自己紹介とじゃじゃ馬
「この人達は?」
セレナの質問に白雅は紹介を始めた。
「オレの部下達だ。みんな知っていると思うが、最近時空間管理人になったセレナだ」
白雅が一番近くにいる人から紹介していく。
「このナイスミドル気取りのおっさんが榊で、その隣にいるのがリオ」
「誰がおっさんだ。おじさま、と呼べ」
外見は四十代前半。軽い口調だが、内面から湧き出てくる落ち着きと渋さは、成熟した大人の男を感じさせる。
「なに言っているんだ? オレがおじさま、なんて言ったら気持ち悪いだろ」
「いや、案外いいかもしれないぞ。ほら、言ってみろ」
白雅はしつこく〝おじさま〟を勧めてくる榊をほっといてリオを見た。
「さっきは、いいタイミングで言ってくれた。助かったぞ」
白雅の言葉に低い声の主が無言で頷く。身長が二メートル近い巨体だが、近くにいても威圧感や圧迫感はなく、空気のような雰囲気だ。
白雅がリオの隣にいる栗色の髪を肩で切りそろえた二十代後半の女性と、黒髪をオールバックにした三十代半ばの男性を紹介する。
「シルヴィアと、パートナーのフェリオだ」
フェリオは片膝を床につくとセレナの手に軽くキスをした。
「初めまして、小さなお嬢様。お噂はかねがね聞いております。ところで騎士は何処におりますか?」
その質問にセレナの顔から笑みが消える。その表情に、フェリオは芝居がかった大げさな動作で立ち上がり、右手を額にあてた。
「おぉ! 守るべき姫のそばを離れるとは、男の風上にも置けない奴め! 姫君よ。私が貴女の騎士となり、一生お守り致します」
自己陶酔しているフェリオを無視して、シルヴィアがセレナに近づいた。
「初めまして、セレナ。バカの相手はしなくていいわよ。女と見れば、赤ちゃんだろうと口説くんだから」
そう言うとシルヴィアは白雅の方を向いた。
「それにしても、もう少し人数がいれば対等の戦いが出来たのに。残念ね」
色っぽい仕草で綺麗な白い手を頬に当てて顔を少し傾けた。その表情には少しも残念そうな雰囲気はなく、誘惑するような瞳で白雅を見つめる。
「おい、おい。お前もフェリオのこと言えないだろ。こんな時まで白雅に色目使うな。まあ、確かに人手不足なのは痛いよな」
「そうだな。せめて暗夜がいれば」
と、二十代半ばのまったく同じ顔をした青年が二人で頷きあっている。同じなのは顔だけではない。表情、声、背の高さ、全てが同じだ。ある一点を除いて。
「こいつらは、双子のラグとダグだ。外見は同じだが、肌の色で見分けがつくから迷わないだろ」
白雅の説明通り、ラグは太陽の光を知らないかのような白色の肌、ダグは思う存分に日焼けをした褐色に近い浅黒い肌、と肌の色が正反対だ。外見がいくら同じでも、この一点が違うだけで間違えようがない。
白雅は双子を見た後、全員の顔を見た。
「今はいない者のことを言っても仕方ない。お前たちには悪いが、バラバラになって各棟の指揮をとってもらう。ほとんどの奴らが武器は使えても戦闘には素人だからな」
そこに、ラグとダグが勢いよく手を挙げた。二人ともマントの下からギリシャ彫刻のような、ほどよく鍛えられた筋肉が見える。
「それはいいけど、この作戦だと上空からの攻撃の守りは、どうするんだ? 空から突入されたら終わりだぞ」
ラグの言葉をダグが続ける。
「特に中央棟は狙われる可能性が高いのに誰の名前もない」
「空からの攻撃はオレが片付ける。とりあえず、戦闘開始から十分で司令部を潰す予定だ。十分もつか?」
白雅の問いに榊が渋い笑みを浮かべて訊ねた。
「もつか? じゃなくて、もたせろ。だろ? いつもの命令口調はどうした?」
白雅が両手を肩まで挙げて降参のポーズをする。
「さすがに軍相手だと恐縮するよ」
もちろん、その言葉が本気ではないことは全員わかっている。
だがシルヴィアは微笑みながら、ワザとその言葉を受け取った。
「あら、珍しく弱気ね」
