【4】クロ殿下と妹姫
――――今日の後宮はいつも以上に賑やかだ。
「まあ、クロムウェル殿下!お上手です!」
「お菓子作りするクロムウェル殿下、かわいくって惚れ惚れしちゃいます~」
「この魔動機器の使い方は~」
俺はミーハーな侍女さんたちに囲まれながらお菓子作りに励んでいた。
「それにしてもクロムウェル殿下。庶民の手作りお菓子をよくご存じでしたね」
「あら、エルヴィス殿下もよくご存じでしてよ?」
どうやら庶民の間でよく食べられているもので、王族や貴族が食べるお菓子と言う風に認識されていないようだった。しかしエル兄さんも庶民食に詳しいのか。ヴェイセルの影響かな?ヴェイセルも貴族ではあるのだが。そんなこんなやっているとどこか懐かしい匂いが漂ってくる。
「こっちは準備完了だよ」
「うん、こっちも。あとはオーブンに入れるだけ」
「後はオーブンが魔自動でやってくれますからね~~」
と侍女たち。
「うん、便利だね」
魔法のおかげか焼き時間も短い。後宮の魔動器具はもちろん最新なの自動で出来立て保存ができるらしく、食後のお茶菓子にもちょうどいい。
本日の昼食は、肉じゃが、いももちの味噌汁、そして米となんと漬物付き!でもやっぱりそのいももちって……何?
「わぁ、おいししょう!これなぁに?」
しかし俺たちのめちゃくちゃかわいい妹が瞳を輝かせてる。別にシスコンではないと思うけど、ウチのイヴはまじでかわいいと思う。
「これはお米だよ」
「おこめ?」
テイカかあさん譲りの金色のぱっちり瞳で俺を見上げてくるイヴ。やばいかわいすぎる!!髪もテイカかあさん譲りだが天人族の耳はまだちびっこなので小さめだ。
そしてふわもふしっぽが着物の下に穿いているひらひらスカートの裾からひょこっと覗いている。くっ!かわいすぎる!思わず頬が緩んでしまう。
「クロムウェル殿下。はい、お箸」
「ありがとう、ヴェイセル」
エストレラは基本、食具がスプーン・ナイフ・フォークなので何となく足りないと思っていた。やはりお箸の方が食べやすい。
「あらクロムちゃん。その棒なぁに?」
その時テイカかあさんが不思議そうに問うてきた。
「え?何って、箸だよ?」
「よく箸なんて知ってるね」
エル兄さんが驚いたように俺を見る。
「持ち方上手だね、殿下」
ヴェイセルがやけににこにこして褒めてくる。あれ?そういえば、スプーン・ナイフ・フォーク圏の国で箸の使い方が一般に知られているとは考えにくい。ロンド州ならもしかしたらだけど。しかも俺は普通に箸を持って食べている。
「う、うん。本で読んだ」
適当にごまかしてみた。
「へ~~クロムちゃんったら天才かも!読んだだけで扱えるなんて」
「ヴェ、ヴェイセルの真似してみただけ」
「一度見ただけで真似できるなんて、クロムちゃんには剣の才能があるかも!」
あぁろ…見て一発で剣の型覚えるってやつ?むりむりむり。単に前世で日常的に持ってたから、体が覚えていただけで!!!
「ヴェル、剣でも教えてあげたら?」
「クロムウェル殿下のご用命とあらば」
一発で見ただけで覚える才能はないが、剣はちょっとやってみたい。でも一発で見ただけで覚えられないって知ったら、がっかりさせちゃうかな?
