セレナの考え
「ドアを開けてディー氏を保護します」
暗夜の言葉にアヤメは思わず黒い瞳を丸くした。
今までの、アヤメが知っている暗夜は決して評価の下がることはしなかった。いつも最低のリスクで最高の結果をだしてきた。それがどんなに理不尽で横暴なことでも、十代とは思えぬ精神力と行動力で実行してきた。
「暗夜……頭でも打った?」
呆然と呟いたアヤメを無視して、暗夜はドアの近くにある端末を見下ろした。
アヤメが悔しそうに説明をする。
「ディーじゃないとドアが開かないようにロックを変更されたわ。あとディーを救出する作戦をたてないと」
暗夜は無言のままセレナに視線を向けた。セレナがニッコリと微笑みながら答える。
「作戦をたてる必要はないよ。暗夜、その方法でドアを開けて」
セレナからのお墨付きをもらい、暗夜は今から開けようとしている方法が正しいことに何故か自信を持った。普段の冷静な表情からは考えられない不敵な笑みを浮かべる。
「開けますよ!」
暗夜はドアの近くにあった端末を力いっぱい蹴った。
端末がパチパチと火花を散らしランプが点滅する。どんな銃撃にも開かなかった重いドアがシュッという軽い音とともに勢いよく開いた。
「おわぁ!?」
ドアに寄りかかっていたディーが転げるように部屋の中に入ったきた。
ディーが血だらけの体を起こしながら自分を取り囲んでいる三人を見る。
「まだ、帰ってなかったのか!?」
「帰らないって言ったでしょうが! 勝手に出て行って!」
アヤメはディーの頭を殴るとドアの外に視線をむけた。
廊下には切り刻まれた無人の機甲兵が鉄くずとなり絨毯のように廊下に広がっている。
「あら、敵いないじゃない」
「これで全部なわけないだろ! それにオレの全身を見ろよ。生きてるだけでも、すごいんだぞ」
「一人で勝手に出て行くからよ。これからは一人で勝手に行動しないことね」
「そういう問題じゃねぇ!」
ディーが呆れ半分、怒り半分でアヤメに怒鳴っていると、鉄くずの一角が崩れた。
暗夜が反射的に腰が銃を引き抜いて構える。同時に鉄くずの中から一台の機甲兵が立ち上がり、ディーにむかって腕を伸ばしてきた。
「危ない!」
アヤメは叫ぶと同時にディーを突き飛ばした。
暗夜が伸びてきた機甲兵の腕にむけて発砲するが銃弾はロボットの腕に傷一つ付けられない。そのまま伸びてきた機甲兵の腕はアヤメの左顔面から左足まで撫でるように切りつけた。
「アヤメ!」
ディーは倒れるアヤメの体を右手で支えると、左手をロボットに向けた。機甲兵は一瞬で凍りつき、次の瞬間バラバラに砕け散る。だが、廊下の先には新しい機甲兵が列を作り、こちらに向かって行進していた。
「あれだけの数だ。オレ達に勝ち目はない」
ディーがかろうじて息をしているアヤメを抱き寄せる。
セレナはアヤメの頬に触れると真剣な表情で勢いよく立ち上がった。
「死なせない! やっと大切な人に出会えたんだから。絶対、死なせない!」
暗夜が機甲兵に注意を向けたまま提案する。
「勝ち目はなくても四人で逃げることは出来ます。とりあえず、医療施設のあるところへ行きましょう」
「四人? お前ら、それやったらヤバイんだろ!? オレはいいから、アヤメだけ連れて自分たちの世界に還れ!」
叫ぶディーの後ろからは機甲兵が一定のスピードで迫ってきている。
「ここで議論している暇はありません。行きます」
暗夜とセレナがアヤメとディーに手を伸ばす。
『ディー、聞こえますか?』
「リュノン!?」
どこからともなく聞こえてきた声に三人が辺りを見回す。
『通信機能が壊れていますから、そちらの声は聞こえません。十秒後に、そちらと空間を繋ぎます。その周囲を一掃しますから、すぐこちらに飛び込んで下さい』
「空間を繋ぐ!? そんなことが出来るんですか?」
