……けどっ。
「おい、ヴェイセル!今ポーションを……!」
「だめ!」
いつきの声が荒野に反響する。
「その……、……だから、ポーションはだめなの」
反響のせいか、途中がよく聞こえない……俺の方へ駆けて来るいつき。
「鬼、ポーションは、だめ……」
鬼……?ヴェイセルが?確かに鬼のような角生えてる。そういえばいつきも鬼と呼ばれてた。
「……薬草、しかない……けど、めったにとれない……」
薬草ならいいのか?それな……っ!俺はマジッグバックから手当たり次第に薬草を取り出す。
「どれか使えるものはある?」
「……これ」
これは……まさかのナン・ジャワレっ!
「すりつぶして、飲ませて」
「うん」
俺はナン・ジャワレを手ですりつぶしてヴェイセルに飲ませる。
少し顔色がよくなった……?
「いつきもお兄さんに」
「いいの……?」
「何か誤解があったとはいえ、いつきのおにいちゃんなんでしょ?俺といつきは友だちなんだから。大切な友だちのお兄さんを助けるのは当然だよ」
「……ありがとう」
いつきもお兄さんにナン・ジャワレを飲ませに行く。……でも目が覚めたら、ナン・ジャワレ始めんじゃねぇぞ。この戦闘バカふたりめ。
――――ナン・ジャワレを飲ませてしばらくしてヴェイセルが目を覚まし起き上がった。その頬からはさっきの牙模様が消えいつの間にか角も消えている。
「平気か?ヴェイセル」
「クロ……一度でいいから……ヴェイセル…………おにーたんって呼んで」
「元気そうで何よりだ」
ぽかっ。よし、怪我も頭も無事なようだな。
「……クロ、見た?」
見たって何を……?
「……角」
「さっきの黒い角か?」
「……」
黙んなよ。気になるじゃん!
「……ごめん」
「いや、謝んなよ。てか何で謝んだ」
「……怒ってない?」
「さっきどさくさに紛れておにーたん呼びを迫ったことか?」
「それは騎士としての正当な権利」
「……」
「……お前な」
「……」
……ったくこんな時にまでロリショタコン全開にすんじゃねぇっ!念のため、もう一発ぺちっとやっておく。
ぺちっ!べちべちべちっ!
ついおかわりでべちべちやってしまった。
「……ヴェイセルが出かけたっきりちっとも戻ってこなかったことなら怒ってる」
「……ごめん」
「俺の騎士だって言ったじゃん……勝手にいなくなんなよ」
「クロの騎士でいていいの?」
「ダメなんて言ってないし。お前、俺が騎士破門にしたら一生世界の果てまで追っかけてつけ回すとか言ってたじゃん」
「え、口に出したことないけど」
あ、言ってたのは確かエル兄さんだったか。というか口に出したことはないってことは心の中では思ってたってことか!?こんの変態剣聖がっ!……でもいつもの調子が戻ってきたな。
「……黙ってたことは怒ってない?」
黙ってたことって?
「えっと……お前に角が生えて頬に牙みたいな模様が浮き出たことか?」
「うん」
いや、それはまぁその……。
「知ってたけど」
「えっ!?」
ヴェイセルがものすごいびっくりした顔で俺を見ている。
「だから、知ってたけど」
「……え?」
「前世のゲームのヴェイセルはピンチの時に鬼化したからな」
「……」
「ヴェイセルは鬼なのか?」
「大鬼族」
へ?おおおに族?伝承に出て来るもう一つの謎種族……大鬼族。まさかのそっち!?
「そのヴェイセルに何度も助けられた。そして今も。だから感謝してるよ、ヴェイセル」
「……クロ」
「だから……その、帰るぞ。一緒に」
「クロ!」
ヴェイセルが抱き着いてくる。だから筋肉系のぎゅーは痛いんだってば。まぁ今回くらいは大目に見てやろう。




