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時空間管理人~異世界転移のその裏で~  作者:


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記憶と出会い

 暗夜は十歳の誕生日を迎えた日、ナイフを一本だけ渡されて自然保護区に放り込まれた。


「一ヵ月後、ここに迎えにくる」


 説明はそれだけだった。質問しようとした時には、体は空中を舞っていた。


 放り込まれたという文字通り、空を飛んでいるヘリコプターから眼下に広がる森に向かって放り投げられたのだ。

 それから、どうやって着地したのかは覚えていない。ただ落下スピードを少しでも落とそうと無我夢中で木の枝を掴んでいた。


 暗夜は折れた木の枝の中から体を起こして周囲を見廻した。適度な間隔で生え、食べられそうな実をつけている木々。膝丈ほどの高さの植物。そして大きな足跡。この足跡には見覚えがあった。


「トリケラトプス……恐竜自然保護区か」


 その呟きは、とても十歳のものとは思えない落ち着きがあった。

 自然保護区の中には、絶滅した動植物を時空間移動により現在に甦らせて研究している場所もある。普通は許可がなければ入れないのだが、父がどうやって許可をとったのか。一応考えようとしたが、それよりも優先事項があるため止めた。


「とりあえず、飲み水と食料を集めて……あと火が維持できる場所を探さないと」


 現状に絶望したり現実逃避したりすることは時間の無駄。一番重要なことは状況を把握して生き残ること。

 父と共に何度かサバイバルをした時、そのことを徹底的に教え込まれてきた。あれこれと考えるのは安全を確保してからだ。


 暗夜は慣れた様子で森の中を歩き出した。



 この一ヶ月は思ったより退屈な日々だった。恐竜がいるといっても、根本的には普段のサバイバルと変わりない。豊かな森のおかげで食料は充分あり、水も川が近くにあったため困らなかった。


 そして一ヶ月も残り数日となった、ある日。


 その日は朝から恐竜たち、いや森全体がざわついていた。動物達が落ち着きなく動き回っている。暗夜も動物達の気配を感じとり、警戒しながら行動をしていた。


 しばらく歩いていると地面から微かな振動か伝わってきた。地面に耳をあてると、大きな足音がこちらに近づいている。

 暗夜が足音のする方向を見ると、黒縁眼鏡をかけた青年が焦げ茶色の髪をなびかせながら何かを抱えて走っていた。その後ろからはティラノサウルスが俊敏とは言えないが、巨体を揺らしながら追いかけている。


 その光景を見た暗夜は指笛を鳴らし、青年の意識を引いた。青年と目が合うと、暗夜は手でついて来るように合図をして走りだした。


 水の流れる音とともに轟音が聞こえてくる。空の見えない木々の中を走っていたが、眩しい光とともに視界がひらけた。切り立った崖の上。足元の遥か下では流れ落ちた水が虹を作っている。


 暗夜は振り返り、追いついた青年の手を握ると無言で崖から飛び降りた。


 だが一番驚いたのは獲物を追っていたティラノサウルスだ。突然追っていた獲物が消え、急に止まることも出来ず、そのまま崖から滝つぼへと頭から落ちていった。


 その様子を、暗夜はロッククライミングと同じ要領で崖にぶら下がって見ていた。その隣には、人が一人乗れるぐらいの大きさの足場に立つ青年がいる。


 青年は崖から這い上がると、先に崖から上がっていた暗夜に礼を言った。


「助かったよ、ありがとう」


 暗夜は差し出された手を無視して青年の全身を見た。


 身につけている物は腰の銃一丁のみ。そして自然保護区員のプレートを付けていない。職員でなければ、考えられることは密猟者。上着の一部が不自然に膨らんでいるのが気になる。


 いろいろ考えてもしょうがないので、暗夜は率直に質問した。


「何故、こんな所にいるのですか?」


 それは暗夜にも言えることなのだが、青年は暗夜を気にすることなく不自然に膨らんでいる上着から子猫を取り出した。絶滅種でも珍しい種でもない、どこにでもいる普通の白い子猫だ。