暗夜から叫び声に近い驚きの声が上がる。ディーがアヤメを抱き上げながら立ち上がった。
「ここには空間接続装置が置いてある。繋がるぞ」
四人の前の空間が波打ち、桜色の髪をした少女の姿がボンヤリと見えてきた。少女の前には大砲のような大きさの武器があり……
「レーザー砲じゃねぇか!? 空間が繋がったら、すぐに向こう側に飛び込め! でないと……」
ディーの説明が終わる前に空間が繋がる。すぐに目の前の空間に飛び込んだセレナ達は反射的に後ろを振り返った。
機甲兵と廊下が跡形もなく消え、荒地と草原には地面をえぐるように一本の長い道が出来ている。天井も消えて青い空が広がる。その先には微かに光る銀色の星が見えた。
「……こうなる」
と、ディーが説明を終えたところで空間が再び波打ち、目の前に白い壁が現れた。
「みなさん、大丈夫ですか? ディー、ケガ人を治療カプセルの中へ」
振り返るとレーザー砲は床に吸い込まれ、桜色の髪をした少女が心配そうにアヤメを見ている。
さほど広くない部屋の中央に人が一人入れるぐらいのカプセルの形をした機械が浮かんでいる。
ディーはそっとアヤメを部屋の中央に浮かんでいる治療カプセルの中に寝かせた。その間に桜色の髪をした少女は数台の画面や端末が密集する部屋の一角に移動して操作を始めた。
そのことにディーが慌てて注意をする。
「治療プログラムはそのまま使うな! とにかく、外傷の修復から……」
「まって!」
セレナは走って治療カプセルに近づいた。治療カプセルは丁度セレナの胸の位置ぐらいに浮かんでいる。
「クローン作成のプログラムを見せて。それから、アヤメさんの呼吸を人工呼吸に切り替えて。脳波、脈拍、心電図、呼吸状態をモニターにだして。次に全身をスキャンして、体温を二十七度までゆっくり下げて。あ、あと止血はしないでね。全部、出来るでしょ?」
その言葉は一応疑問形だったが肯定しているようなものだった。
「は、はい」
セレナの突然の指示に、桜色の髪をした少女がすぐそばにある端末を操作する。治療カプセルの床から数本の管が現れ、アヤメの首や胸、腹の中へと入っていく。
「何をするつもりですか?」
セレナは暗夜の質問には答えず、周りを囲むように空中に映し出されたクローン作成のプログラムが書かれた映像を静かに見ている。時々頷きながら視線は映像から外さずに、左手を腰に着けているポーチへ動かした。
「詳しいことは後で説明するから。それより、この中の荷物をそこのテーブルの上に並べて」
セレナはポーチから圧縮カプセルの入ったケースを取り出して暗夜に渡す。そして写し出されたプログラムを指差した。
「うん、うん。これなら私でも操作できそう。これと、これと、これは削除して。その残りのプログラムでアヤメさんの血液のクローンを……とりあえず体重と同じ量だけ輸血用に作って。次は治療プログラムを見せて。あ、治療プログラムはこっちで書き換えが出来るようにしてね」
「はい」
返事とともに床から端末が現れる。セレナは慣れた仕草で目の前の端末で治療プログラムを書き換えていく。
ディーが目の前に立つがセレナは気にすることなく手を動かし続ける。
「オレは何をすればいい?」
「自分のケガの治療」
セレナに当たり前のように言われてディーは自分の体を見た。全身は血で染まり、まだ血が流れ出ている傷もある。
セレナは手を止めると顔を上げてディーに微笑んだ。
「アヤメさんは絶対、助けるから。目が覚めた時、そばに居られるように自分のケガの治療をしてきて」
「任せて、いいんだな?」
「まっかせて。とりあえず止血だけでもしてね。暗夜、荷物は全部並べた?」
セレナはクルっと体の向きを変えて暗夜のほうに近づいていく。
ディーはそれ以上何も言わずに桜色の髪をした少女のところに来た。




