【92】クロ殿下とイカヅチの森
――――俺たちはアスラン兄さんたちに続いて道なき道を進んでいく。
「ここはイカヅチの森と言って雷の精霊の祠があるんですよ、クロ殿下」
「そっかぁ、ふわもふ……会ってみたい……」
「クロ殿下!んもうっ!私というものがありながら……でも、そんなところも好きです……!」
ん?何かセナさんが腕に抱きついて来る。雷の精霊に嫉妬……してるのか?
「セナさんも好きだよ」
「はいっ!私も大好きです!」
「俺もっす」
リョクタも反対の腕に抱きついて来る。
すると、前方を歩いていたアスラン兄さんが不意に振り返る。ん……?何だろう……?
「お兄ちゃんは……?」
「……うん、後でもふったげるって」
「うむ、約束だぞ。王子命令だ」
いや、王子命令って。俺も王子だし。そもそも王子命令て……そんなのに王子命令使って良いんだろうか。……いや、冗談だろうけど。
――――やがて門のようなものが見えてくる。門の前にはセナさんと同じ獣耳しっぽを持つ銀色の毛並みの男たちと、竜人族と人族の2人の青年が立っていた。
こちらに気が付くと人族の青年が手を振ってくれる。
「待たせたな、シグレ、ユラ」
アスラン兄さんがそれに返す。ヴィルさんが人族の方がシグレさんで、竜人族の方がユラさんだと教えてくれた。
シグレさんは濃い紫の髪に漆黒の瞳を持つにぱにぱムードメーカーお兄さんと言う感じだ。
ユラさんは竜人族の角に銀髪に紫のメッシュが入っており、前髪を真ん中で分けている。
瞳は銀色で透き通るような雪の肌に妖艶な笑みを浮かべている。
「お待ちしておりました、アスラン殿下」
シグレさんが頭を垂れる。
「交渉はすんでおります。長がお待ちですので……」
シグレさんとユラさんが門番の狐耳族の方を見るのだが門番たちは何故か絶句している。セナさんの方を……見ている?
「そんな……ばかな」
「あなた様は……っ」
「どうした?」
「……何事だ?」
門の中からも狐耳族の人々が顔を出し一様にセナさんを見てピクリと固まる。そして何故かセナさんの方を向いて平伏しだしたのだ。
「おぉ……っ!我らの王がお戻りになられた……!」
「どれほどこの日を待ち望んだことか……」
えっと、えっと……えぇ――――――っ!!?
「……私はあなた方が想像しているような者ではありません。私は瑠璃色の毛並みを持つ狼種系の雑種です」
えーと、えーと……いくら何でも色違いのそっくりな獣耳しっぽの狐耳族の皆さんの前では無理があるのでわ……っ!!?
「しかし……」
「待ちなさい……瑠璃色の毛並みを持つ狐耳族……
彼らがどうして姿を隠したか、皆さまもご存じでしょう……?あの方にはその正体を隠さねばならぬ事情があるのです。皆さん、顔をお上げなさい」
その時凛とした声が響く。その女性は見事に純白の毛並みの白豹族だった。年齢はアスラン兄さんと同じくらいだろうか……。
腰まであるストレートの白い髪、印象的な銀色の瞳の美女だ。服装は俺たちが来ている服とほぼ同じデザインだが、上着の裾が幅広がりでゆったりとしており下に穿くズボンがロングスカートになっている。
色も俺たちの服と比べて色鮮やかで、上着は薄い黄色地にミカン色の袷、帯。ロングスカートは白地である。
ブーツも俺たちのごつごつ黒いくすんだブーツではなく、チョコレートブラウンのかわいらしいデザインだ。でも狐耳族の里に何故白豹族の美女が?
「初めましてアスラン殿下、クロムウェル殿下。
私はクロウ第1王子の婚約者、ディアーナと申します」
第1王子の婚約者!?どうしてそんな人がこんな森の中に……!?