「この子が襲われてて、つい助けちゃったんだよね」


 青年の言葉に暗夜は耳を疑った。


「自分の身が危ないのに?」


「そうだよ」


「死ぬかもしれないのに?」


 生き残ることを最重要課題とされている暗夜には、とても理解出来ないことだった。


 青年は子猫の頭を撫でながら笑った。


「考え方は人それぞれだよ。僕は行動しないで後悔しながら生きるより、死ぬかもしれないけど、行動して後悔しないほうを選ぶ。ただ、それだけのことだよ」


「自殺志願者?」


 青年は吹き出すように笑った。


「違うよ。出来れば生きたいと思ってる」


「なら……」


 青年は暗夜の言葉を遮るように白い子猫を渡した。子猫は場所が変わって不安なのか、暗夜の腕の中から出ようと小さな体をしきりに動かす。


「こういうことは、口で説明するより経験したほうがいいよ。ほら、それじゃあ猫が落ちるよ。もっと腕を広げて包み込むように抱かないと」


 青年の指導通りにするが、白い子猫はなかなか大人しくならない。しばらく試行錯誤していると、子猫は少しずつ落ち着いてきた。


「ほら。子猫の抱き方だって、説明するより実際に抱いたほうが分かるでしょ?」


 かなり違うような気がするが、暗夜の意識は白い子猫に集中していた。

 子猫が腕の中から落ちないように必死になっていると、ポツリと声がした。


「時空間管理人になってみたら?」


 突然の言葉に首を傾げる暗夜を藍色の瞳が全てを見通したように微笑む。


「そうしたら分かるかもよ」


 足元の滝つぼから、冷たいが心地よい風が吹き上げてくる。


「初めて会った人に言う言葉ですか?」


 時空間管理人になることが、どれだけ難関で確立が低いことかは子どもの間でも知られていることだ。


 暗夜の呆れ声に青年が一つに纏めた焦げ茶色の髪をなびかせながら笑う。


「初めてじゃないよ」


 細い綺麗な手が黒髪を撫でる。

 足元に小さな石が転がってきた。微かに地面が揺れている。暗夜が顔を上げると、地面が大きく揺れた。足元がふらつき、バランスをとろうと足を踏ん張るが、それも虚しく地面がひび割れて足場が崩れた。


 暗夜が滝つぼに落ちる覚悟を決めたとたん、体に強い力が加わり崩れていない地面に引っ張られた。そして、暗夜と入れ替わるように青年の体がバランスを崩して倒れる。


「なっ……」


 暗夜が咄嗟に手を伸ばしたが、黒縁眼鏡を掴んだだけで青年の体は滝つぼの中に飲み込まれていった。




 暗夜は浮上する意識の中で考えていた。

 記憶の中の青年と、さっき突然現れた青年。二人とも同じ瞳と髪の色をしていた。そして、顔も表情も全て同じ。


 十年近くの年月が経っているのに何故、年を取らずに同じ姿のままなのか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


 暗夜は完全に覚醒すると、思考を切り替えた。


 突然現れた青年に引っ張られるように時空間移動したところで不本意にも気絶してしまい、自分がどのような状況で、どのような状態なのか、まったく分からない。


 現状を把握するため、目を閉じたまま全身の感覚で自分の状態を探る。


微かに人の気配がする。たぶん見張りだろう。機械音もすることからモニターで見張られている可能性もある。


 あと、かなり狭いベッドに寝かされているらしく、手首から先は空中にぶら下がっている。背中には硬い板があたっており、待遇はよくないことが分かる。

 そんな環境なのに何故か拘束はされていなかった。傷の程度から拘束しなくても動けないと判断したのか、それとも拘束する必要がない状況なのか。


 暗夜は見張りと部屋の状況を確認するために薄っすらと瞳を開けた。見た目では眠っている状態と変わりない。黒縁眼鏡の下で眼球を気付かれない程度に動かす。


 さほど広くない部屋だが、そのほとんどは機械が占めている。部屋の入り口らしきところに人が一人立っている。他に人は見当たらない。ゆっくりと指先を動かして腰の銃を確認するが、やはりホルターは空になっていた。


 武器がないのは辛いが見張りが一人なら、どうにかなるだろう。問題は体がどこまで動くかだ。


 体内にあるナノマシーンが治療したのか、傷の痛みはなく塞がっているように感じる。しかし、逃げ切れるだけの体力があるかどうかは分からない。だが、こうしていても状況は変わらない。


 暗夜は覚悟を決めると一瞬で起き上がり、入り口に立っている見張りにむかって突進した。

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