【10】クロ殿下と暗部の企み
――――エル兄さんと転移すれば、俺は一瞬で懐かしい風景に安堵する。
「クロ、お帰りっ!」
帰還して一番にとおさんにぎゅっと抱きしめられた。相変わらずなんだから。
「お帰りなさいませ、クロムウェル殿下」
「紅消、とおさん。紅消、心配かけてごめん」
「いいんだよ、クロ。だってヴェイセルくんと一緒だったのなら安全でしょう?」
「う……えと」
何かその話題、気まずい。
「クロムウェル殿下、あのバカ剣聖に何かされませんでしたか」
「ん……大丈夫」
「大丈夫だよ、紅消。ヴェイセルくんはこの子の騎士なんだし」
「ですがあの野郎、クロムウェル殿下を勝手に連れ出しやがって……」
紅消、いつも以上にヤンキーっぽくなってるし!
「それでヨシュア様。クロがシズメさまの加護を授かったんで、クォーツで精霊士さしてもいい?」
え、エル兄さん!今その話の流れと違うから!何だろう、この空気読まない能天気な感じ!めっちゃデジャヴってんだけど!!!
「シズメさまの?わぁ、ステキだね!クロと離れるのは寂しいけど、ヴェイセルくんの空間魔法でいつでも好きな時に会えるしクロがやりたいのならお父さん応援するからねっ!」
「う……うん」
確かに離れるのは寂しいけど、ヴェイセルの空間魔法があればいつでも好きな時に会えるか……。
「うん、存分にこき使っていいよ」
ちょっとエル兄さん!弟使い荒くない!?しかもめっちゃ笑顔なのが恐い!あの司祭様との血のつながりすっごく感じるんだけど!
しかし明日は、またクォーツか。楽しみな反面、少し不安だな。でもシズメさまはぎゅーしたい。布団の中でわふたんぬいぐるみをぎゅむっとしてみる。ん……?あれ、誰か来る?障子を開けた先にいたのは……。
「紅消?」
黒い髪に黒い瞳、いつもの黒装束。だけど……。
「だぁれ?紅消の、お兄さん?」
「これは驚いた。本当に我らを区別できるとは」
そしてもうひとり。髪や目の色、服装まで全く同じ青年が現れる。
「紅消は?」
何か嫌な予感がする。
「あれは少々あなたに感情移入をしすぎたようだ」
「我らの計画の邪魔になるのでな。眠ってもらった」
計画?我らって……何?
『ようやっと邪魔者が消えたなぁ、忌み付き王子』
聞き覚えのある、不気味な女の声。確かヴェイセルが倒したはずでは?
『一度目はあの剣聖に邪魔をされたが、今は剣聖もあの邪魔なアンブもいない』
またアンブ……?ヴェイセルに邪魔されたって、じゃぁ、ヴェイセルはやっぱりこのひとたちの側じゃないってこと?
『もうお前の味方はいない……』
「とおさんや、エル兄さんは……」
『あのような平民あがりの王配に何ができる。我らの前には非力な男よ。何故あのような平民が王配の座におさまったのか。あの方もさぞや悔しく思っておられよう』
あの方……?
「でもエル兄さんは……」
『あっははははは、本当に愚かよのう。忌み付き王子よ。エルヴィス第二王子殿下が貴様の味方だと思うたか?』
……え、どういうこと?
『武勇魔法に優れ、精霊の加護をも授かった王子を設けながら王配にならなかったお方……』
それってエル兄さんの父親!?
『いいえ、なれなかったお方。本来エストレラ王国王の伴侶は五人まで。それが何を意味するか分かるか?伴侶はエストレラ王国五大公からそれぞれ選ばれる』
五大公はエストレラ王国にある5つの公爵家の総称だ。
『しかし当代は女王。五大公はそれぞれ伴侶となる王妃候補は用意していたが、王配候補の準備はできておらなんだ。だから女王陛下はあろうことか獣人や混ざりもの……ひいては平民ごときを王配に選んだ』
獣人とはアスラン兄さんの父親マティアスとおさんのことだろう。そして混ざりものとはテイカかあさんのことだ。
『王配を擁立できたのはシュテルン公爵家そしてクォーツ公爵家のみ。しかし女王陛下は優秀な王子を輩出したクォーツ公爵家ではなくシュテルン公爵家のみを選び、最後のひとりにあろうことかあの平民を選んだのだよ。さぞあの方もはらわたが煮えくり返る思いであっただろう』
「あなた方はクォーツ公爵の手の者ってことですか?」
『いいや、我らは協力者である。同じ志を持ち、我らをこの警備が厳重な後宮に手引きしてくださった』
そうだ。後宮に潜入できるような空間魔法を使えるひと……ヴェイセル以外にも一人いるじゃないか。そういえばヴェイセルと最初に会った時も『父さんも使える』って言ってたじゃないか。ずっと引っかかってたあの時のもやもやはこれだったんだ。
『目障りな平民を始末し、その血を分けた忌み付き王子を始末する。忌み付き王子の排除は我らの悲願』
同じ血を分けたって……。
「ヨルは?」
『ヨルリン殿下は光の精霊に祝福されし王子。我らの元で調教し傀儡とすることに、あのお方も賛同してくれました。ご安心くださいな、忌み付き王子。ヨルリン殿下は我らが存分にかわいがって差し上げます』
女が凄惨な笑みを浮かべる。そんな……ヨルが。俺だけじゃなくてヨルまで……そんな。
「ヴェイセル……」
『あの剣聖なら来ませんよ?あれはあなたの唯一の味方だったのですよ。そして我らの計画最大の邪魔者。後宮ではまんまと介入され邪魔をされた。どこをどうしてあのタイミングで割り込めたのか……あと少しでしたのに』
確かにそのタイミングのよさはエメラ姉さんも気にしてたけど……。
『一度邪魔されましたのであの方の空間魔法で邪魔していただきました。さすがに剣聖もあの方にはかなうまい。シェルリアン司祭とエルヴィス殿下も協力してくださって。……あの方に逆らうからですよ、おかわいそうに』
シェルリアン司祭様もグルってこと?そうだ、クォーツ公爵の兄っていってた……つまり弟を王配にするために手を貸した?