「ちょ、ちょっとだけなら」
「手とり足とり教えたげるからねっ」
ヴェイセルが頬に両手を当ててにまにまと嬉しそうにしている。若干悪寒がした気がするのは気のせいだろうか。
「イヴもそれもちたい」
イヴが俺の箸をちょんちょんしてる。うわ、まじでかわいい。
「イヴにはまだ難しいと思うよ?」
イヴは俺より3歳年下なので、まだ5歳だ。箸って何歳くらいから持てるんだっけ?小学生の頃には給食を箸で食べるので、確か持っていたと思うけど……分からん。試しにイヴに持たせてあげるが手もちっちゃいので、するすると箸が抜けてしまう。
「イヴちゃんはスプーンで食べようね」
テイカかあさんが提案するがイヴはににと同じように食べたいらしく、瞳をうるうるさせている。
「ほら、ににが食べさせてあげるから」
イヴにあ―んしてあげる。
「うん!」
もぐもぐ……。
「おいちい!」
わぁ……もう、にには発狂しそうです。イヴがかわいすぎて。
因みに和食は侍女たちや紅消にもおすそ分けした。ヴェイセルはしばらくレシピや調味料の話で侍女たちにつかまっていた。
「クロムちゃんはお茶の煎れ方も上手いのねぇ」
ちなみに、お茶を煎れるくらいは歴代の王妃様が個人的なお茶会を主催するさいに行っているのでお許しが出た。お菓子作りする王妃、王族はまれらしいけど。でもさすがに男性王族はしないらしい。ヴェイセルが『大丈夫、テイカ様も男だし』と言ったので、テイカかあさんに思いっきり腹にパンチを喰らっていたがぴんぴんしていた。どうやらそこは触れないほうがいいらしい。先ほど準備していたお菓子を侍女たちが切り分けてくれテーブルに並べていく。今回はアップルパイを作った。イヴはりんごが好物なのだ。
「にに!」
イヴが再び瞳をきらきらさせて俺を見上げてくる。もうイヴのためならににはなんだってできる気がする。
「あ―ん」
イヴ用にちっちゃく切り分けたアップルパイをイヴがフォークにさして俺に差し出してくる。
ぎゃーっ!かっわいすぎる!!ぱくっ
「お、おいひぃ」
もうにには幸せすぎて涙が出てきちゃうよ。
「クロだけずるいなぁ。イヴ、エルにににもあ―んして?」
「うん!えるににあーん」
「うん、おいしい。お返しにほら、イヴ。あ―ん」
「にに、おいちい」
か、かっわいすぎる。
「クロににからも、あーん」
「おいちい」
やばい。イヴがかわいすぎて。将来イヴが彼氏とか連れてきたらきっと俺は発狂する気がする。
「クロ、いいじゃないか。それで」
エル兄さんが俺の思考を読んだかのように告げてくる。うん、そうだね。さすがエル兄さん。
「2人ともイヴちゃんにメロメロね。やっぱり兄弟って似るのねぇ」
「んふふ……かわいい」
テイカかあさんののほほんとした笑みに反して、ヴェイセルが不気味に笑う。ゾクッ。何この寒気。
「ヴェイセルちゃん、あんた……。そういうとこほんっとフィーアに似てるわ」
ヴェイセルがイヴではなく俺の方を見つめながら怪しげにほくそ笑んでいたことに、俺はイヴに夢中で全く気が付かなかった。
「クロムウェル殿下、やはり剣聖は危険です」
その晩紅消が真剣な表情で告げてきた。え、調味料の件か?まぁ、一度あのおいしさを味わってしまうと中々離れられなくなるからな。なお俺のお菓子作りについては後宮内で黙認されるようになった。
※※※
――――side
「え、クロがお菓子作り?」
ヨシュアがお茶をすすりながら闇に潜む陰に視線を送る。
「殿下のお菓子に喜ぶイヴ姫殿下はたいそうおかわいらしく……。侍女、騎士隊、我ら一同含めてあの笑顔を見れなくなれば後宮内で反乱が起きましょう」
「別にお菓子作りはかまわないと思うけれど、私情入ってないかい?暗鬼」
暗鬼と呼ばれた男は闇色の髪、闇の深淵のような瞳に血色の失せた青白い肌をしており、頭の前方からは10センチくらいの2本の黒い角がまっすぐ伸びている。首元からつま先まで黒い装束で身を包んだ男の表情はぴくりとも動かない。
「……いえ」
「それで、剣聖に動きはあったかい?」
今はまだ。引き続き監視を続けさせます」
「頼むよ」
ヨシュアがいつもの柔和な笑みを向ける。暗鬼はヨシュアに一礼しすっと闇に溶けていく。