「お入りください。長がお待ちです」
狐耳族たちはすでに立ち上がっており、ディアーナさんや俺たちのために道を開けてくれていた。俺たちは早速長の元へ向かった。
「ようこそ。我らの里へ。歓迎いたします」
案内された部屋で待っていたのはディアーナさんとさほど年齢が変わらないように見える女性であった。
腰のあたりでまっすぐ切り揃えられた銀色の毛並みに銀色の瞳のかわいらしい顔立ちの狐耳族だ。
室内なので俺たちが来ているコートの薄手バージョンの桃色の上着に、白いロングスカートを合わせている。
袷部分には白いレースあしらっており、袷、帯、裾のワンポイント部分は赤色だ。
「えっと……長さん……?」
ちょっと失礼だとは思うけど……長さん、若いな……。
「えぇ。私が長です。先代が腰を痛め隠居を希望しましたので。私が急遽。ファトマと申します」
おぉ……っ。腰を痛めて引退かい!お……お大事に……。
「さて、どうぞお席にお座りください。アスラン殿下、クロムウェル殿下」
長さんに示された席に俺とアスラン兄さんが着き、アスラン兄さんの部下やセナさんたちは後ろに控えている。
「それにしても……まさか瑠璃色の毛並みの狐耳族の方にお会いできるとは思ってもいませんでした。先代が知ったらきっと悔しがりますね」
「まぁ、本人は瑠璃色の狼種の雑種と言っておりますが」
「いろいろと事情をお持ちのようでしょう。瑠璃色の狐耳族が我が里を去った理由を、我々は忘れはしませんから」
一体、何があったんだ?先ほどの狐耳族の人々の反応を見る限り歓迎されているんだろうけど。
「……話がそれてしまいましたね。早速、本題に入らせていただきます」
そういえば……アスラン兄さんはどうしてこの狐耳族の里に来る必要があったんだ……?それに交渉って……?
「現在ルタ獣王国は現国王陛下が病に伏し、旧体制派の第1妃と第1王女・メローナ殿下の派閥、そして新体制派の第1王子クロウ殿下の派閥に分かれ王位争いが勃発しております」
お……王位争い!?エストレラ王家では考えられないな。だって皆仲いいし、エル兄さんなんて王太子になる気がさらさらなく今から隠居願望を豪語している。
それにしてもクロウ殿下……さっきもディアーナさんが言ってたけど、何か名前似てるな。とても他人とは思えない。
「ルタ獣王国は長らく白を重視してきました。それは王族を純白の毛並みを持つ白豹族が務めてきたからです」
白絶対主義的な感じかな。なしてそんな発想になったかは分からんが。その余波かユキメ領の豹族たちは本来の種族白豹族を名乗れない。
「そのためより白に近い毛並みの獣人族が高貴とされ、混じり毛や黒に近い毛並みの獣人族が迫害されてきた歴史があります」
それだけで迫害までされるなんて。
「しかし現獣王陛下の治世になりそのような産まれもった毛並みで差別する行為が禁止され、獣人族たちは色の区別のない、平等を手に入れました」
そっか。現獣王様は賢王らしい。安心、安心……って、確かさっき病に伏してるって……うぅ……先行きが……。
「第1王子殿下は黒い毛並みを持つ狐耳族です。その御母君第2妃さまは銀色の毛並みの狐耳族ですが、我ら狐耳族には例え両親が銀色の毛並みであっても黒い毛並みの子どもが産まれることがあります。それは我々にとっては王族に近い毛並み……つまり祝福の証なのです。しかし黒を忌避してきたルタ獣王国は長年にわたりそのような黒い毛並みの狐耳族を迫害したため、我々は彼らをこのイカヅチの森の里に隠し、守り育ててきました。……クロウ殿下はまさにその黒い毛並みの狐耳族でした」
へぇ……セナさんの黒バージョンか?きっとふわもふ……って、今はふわもふから離れなきゃ。話聞かなきゃ……俺!
「獣王陛下は狐耳族にはよくあることで、自らの実子であり、王太子であるとお認めになられました。さらにクロウ殿下は勉学、武芸、魔法全てにおいて優秀で、色による獣人族、他種族への偏見を持たず平等に接しました。その姿に黒に近い毛並み、混ざり毛の者たちはもちろん、そのような差別に反感を持っていた多くの白い毛並みの獣人族たちも賛同しました。一方メローナ殿下の方は、旧体制派の考えを振りかざし、旧体制派を重んじる古参貴族たちを味方に引き入れておりました。しかし武芸、魔法には精通しながらも、その強引で傲慢な思想や浪費癖に、民や新興貴族、獣王陛下に従う多くの貴族、臣下たちが不満を漏らしておりました」
ふぅん。異世界ファンタジーによくある展開……か?
「そして国庫を圧迫する程の贅沢を働き、メローナ殿下を初め後宮で贅沢三昧を送る第1妃への断罪の手が伸び始めた時、獣王陛下が病に伏されました」
何か……タイミングよくない?何かの陰謀だったりして。
「それを好機と見定めた第1妃、メローナ殿下の一派が白豹族でもない黒い狐耳族のクロウ殿下は王太子にふさわしくないと一方的にありもしない不正をでっちあげ、城から追い出されたのです」
これもよくある展開!