「だけどエル兄さんが協力するなんて……」
……隠居願望全開宣言聞いた後だぞ?
『五大公の王子の中で一番位階が上なのはエルヴィス第二王子殿下。ゆくゆくはあの邪魔な第1王子をも排除し王の位につかれる!その際は手を侵しした我らへの協力も約束してくだされた!』
そんな……うそ……うそだ……。
「殿下」
「ご覚悟を」
紅消ではないシャドウたち。それ以外にもぽつぽつと闇から人影が現れ、俺を囲う。そして女がじりじりと這いよる。
「そんな……とおさん……紅消……ヴェイセル……」
そんな……もう、ダメなのか。そして恐怖で瞳を閉じる。
「クロ!」
名を呼ぶ聞きなれた声に瞳を開けると、あの時と同じ空色の瞳が夕焼け色を映した。
「ヴェイセル!?」
『ば、ばかな……お前たち!剣聖を殺れ!』
一斉に剣を向ける人影やシャドウ。しかし、その切っ先は俺を向いていない。……女に向けられていた。
『……?何故だ?』
後ろのシャドウを見ると、いつの間にか三人に増えている。
「紅消?」
「はい、クロムウェル殿下」
どうなってるんだ……?
「何故……とは?分からぬか。我らは……」
紅消が道を開けるともうひとり……闇の中からこちらへ歩いてくる。紅消たちと同じ黒い髪、黒い瞳に黒装束。手には日本刀のような武器。顔は青白く、そして何より特徴的なのは、頭に魔人族のものとは違う黒いまっすぐ伸びた二本の角。
『その角……お前アンブの暗鬼!?』
「お前の部下は我らが始末した。ここにいるのはすべて暗部の精鋭だ」
暗鬼と呼ばれたその人は無機質な氷のように冷たく、色の無い表情を向ける。
あれ……この表情前に、どこかで……?
『この国の歴史に幾度となく暗躍してきた暗部!?シャドウによって排除したはずなのに……シャドウ!お前ら裏切ったのか!』
「シャドウは暗部。仕えるのは我らが主と決まっておりますので」
『く……っ!しかし、まだ、あの方が……!』
「クォーツ公爵は何もしない」
暗鬼さんが告げる。
『は……?』
「あれは常にへらへらしてふらふら神出鬼没。果ては隠居して温泉三昧を送る余生のために全力をそそぐ変人だ」
あの――――……どこかの誰かと誰かをくっつけたようなその人物像、何ですか暗鬼さん。いや父子なんだから納得いくけど!何で暗鬼さんが知ってるの!?
「さぁ、そろそろ終わりだよ、オバサン」
ヴェイセルが女に切っ先を向ける。
『お、オバっ』
「ヴェイセル、それこんなシリアスな場面で絶対行っちゃいけない言葉!」
「え?そうかな?もしかしてオジサンだった?」
ちっがーーーーっっう!!
『どこまでおちょくれば気がすむのだ……っ!もう許さんぞ……クォーツ公爵が使い物にならないのならばせめてもの嫌がらせに子息の貴様をぉぉぉっ!!!』
女の右目が紫色に怪しく光る。何あれ!?てゆーか嫌がらせって、だんだん低俗な争いになってない!?
『ようやく出てきましたね。勢いに任せてぶっぱなした弟のせいで前回はまんまと逃がしましたが……よくやりました。ヴェイセルの舌戦はまるでクォーツ公爵を相手にしているようでめっちゃムカつきますからね』
……え?ヴェイセルの口から違うひとの口調が?そしてヴェイセルの口で、ヴェイセルをめっちゃディスってるし!!!
横から覗くとヴェイセルの双眸が緑の光を帯びていた。
『な……お前、誰だ……?』
『逃がしませんよ。私の瞳はそのまがい物とは違いますので。魔眼を使ったあなたが表に出てきたのであれば、いくらあなたがその身体を遠隔操作をしていても……入り込みやすい』
『う……っな、何故、はいってくるなあァァァァっっ!何故、魔眼を介して更に乗り移るなんて……っ』
『私の魔眼が本物だからですよ。まがい物でも乗り移る分には便利ですね。同じ性質のものだから、媒介を介していても乗り移りやすい』
ふふっと、ヴェイセルがらしくない笑みを浮かべると女が反対側にのけ反りがくりと崩れた。
『暗部の皆さん、後始末は頼みましたよ』
再びヴェイセルらしくない笑みを浮かべ、シャドウたちや暗鬼さんの方を向く。そして暗鬼さんの合図で紅消以外のシャドウ、他の人影たちがすっと姿を消す。
『恐い思いをさせたようですね。クロムウェル殿下。弟を頼みましたよ』
「へ?」
そういうと、ヴェイセルではない誰かが目を閉じる。そして再び瞳を開くと、そこにはいつものヴェイセルがいた。