作戦開始
それは、とても綺麗な夕焼け空だった。太陽が白い雲と青い空を自分の色に染め、世界の全てが自分のものであるかのように主張している。
そんな、のどかな風景とは無縁の緊張した空気がそこには漂っていた。
時空間管理局の広大な敷地を時空間軍が取り囲んでいる。厳重武装した兵士から戦車、最近実戦に実用化された機甲兵(人が乗り込んで操縦するロボット)などが、ずらりと並んでいた。
そして上空からはヘリが数台、時空間管理局の上空に集まっている。
その中のヘリが一台、中央棟の屋上間近で停止した。ヘリの中から機敏な動作で突撃部隊が次々と中央棟の中に侵入していく。時空間管理局の司令部となる中央棟から潰そうという作戦なのだろうが、そこで第一の予想外の事態が起きる。
盛大な爆発音とともに上空を飛んでいたヘリが撃墜された。
地上からその光景を目撃した時空間軍の移動司令部が慌しくなる。
「どこからの攻撃だ!?」
司令官の怒鳴り声に、オペレーターもつい叫ぶ。
「地上からでは、ありません!」
「そんなことは分かっている!」
ヘリの位置からして地上からの攻撃では撃墜は不可能だ。もっとも民間企業である時空間管理局に地上からヘリを撃ち落せるだけの武器があるはずがない。
地上からは確認できない攻撃に一機、また一機とヘリが墜落していく。その中で、信じられない報告がヘリの操縦士から飛び込んできた。
『人が……人がヘリの目の前から、ロケット砲を打ち込んでいます!』
「どういうことだ!? 状況を詳しく説明しろ!」
その操縦士が見た光景は、報告した言葉通りだった。
ロケット砲を肩に担いだ男がヘリの操縦席の正面に現れ、砲撃すると同時に姿を消す。そして、また別のヘリの前に現れる。その繰り返しだった。
『同空間を移動して攻撃しているものと思われます!』
「バカな!」
操縦士の報告に司令官だけでなく、その場にいる全員が息を呑んだ。
時空間移動では他空間や他時間への移動は出来ても、場所の移動は出来ない。
時空間移動装置は例えて言うなれば投石器なのだ。ある程度、遠く(他空間や他時間)へ石(人)を飛ばすことは出来るが、足元(同空間)に石(人)を落とすことは出来ない。
一応、足元(同空間)に石(人)を落とす方法はあるのだが、かなりの技術と微調整に時間がかかるうえ、石(人)に負担が大きい。まだ乗り物を使っての移動のほうが簡単なのだ。
『司令部! 指示を……やめろっ!!』
操縦士の叫び声とともに通信は途絶えた。戦闘開始から一分も経たないうちに、ほとんどのヘリが墜落していった。
残ったのは、中央棟に突撃部隊を降下させることの出来たヘリのみ。そのヘリもいつ攻撃されるか分からない恐怖から、この場を急いで離れようと急上昇する。そこに、嫌な重さが加わり機体が少し揺れた。
操縦士が重さの加わった方を見ると、ロケット砲を肩に担いだ青年が操縦席のドアを開けてこちらを見ていた。
プラチナブロンドが夕日に照らされて金色に輝き、顔は獲物を見つけたライオンのように鋭く、だがどこか楽しそうに笑っている。
「ちょっと、このヘリをお借りしますよ」
白雅は操縦士をヘリから中央棟の屋上に放り投げた。
「なっ?!」
突然のことに言葉を失い、中央棟の屋上で尻餅をついて呆然とこちらを見ている操縦士を放置して、白雅はヘリを上空へと飛ばした。
出端を挫かれた時空間軍は唯一、突入出来た中央棟の制圧に乗り出した。だが、そこでも時空間軍をあざ笑うかのように第二の予想外の事態が起きる。
地上部隊の動きが予想されていたかのように、時空間管理局から一斉攻撃を受けた。中央棟以外、つまり制圧出来なかった棟の内部から豪雨のように銃弾や爆弾が降ってきたのだ。とても民間企業が保持していい武器、弾薬の量ではない。
しかし、司令官はこの事態には冷静に対処した。
「この攻撃は長くは続かない。せいぜい十分だ。それまで持ちこたえろ」
そして、中央棟にいる突入部隊に指示を出そうとした時、第三の予想外の事態が起きた。
重い爆発音とともに、中央棟が最上階のみを残して綺麗に垂直に崩れた。中央棟の地下シェルターはこれぐらいで壊れはしなかったが、かなり揺れて避難していた人々から叫び声が上がった。
まるで映画のワンシーンのような光景に、指示を出していた移動司令部の動きが止まる。そこに、目の前で崩れた中央棟にいる突入部隊から通信が入った。
『……し、司令部……応答、願います』
その声にオペレーターが身を乗り出すように答える。突入部隊はかろうじて原型を留めている最上階にいたので、被害はわからないが生存者がいる可能性はあった。
「こちら司令部。そちらの状況は?」
『棟の内部は瓦礫の山です。負傷者が多く、作戦の続行は不可能です。救援を願います』
司令官は地上部隊の戦闘状況を確認して、オペレーターに指示を出した。
「西にいる三〇八機甲隊の中から二機、救援に行かせろ。援護すれば二機ぐらいなら突破できる」
司令官の命令通りにオペレーターが指示を出すと、二機の機甲兵が動き出した。
その様子を遥か上空から見ていた白雅は、西にある医療棟で攻撃の指揮をしているシルヴィアに通信を繋げた。
「シルヴィア。機甲兵が二機、そちらに向かって移動している。一機は無傷で管理局内に入れてくれ」
銃声や爆撃音をバックミュージックに、なんともいえない艶っぽい声が聞こえてきた。
『あら、一機でいいの? なら、もう一機は私の好きにしてもいいかしら?』
思わぬ申し出に白雅は苦笑いを浮かべた。
「かまわないが、どうするんだ?」
『もちろん、頂くわ』
白雅の頭に狙った男を捕らえる時と同じ表情で機甲兵を見ているシルヴィアの姿が目に浮かんだ。
「好きにしろ。それと、セレナがバイクでそっちに向かっているから、間違っても攻撃するなよ」
『もちろん。暗夜のパートナーにケガなんてさせたら、後が怖いもの。じゃあね』
シルヴィアとの通信を終えると、白雅は地上にむけてヘリを降下させた。




