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【5】クロ殿下と姉王女


――――異世界ファンタジーの世界と言うのは和風調味料が出てくると途端に嬉しくなってしまうものである。


「しょうゆ、味噌、みりん……ときたら、次はワサビかなぁ」

「それならエストレラの東部の港町に行けば手に入るよ」

ヴェイセルは何でも知ってるなぁ。エル兄さんや紅消もだろうが……俺には教えてくれないことも多い。とは言え……。


「ほんと!?エストレラは鮭がとれるから刺身が食べたいな」

「ワサビならマジックボックスにストックしてるけど、いる?」


「いる!何その便利機能!」

「空間魔法士だからね!そういうのは得意なんだよ。クロのあんなレアショットやこんな使用済み品だってしっかり収納してるよ~。誰にでも使える汎用品ならマジックバッグとか作ってあげようか?」


「うん、欲しい!……でもその前にレアショットとか使用済み品とか聞こえたように思えるんだけど」

「え?そんなこと言ったっけ?」

おい、ほんとに大丈夫なのかこの変態剣聖。最早変態認定していいか?


「たのもーっ!」

しかし刹那、部屋の扉が開かれエストレラ国内でもトップ3に入るであろう美女が乗り込んでくる。腰まである黒い艶やかな髪はぴったり切り揃えられておりハーフアップに結い上げている。凛として男まさりの彼女らしく、王女らしからぬ剣士風のいでたちである。彼女の切れ長な翡翠色の目に見つめられると思わずすくんでしまう。


彼女は俺の姉エメラルディーナ・リィン・エストレラ第1王女である。愛称はエメラ姉さんで俺より9歳上、今年17歳になるはずだ。


「貴様がクロの騎士に足るかどうかこの私が見極める!足らなければクロの騎士の座は私がもらい受ける!」

いきなり何を言い出す。この姉は。


いやその前に第1王女が第4王子の騎士とかやっていいんだろうか。剣姫の異名を持ち男性陣を慄かせ、女性たちに絶大な人気を誇るエメラ姉さん。


後宮の近衛騎士団(ちなみに全て女性)や侍女たちが見守る中、ヴェイセルとエメラ姉さんの決闘が幕を開ける。


エメラ姉さんのあの細い腕からどうやって繰り出せるのかわからない、鋭く力強い剣戟。俺なら絶対エメラ姉さんとは戦わない。いや、戦いたくない。

しかしそれをすべてかわしているヴェイセルもすごい。腐っても剣聖の名は本物らしい。


「さすがエメラ様。あの剣聖の剣を受け止めるなんて」

「がんばってー!エメラ様―!」

「もうエメラ様に一生ついていきたいです!」

周りからはエメラ姉さんへのラブコールがやばい。でも確かにヴェイセルの剣も力強くて迫力がある。あれを受け止めるなんてすごいな。


キーーーーーン!!!


高い金属音が響き二人の動きが静止する。剣を構えているのはヴェイセルのみ。エメラ姉さんが持っていた剣がすとんと地面に突き刺さる。


「両者、そこまで!勝者は剣聖ヴェイセル殿!」

後宮近衛騎士小隊長シルヴィーさんの声が響く。


「参りました」

エメラ姉さんが剣を納め、ヴェイセルに礼をするとヴェイセルもそれに応える。エメラ姉さんは負けてもかっこいい。しかし表情は不服そうである。


「ふ……っ。ヴェイセルさん、ここにまだホコリがのこっていますよ」

いや、そしていきなり何を言い出すんだエメラ姉さん。エメラ姉さんがヴェイセルの剣の鞘の装飾の隙間を指で拭う。


「ちょっとこのスープの味付け、薄いのではなくて?」

それ、さっきヴェイセルが煎れたお茶です。


「まぁ、だらしがない。最近の子は洗濯もろくにできないのね」

エメラ姉さんがヴェイセルの脱ぎ捨てた上着の袖を注視する。まあそこってよく汚れるもんね。

でもエメラ姉さん、多分それだいぶずれてる。


「そんなんで私のかわいいクロの騎士が務まるとでも!?」

かんっぜんにそれ姑の嫁いびり!!騎士関係あるのか!?


