再会
暗夜が外に出ようとドアを開けると階段が瓦礫で塞がれていた。秘密警察が侵入出来ないように昴が塞いだのだ。まったくの予想外のことである。
暗夜は急いで近くの柱の陰に隠れようとした時、両足に激痛が走った。
「くっ!」
足に力がはいらず、その場に膝をつく。動きが止まった一瞬を狙って両足を打ち抜かれたのだ。
動くのは右腕だけか……
暗夜は右手に持っている銃を握りしめた。
動けなくなった暗夜に、銃を構えた兵士達がゆっくりと近づいてくる。そこにセレナを追って消えた兵士達が戻ってきた。
「女を見失いました」
暗夜の口角か微かに上がる。それを敏感に感じ取った指揮官は、暗夜を威圧するように睨んだ。
だが、それは無駄なことだった。暗夜は睨まれた気配は分かったが、その姿をはっきりと見ることが出来なくなっていた。
目が使い物にならない……血を流しすぎたか…………
暗夜の足元には血溜まりができている。それでも右手の銃は離さず、見えない瞳で相手を見据える。その姿はどれだけ傷を負っても敵に屈しない野生の虎のようでもあった。
重傷とは思えない暗夜の気迫に距離を縮めていた兵士達の動きが止まる。戦場の経験も戦闘の経験もない、ただの時空間管理人だと頭では理解していても、兵士としての本能がこれ以上近づくのは危険だと警告する。
目の前に見えない壁があるかのように兵士達が動かなくなった。静寂と緊張の中、指一本動かせない。
そこに突如、動く者が現れた。暗夜と兵士たちの間に黒縁眼鏡をかけた青年が立っている。
前触れない登場の仕方は時空間移動をしたかのようだが、青年は時空間移動装置らしき物を持っていない。持っている物といえば腰に装着している銃一丁のみだ。
長い焦げ茶色の髪を風に遊ばせながら、飄々とした雰囲気で周囲を見ている。
「何者だ!?」
兵士達の標的が暗夜から時空間移動装置を持たずに突然現れた青年に変わる。
だが暗夜にはそんな状況は目に入っていなかった。視界にあるのは目の前で揺れる焦げ茶色の髪のみ。
血の少なくなった頭に過去の記憶が甦る。
あの時の……生きて……?
青年は振り返って暗夜を見つけると、記憶の中にある顔と同じ微笑みを見せた。
「まだ生きてるね。よかった、間に合って」
そう言うと青年は周囲の雰囲気など気にすることなく暗夜の左手を掴んだ。
「もう少し頑張ってね」
「動くな!」
兵士達が一斉に銃の引き金を引いたが、銃弾は青年の残像をかすめ壁に穴を空けただけだった。
「白雅! 暗夜を助けて!」
白雅は執務室に突然現れたセレナに驚くことなく答えた。
「仕事は終わったのか?」
白雅はセレナには目もくれずパソコンを操作しながら電子書類を流れ作業のように片付けていく。
「キアラちゃんは元の世界に還してきた! それより……」
「それは早かったね。まだ時空間管理局への移動経路は全て封鎖されているのに、どうやって還ってきたの?」
焦らすような白雅の態度にセレナは肩で息をしながら目の前にある机を叩いた。
「後で教えるから、早く暗夜を!」
「オレも今、一生懸命やってるんだけどさ。なかなか手強いんだよね、時空間軍って」
そう言うと白雅はやっと顔を上げて正面からセレナを見た。
「とりあえず情報が欲しいんだけどな」
ダークブルーの瞳が真っ直ぐに紺碧の瞳を見つめる。
「どの部隊が襲ってきたか知ってるかな?」
セレナの肩が微かに揺れる。
「それが分からないと暗夜を助ける算段もつけれない」
セレナは紺碧の瞳を床に移して呟くように言った。
「時空間軍、第七部隊」
「第七部隊? 時空間軍は第六までしかなかったと思うけど? 何をする部隊かな?」
時空間軍は軍の中で第一から第六まで部隊があり、それぞれ役割りがある。
ラディル大佐の所属している第一部隊は指揮官養成のための、いわばエリート集団。実戦ではなく安全な机の上での仕事が中心だ。
一方、ノルア准将の所属していた第三部隊は情報収集が専門の諜報部隊である。
セレナは表情を隠すように俯いた。
「……第七部隊は暗殺部隊。各部隊から数人ずつ選ばれて構成された少数精鋭の暗殺集団」
