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【1】クロ殿下と赤髪の剣聖 前



――――それは遠い昔に見た記憶。まだ俺が生まれる前の、地球と言う惑星での記憶だ。


『君が呼ぶのなら、俺はいつだって駆けつけるよ』

そう言って赤髪の剣聖が微笑む。


――――エストレラ王国城・後宮


「……今の、夢」

在りし日の夢にぼうっと目を開けば、次の瞬間。


「おはようございます、クロムウェル殿下」

「ぎゃーっ!!!」

俺の顔を覗き込むように黒い髪に黒い瞳、黒い口蓋で口元を隠した血の気の無い青年がすっと現れる。


「いかがなさいましたか、クロムウェル殿下」

「目を開けた瞬間に気配もなく現れないでよ!めちゃくちゃびびるから!」


「癖ですので」

一体どんな癖だ。一応俺の世話係のはずだが気配を消す癖とか意味が解らん。そんな世話係は膝上までの短めな黒い着物を黒い帯で締めており下には黒いゆったりしたズボンを穿いている。うーん、忍者に見えなくもない。


「ねぇ、シャドウは忍者なの?」

「忍者、とは何です?私はクロムウェル殿下のお世話係です」


「そ、そうだよねー……」

どうやらこの世界には忍者はいないらしい。


「ねぇ、とおさんは?」

まだ子どもの俺は発音がたどたどしい。父さんが『とおさん』になってしまうんだ。


「本日は公務があるので遅くなると」


「そっか」

ちょっと寂しい。

とおさんもかあさんもエストレラ王国の公務で忙しい。一緒にいられる時間は本当に少なくて何となく寂しい気がしてしまう。


「シャドウは、今日はずっといっしょ?」

「はい。お世話係ですので」

今日はこのシャドウらしい。俺が一番長く一緒にいるシャドウだ。シャドウはいつもそばにいてくれるけど、時折全く別人のように感じることがあるから。


朝ご飯を食べいつもの服に着替える。シャツと半ズボンを身にまとい、最後に狼耳がついたフードの上着。上着の後ろにはアクセント代わりの狼しっぽがついている。毎度思うがなぜ狼耳しっぽコス。最初はこの世界の常識の可能性を考えてシャドウに聞いてみたら、微妙な顔でとおさんを見ていた。


「絶対この狼コスの首謀者はとおさんだ!!」

そういつもの宣言をしつつ……。


「クロムウェル殿下、。本日のご予定はお勉強と、お勉強と、お勉強です」

全部お勉強じゃねーか。そりゃあまだ俺8歳児だけど。前世なら小学校に通い始める年齢だけれど。


「お外であそびたい」

このくらいの子どもならそうなるだろう。どうしようもなく身体が疼くんだ。中二病じゃないよ。


「ヨシュア様から許可が出ていません」

ヨシュアというのは俺のとおさんで、この国に5人いる王配の一人だ。


「じゃあ、ヨルとあそぶ」

ヨルとは俺の双子の弟だ。


「ヨルリン殿下はお体が弱くいらっしゃいますのでいけません」

そんなぁ。せっかくの双子ちゃんなのに。俺は双子ちゃんのヨルに会いたくて会いたくて仕方がないのだ。ひとりっこだった前世にはなかった感覚だから、多分これは双子ちゃんとして生まれたが故の感覚なのだ。


「でもっ!双子はね、一緒にいないと寂しくて寂しくて泣いちゃうんだぞ!」

多分前世でそんなジンクスが……あれ?これって双子ちゃんじゃなくってウサギか?しかしものは言いようだっ!


「私は三つ子ですが、別に一緒にいなくても寂しくはないですし泣きませんが」

み、三つ子ぉっ!!?上には上がいるとは。あれ……でも待てよ?


「ねえひょっとして、三つ子入れ替わりどっきりとか俺にやってないよね」

「どっきりはやっておりませんが。代理で私の兄たちがお仕えすることがございます。我ら三人でシャドウですので」


「そ、それで」

たまに別人のような気がしたのか。


「あ!てことは、名前はなんてゆうの?」

「はぁ、シャドウですが」

いつも能面なのに微妙な顔された。レア顔だ。


「それはチーム名でしょ?俺が知りたいのは、今目の前にいるやつの名前だよ」

「チーム名ではなくコードネームなのですが」

こ、コードネーム!かっこいい!でもお世話係になぜコードネームがあるんだ?


