セレナの技術
ディーが疲れた顔のまま、どうにか笑顔を作って言った。
「レーザー砲はともかく助かった。ありがとう」
「この医療施設と周辺の人払いはしておきました。情報も操作しておきましたので、このことが表に出ることはないですよ」
至れり尽くせりの対応にディーが思わず苦笑いをする。
「大きな貸しを作ったな。とりあえず止血してくる。なにかあったら、すぐ呼んでくれ」
「はい」
そこに帽子とゴーグルとマスクを着けたセレナが声をかけてきた。
「えぇっと……名前なんだっけ? まあ、いいや。この薬と、この薬をそこのプログラムどおりにセットして。あと、この薬と……この薬を輸血の中に入れて」
「は、はい」
桜色の髪をした少女は投げ渡された薬を慌てて受けとると自己紹介をした。
「あの、私の名前はリュノンです」
そう言うとリュノンは再び端末の操作を始めた。
「そうなんだ。よろしくね、リュノン。私はセレナ。こっちは暗夜」
勝手に紹介されて暗夜がリュノンに軽く頭を下げる。その姿にリュノンは微笑むだけの返事をした。本当は立って一礼をしたかったのだが、とてもそんな余裕はない。
そんな三人の様子を見ながらディーはそっと部屋から出て行った。
「暗夜。帽子とマスク着けて。手を消毒したら、この服着て手袋つけて。これからアヤメさんの手術をするよ」
当たり前のように話すセレナを暗夜が慌てて止める。
「待って下さい。現在の医療はナノマシンを使った治療が中心です。手術なんて失われた技術なんですよ。それを、こんなプログラムを見ただけでするなんて無謀です」
セレナは手馴れた様子で手を消毒すると服を着て手袋を装着していく。
「ここのプログラムに手術のことは一切ないよ。私は、私の知識と技術、経験で手術をするの」
セレナがテーブルの上に並べられた荷物を広げていく。そこには金属でできた大小様々な大きさピンセット、先の曲がった鋭いハサミ、釣り針の様な形をした針や糸。他にもよくわからない形をした器械が並んでいた。
セレナはその中から必要な物だけを選んで自分の近くに並べていく。
その手馴れた様子に暗夜はため息を吐きながらも、セレナの指示通り帽子とマスクを着けて手を消毒していった。
「アヤメさんの全血液交換輸血と脳にある発信機を取るよ。輸血はどれぐらいできた?」
「体重と同じ量だけ出来ています」
「追加であと五リットル作って。暗夜、準備はいい?」
暗夜はセレナと同じ服を着て手袋を装着しながら訊ねた。
「何故、全部の血液を交換するのですか? それに、発信機が脳にあるなんて、どこに根拠があるのですか?」
「さっき全身スキャンした映像を見たら、ばっちり写ってたよ。あまりにも小さいからアヤメさん見逃していたんだね。血液中のナノマシンと、そのナノマシンが作った脳にある発信機」
セレナからの思わぬ説明に暗夜が眉間にシワを寄せる。
「ナノマシンは治療時以外、体内に入れてはいけないことになっています。それが何故あるのですか?」
「時空間管理人の状態と居場所を把握するためでしょ。とにかく血液中のナノマシンと脳にある発信機を取り出さないと、アヤメさんを死んだことに出来ないんだから。体温二十七度になった? 輸血の温度も二十七度にして。私の合図と同時に、私が作った輸血プログラムを開始してね」
「はい。体温二十七度、輸血温二十七度。輸血プログラム、いつでも開始できます」
セレナが目を閉じて深呼吸をする。そして紺碧の瞳を開けると、セレナは普段とは違った落ち着いた声で淡々と宣言した。
「これからアヤメさんの全血交換輸血と、脳の視床下部にある発信機除去の手術を開始します」
セレナは損傷の激しい左顔面に筋肉を避けるように幅一センチほどの金属の板を差込んだ。
「ここから視床下部へアプローチするよ。暗夜、これを持って」
筋肉と筋肉の隙間を広げるように金属の板と板で壁をつくり、その板を暗夜が手で持って支える。セレナは次々と金属の器械を使い、手際よく顔面の中から頭に向かって穴を開けていく。
暗夜はその姿に気持ち悪くなり思わず目をそらした。だが、それが普通の反応だろう。攻撃を避けた顔の右側は無傷で、ただ眠っているだけのように見えるのに、左側は出血で赤く染まり表情筋などの筋肉が丸見えなのだ。とてもじゃないが肉類は当分食べられない。
だが、セレナはそんな暗夜の状態に気が付くことなく作業を続けていく。
「暗夜、動かないで!」
セレナの切迫した声に暗夜が視線を戻す。
暗夜が持っていた金属の板の位置がずれてセレナの視線を遮っていた。
「すみません」
暗夜は再び板を元の位置に戻そうとしたが、その前にセレナが板を取る。
「少しでも変なところに動かすと、すぐ神経を傷つけちゃうから動かないでね。特に顔は神経が多いから」
そう言いながらセレナは板を元の位置に戻して暗夜を見る。暗夜は無言で頷くと再び板を持った。
「ライト、オン。倍率三十」
セレナの声に反応してゴーグルのレンズの厚さが変わり、横から出た光が影を作ることなく一点を照らす。かなり眩しい光だがセレナは精密機械のように黙々と作業を続けていく。
誰も声を出せず動けない中、突然セレナが声をあげた。
「あった! 暗夜、メス……じゃ、わからないか。一番手前にある柄の長いナイフ取って」
セレナは顔を動かさずに右手を空中にブンブンと振り回す。
暗夜は近くにあったナイフをセレナの手に刃の部分が当たらないよう慎重に手渡した。
「カウントダウンするから、ゼロと同時に輸血プログラム開始して。どんどん出血させてナノマシーンを体内から一気に出すよ」
『はい』
暗夜とリュノンの声が重なる。
「カウントダウン開始」
全員の視線が一箇所に集中する。
「5」
静寂の中、聞こえるのは規則正しい人工呼吸器の音のみ。
「4」
柄の長いナイフの先が穴の中に入る。
「3」
ピンセットを持ったセレナの左手が少し動く。
「2」
ナイフを持っている右手の動きが止まる。
「1」
セレナは大きく息を吸って呼吸を止めた。
「ゼロ!」
セレナはナイフを動かすとピンセットを持った左手を抜いた。同時に血が傷口からあふれ出して床が血の池となる。
「とりあえず、発信機は取り出せたよ」
セレナは全身血だらけのまま暗夜に笑顔でピンセットの先にある物を見せた。
「それが発信機ですか?」
血だらけで小さすぎるため暗夜は自然と目を細めて見ようとしていた。
「パッと見はわからないけど、こうすればわかるよ。」
セレナがピンセットの先にある物を液体の中にいれる。すると、血が消えて金属の物体が現れた。
「これで発信機は壊れたし、一仕事終わり」
セレナはプチっと発信機をピンセットで潰した。
「ですが、先輩の状態はまだ安心できないと思います」
暗夜の視線の先には、傷口や手術のために開けた穴から止まることなく血が流れ出ているアヤメの姿があった。そのため治療カプセル内は血の海でアヤメの姿はほとんど見えない。
「そうだけど、後は一人で大丈夫だよ。アヤメさんは絶対助けるから」
セレナの自信たっぷりな声に暗夜はマスクと服を脱いだ。
「なら、こちらの仕事をしてきます」
暗夜がドアに向かって歩き出すとドアが自然に開き、その先にはディーがいた。




