【2】クロ殿下と赤髪の剣聖 後
――――届いた声、現れた赤髪の青年の姿。
『き、貴様は!赤髪の……剣、聖っ!!』
がっくりとくずおれ女は動かなくなる。
「何事か!」
剣を持った銀髪の女性が駆け寄ってくる。
「小隊長、賊は討った。だが他にも伏兵が潜んでいる可能性はある。後宮警備の強化を」
「この後宮に堂々と入り込むとは。至急、厳戒態勢をしこう」
流れるような銀髪を一つに結った女性の小隊長は俺の前に跪く。彼女を知っている。彼女は後宮を守護する近衛騎士隊の小隊長である。
「申し訳ありません。クロムウェル殿下。お怪我は」
「だ、いじょうぶ」
「此度の失態、すべて小隊長である私の責任です。いかような処分も受け入れる所存です。」
「そんな、処分だなんて。あ、あの、ふくへい、探すんだよね?ひとつ、お願いしていい?」
「はっ!」
「あの、紅消を助けて!俺のために一人でたたかってて」
「その心配はありません。殿下、ただいま戻りました」
「紅消!?け、けがは?」
「自己修復が可能ですので」
自己修復?いわゆるスキル的なものだろうか。
「しかし、クロムウェル殿下を危険にさらしたのは事実。いかような処分も受け入れる所存です」
また、それか!!
「そんなの、いいから。その、後宮が安全な場所であればそれでいい」
「なんと寛大なお言葉。では、さっそく。皆の者!至急警備を強化!後宮内に不審者がまぎれている可能性がある!」
『はっ』
小隊長の部下と思われる女性たちが一斉に後宮内に散らばっていく。
「……時に、剣聖」
小隊長がヴェイセルを見る。
「何か?」
それにけろりと答えるヴェイセル。
「お前はどうやって後宮に入った?」
「俺には空間魔法がありますので」
「結界があるはずだが」
「ウチの父さんも入れますよ?でも、普通の空間魔法士にはできませんので、ご安心を」
「……」
小隊長は猜疑心のある目で剣聖を見据える。
「紅消っ」
どうしよう、この状況。俺は紅消に助けを求める。
「戻りましょう」
え、ほっとくの!?この状況!確かに子どもの俺にどうこうできる問題じゃないと思うけども!紅消が俺の手をつかんで踵を返そうとするので、不意に。
「あのっ!」
俺はヴェイセル……いや、赤髪の剣聖の裾をつかむ。
「いっしょにっ!」
「はい、クロムウェル殿下」
俺の目に跪き、深いマリンブルーの双眸が俺をとらえて微笑んだ。うっかり引き込まれそうなほどきれいだった。
「お部屋までご一緒いたします」
小隊長はそういうと俺と剣聖の間に入る。
「一応、お前は不審者の扱いだから」
「え、ひどくない?シルヴィーちゃん」
「ちゃん付で呼ぶな!」
シルヴィーさんって言うんだ。とうのシルヴィーさんは剣聖に鬼の形相を向けているけれど。
※※※
いつもの部屋に戻るととおさんが帰ってきていた。シルヴィーさんたち騎士隊は部屋の外で強化警備中だ。
「きょうは遅くまでこうむじゃぁ?」
「クロが危険な目にあったって報告があったから。早急に始まつ、じゃなくて片づけてきたんだよ」
とおさんの優しい手が俺の頭をなでる。慣れ親しんだ柔和な笑みがひどく懐かしかった。
でも今何か恐いワードが聞こえなかった?空耳かな。
「紅消、今日はもう下がっていいよ」
「はい、ヨシュア様」
「紅消。明日も『紅消』が来るんだよね?」
「……」
紅消は無言だ。
「明日も紅消を仕えさせよう。いいかい?」
「はい」
紅消はいつもの無表情で返事をすると、忍者のようにふっと姿を隠す。あれ。とおさんもいつもシャドウと呼んでいるのに紅消って呼んでる?