「はい、エメラルディーナ王女殿下、チャーハンお持ちどうさま」

そしていつの間にか料理を作っていたヴェイセルがやってくる。


「なんだ、これは?ロンド州の米料理か?」

……ぱく。いや、そう言いつつも何の迷いもなく食べるんかい。


「……」


「王女殿下?」

「……」


「その、お味は?」

「ぬぬぬっ!!」

ああ、おいしいんだ。しかしまずいとは言えない。エメラ姉さんは正直だからな。


「私も作る!私のほうがおいしい料理を作るのだ!」

「え?」

エメラ姉さんも料理するのか。俺がお菓子作りしたいと言った時には周りがぽかーんとなっていたのだが。


――――30分後。

できたのは何かよくわからない黒い液体だった。例えるならばダークマターとでも言おうか。


「王女殿下、これはイカ墨料理でしょうか?」

さすがのヴェイセルもドン引きしている。


「うむ。季節の食材をふんだんに使用した特製野菜スープだ!どうだ、クロ。どっちの料理がおいしいか食べ比べてみてくれ!」

うわぁ。すっごく食べたくない。でも食べないとキラキラした目で見つめてくるエメラ姉さんがかわいそうだし。


「い、いただきます」

ええい、王族には覚悟を決めなくてはならない時があるのだ。確か前世の漫画か何かに書いてあったと思う。


「エメラルディーナ!」

しかし後宮に突如としてエメラ姉さんと同じ黒髪の男性が乗り込んでくる。肩につくかつかないくらいの髪はエメラ姉さんに比べて癖があり、前髪を真ん中で適当に分けている。エメラ姉さんと同じく切れ長の翡翠色の瞳にはひどい焦りが見てとれる。


「父上?後宮にいらっしゃるとは珍しい。どうなされたのですか?」

父上、と呼ばれたのはエメラ姉さんの実の父で第二王配兼エストレラ王国王宮魔法士長のゴーシュとおさんである。後宮を管理しているテイカかあさんと俺のとおさんを除いた後の3人の王配はそれぞれ別の仕事を兼務しているためこのだだっぴろい後宮には住んでいない。


あれ、そういえばとおさんは後宮でどんな仕事をしているんだろう。普通に考えたら王配の公務だけなんだろうか?今度聞いてみよう。


「後宮近衛騎士から連絡があってな。お前が料理を始めたと」

「ああ、ヴェイセルと私のどちらがクロの騎士にふさわしいか対決をしていたのです!」


「騎士としての資質を競うのであれば料理ではなく騎士としての立ち振る舞いで競いなさい。この料理は私が後で……いただくから」

「そうでありました!私はまだまだでした。功を急ぐばかり騎士として重要なことを見誤っておりました。父上は私の料理が大好物ですものね。差し上げます!愛娘料理を食べてお仕事頑張ってください!!ではいくぞヴェイセル!」

微妙な顔をしているゴーシュとおさんに嬉しそうにほほ笑んだエメラ姉さんは再び凛とした表情でヴェイセルを引っ張っていった。


「あ、あの、ゴーシュとおさん?」

何かフォローしたほうがいいんだろうか。俺は恐る恐るゴーシュとおさんを見上げる。


「気にするな。これも親の務めだ」

ゴーシュとおさんは青い顔をして遠くを見つめている。親って大変だな。


「あ、あの……よければヴェイセルの作ったチャーハンもどうぞ」

せめてもの口直しに。


「ああ」

そう短く告げて足早に去っていった。遠くでゴーシュとおさんの嗚咽が聞こえた気がした。愛娘の手料理だもんな。食べ物を粗末にしないのはいいことだ。……うん。



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