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時空間管理人~異世界転移のその裏で~  作者:


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縛り

 あまり広くない部屋に盛大な二つの笑い声が響いていた。


「それで左腕と両足を撃たれたのかよ。情けねぇー」


「しかも、その結果がこれだ。カッコわりぃー」


 セレナが薄っすらと瞳を開けると、ぼんやりと白い天井が見えた。


「……言いたいことは、それだけか?」


 最悪なまでに不機嫌な声で銃を構える気配がする。

 視線を横に向けると、ラグとダグが素早くセレナが寝ているベッドを飛び越えて隠れた。


『冗談だって』


 ラグとダグの声が合わさる。しかし二人とも同じ声音のため一人が言っているように聞こえた。


「何やってるんだい?」


 ドアを開けた白雅がベッドに隠れるように座り込んでいるラグとダグを見る。そして、その奥で腕に点滴の管と、胸や腹にモニター類をつけたまま銃を構えている暗夜を見て、納得したように足元の二人に視線を向けた。


「また暗夜で遊んでいたのか。明日から死ぬほど忙しくなるんだから、今日はとっとと帰って休んだらどうだい?」


 白雅の提案に明らかに不快な表情を浮かべたラグとダグが一緒に反論する。


『え―? オレ達、明日は休みの予定なんだけど』


「残念だが、その予定は変更だね。あ、それとも今日から泊まりで仕事するかい? ちょうど、ここに……」


 そう言いながら白雅が携帯パソコンを取り出そうとする。双子は慌ててベッドの陰から立ち上がった。


「明日から働きます。暗夜、無理するなよ」


「セレナちゃんも。お大事に」


 それだけ言うとラグとダグは走って部屋から出て行った。


「気分はどうだい? どこか調子が悪いところがあるかな?」


 顔を覗き込んでくる白雅にセレナは紺碧の瞳を細めながら首を傾げた。


「目がぼやける。はっきり顔が見えない」


 その言葉に白雅は暗夜を睨んだ。


「お前が乱暴なことをするから」


 白雅は再び視線をセレナに戻すと、少しだけ表情を柔らかくした。


「それは一時的なものだから、すぐに治るって医者が言っていたよ。ただ、今は医療棟がケガ人で一杯だから、こいつと同室なんだ。許してくれ」


「この状況で、そう言うか」


 暗夜は呆れた様子でソファーに腰かけた。一見するとベッドとソファーがあるだけの個室なのだが、暗夜が座っているソファーを取り囲むように様々な医療機器が並んでいる。

 何もなくベッドに寝ているだけのセレナと比べて、あきらかに暗夜がこの病室の住人なのが分かる。だからと言ってセレナをソファーに寝かせる暗夜でもないが。


「お前はほとんど治ってるんだろ? セレナちゃんは、もう少し入院が必要だ」


「私……どこか悪いの?」


 セレナは体を起こしながら全身をチェックする。体の動きに不自然なところはない。視界がぼやけること以外は。


 白雅はセレナを安心させるように軽く話す。


「機甲兵に乗って移動司令部を攻撃してた時、精神を乗っ取られただろ? その時、暗夜がセレナちゃんの精神を電脳空間から乱暴なやりかたで現実空間に戻したからさ。一応、精神を精密検査しといたほうがいいと思って。ただ、今回の戦いで検査機器が壊れて、代替がくるのに時間がかかるんだ。だから、あと二、三日はここで休んで」


