【9】クロ殿下とクォーツ祭壇
――――――2メートルはあるのではないだろうか……座っていても大きいのがわかる。背中の翼も大きくなっている。抱きしめられて、首まわりのふわもふに顔が当たってて気持ちいんですけど。どうしよう……。
「クロ」
シズメさまが俺の名前を呼ぶ。
「俺の名前……」
「知ってる。ずっと昔から」
ずっと昔から……?でも俺もずっと前からシズメさまを知っているような気が……俺の頭をなでなでしてくるシズメさま。うん、なんかここ数日間で一番癒されたんですけど。
「クロ、受け取って」
シズメさまの手のひらからあふれ出す青白い……けれどきれいな光が俺の体の中に入っていく。シズメさまはふっとわらうと姿を消してしまった。けれど近くにいてくれているような気がする。
「まぁおめでとうございます、クロムウェル殿下!」
「えと……司祭様?」
「司祭のシェルリアン・フォン・クォーツと申します」
「あ、はい」
ん……?クォーツ?
「あの、司祭様はクォーツ公爵の……」
親戚だろうか。
「兄です」
あ、兄?今、兄って言った!?てことはヴェイセルの伯父さんんん!!?想像以上の答えが出た!!!
「クロムウェル殿下は我がクォーツ祭壇の鎮守の精霊シズメさまの加護を授かったのですよ」
「加護?」
「えぇ。ですからさっそくお祭りですね」
祭り?今、祭りやってるさなかでは?
「司祭様、魔女祭りは?」
ローが真面目に突っ込みを入れる。
「延長戦です」
「よっしゃぁぁぁっ!みんなに号令かけてくる!」
リオが元気に外にかけていき、ローも後を追っていった。
「祭りって……」
「クロムウェル殿下がシズメさまの加護を授かったお祝い祭りです」
何その祭り!なんか恥ずかしいんですけど!?
「ヴェイセルはお説教、クロムウェル殿下は私とご一緒に」
「は、はい」
「えーやだー」
素直に頷く俺に対し不満げなヴェイセル。
「ん、諦めろ。ヴェイセル」
いつの間にか黒いゆったりとした服を来た猫族の青年が立っていた。あのゆったりした服は司祭様と同じデザインだし、この祭壇の制服のようなものなのだろうか。猫族の青年は黒い髪に猫耳、瞳をしていて全体的にほっそりした長身。そして通常の猫族のしっぽよりも太いもっふもふしっぽだった。
「……」
ついつい見つめてしまい青年と目が合ったので慌てて目をそらしてしまった。
後は司祭様に手を引かれて、祭壇の奥の応接室のようなところに辿りついた。
司祭様にお茶とお菓子を出してもらい、ソファーに座って司祭様と向き合った。
「殿下は、ここクォーツ祭壇については、どのくらいご存じですか?」
祭壇とは精霊様を祀っている施設である。だいたいどこの領土にも必ず一つあり、それぞれ縁のある精霊を祀っているらしい。だけど……。
「恥ずかしながら……」
「良いのですよ。クォーツ祭壇では、鎮守、生命、氷の精霊がそれぞれ祀られております。鎮守は闇属性、生命は光属性、氷は闇属性です」
精霊には闇、光、無属性がある。闇属性と聞くと何となく恐いイメージがあるが、エストレラでは光の精霊と一緒に普通に祀られている。シズメさまもその精霊だ。
「鎮守の精霊であるシズメさまはクォーツ州全体にとってとても大切で、シンボルのような精霊なのです。ただし加護を与えたという例は聞いたことがありません」
精霊はひとに加護を与える。加護を与えられたひとは精霊の力を一部使えるようになったり、能力値が上がったり、守護を受けることができる。誰でももらえるものではなく、精霊に選ばれた者だけが得られる祝福。たしかエル兄さんも氷の精霊の加護を受けていたはずだ。
「それならどうして俺なんですか?俺は特別なところなんてひとつも……」
「いいえ、クロムウェル殿下は我々にとってもとても大切な存在です。そしてシズメさまにとっても……クォーツの者は皆存じております」
「え……?だけど俺……忌み付き王子って」
「エルくんから聞いています。とてもおつらい思いをされたでしょう。クォーツでその事実が発覚したらきっと反乱がおこるでしょうね」
い、いきなり何を言い出す。
「ど、どうしてクォーツのひとたちは俺を?」
「クロムウェル殿下には、大恩があるのですよ。
あなたはかつてシズメさまを救ってくださったのです」
「俺がシズメさまを……?」
いつ?むしろ俺が癒されて救われた気がするのに。
「そこでクロムウェル殿下!」
「は、はい」
「ここクォーツ祭壇で精霊士になりませんか?」
「は、はい?」
精霊士とは精霊にお仕えする職業だ。言うならばよくあるファンタジーゲームの中の教会的な役割である。この世界には八百万の精霊がおり、精霊の恩恵を授かるために祭壇を作りその祀っている精霊に仕える職業がある。この世界における精霊士というのは光の精霊に仕える光の精霊士である。
だがエストレラ王国だけは少々特殊である。光の精霊に加え闇の精霊も祀っているため、闇の精霊士というのが存在する。とおさんに聞いたざっくり精霊士の違いをまとめると、光の精霊士はいわゆるよくあるファンタジーゲームのヒーラー的存在で、闇の精霊士は武闘系である。
「あの、シズメさまって闇の精霊ですよね」
普通加護を授かった場合、加護を授けた精霊の属性の精霊士となる。つまり俺が精霊士になるのであれば……。
「はい、ですのでクロムウェル殿下は闇の精霊士です」
えぇ――――……俺、全然武闘系じゃないんですけど。
「いや俺、剣とかケンカとかできないです」
「大丈夫です。確かにクォーツの闇の精霊士は武闘派で祭壇や祭りの警備、有事の際の戦闘も担当しますが……」
「有事の際の戦闘?」
「祭りでケンカをしたバカに制裁を加えたり、クォーツ騎士隊の演習に補助要員として参加します」
む、無理だし!俺ミリタリー系ゲームでさえ無理でしたけど!?
