作戦会議
セレナは微睡みの中、夢をみていた。
焦げ茶色の髪が風に揺れている。ゆっくりと振り返りながら藍色の瞳が微笑み、細い綺麗な手が伸びてきた。
短い金髪に軽く触れると目の前の少年は残念そうに言った。
「綺麗な髪なんだから伸ばせば似合うと思うよ」
その言葉に私はなんて答えたんだろう?
何も覚えていない。抜け落ちた一年間の記憶。
でも、大丈夫。きっと、思い出せる。いつ会えるか分からないけど。会えたら、きっと……
静かだった部屋がザワザワと騒ぎ出す。白雅の気配しかしないのに複数の話し声が聞こえてくる。
ソファーで寝ていたセレナは体を起こし、机で作業をしている白雅の方を見ると、白雅はモニター上の何人かと話をしている。
『常識では考えらんことだぞ』
『まったく、最近の若いもんは』
『まさしく戦争だな』
『総攻撃開始予定時間まで一時間五十分』
顔は見えないが、モニターから聞こえてくる声から全員が年配であることが分かる。
白雅はモニターの中で会話をしている人々を無視して、セレナに視線をむけた。
「少しは休めたかな?」
「うん。これ、ありがとう。何か動きがあったの?」
セレナはまだ眠たそうな瞳を擦りながら白雅にマントを返す。
「ああ。時空間軍が総攻撃の準備をしてるんだ」
白雅がとんでもないことを普通のことのように話す。
『坊、どうするんだ? 国際政府に仲裁を頼むか? それとも、引渡しを要求しているセレナとかいう時空間管理人を引き渡すか?』
突然出てきた自分の名前にセレナが身を乗り出す。口を開こうとしたところで白雅の長い指がセレナの唇を塞いだ。
「これから国際政府に仲裁を頼んでも総攻撃には間に合いません。不当に拘束はしていませんが、そもそも引渡しを要求されている時空間管理人は他時空間にいるため引き渡せません」
白雅はセレナに視線を向けて付け加えた。
「例え、ここにいたとしても引き渡すつもりはありませんけどね」
『では、どうする?』
「決まっています」
白雅の言葉にモニターの中の人々が黙る。白雅は獰猛に笑いながら、眼鏡の奥にあるダークブルーの瞳を光らした。
「迎え撃ちましょう」
モニターの中の人々が騒ぎ出すような宣言だったが、黙ったまま何も言わなかった。
「どうかされましたか?」
白雅の問いかけにモニターの中から各々のため息が聞こえてきた。
『こうなったら坊は何を言っても聞かんだろう?』
一応、疑問系だがほとんど肯定している。
『言っておくが、ワシ達に戦えと言うなよ』
「当たり前です。ご老体は労らないといけませんから。時空間管理人以外は中央棟の地下シェルターに避難させて下さい。ここにいる時空間管理人は全員中央棟に集めて、他時空間にいる時空間管理人とは連絡だけでも取れるようにして下さい」
『労ると言っておきながら人使いが荒いの』
『こういうところは親子そっくりじゃ』
『早く仕事を済まして、ワシらも避難しようではないか』
『そうだの。では皆の衆、地下シェルターで会おう』
それぞれ言いたいことを言ってモニターのスイッチが切れた。その様子を見てセレナは感心したように拍手を送った。
「みんな肝が据わってるね」
「そうでないと、総帥の補佐なんて勤まらないからね。創始者から代々、時空間管理局総帥の辞書に常識という言葉はないらしいよ」
セレナが首を傾げる。
「白雅は総帥じゃないよね?」
「総帥の親父は出張中だから。とりあえず現場にいるオレが指揮をとることになったんだ。普段は面倒な中間管理職を押し付けているのに、こういう時だけ権力を持たせるんだよね、あのタヌキ親父は」
愚痴をこぼす白雅にセレナが首を傾げながら訊ねる。
「どういう状況なの?」
「今の会話を聞いてある程度わかったと思うけど、ついさっき時空間軍間が『当方が不当に拘束している軍人の引渡しを要求する。要求に応じない場合、二時間後に総攻撃をする』って一方的に通告してきたんだよ」
「どうして私が不当に拘束されているのよ? ちゃんと辞職してきたのに」
両手を腰にあてて怒るセレナに白雅は肩をすくめた。
「それは、こっちが聞きたいよ。ちょーっと頭が弱いバカそうな将軍に欲しがってた情報と賄賂を渡して、セレナちゃんが辞職できるようにしたのに。今さら返せって言われてもねぇ?」
「うん。私は軍には戻らないから」
「では、セレナちゃん」
白雅はセレナに時空間管理局の敷地の地図を見せた。