そして全ての男を虜にする魅惑的な微笑みを消して、黒い瞳を光らした。その瞳には知性と狂暴が同居している。
「十分……結構きついけど、面白いわ」
その姿に男達が苦笑いを浮かべる。彼女の持ち場に攻撃してくる軍兵の末路に同情と哀れみを感じたのだ。
白雅はシルヴィアに集まった視線を戻すために軽く手を叩いて言った。
「時間がないから、そろそろ動いて」
「そうだな」
「行くか」
一同が白雅から離れて会議室を出ようとした時、白雅が思い出したように声をかけた。
「一つ、言い忘れていた」
全員の視線がダークブルーの瞳に集まる。
白雅はゆっくりと息を吸い込むと、真剣な表情で全員の顔を見た。
「絶対に死なないこと」
『了解!』
その命令に全員が笑顔で返事をした。
ラディル大佐の後ろを暗夜とクロノスが歩く。すれ違う人間は誰もいないが、見張りの気配はある。
暗夜が見張りの一人一人の気配の位置を探り、注意しながら歩いていると、ラディル大佐が薄く笑った。
「ここにいる者は全て私の部下だ。姿を見られても問題ない」
そのまま誰にも会うことなく、突き当たりの部屋に入った。すると、敬礼をした黒髪の女性が三人を出迎えた。
「お疲れ様です」
「首尾はどうだ?」
桔梗が敬礼をしたままハキハキと答える。
「予定通りです」
「精神感応装置か」
暗夜は目の前にそびえ立つ機械の塊を見上げた。
一般では精神と電脳空間の接続は禁止されているが、警察や軍では犯罪者を捕まえることを前提に許可されている。そのため、より安全に精神と電脳空間が接続できるように造りだされたのが精神感応装置だ。
電脳空間と精神を接続する時の違和感を極力少なくし、人間の能力を限界まで引き出せるよう造られた。パソコンとは比較にならない超高性能機械だ。
「旧型だな」
暗夜の呟きに精神感応装置の中から怒鳴り声が響く。
「旧型だからってバカにするな! 俺が整備したんだ。最新型より、ずっと性能が良くなってるぞ」
声の主は短いボサボサ頭に埃を被ったまま、四人の前に飛び降りてきた。年は二十代後半と整備士にしては若そうに見えるが、機械油で汚れた手袋や工具には年季がはいっている。
すかさず桔梗が整備士の紹介をした。
「ハルマン少尉です」
簡潔丁寧な桔梗の言葉に半比例するように、ハルマンは雑な言葉で簡潔に言った。
「準備万端だ。とっとと乗れ」
暗夜は言われるまま精神感応装置に乗り込んだ。そのすぐ隣からハルマンが覗き込んでくる。
「マリリンはじゃじゃ馬だが、よく気の利く優しい奴だ。危ないことさせるなよ」
暗夜は黒縁眼鏡を外すと、頭と顔半分を覆うヘルメットを被りながらハルマンに質問をした。
「マリリンとは誰のことですか?」
「精神感応装置のことだよ。こいつらはな、女みたいにデリケートなんだ。乱暴に扱うと後が怖いぞ」
「そうですか」
暗夜はハルマンの言葉を冗談半分に聞きながらスイッチを入れた。
今までは精神を電脳空間に接続すると、ザワザワと体の中に何かが入ってくる奇妙な感覚に襲われていた。だが、そんな感覚はまったくなく、逆に大きな何かに包まれて安心できるような感じがしている。
「よし! オールグリーン、問題なしだ。しっかり仕事してこい」
ハルマンの言葉に見送られながら、暗夜は時空間軍のメインコンピューターの中に侵入していった。
もともと精神感応装置が時空間軍の物であるため、ある程度のところまでは容易に行ける。
だが、暗夜にとって容易ではなかったのが精神感応装置の操作であった。処理スピードが恐ろしく速いため、少し考えただけでプログラムが作成、実行されてしまう。
しかも、作成されたプログラムはある法則通り、少しアレンジしてあるのだ。今のところ問題ないが、これがこの精神感応装置の癖だとしたら。
じゃじゃ馬……素直に操縦者の言うことを聞かないというわけか。
暗夜はどこか楽しそうに口元を歪めた。