「ですが書類作業や闇属性魔法の魔法使いの派遣なんかもやっています。魔法使いは戦闘要員ばかりではなくて文系もおりますし」
「それなら……」
俺にもできるかな。
「では……っ!」
「……だけど一度とおさんに話さないと」
まだ子どもだし、王子だし。
「そうですねぇ。ご両親の許可を取りませんと」
さらっと言ったけど、両親女王と王配んなんですけど。
「それなら大丈夫だと思うよ?」
不意に聞きなれた声がしたと思うと、青白い光の魔法陣が顕現しそこにエル兄さんが現れる。
「え、何でエル兄さんが?それに今の……」
王都からはクォーツまではまる二日かかる。もしかしてエル兄さんも空間魔法を……?
「転移魔法だよ」
て、転移ぃぃぃっ!!!ファンタジー異世界のお約束!!!
「ま、と言ってもヴェイセルの空間魔法とは利便性も規模も違うけど」
「そうなの……?」
「うん。空間魔法はゲートを使って空間自体をつなげるから一度にたくさんのひとびとを移動させられるし、繋げた先の風景も見られるから安心安全便利。逆に転移魔法は自分専用、一度に一緒に移動できる人数に限りがある。移動する先の様子も見られないから少々リスクがあるね。まぁどちらも扱えるひとが少ない希少魔法っていうのは共通しているけど」
じゃぁ俺が使えるようになる可能性は少ないかも。ちょっとあこがれてたんだけどな。
「でもクロムウェル殿下もきっと使えるようになりますよ」
「どうして?」
「シズメさまの加護を授かりましたから」
「あ、それ本当だったんだ。すごいね、シズメさまの加護!」
エル兄さんが俺の手を取って目をキラキラさせている。
「エルくんもクォーツっ子ですからね。クォーツっ子にとっては特別なことなのですよ」
そういえばエル兄さんの父親もクォーツ公爵だったか。
「加護を得たら使えるようになるの?」
「えぇ。精霊が使用する魔法ですから。加護を授かるとその魔法を授けてくれます。精霊が必要としたときに精霊の元にいつでも転移できるように……ってためらしいですが」
「てことはエル兄さんのも……?」
「うん、氷の精霊の加護の力だよ」
「ついでにこのクォーツ祭壇は司祭がふたりいましてね。私が鎮守と生命の精霊の担当司祭、もうひとりの氷の精霊の担当司祭がエルくんですよ」
司祭……?エル兄さん司祭もやってたの!?しかもこのクォーツの司祭!
「言ってなかったっけ?エストレラの王太子が決まったら俺はそのうちクォーツに隠居してたまーに司祭しながら温泉三昧を送るんだ」
ちょっとエル兄さん!?なにそのニートっぽい願望はぁぁぁっ!確かに俺も温泉三昧したいけど!――――因みにエストレラは温泉大国である。
そしねエストレラはいまだ王太子が決まっていないのだが、このひとそもそも王太子になる気ないのか。隠居志望かよ!!王子とか王族とかってもっと野心もってるものかと思ってたよ。前世のよくあるファンタジー的に!!まぁ、俺もなりたくないけど。
何か……大変そうだし。
「――――てことは、ヴェイセルも精霊の加護を?でもゲートは転移と違うんだっけ」
「ヴェルも炎の精霊の加護を授かってるよ。だから転移も使えるけど、ゲートの方が便利だからね。ヴェルの空間魔法は父さんからの遺伝なんだ」
――――てことは、クォーツ公爵も空間魔法が使えるってことか。
ていうかヴェイセル。剣聖で空間魔法使えて炎の精霊の加護ももってるって、最強要素がどんどん増えてくな。
――――ヴェイセル、今どうしてるかな。まだお説教タイム中かな……って、何でこんなに気になるんだろう。ちょっと恐いって思っちゃったのに。
「さて。一度ヨシュア様に事情を説明して、さくっと許可をもらってこようか」
許可ってさくっとおりるの?
「そうですね。ご心配されているでしょうし」
「じゃ、行こうか。紅消も心配しているよ」
「うん」
「それじゃ、明日また連れてきますんで」
エル兄さんが告げれば。
「うん、いってらっしゃ~い」
ひらひらと司祭様が手を振るのを見送りながら俺はエル兄さんと転移した。