「あれって、暗夜だったんだ。助けてくれて、ありがとう。それに……ケガさせて、ごめんね。あの時、私がもっと早く気付いていれば……」


「私が勝手にしたことです。気にしないで下さい」


「でも……」


 だんだん俯いて沈んでいくセレナを無視して、暗夜はそばにある医療機器のスイッチを切って体に付いていたモニター類を全て外した。

 そして最後に腕に刺している点滴を引き抜こうとしたところで、暗夜の顔面に枕が飛んできた。


「なんで、勝手に取るの! 取っていいって言われてないんでしょ?」


 暗夜は顔面で受け止めた枕をソファーに置いて、無表情のまま点滴を引き抜いた。


「それだけ元気なら大丈夫ですね。医師からは点滴が終了したら、全て外していいと言われました」


 暗夜の説明にセレナの顔が真っ赤になる。


「えっ? うそ? ごめん、知らなかった」


 コソコソと布団の中に隠れていくセレナの姿を見て、白雅が笑う。


「カワイイなぁ、セレナちゃんは。それにしても、暗夜はまだセレナちゃんに敬語使っているんだ」


「そうなの! 敬語はやめてって言ってるのに、やめてくれないんだよ」


 セレナが布団の中から飛び起きて白雅のほうを見る。やはり視界がぼやけるためか、視線が安定しない。だが、白雅の後方を見たとたん視線は動かなくなった。


「……白雅。後ろにいるの、誰?」


 いつもの可愛らしい表情はない。一生懸命、白雅の後ろに立っている人物を見ようと必死だ。


 白雅が説明をしようとしたが、その前に後ろにいた人物がセレナの前に出てきた。


「久しぶりだね」


 そう言ってクロノスが少しだけ微笑む。しかし、藍色の瞳は微笑んでいなかった。哀しみと迷いで揺れている。


 セレナは見えない瞳の代わりに手で表情を読み取ろうと、クロノスに向かって手を伸ばした。だが、その手が触れる前にクロノスが一歩身を引いた。


「……どう……して?」


 紺碧の瞳に涙が溜まる。


 顔が見えなくても彼だと分かる。いつも夢に見ていたから。ずっと、ずっと会いたくて、たまらなかったから。彼が誰だか分からなくても……


「……会えれば、思い出せると……なのに……」


 白い頬に雫が流れ落ちる。


「どうして? ……どうして、私は思い出せないの? ずっと……ずっと、思い出せると思っていたのに……」


 セレナの手が迷子の子どものように空中をさまよう。


 触れたい。でも触れたら彼はきっと消えてしまう。夢の中と同じように。


「あなたは……誰?」


「……セレナ……」


 夢の中と同じ声で私を呼んだ。夢の中の私に、ではない。今、目の前にいる私を呼んだ。


 紺碧の瞳からせきを切ったように涙があふれ出した。


「教えて……あなたは誰なの? どうして私は思い出さないの?」


 暗夜と白雅が静かに見守る中、クロノスはセレナと目線を合わせるように床に膝をつく。それは騎士が(あるじ)に忠誠を誓う姿ようでもあった。


「ごめんね、君の記憶は僕が完全に消した」


「……どうして?」


 セレナの質問にクロノスは藍色の瞳を伏せた。


 セレナはクロノスと再び出会った時、全てを思い出すように記憶を消すのではなく、記憶を封印するようにプログラムを作っていた。

 だが、その後でクロノスはセレナの記憶を完全に消すようにプログラムを書き換えた。そのことを知らなかったセレナはクロノスを眠らした後、プログラムを実行して記憶を失った。

 心のどこかではクロノスと再び出会った時、記憶が戻ると信じて。


 クロノスがプログラムを書き換えた理由の一つは、記憶を封印しただけなら、時空間軍は確実に無理やりセレナの記憶を引き出して廃人にしていたからだ。


 そして、もう一つの理由は……


 忘れることで君に笑顔が戻るなら。


「今の君の笑顔のほうが僕は好きだよ。それが理由じゃあダメかな?」


 セレナは涙を流したまま、じっとクロノスを見ていた。はっきり見えない瞳で少しでもクロノスの顔が見えるように。


「私は……あなたに何をしたの?」


 クロノスはハッキリと力強く答えた。


「すべてをくれた。人間らしく生きるために必要なすべてを」


 そう言うとクロノスは優しくセレナに笑いかけた。だが、セレナにその表情は見えない。


「だから僕は大丈夫。君は君の人生を生きて」


 僕に囚われないで。


 そう呟くとクロノスは立ち上がってセレナに背を向けた。


「待って下さい」


 暗夜の声にクロノスが振り返る。


「何?」


 その表情は暗夜の記憶の中にある青年と同じだった。

 顔は笑っているのに、藍色の瞳は笑わない。雰囲気は優しいのに、心は他人を寄せ付けない。


 ずっと、その表情に囚われていた。忘れることの出来ない過去。もし忘れることが出来れば、それは救いになるのか。それで救われるのか。それなら、いっそのこと……


「過去の私に出会っても無視して下さい」


 たとえ、今の自分が消えてもかまわない。


「私と関わらないで下さい」


「ダメ!」


 セレナが涙の止まらない瞳で暗夜を見る。


「ダメだよ! そんなことしたら、暗夜が暗夜でなくなっちゃう! そんなの……そんなの……」


 言葉にならない感情をセレナは必死に訴える。その姿を見て、クロノスは安心したように表情を崩した。


「僕が君の過去で何をしたかは知らないけど、気にしないで。もし君を傷つけたのなら、あやまるよ。でも僕は僕のしたいようにする。ごめんね」


「……あやまるのは、こちらのほうです。すみません、私はあなたを……」


「その先は言うな」


 ずっと黙って聞いていた白雅が鋭く暗夜の言葉を切った。


「オレもお前にいなくなってもらっては困る。今の(・・)お前が必要なんだ」


 白雅はキッパリ言って、クロノスを見た。


「悪いが、聞かなかったことにしてくれかい?」


 クロノスは首を横に振る。


「誰も僕を縛ることは出来ない。僕は自由だから」


 すべてをくれた(セレナ)からの最後プレゼント。


「僕は僕の人生を生きるよ」


 クロノスが暗夜に手を伸ばす。そのまま暗夜がかけている黒縁眼鏡を外した。


「だから、君も僕に縛られないで。君の人生を生きて」


 暗夜はその言葉に答えない。無言のまま立ち尽くしている暗夜の手をクロノスがとって黒縁眼鏡を握らせた。


 クロノスがセレナの方を向いて微笑む。


「じゃあね」


 言葉だけを残してクロノスの姿が陽炎のように消えた。


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