狙われた王国
執務室の扉が勢いよく開き出す。
中にいる大臣達が扉を開いた息を荒くする鎧の人物に注目した。
「失礼致します! 偵察兵から言伝です!」
「それでどうだった!?」
「カーニラ帝国は滅亡! もう一度言います! カーニラ帝国は滅亡しました!」
その言葉を聞いて、大臣達はこれ以上無いほど顔を青く染めた。
カーニラ帝国がたった半日で落とされたということでもなく、次の標的は我らが住む王国、アルドラシル王国だということが確定したからだ。
逃げられない運命を悟った重鎮達は、嘆き苦しむ騎士団全総括大臣に強く当たり始めた。
「何故残党を残した! 貴様のせいだぞ!」
「何がお任せあれだ! 任せた結果がこれか!? 」
「確かにお主は言ったな!? 市民も全て殺したと言ったはずだな!? あれは嘘か!?」
「貴様は反逆者だ! 国を滅ぼす大罪人だ!」
あまりの罵声に押し潰された騎士団全総括大臣は、今にも自害してしまう程酷く震えている。
助けを乞うように、嗚咽しながら大粒の涙も溢している。
しかし、全総括大臣は言い訳も何も出来なかった。
なにせ、大臣達の発するすべての罵声は本当の事だからだ。
「静まりなさい」
深く考えていたアルドラシル国王のワード国王は黙れを込めた低い声で告げた。
それを察した大臣達は、喉に詰まった声をあげてしまう。
「なぜ総括大臣にだけ責める? 私には何も言わないのか?」
その言葉に返す言葉が見つからない大臣達は、固く口を閉じたままだ。
「この件は私が引き起こした不祥事だ。総括大臣は何の罪もない私に命令されただけのこと。責めるなら私に言いなさい」
ワード国王の鋭く冷ややかな目を見て、大臣達は耐えきれずに顔を下ろした。
室内は静寂に包まれたが、1人の大臣が一言を申し立てした。
「お、王よ。私が残党を殺してきます」
統括大臣だった。
未だに顔は怯えているが、責任を感じているのだろう。
しかし、
「では聞こう。お主が行って民を逃がす間の時間稼ぎは何秒持つ?」
ワード国王は何秒を強調して質問した。
答えは一秒も持たないだ。
これは全員が分かることであり、確定された結果でもある。
つまりは無責任な自殺と変わらない。
「お主らに聞こう。民と共に国を去るか、私と共に国ごと滅ぶか……去るのならば、鐘を鳴らしに出ていきなさい」
国王は大臣達に問うた。
簡単に言えば死にたいか生き残りたいかの二択。
つまり国王はこの国に未来はないと断言した事になる。
自分の命と未来がない国に残るを天秤にかけた大臣らは、王に一礼し部屋から去っていく。
「王よ、私は王と共に」
「残ってくれるか統括大臣」
次々といなくなっていく大臣を見送り、統括大臣が残ってくれた事にワード国王は安堵する。
「カーニラ帝国とは目と鼻の先、もうすでに近くに潜んでいる可能性はあります」
「騎士団の中から戦いたい者を集め、中央門に戦闘配備させなさい。民を逃がす時間を作れ」
「畏まりました。では直ぐに」
そう言って、騎士団統括大臣はそそくさと出ていく。
そして、この部屋には国王ただ1人になり、溜めに溜まった息を勢いよく吐き出した。
「……まさか、あの国の残党が残っていたとは……だからか。あんなにも簡単に国が落ちたのは」
引き出しから、綺麗な装飾が施された小箱を取り出す。
小さな鍵を取り外して開けると、淡藤色の結晶石が嵌められた首飾りが納められていた。
奴らの狙いはこの石だ。
絶対に奴らの手に渡してはならない。
これはそれほどまでに危険な代物である。
こうしてはいられないと感じた国王はある場所に向かうことにする。
この石を託す事に心苦しくなるが、四の五のいってられない状況だ。
国王は王族しか持てない高価な剣だけ持ち、部屋から退出した。
ーーーーーー
「ね、ねぇ、リート。何があったの?」
「分からないけどハリア、急いで着替えて!」
ワード国王の娘、ハリアは状況が掴めないまま着替えさせられている。
それほどまでに、事態は緊迫していた。
ハリア専属の護衛騎士であるリートは扉の前で警護していた所、騎士団統括大臣が訪れた。
ただ簡単に姫様を城から脱出させる準備をしろと言われただけで、事細かな詳細は伝えられなかった。
だから何故急いで着替えさせているのかハリアに理由を説明出来なかった。
あの時の大臣は冷静を欠けていて、私だけに構っている場合ではないと察した。
そして、リートは初めて余裕のない大臣を見て、これまでにない緊急事態なのだと実感した。
「ハリア、もっと動きやすい服とかないの?」
「ないわよ! ドレスしかないわ」
こうなるのであれば、私服を持ってくれば良かったとリートは感じる。
持ってくればいいのだが、ここからリートが住んでいる女性騎士専用の官舎まで片道二十分もかかってしまう。
何が起こるか分からないこの状況で、その選択は出来なかった。
すると、突然鐘が鳴り響く。
「な、何!?」
徐々に強くなり、徐々に弱くなる。
国民誰もが、絶対に聞きたくない鳴らし方そのものであった。
その音を聞いて、リートは全てを理解した。
「急いで! 敵が攻めてくる!」
「て、敵!? わ、分かった!」
敵襲警鐘。
それを聞いて、ゆっくり着替えさせる余裕は無くなった。
可愛い寝巻きから綺麗な装飾であまり目立たないドレスに着替えさせ、靴は逃げやすいように丈夫で地面と密着しやすい靴に履き替えさせる。
「ハリア、靴はちゃんとはいた?」
「う、うん」
「じゃあ城の裏口から逃げるよ!」
「待ちなさい」
扉から声がして、顔を向けるとアルドラシルの国王、ワードが入ってきた。