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【36】クロ殿下とクリスタの森


森の中で泣いている兎耳の女の子。シズメさまからもらったこのアイテム。

ヒュイさんが言ってたことは妙に確信めいているようで、俺がやらなくちゃいけないことのような気がする。


――――でもどうすれば?

あの女の子が森で泣いてるのが原因なのか?

ひとまず泣き止ませないと。泣き止ませると言えば子守歌……?


――――カーン、カーン、カーン……

ハッ。

始まりを告げる鐘の音だ……!


ドドドドドドドドドッ!!!!!

地響きと怒号と共に森の方からモンスターの大群が向かって来るのが見えた。あんなの初めて見るっ。


地響き、怒号、恐い……どうしたら……っ。


「大丈夫ですよ、クロ殿下。最前線には殿下の騎士や兄君、ご友人がいるのでしょう?私の夫が認めた最高の騎士や元魔人王軍四天王の友人もおります」

ミミさんが俺の両肩に手を置いて静かにゆっくりと言葉をかけてくれる。

そうか、そうだよね……。ん?今、元魔人王軍四天王の友人って?魔人族といえばドロシーさんを思い浮かべた。


いやいやいやいや。


そんなことより集中しなくては。気合い入れろー俺ーっ!

「よい表情です、殿下」

ミミさんがそっと笑う。モンスターの大群と先発隊が衝突する。

ヴェイセルもアスラン兄さんも、イルハンさんも片っ端からモンスターを切り捨てていく。茶狼族や他の戦士たちを援護するように魔法が飛び交う。ドロシーさんとローは明らかに極大級に分類されるであろう魔法をバンバン放っていた。もはやあの2人……能力的にも母子にしか見えない。


「さて、私も……」

「ミミさん……?」


「兎耳族には特殊な歌声を持つ者が稀に産まれます。モンスターを寄せ付けない力を持つ者や戦意向上など」

モンスターを寄せ付けないっていうのはおそらくおとぎ話の……?


「私のはヒーリングです」

ミミさんが息をすっと吸うと、次の瞬間とてもきれいで温かな音色が紡がれる。

戦場で味方にすぅっと光が宿るのが見える。恐らく回復しているんだ。とてもやさしくて何となく子守歌のように聞こえる。


――――俺だって何かしたい。


シズメさまからもらった円筒をぎゅっと握る。その時何かスイッチのようなものに触れた。これは……?


びゅんっ!


円筒が伸びたっ!?


そして円筒を中心に上下に刃のついた槍に変化した。刃の部分から上から下まで瑠璃色をしていて俺の背よりもだいぶ高い。ヴェイセルくらいある。


こ、コマンドは……?


出て……来ない?


出て来ないの?


……ここまで来て?


すとん。

何となく槍を床にすとんと下ろすと床に青い魔法陣のようなものが現れた。そして何故かあの女の子の姿が浮かんだ。するとすとんと景色が暗転した。


――――side


「クロ殿下、どちらに……っ!?」

ミミは突然の光に驚き横を見ると、クロ殿下が光に飲み込まれるのを見た。


「今のは?」

『恐らくはシズメさまの力じゃないかな』

祭壇との間を結ぶ通信機から声がする。


「……えっとそちらは、どなたかしら?」

『ヒュイ・フォン・クォーツ』

その名を知らぬ者はいない。クリスタが属するクォーツ州公爵子息の一人にしてその後継者と謳われる魔法使い。


『領主夫人殿、どうか歌ってやってくれ。恐らくクロ殿下が必要としているから』


「……」

『ミミ、苦労をかけるが、今は頼む』

次に聴こえたのはミミのよく見知った声だ。


「えぇ。もちろんよ、エリアス」

ミミはゆっくりと頷いた。


――――クロ殿下視点


――――移動している。もしかしてこれが地脈……?

どうしよう……これ、どこへ向かって……?流が勢いが速くて……方向を見失う。


――――こっち

あれ、前にわふたんって呼んでた声?

――――見失わないで。あの子、見て

あの、兎耳の女の子……?


※※※


――――目を開くとそこは暗闇だった。しかしその中に白い光が見える。泣いている、夢で見た兎耳の女の子だ。


白い長い髪に、泣いて腫れた赤い瞳。彼女の耳はエストレラ兎耳族に多いふっくらしたものではなく、地球で見たウサギの耳によく似ている。


「えっと、泣かないで。んーと、どうしたら」

女の子を泣き止ませるなんて経験にあったか。あ、いやイヴが泣いてたことがあったっけ。エメラ姉さんが子守歌という名の行進曲みたいなのを歌って余計に泣かせてた。いや、それは今はダメだ。やっぱり子守歌だろうが俺が歌ったらエメラ姉さんみたいな結果になりそう。こっち来てから歌の練習なんてしたことないし、ひょっとしたら音痴かもしれない。ミミさんがいてくれたら……いやそれは戦ってくれてる人たちが困る。そう言えばヒュイさんが地脈を伝って音も届けられるって言っていたよな?


――――もしさっきのが地脈なら。お願い、ミミさんとつながって。俺は槍を再びすとんと地面につけた。

……やっぱ、だめなのか?


――――だいじょぶ

またあの時の声……?