「もしかして……セレナちゃん、そこにいたことがある?」
セレナは長い金髪で表情を隠したまま、しっかりと頷いた。
「そっか。元仲間に襲われたのか」
白雅は同情でも、哀れみでもなく、ただ事実を言った。
「第七部隊は全ての部隊と繋がっているから。時空間軍が敵だと思ったほうがいいよ」
それは前回のようなノルア准将一人の単独行動や、ある一つの部隊が勝手に行動したのではなく、時空間軍そのものが喧嘩を売ってきたということになる。
「オレとしては、時空間軍にここまでされる覚えはないんだけど。セレナちゃんは心当たりある?」
セレナは俯いたまま力なく首を横に振った。
「暗夜を助けるのはこっちに任せて、セレナちゃんは一休みしてきなよ。疲れただろ?」
予想外の言葉にセレナは顔を上げた。
「処罰しないの?」
セレナの言葉を予想していたように、白雅がいつもの人をくった笑みを浮かべた。
「どうして?」
「私一人で帰ってきたんだよ? それに、私のせいで暗夜が……」
「セレナちゃんは暗夜に無理やり一人で帰らされたでしょ? なら、処罰されるのは暗夜の方だよ。それに、暗夜は時空間軍の奴らにやられるほど弱くない。それより、ここまで還ってくるために無理な時空間移動したんじゃない? 余計なことは気にしなくていいから休んでおいで」
「私がどうやって還ってきたのか聞かないの?」
白雅は笑みを浮かべたまま肩をすくめる。
「聞いたところで誰も実行出来ないでしょ?」
時空間の移動には移動経路と呼ばれる、時間と時間、空間と空間を結ぶ道を通らなければならない。
一般の道でもアスファルトで舗装された歩きやすい道から、かろうじて歩ける獣道まで様々な種類の道があるように、時空間を移動する時も、移動しやすい道、移動しにくい道がある。
時空間軍が封鎖したのはアスファルトのような道はもちろん、獣道までの全ての道を塞いだ。
だがセレナは還ってきた。つまり獣道以上の道とはいえない道を通ったか、セレナしか知らない裏道を通ったか、ということになる。
「それに実行して行方不明になられても困るからね」
これは俗に言う迷子である。コンパスも地図もなしで道のない山を歩いて迷子にならない者はそういない。それに迷子なら、まだ自力で還れる可能性があるからいい。一番問題なのは谷や崖から落ちたりして身動きが取れなくなることだ。
時空間にも谷や崖のような狭間がある。そこに落ちたら自力での移動はほとんど出来ない。
たとえ救援を呼んだとしても救助する側も命がけである。助けに来た人もそこに落ちる可能性があるからだ。そのため、獣道以上の道といえない道を歩く者は常識ではいない。
セレナはその常識を打ち破り、山の中をコンパスも地図もなしで迷子にならず、谷や崖に落ちることなく還ってきたのだ。
「セレナちゃんはカンがいいから還ってこれたんだろうけど、他の人は誰もやらないよ」
「……そうなの?」
セレナが少し驚いたように首を傾げる。
「情報が入ったらすぐに知らせるから。とりあえず寝たら?」
「じゃあ、情報が入ったらすぐに起こして」
セレナは不服そうに歩き出すと、目の前にあったソファーに倒れこんだ。
「あっ!」
こればかりは予想外だったのか、白雅が椅子から立ち上がる。しかし、セレナはすでに寝息をたてていた。
その可愛らしい寝顔とは対象的に額からは汗が滝のように流れ、時空間管理人の制服であるマントはボロボロに破れている。白い顔には疲労の色が濃く、普段はうっすらと赤みのかかった血色のよい頬が青白い。
その姿を見て白雅は納得したように呟いた。
「仕方ないか」
時空間管理人の制服であるマントは、時空間移動するときにかかる全身への圧力を軽減するために特殊な素材で出来ている。時空間管理人が普通に数年間使用しただけでは傷一つつかない。
それが、ここまで破れるほど時空間を移動したのだ。体への負担は計り知れない。
可憐な少女の姿に強固な精神。
「とことん、外見と中身が違うんだねぇ」
白雅は自分のマントをセレナにかけると、再びパソコンと電子書類の山に戻っていった。




