決着
『セレナ! しっかりしろ!』
耳から痛いほどの怒鳴り声が響く。
セレナが慌てて顔を上げると、機甲兵がセレナを捕まえようとハッチに手をかけていた。
セレナはバイザーを剥ぎ取りながら、手動で五十ミリ機関砲を撃った。操縦者の意識を乗っ取ったと聞いていた機甲兵は反撃をもろにくらって、その場に倒れた。
『セレナ! 無事か!?』
白雅の声にセレナは耳を通り越して頭が痛くなった。軽い頭痛を感じながら、いつもの口調で答える。
「心配かけてゴメン。とりあえず大丈夫だから」
セレナは後方から迫ってくる機甲兵や戦車に五十ミリ機関砲を向けた。そこに白雅がヘリでセレナの視界を塞ぐように現れ、轟音をあげながらヘリに装備してある機関銃とミサイルで機甲兵や戦車を攻撃した。
『こいつらはオレが足止めをするから、司令部を押さえろ。そろそろ、あいつらがもたない』
もうすぐ戦闘が始まって十分になり、銃弾や爆弾が底をつく頃だった。
「わかった」
セレナは手動で機甲兵を走らせながら、足元に転がっているバイザーを見た。
操縦者が操縦不能になった時、もしくは機体を乗っ取られた時、外部から操縦者の意識を乗っ取れるように電脳空間と接続されていたのだ。少なくともセレナが軍で機甲兵の操縦をしていた時には、こんな技術はなかった。
この機体に乗り込む時の嫌な感じはこれだったんだ。それにしても、兵器も日々進歩してるんだなぁ。
変なところで感心しながら、セレナは電脳空間でのことを思い出していた。
普通ならば、あのままプログラムに体を乗っ取られているところだったのだが、大きな何かが全身を包み、現実空間に戻した。
……暗夜?
なぜか、行方知れずの重傷のパートナーが浮かんだ。
「まさかね」
セレナは苦笑しながら呟いた。
セレナに〝まさか〟扱いされた暗夜は、電脳空間から小さな光が無事に現実空間に戻ったことを確認して、一応安心していた。
かなり乱暴なやり方だったが、最前線で敵に意識を乗っ取られるよりマシだろう。問題はこっちだ。
暗夜は手に絡みついて中に侵入してこようとするプログラムを剥がそうとするが、なかなか離れない。それどころか、ますます絡みついてくる。
仕方ないか。
時間をかければ無傷でプログラムを剥がすことは出来るが、今はあまり時間がない。
暗夜はプログラムの絡み付いている手を、自分で作成した攻撃プログラムに喰わそうとした瞬間、全身を包んでいた感覚がなくなった。手に絡み付いていたプログラムも消え、暗夜はそのまま電脳空間から弾き飛ばされた。
暗夜は現実空間に戻ると急いでヘルメットを投げ捨て、精神感応装置から飛び降りた。
パチパチっという軽い音とともに黒い煙が立ち昇り、回路がショートした臭いが漂う。
「マリリンがぁー」
ハルマンの情けない叫び声を聞きながら、暗夜は全身から黒い煙を噴出している精神感応装置を見上げた。
確かに〝じゃじゃ馬だが、よく気の利く優しい奴〟だった。
勝手にプログラムをアレンジしたが、味方が危ないことを察知して知らせ、最後には身代わりになった。
「人間でも、こんな奴はいないな」
暗夜の感嘆とした声にハルマンが恐ろしい形相で睨んできた。
「てめぇ、乱暴に扱うなって言っただろう! 治すのが大変だろうが!」
「……直す?」
「直すんじゃねぇ! 治すんだ! もういい! 用事が済んだのなら、とっとと出て行け!」
怒りの絶頂にいるハルマンは工具を取り出すと、暗夜を無視して精神感応装置の治療を始めた。
「約束の情報は確認した。戻っていいぞ」
ラディル大佐の言葉に暗夜は後ろを見た。
そこには戦闘用の軍服ではなく、式典など公式で着る軍服に着替えたラディル大佐と桔梗がいた。
「これから、どうするのですか?」
暗夜の問いにラディル大佐は楽しそうに茶色の瞳だけで笑った。