そしてその瞬間何かとつながったかのように、ここにはいないはずのミミさんの歌声が響き渡った。優しい、夏の空を海の青で満たしていくような、きれいな歌声。泣いていた少女が顔を上げた。


「……きれいなうたごえ」

「もう大丈夫だよ」


「……だぁれ?」

「えっと……クロ、だよ」


「……くろ?」

「君の名前は?」


「……イチゴ」

「そっか、イチゴちゃん。君を助けに来たんだ。外にでよう」


「……」

最初は警戒していた少女イチゴちゃんはゆっくりと俺の手を取る。ミミさんの歌声の効果だろうか。そして闇が晴れるとそこは深い森の中だった。


「……大丈夫ですか!?」

そこにいたのは縄につながれた数人の兎耳族の女性たち。全員エストレラ特有のふっくら兎耳だ。見ればイチゴちゃんも足かせをつけられている。


「今縄と鎖を……っ」

「その鎖はだめなの」

女性のひとりが告げる。


「どうして?」

「魔法の呪縛……私たちにも解けないの」

呪縛って何だ?試しに槍で突いてみてもびくともしない。


「状態異常の一種だから、ケガでも食あたりでもどんな状態異常でも何でも治せるエリクサーでもあれば……」

え、状態異常なの?呪縛ってどく、まひとかと同じ扱い?――――というかエリクサーって食あたりも治せるんだ。すごいな、エリクサー。滅多に手に入らんものを食あたりに使うのはもったいない気もするけど。


「エリクサーなんて祭壇に行けば1つくらいならあるかもしれないけど」

ん……?エリクサー?……持ってるんですけど。


「あの、エリクサーポーションならあります」

「えっ!あの加工の難しいエリクサーでポーションを!?」

「国宝級……いいえ、それ以上じゃないかしら」

な、なんですとぉぉぉっ!?何でアリスはこれを?買った……?いやいや、まさか作ったのか?今までもレアポーションもらったけど!早速ポーションをかけると足かせがぴしぴしと音を立て崩れていく。


「やった!」

「解けた!」

続いてお姉さんたちの縄も解いてゆく。


「ありがとう」

「あなた一人で来たの?お名前は?」


「えっと……クロです」

そう名乗ればお姉さんたちが顔を見合わせる。

「……その顔もしかしてと思ってたけど」

「クロ……って」


『クロ殿下!?』


「あ、うー、はい」

バレたかぁー……いや、お姉さんたちはクォーツのひとたちのはずだから知られていてもおかしくはない。何か恥ずかしい。俺の顔と愛称はクォーツ州内では有名なのか?


「さぁ、早く逃げましょう」

「えぇ……っ!」

「でも碧狼族が……っ、あそこ!」

お姉さんのひとりが叫んだその瞬間数人の人影が現れた。碧狼族だ……!


「泣き声がやんだと思ったら……何してやがる!てめえぇぇぇっらぁっ!」

ひいぃぃぃっ!俺、そんな武闘派では。でもほかは兎耳族の女性だけだし、男子俺だけだし!どうすればっ!


「うらああぁぁぁぁっ!」

しかし突如俺たちの眼前に現れた銅色の髪、狼耳しっぽの持ち主が向かってきた碧狼族を片っ端から片づけていく。


「くそっ!外はモンスターの大群がいるはずなのに……」

「何で茶狼族がいるんだっ!」

「魔法を使え!」

「風よ我が……」

碧狼族の一人が呪文の詠唱を始めようとした刹那、盛大にぶっ飛ぶ。わぁ……呪文のさなかにぶっ飛ばされるって……恥ずかしくない?


そうやって碧狼族を滅多打ちにし縄でぐるぐる巻きにすると、その銅色の毛並みの青年がこちらを振り向いた。


「えっと……イオさん?」

振り向いたその顔はジオさん譲りの凛々しい眉を除けばリオに瓜二つだった。


「あぁ、クロ殿下か」

ニィッと笑うところはマティアスとおさんとの血のつながりを感じた。


「どぉしてここに?」

スタンピードは?泣き声が止んだから治まったのか?


「スタンピードの中、モンスターどもぶっ飛ばして先に突っ切っただんだよ。森に原因があればそれを探って元凶を止めるのが俺の役割」

ぶっ飛ばして突っ切ったって……あの大群だぞ?何者なんだ、イオさん。


「ま、原因はクロ殿下がどうにかしたってとこか」

まぁ、イチゴちゃんは泣き止んだし。


「しかしどうやってここに来たんだ?」

「それは・……」

イオさんがこちらへ歩いて来ようとすると腕にぎゅっと抱き着かれた。振り返るとイチゴちゃんが恐怖の顔で目を見開いていた。


「……かみっ」

「そいつ、国外の兎耳族か」

イオさんが呟く。

「そうみたい。耳も少し違うし、服もエストレラでは見慣れないわね」

「その子、外から連れて来られたみたいなことを碧狼族が言っていたわ」

他のお姉さんたちが説明してくれた。


「……ふん、俺は先に行くから後からついて来い」

イオさんは碧狼族を引きずりながらさくさく歩いて行ってしまった。その数引きずれんの……すげぇ。


「大丈夫よ。イオくんは私たちの味方だから」

「力は強いけどとっても優しいのよ?」

お姉さんたちがイチゴちゃんに話しかけるが、イチゴちゃんはぷるぷる震えてその場から離れようとしない。


エストレラ国外では碧狼族と同じ狼種の茶狼族、黒狼族を恐れる種族は多いそれは、茶狼族や黒狼族がエストレラ国外にはほとんどいない一つの理由でもあるらしい。


「や……食べられ……ちゃう」

どうしよう。このままじゃぁまた泣き出してしまう。こういう時は……ふわもふぬいぐるみとかどうかな。ふわもふ……イオさんのしっぽ……いや逆効果か。


他にふわもふ……。


「ほーら、ふわもふのお耳ですよ~!ふにふにですよ~」

お、お姉さんたち!?確かにトールさんのお耳はめっちゃやわくてふにふにして気持ちよかったけど!う~ん、ふわもふお耳……ふわもふしっぽ……ふわもふシズメさま……シズメさま……?


「……っ!?」

後ろから、ふわもふにぎゅーされた。



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