「他の二人と区別できないでしょ?」

「……紅消(べにけし)です」

俺やとおさんの名前がなんちゃってヨーロッパなのに、何故か和風だな。この世界にも和風な国があるのだろうか。


「そっか、紅消ね!」

よし、何かステータスが上がった気がする!あれ?この世界にステータスとかあるんだろうか。分からないけど。


「少しだけ、遠くから見るだけでしたら」

「いいの!?」

何故か紅消が折れてくれた。

ヨルとは双子だが、ヨルは病弱なため治療に専念できるよう後宮内の少し離れた場所に居所がある。丁度換気中だったらしく、対岸の窓から窓越しにヨルが見えた。俺と同じ焦色の髪に空色の瞳。熱のせいかその双眸ははかなげで、ぼんやりとしていた。


「今日も顔が赤いな。大丈夫かな」

「ここには最精鋭の医療班がおりますので」

最新鋭の医療班とは医療とヒーリング魔法のエキスパート集団である。


「うん、そうだね」

双子だからか、何となくヨルと離れていると心細くて。でも気が付かないうちに風邪をひいていて、ヨルにうつったら大変だし。


「帰ろ、紅消」

「もう、よろしいのですか」


「うん。わがまま聞いてくれて、ありがと」

表情をピクリとも変えない紅消だが、不意に頭を優しく撫でられる。

何となく気恥ずかしいけど、紅消がそういう一面を見せてくれて嬉しくもある。


「さて、戻りましょうか」


「うん」

紅消の手を取ろうとすると、不意に紅消が俺を自分の後ろに押し込んだ。


「え、なっ?」

紅消の腕からは赤いものが滴っていた。


「な、に?それ」

「かすり傷です。それよりもあちらに向かって走ってください。まっすぐ行けば大通りに出ます。人を呼んで、助けを求めて」


「けどっ!」

「思ったより数が多い。あなたを守りながら戦うのは」

紅消の目が険しい。その先にうごめく何か。闇に溶け込んでよく見えないけれど、紅消には見えているのだろう。きっと俺、足出まといになるんだ。


「わかった。助け、呼んでくる。それまで、まってて!」

俺は紅消が指し示した先に向かって走った。紅消の言った通り俺は大通りに出た。でもここは知らない場所だ。行きかう人々も、空気も。


「あ、あのっ!」


「ヨルリン殿下?」

「でも、ヨルリン殿下は今朝からお熱が出て」



「じゃぁ、まさか……『忌み付き王子』?」




今、何て?



「こんなところに出てくるなんて、聞いてない!」

「私いやよ!だってその子!」

「聖なる祝福を受けたヨルリン殿下を苦しめる元凶!」

何を、言っているんだ?

ただ一つ、本能で分かるのは。……この人たちは味方ではない。俺はただ走った。そこから逃げなくてはいけない。


『あなたに、居場所などないのですよ』


背筋にぞくりと走る悪寒。低く怪しげな女の声。おぼろげな人影が闇から現れる。


『やっとあのめざわりな『アンブ』を引きはがせた』

アンブって何だ?紅消のこと?最初から、引き離すつもりで?


『ようやっと我らの恨みを晴らす時が来た……!忌み付き王子!』

やだ、助けて。とおさん、かあさん。にいさん。だれかっ!



「……る」



いや、ここは現実。そして異世界。呼んだって来るはずがない。


「ヴェイセル、か」

恐怖でうまくしゃべれないのに、なぜか自然と口からこぼれる。


『やっと終わる。我らは真なる精霊の祝福と安寧を手に入れるっ!』

女の手が俺の前に迫る。

――――刹那。空色の瞳が夕焼け色に染まる。


「剣聖、ヴェイセル?」

燃えるような赤い髪が揺れ、鋭い剣戟が闇を切り開いた。



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