「まぁ、見ていろ。これから軍は時空間管理局の相手どころではなくなる。クロノス、こいつを時空間管理局まで連れて行け。あとは何処へでも好きなところに行くといい」
そう言って桔梗とともに歩き出した。そして、出口のところで足を止めると、思い出したように金髪をなびかせながら振り返ってクロノスを見た。
「たまには遊びに来い。茶ぐらい出すぞ」
クロノスは黒縁眼鏡の下で藍色の瞳を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑みで返事をした。
「いろいろ、ありがとう」
「またな」
今度こそラディル大佐は桔梗とともに部屋から出て行った。
「さてと。行こうか?」
「同空間の空間移動が出来るのですか?」
「ちょっと難しいけど、出来ないことはないよ」
差し出された手。その笑顔。全てが記憶と同じ……
暗夜がその手を掴むと、二人の姿は音もなく消えた。
セレナは頭の中でいろいろなことを考えながらも、行動は大胆だった。
移動司令部のコンテナの前に到着すると、警告もなしに壁を掴んで思いっきり引き剥がしたのだ。そして五十ミリ機関砲を司令官の体に直接突きつけると、スピーカーを使って話しかけた。
『こちらは時空間管理局です。直ちに攻撃を止めて撤退して下さい』
セレナの要求に返事はない。
司令官は目の前に突きつけられた大人の腕ほどはある銃口を凝視したまま、顔を真っ青にしている。そこに、各部隊から通信が入った。
『教科棟からの攻撃が弱まりました。これから二〇七機甲隊が突破します』
『六〇八突入隊。これより、研究棟に突入します』
『こちら五〇一歩兵隊。時空間管理局の敷地内に侵入しました』
次々と報告される言葉にセレナは慌ててハッチを開けた。直立不動のまま、とても指示など出せそうにない司令官の代わりに攻撃中止の指示を出そうとしたのだ。だが、立ち上がろうとした瞬間、強烈な眩暈に襲われた。壁に両手をつけて、倒れそうな体をどうにか支える。
早くしないと……みんなが……
会議室を出る時の六人の笑顔が浮かぶ。軽口を言いながらも、全員が白雅に絶対の信頼と信用をよせている。彼らは最後まで白雅を信じて戦い続ける。それこそ死ぬまで。
セレナがハッチから這いずり出ようと腕に力をいれると、一斉に悲鳴が聞こえてきた。
「何者だ!?」
「やめろ!?」
「!?」
中には声にならない悲鳴もあった。セレナが顔を上げると、司令官やオペレーターの後ろから銃を突きつけている時空間管理人の服を着た人々が立っていた。その中の一人が司令官に現状を説明する。
「移動経路の封鎖は解けた。悪いが、おたくらの各部隊の隊長はしばらく人質になってもらう」
その説明を肯定するように、次々と指示を求める声が入ってきた。
『東方第一部隊、時空間管理人に総隊長を人質に取られました!』
『南方第二部隊、同じく総隊長を人質に取られました! 指示を願います!』
『北方第一部隊……』
このままでは同じ報告が続くだろう。
現状を説明した時空間管理人が司令官に指示を出すように銃で脅すが、実戦を知らないマニュアル司令官はまったく動けずに硬直している。これでは、どちらが軍人か分からない。
そこに落ち着いた声が響いた。
「総攻撃を中止して、各部隊は直ちに撤退せよ。もう一度、繰り返す。総攻撃は中止。直ちに撤退せよ」
その言葉に指示を求める声がピタリと止んだ。モニターには総隊長を残して急いで撤退していく兵士の姿がある。
セレナは司令官の代わりに指示を出した人物を見て、力なく笑った。
「無事だったんだね」
「おかげさまで」
「そう。よか……った……」
「セレナ!?」
セレナは暗夜の叫び声を聞きながら、機甲兵の操縦席に倒れこむように意識を失った。




