マイペースな先輩
目の前には、見事なまでに左右対称に造られた絢爛豪華な白亜の城。背後には円形に広がる荒地。
風さえ吹かない音のない世界に二人は立っていた。
「おっかしぃなぁ。城の中に着くようにしたのに」
セレナが腕を組んで首を傾げる。
「で、これからどうするつもりですか?」
暗夜がずれた眼鏡を直しながら姿勢を正す。
準備がまったく出来なかったため、手持ちの武器は護身用にいつも身に付けている銃二丁のみ。時空間管理局に還って武器をそろえることも可能だが、評価は確実に下がる。
それでもこの世界の状況、保護する相手の状態が分からない中で武器が銃二丁だけなのは心細すぎる。
そんな暗夜の考えをよそに、セレナは傾げていた首を戻すと胸をはって大声で城に向かって叫んだ。
「たのも―――――!」
元気がよい声に暗夜は左手で顔を覆って俯いた。
いろいろ言いたいことはあったが
「言葉の使い方を間違っています」
と、しか言えなかった。
「そうでもないみたいだよ」
セレナの軽い声とともに目の前の扉がゆっくりと開いていく。暗夜はそのことに驚きながらも、いつでも対処できるように、さり気ない動作で右手を腰の銃に近づけた。
城の中から豪快な笑い声とともに燃えるような赤い髪をした青年が姿を現した。
年齢は三十歳前ぐらい。二メートル近い巨体は適度に引き締まり、隙のない動作から戦闘のために鍛えられていることが分かる。
体の成熟さに比べ、茶色の瞳は十代の少年のような純粋な自信があふれている。だが、それより特徴的なのは耳の辺りに大きな巻き角が付いていることだ。装飾というより、こめかみ辺りから生えているように見える。
「威勢のいいお嬢さんだな」
青年は笑顔でセレナを見た後、あからさまに不機嫌な顔で暗夜に視線を向けた。
「そっちの黒髪。中でアヤメが待ってる、来い」
「やっぱり、ここにいたんだ」
セレナはニコニコと赤髪の青年の後をついていく。暗夜が周囲を警戒しながら城の中に入ると、背後でドアが自然に閉まった。
これで簡単には逃げられない。
暗夜は覚悟を決めると、城の中を珍しそうに見回しているセレナの一歩後ろをついて歩いた。
「少しは緊張して下さい」
「これでも緊張してるよ。城の中ってどうなってるのか、ずっーと気になってたんだもん。それが、やっと入れたんだよ。嬉しすぎて緊張しちゃうよ」
城の廊下は派手な外観とは違い、碧一色で染められているのみで装飾品も何もない。
「そういう意味ではなく……ってワザと言っていません?」
「そんなことないよ」
セレナがとぼけた表情で暗夜から目線をそらす。暗夜は一歩セレナに近づくと、赤髪の青年には聞こえない小声で言った。
「相手の戦力がわからない以上、いつでも転移できるようにしていて下さい」
だが、そんな暗夜の努力や気遣いも虚しく、セレナは案内している赤髪の青年にも聞こえるような声で返事をした。
「戦力ならわかってるよ。もし軍隊で戦争すれば確実にこちらの負け。しかも一日あれば決着はつく。これぐらいの戦力と技術力の差があるよ」
生死に関わる重要な話なのだが、セレナの声に緊張感はまるでない。二人の前を歩いていた赤髪の青年が感心したように振り返った。
「こっちの戦闘力をよくわかってるな。そのとおりだ……えっと」
戸惑う赤髪の青年にセレナは自分と暗夜を指差した。
「私はセレナ。こっちは暗夜」
「オレはディー。でも、そのことが分かっているのに、なんでこちらの言うことを聞いて、ほっといてくれないかね?」
「これは私の推測だからね、交渉している政府の人達は知らないと思うよ。ところで、他に人はいないの?」
「人手がないから、ほとんどを人工知能で自動制御している。オレが見回りに来るぐらいで他のヒトが来ることはない。ま、そのおかげでアヤメを他の連中に気づかれずに、ここに置いとけるんだけどな」
「そこまでしてアヤメ氏を拘束する目的はなんですか?」
「拘束? 目的?」
ディーが怪訝な顔で暗夜を睨む。
一触即発の二人の様子にめずらしくセレナがため息を吐いた。
「暗夜も野暮なこと聞くね。そんなこと聞いてると、お馬さんに蹴られちゃうよ」
「「馬?」」
暗夜とディーの声が見事にそろう。その姿にクスクスと上品な笑い声が聞こえてきた。
廊下のつきあたりにあるドアの前に二十代半ばぐらいの女性が立っている。切れ長の黒い瞳と、背中にかかる黒い髪。豊かな胸に引き締まった腰、そして高身長が全身を引き立てている。
「あ、みぃーつけた」
セレナが暗夜と青年の間をすり抜け、ドアの前に立っている黒髪の女性のところへ走る。女性が笑顔でセレナを迎えた。
「モニターから見てたわ。セレナって呼んでもいい? 今の暗夜のパートナーね」
「うん。あなたを保護して還れって指令があって来たんだけど、還る気はないよね?」
セレナの言葉にアヤメは一瞬黒い瞳を大きくしたが、すぐに魅惑的な微笑みを浮かべた。
「そのとおり。私、還らないから」
笑顔で何も言わないセレナにかわり、暗夜がアヤメに詰め寄る。
「ですが、時空間管理法で許可のない他時空間への滞在は禁止されています。一緒に還って下さい」
アヤメはセレナと視線を合わせるために下に向けていた顔を上げて、暗夜に視線を合わせた。
「嫌と言ったら?」
鋼鉄の無表情と、魅惑的な微笑みが睨み合う。そこに二人の頭の上からディーが声をかけた。
「立ち話も疲れるし、中でゆっくり話そうや」
ディーはニッと笑うと、アヤメの後ろにある端末を操作してドアを開けた。
「ほぇー」
セレナが口をあけて部屋の中を見回す。
その部屋は全ての壁がモニターとなり、外や各部屋を映し出していた。中央に置いてあるテーブルには、この城の立体映像が浮かんでいる。
「とりあえず、ここに座って」
ディーが床を指差すと、テーブルの周りに床から椅子が四脚出てきた。セレナ達がディーに勧められるまま椅子に座る。
暗夜は中指で眼鏡の真ん中を押し上げて位置を直すと本題に入った。
「アヤメ氏は何故、還ることを拒否するのですか? 納得のいく理由を聞かせて下さい」
「アヤメ氏はやめて。前みたいに先輩でいいわ。納得のいく理由ねぇ……暗夜は納得しないでしょうけど」
「納得する、しないは、自分で判断します。理由を教えて下さい」
「そう、じゃあ言うわ」
全員の視線が沈黙とともにアヤメに集中した。