「今日は世話をかけたね、ヴェイセル君」
「いいえ。助けを求める声に応えるのは、剣聖としての役目ですから」
剣聖……そして本当にヴェイセルという名前だ。ゲームと同じだった。こんな偶然あるだろうか。
「あの、明日もくる?」
「殿下のお呼びとあらば、はせ参じましょう」
そう言って微笑む剣聖の顔を俺はずっと昔から、俺が生まれる前から知っている。
「うん」
剣聖ヴェイセルは一礼すると退室する。
「クロったらいつの間にかモテモテだね」
いやいきなり何を言い出すんだ、とおさん。でもその柔らかな笑みと優しい双眸に包まれながら抱きしめられ頭をなでなでされていたら、自然と夢の中へと誘われていった。
※※※
――――これは、夢だ。夢の中。こことは違う世界の記憶だ。
それはバーチャルゲームの中のAIで人間ではない。だけど隣にいてくれるだけで心強かった。いつも隣にいてくれたから俺は寂しくなかったんだ。
※※※
もふっ。
「わふたん……?」
まだおぼろげな瞼をゆっくり開く。腕の中には『兄さん』におみやげでもらった狼のふわもふぬいぐるみがあった。
「……べに、けし?」
「殿下、おはようございます」
「おはよう」
「お加減はいかがですか」
「平気だよ。紅消は?」
「何ともありません」
「うん、よかった」
昨日の傷は本当に何ともなさそうで安心した。そしてちゃんと紅消が来てくれたことにも。
「では私はこれで」
「もういっちゃうの?」
「エルヴィス殿下がお見えですので。どうぞ兄弟水入らずでお過ごしください」
「そっか、ありがとう」
そう告げると、また忍者のようにすっと姿を隠してしまった。
「……エルヴィス兄さん」
このわふたんをくれた兄さんである。襖をあけてとおさんが入ってくる。
「クロ?おはよう。調子はどう?」
「だいじょうぶだよ、とおさん」
「そうか。今日はエルヴィス君が一緒にいてくれるから。父さんはお仕事だけど、今日もなるべく早く帰るよ」
「うん、ありがと」
とおさんに手を振って見送れば、早速とばかりに現れたのは……。
「やぁ、クロ!昨日は大変だったんだって?」
水色に藍色のメッシュが入った髪に、青い澄んだ瞳。肌は透き通るように白く、きれいな端正な顔立ち。頭には竜人族の特徴である10センチほどの長い竜の角が生えている。俺とは父親違いの兄であり10歳年上のエルヴィス兄さんだ。
「うん。でも、もうだいじょうぶだよ」
「クロに怪我がなくってほんとによかった」
エルヴィス兄さんが俺を抱きしめてやさしく包んでくれる。
安心するなぁ。
「そういえば昨日はヴェイセルにも会ったんだって?」
「うん、エル兄さんも知ってるの?」
「うん。知ってるってゆーかねぇ……あれ、俺の異母弟」
「へ?」
「あ、ちょっと難しかったかな。クロと俺は父親の違う兄弟で、ヴェイセルと俺は母親の違う兄弟」
まぁ俺たちが異父兄弟である以上は異母兄弟もあり得なくはないのだが……母親は女王陛下なんだが。母以外に別の奥さんを迎えた王配がいるとかなかなか信じがたいのだが……?
「ふぅん……どんなひとなの?」
「うーん。そうだね、クロにはどこまでも忠義を尽くすと思うよ」
「な、なんで?それに俺……」
「うん?」
「忌み付き王子って、何?」
まるでこの世界に憎まれているような感覚がした。
「それにヨルの体が弱いのは俺のせいだって……」
「聞いたんだね。どれも根拠のない憶測にすぎないよ」
「だけど」
「クロはエストレラの大地に愛され、精霊の祝福を受けた王子だよ。誰がどんな誹謗中傷を向けようとそれは変わらない。そのような誹謗中傷を言うようなやからはこれから見返してやればいい。大丈夫、クロはお兄ちゃんたちの弟だから。俺たちはいつでもそういったやからをも見返し、魅了させてきたんだから。クロにもきっとできるよ」
「どうやって……」
俺は無力で、紅消にだって怪我をさせた。足手まといになった。誰も助けてくれない。忌み付きだって脅えて憎んでくる。
「そこでなんだけど。ウチの異母弟をクロの専属騎士にしない?」
「へ……?」
「ヴェルー?」
ヴェルと呼ばれて入ってきたのは昨日の赤髪の剣聖ヴェイセルだった。
「私……ヴェイセル・フォン・クォーツをクロムウェル殿下の騎士としてお仕えさせてください」
ひぁっ!?い、いきなりイケメンに傅かれたら困る!なんか照れる!
「その……理由を聞いてもいい?」
確かに昨日俺はこの赤髪の剣聖に救われた。名前を呼んだら来てくれた。
「一目惚れです」
「は?」
それは思いもよらぬ答えだった。
「一目見て、クロた……クロムウェル殿下は生涯お仕えすべき主だとわかりました!」
クロた……?今何て言おうとしたんだ?
「まぁ、ヴェルはちょっと変わっているけれど特殊な真眼を持っているから見立ては間違いないよ。ウチの父さんの許可も得たからね」
真眼とは真実を見抜く魔眼のことである。でも特殊って何?そしてエル兄さんの言う『父さん』て……。
「エル兄さんのお父さんの……クォーツ公爵?」
エル兄さんの父親は俺のとおさんのような王配ではない。エル兄さんは間違いなく俺と同じく女王陛下の息子だが、クォーツ公爵は女王陛下と婚姻しなかったよくわからない人物だ。さらには女王陛下との子どもがありながら……エル兄さんには異母弟がいる。
「そう。だから問題ないよ。あとはクロの意思次第だよ。クロはヴェルが騎士になることは許す?」
「え、えと……うん」
ヴェイセルなら……この剣聖ならばと思うのだ。
だから俺はその日運命とも腐れ縁ともいえる騎士を迎えた。