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時空間管理人~異世界転移のその裏で~  作者:


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危機

 気を失って力の抜けていくキアラの体を昴が支える。


「どういうつもりですか?」


 昴は色さえも制限されたこの世界を根本から変えようとしており、そのため国家反逆罪の罪で秘密警察に追われている。その目的のためにはキアラは必要不可欠のはずだ。


 暗夜の問いに、昴は駆け寄ってきたセレナにキアラを渡しながら答えた。


「こいつに、この世界は狭すぎる」


 昴はキアラを見ながら苦笑いをした。


「目が覚めたら怒るだろうな」


「その心配はいりません。この世界にいた記憶は全部消します。あと、貴方の記憶の中にあるキアラ・シュナーツ氏のことも全て消します」


「んーそれは困るなぁ。そういえば、秘密警察がもうすぐ突入してくるんだけど知ってる?」


 緊張感の欠片もない話し方だが、暗夜は携帯端末で警察のデータにアクセスをした時にそのことを把握していた。


 昴が気心のしれた友人であるような気軽さで暗夜に話しかける。


「取り引きしない? 秘密警察(あいつら)はオレが引き付けるから、記憶は消さない。もちろん、こいつの記憶も」


「キアラ・シュナーツ氏を元の世界に還したあと、記憶を消さないという保障はどこにもありません。それでも、いいのですか?」


 記憶を消さなければ処罰の対象になる。だが暗夜であれば時空間管理局のメインコンピューターにハッキングして記憶を消したように偽装することは可能だ。


 暗夜の確かめるような言葉に昴は自信たっぷりに答えた。


「保障なんていらない。オレはにいちゃん達を信じてる。それで十分だろ?」


 暗夜の無表情が崩れ、黒色の瞳が丸くなった。


 どうして、こんなに簡単に人を信用できるのか。


 呆れて言葉が出てこない暗夜を置いといて、昴はセレナを見た。


「こいつを頼んだよ」


「本当にいいの?」


「んー正直言うと、ずっとそばにいて欲しいんだけど、そういうわけにもいかないからね。出会えただけで十分」


 昴はにっこりと笑いながらキアラの黒髪を優しく撫でた。


「こいつも、そのことは分かってるよ。ただ、諦めが悪いだけなんだ」


「どうして分かるの? キアラちゃんも、ずっと昴の隣にいたいかもしれないのに」


「こいつはオレにそっくりだから分かる。けど、こいつの隣で生きるのはオレじゃない」


 昴がきっぱりと断言したためセレナはそれ以上何も言えなかった。


 昴が思い出したように暗夜を見る。


「この部屋から、そのままキアラを元の世界に還せるか? それとも、何処かに移動しないといけないか?」


「いえ、このまま時空間の移動はできます」


「じゃあ、あいつらがこの部屋に入れないようにしとくわ」


 そう言って昴はセレナ達に背を向けて歩き始めた。


「一人で大丈夫ですか?」


 大勢の人間が周到にこの建物を包囲しているのが気配で分かる。


 昴は振り向かずに片手を軽く振った。


「元同僚の動きなんて手にとるように分かるよ。じゃあな」


 昴が軽い足取りで部屋を出て行く姿をセレナは黙って見送るしかなかった。


「行きましょう」


 暗夜がセレナに手を伸ばす。セレナは黙ったまま差し出された手を見つめた。


「こういう生き方もあるんだね」


 相手の幸せのために、あえて別れの道を選ぶ。


「アヤメ先輩の生き方が特殊なんです。それに毎回あんなことをされては時空間管理人がいる意味がありません」


「……そっか。それも、そうだよね。なんか悲しいけど本人達が決めたんだもん。いい……」


 セレナの表情が硬直し、暗夜の手を握ると無理やり柱の陰に引っ張った。


 周囲の空間が揺らぐと同時に銃撃音が鳴り響く。


 反射的に柱の陰に身を伏せたが無傷とはいかなかった。


「動けますか?」


 深紅の液体が黒いタイルの上に雫となって落ちていく。


「私は大丈夫。それより暗夜……」


 セレナを庇って銃弾浴びたため全身から血が流れている。


「先に逃げて下さい。あいつらは私が足止めします」


 二時間前にキアラと一緒にいた時に襲ってきた男達と多少デザインは違うが、同じような防護服に身を包み、時空間軍専用の自動小銃を持っている。

 敵が時空間軍兵士である以上、下手に時空間を移動して逃げても追いかけてくる。どうしても足止めをしないといけない。


「ダメ。一緒に逃げるよ。時空間管理局に逃げれば追って来れない」


 セレナは自分の体を盾にするようにキアラを抱きしめた。背後にある柱に銃弾の雨が降り注ぎ、振動が直に伝わってくる。このままだと、この柱が壊れるまでの時間は短い。


「今、時空間管理局には逃げられません」


 暗夜は早口で説明しながら時空間移動装置をセレナに見せた。時空間管理局への移動経路が全て封鎖され、移動不可の表示がついている。


「私達を逃がさないために移動経路を封鎖しているんです。この事態には時空間管理局もすぐ気付きますから、それまでキアラ・シュナーツ氏と安全なところに逃げて下さい」


「でも、移動するためには……」


 暗夜はセレナの言葉が終わる前に、自分の時空間移動装置をセレナに押し付けた。


「女のほうが時空間を移動!」


 男の声が響くと同時に兵士達の腰に着いている時空間移動装置が弾け跳んだ。兵士達はどこから飛んできたのか分からない銃弾に警戒する。

 だが周囲に人影や銃はなく、男達の意識が自然と柱の陰にいる暗夜に集まりつつある中、指揮官が指示をだした。


「女を追え!」


 その命令に数人の気配が消える。ここで全員の足止めをするつもりだった暗夜は苦々しく舌打ちをした。


 時空間管理人はパートナーのそれぞれが持っている時空間移動装置が揃わなければ、時空間を移動出来ないようになっている。

 二つの時空間移動装置を持ってセレナが時空間を移動したため、暗夜がここから時空間を移動することは不可能だった。


 暗夜はいつ壊れるか分からない柱の陰から姿を見せることなく、両手の銃を撃った。

 放たれた二つの銃弾が空中でぶつかり合い、方向転換をして真っ直ぐ標的を打ち抜いていく。一歩間違えれば自分に銃弾が返ってくる自殺業だ。ましてや標的に当てるなど、精密機械並みの計算と微調整が必要になる。


 そして、その計算と微調整をしながら、暗夜は残弾数と敵の数、救援かくる可能性と時間を計算していた。そして、どう計算しても暗夜にとって望ましい結果にはならないことが判明する。


 少し動くしかないか。


 暗夜がゆっくりと体を動かす。止まりかけていた血が再び流れ出し、全身に激痛が走った。


「くそっ」


 暗夜は悪態を吐きながら、黒い瞳を閉じて集中した。


 どこまで体が動くか分からないが、このままここに隠れていても柱が壊れるのを待つだけだ。だが、ドアのところまで辿り着ければ外に逃げられる可能性はある。


 深呼吸をして黒い瞳を開けると、両足に力を入れて柱の陰から飛び出した。なるべく姿勢を低くして、無駄弾を撃たないよう最低限の反撃だけでドアを目指す。


「逃がすな!」


 銃弾とともに兵士達が暗夜に向かって突進してくる。


 手を伸ばしてドアノブを掴んだ瞬間、左腕を一発の銃弾が貫いた。

 暗夜は痛みに顔を歪ませながらも、手に力をいれてドアノブを動かす。ドアはあまり力を入れなくても自然と手前に開いた。


「なっ……」


 暗夜はドアの先にあるものを見て絶句した。


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