「時空間軍はどういうふうに攻撃してくると思う?」
「えっとねぇ……」
セレナは予想される軍力と武器、攻撃方法を話しながら地図を指差していく。
白雅が一通り説明を聞いて頷いていると、モニターにスイッチが入った。
『時空間管理人を全員、中央棟に集めたぞ』
「集めた時空間管理人と、他時空間にいる時空間管理人の名前をリストアップして下さい。それから他時空間にいる……」
白雅はしばらく会話をした後、
「では、行きましょうか」
と、威勢よくセレナとともに執務室を出て行った。
会議室には突然の呼び出しに二十名ほどの時空間管理人が集まっていた。
エリート集団とはいえ、他時空間への移動経路を全て封鎖されるという常識では考えられない事態にいつもの自信に満ちた表情や雰囲気はない。ピリピリとした緊張感が漂っている。
白雅は時空間管理人達の前に立つと、また普段では考えられない穏やかさで丁寧に宣言した。
「これから時空間軍と一戦を交えます」
その言葉に会議室は一斉にざわついた。時空間管理人の一人が手を挙げて質問をする。
「何かの訓練ですか?」
事態を把握していない者からすれば、そう考えるほうが正しい。だが白雅はキッパリと否定した。
「違います。三十分前、時空間軍が不当に拘束している軍人の引渡しを要求する、と公式要請がありました。ですが、そんな軍人などいません。しかし時空間軍はどうしても時空間管理局を攻撃したいようで、総攻撃の準備をしています。ですので、こちらも……」
「国際政府に仲裁を頼むべきだ!」
「いや、避難したほうが安全だ!」
「地下シェルターなら……」
白雅の説明が終わる前に、時空間管理人達が各々の考えの討論を始めてしまい誰の声も聞こえない。
白雅は黙ってその様子を見ている。
「どうして、何も言わないの?」
「しばらく様子を見るのもいいかな、と」
時空間管理人たちの討論は白熱していくが、意見は統一されそうにない。
セレナが口をへの字に曲げて言った。
「暗夜を助けに行かないといけないし、そんな悠長に待っている場合じゃないでしょ? 時間ないんだから」
静観を決め込んだ白雅の隣でセレナは口を動かし始めた。小さな可愛らしい声が懐かしいリズムを刻む。
小さな声を聞き取ろうと自然に会議室内が静かになっていく。
それは誰もが一度は聞いたことがある有名な子守唄だった。懐かしさと場違いな歌に誰もが驚き、口を閉じていく。
セレナは全員が黙ったところで、ニッコリと微笑んだ。
「総攻撃まで一時間二十五分。今から国際政府に仲裁を頼んでも間に合わないよね? 避難しても助けが来るとは限らないよね? ここで時空間軍に殺される? それとも戦って生き延びる?」
可愛らしい口から飛び出した言葉の内容に、その場にいた全員が固まった。どこかで否定したかった直面している現実を突きつけられ動けなくなる。
会議室の中で後方にいた時空間管理人が、おずおずと手を挙げて発言した。
「こちらが白旗を揚げれば、いくらなんでも殺したりしないと思うのですが……」
「軍は無理な理由をつけてまで、時空間管理局を攻撃したいんだよ。白旗を揚げるってことは、殺して下さいと言っているのと同じこと。皆殺しにされるよ」
セレナの決定打に沈黙が流れる。
沈黙の中、静かに低い声が響いた。
「どうすればいい?」
低い声の主は暗い褐色の瞳で白雅を見据えたまま再び訊ねた。
「どうすれば助かる?」
その言葉に全員が低い声の主と白雅を交互に見る。
「戦います。軍は時空間管理人を民間人として甘くみていますから、短期戦に持ち込めば勝算はあります」
断言した白雅の言葉に誰ともなく声が出た。
「作戦は?」
「時空間管理局を囲んでいる塀に対テロリスト用の警備ロボットを配置して、高圧電流を流しておきました。ですが、所々に電流が弱いところや、守りが薄いところがあります。軍はそこから侵入してくるでしょうから、上から一斉に攻撃して管理局内への侵入を防いで下さい。その間に別部隊が軍の司令部を押さえます。各持ち場は地図に名前が書いてあります。武器は好きなだけ使っていいです。以上、全員速やかに武器の準備をして移動するように!」
普段の三割ほどに抑えられた穏やかな声に追い立てられ、全員が一斉に立ち上がり慌しく会議室から出て行く。
その中で数人の時空間管理人が白雅の周りに集まった。