「クロウ殿下は水面下で動いていらっしゃいましたが、先日ついにメローナ殿下の手勢と衝突し、王位争いの火ぶたが切られてしまったようです。国内でも着々と、クロウ殿下派の反乱とメローナ殿下による弾圧が始まっております」
「その衝突って、もしかして俺たちを追って来たあの……?」
「確か、その場にクロウ殿下もいたっすね」
ん……?何の話……?
ニマやリョクタたちは既にクロウ殿下に会っているのか……?もしかして俺がダウンしている時に何か……?
「いいえ、恐らくその前からクロウ殿下は偶然あそこに居合わせたのです。巻き込んでしまったのは、むしろ我々の方です。メローナ殿下の一派はSS級冒険者を抱き込み戦力として利用する気でした」
「それって……シュアンさんのことっすね」
と、リョクタ。
シュアンさん!?どうしてここにシュアンさんの名前が。リョクタたちはシュアンさんにも会ったんだろうか。
「尤もシュアン殿は自らその依頼を断りクロウ殿下側についたようですが」
よ……よかったぁ。シュアンさんは味方だ!
「我々狐耳族は雷の精霊と同じ銀色の毛並みを受け継ぎし種族。そのため歴代の白豹の獣王に召し抱えられ、妃を輩出してまいりました。同じ白銀の毛並みをもつ種族として、メローナ殿下の一派に入るよう打診されております。……しかし我らは瑠璃色の毛並みの狐耳族の王族を白豹族たちに奪われ、その血筋に近いとされる黒い毛並みの狐耳族さえも迫害の対象にされました。我々はメローナ殿下の一派に下ることはあり得ません。かつて瑠璃色の毛並みの王族たちは私たちを助けるため、故郷を捨ていずこへと姿を消しました。我々狐耳族は類稀な雷魔法の才を持ちます。その力は多くの種族王侯貴族に狙われます。だからこそ天山山脈の絶壁に閉ざされ、雷の精霊に守護されるイカヅチの森の中で守られ暮らすのが一番安全なのです」
もしかしてセナさんが狙われてたのってその雷魔法が原因か?
でも雷属性は持ってなかったよな……?
「そして獣王様に白銀の毛並みの妃を差し出すことで、我々のこの森は保護区として守られました。また、歴代の獣王様は雷の精霊を怒らせないようその妃を大切に扱ったとされます」
属性精霊の存在は国にとって重要だ。それだけ大きな精霊の恩恵を受けられるのだから。雷の精霊がルタを去ってしまっては元もこうもないし、狐耳族を守るためにこの森を動けないとしても怒らせたら人類なんてきっとひとたまりもない。
「しかし我々はまた同じ失敗を繰り返したくはありません。もう二度と、我らの王を失わないため」
「我らはクロウ殿下を支持いたします。
そして、あなた方にも力を貸しましょう」
長さんとディアーナさんが告げる。
「ありがとうございます。密入国にご協力いただいて何よりだ」
おい。え……?密入国に協力!?そういえばこの森は天山山脈の麓なんだっけ。里に入った時、雄大にそびえる天山山脈が見えたし。いつもクォーツ側から見る天山山脈よりもいっそう険しく見えたな。
「クロ、彼女らには密入国に関する諸手続き云々など支援を依頼していたんだ」
……その交渉!?それって大丈夫なの!?
「クロウ殿下に付くのだから大丈夫だ。俺たちはクロウ殿下のため、協力するため密入国した流れとなる」
ま、まじか。いや、クロウ殿下には親しみを覚えるけど。やっぱり名前が似てるからかな?
「あ、でも、エストレラって他国の王位争いには干渉しないんじゃぁ……?」
ということはクロウ殿下にもつけないことになる。
「俺たちが介入したのは王位争いではなく、お忍びのための密入国なのだから問題ない!」
いやいやいや、密入国も問題だらけだと思うけど……!?
「明朝にはクロウ殿下とシュアン殿が到着する」
え、クロウ殿下が!?それにシュアンさんも!久々のシュアンさん……。何かシリアスっぽい展開だけど、ふわもふする時間……とれるかなぁ……。
「明朝に備え、しっかりと休まれてください」
「えぇ。長殿も」
俺たちはひとまず、里で休むことになった。




