新たな任務
建物も道も全てが黒一色。空さえも夜空のように黒なのだが、なぜか昼のように明るい。
歩く人々は全員が同じ髪型の黒髪と黒瞳で、同じ黒服を着ている。黒以外の色があるとすれば、肌の色ぐらいだ。
「見事にみーんな真っ黒だね」
セレナが大きな黒い瞳で周囲を見渡す。
「あまり不振な行動はしないで下さい。怪しまれます」
セレナは短い黒髪をなびかせながら楽しそうに振り返る。
「変装してるみたいで楽しいんだもん」
「楽しんでる場合ではありません」
暗夜はため息を吐きながら二時間前のことを思い出していた。
「今回は護衛をしてほしいんだ」
白雅の言葉に暗夜の片眉が上がる。突然の呼び出しに、また厄介な仕事を押し付けられるのだろうとは思っていたが、これは予想外だった。
「私は時空間管理人なのだが?」
白雅は悪戯をする子どものような表情で暗夜を見る。
「まあ、話を聞け。この前、セレナちゃんが襲われただろ?」
「あぁ」
「襲った奴らが時空間軍の人間だということは分かった。だが、証拠がないし目的が分からない。そこでセレナちゃんを護衛して、襲ってくる奴らを捕まえろ」
「命令形か」
時空間軍の人間という時点で相手は軍人だ。一般人が敵う相手ではない。そんな相手に勝てて当然のように話す白雅に暗夜が呆れ顔になりながらも慣れた様子で話しを聞く。
そんな暗夜に白雅はダークブルーの瞳を細めた。
「当たり前だ。人の部下に手を出したら、どうなるか……」
そこで白雅は言葉を区切ると、まるで獲物を狙う肉食獣のような表情で口角だけを上げた笑みを作った。
「しっかり分からせてこい」
あれは本気で怒っている顔だったな。
暗夜は目の前で楽しそうに歩いているセレナを見た。
この世界の住民が着ている、ゆったりとした長袖の黒服に黒いズボン姿。服の色が黒いためか、セレナの白い肌がいつもより白く透けている。
「それにしても時空間管理人の制服って便利だよね。マントをとめてる宝石に情報を入れるだけで、その姿になれるんだから。髪を切らずに済んで良かった」
セレナは黒髪を触りながら微笑んだ。髪型はショートカットだが、触れば肩より下に透明な髪があるのがわかる。
「それぞれの時空間に合った格好でなければ仕事は出来ませんから」
「それもそうだね」
「ここです」
二人は目的のビルを見上げた。三階建てでワンフロアに三室ぐらいしかない小さな雑居ビルだ。
ビルの中に入りながら暗夜は周囲の気配に集中する。今のところ誰かが襲ってくるような気配はない。
そんな暗夜の様子とは反対にセレナがのんびりと話す。
「この世界の人って全員、生まれつき黒髪、黒瞳なのかな?」
「資料ではそのようになっています。保護する女性は銀髪、金瞳なので、すぐ分かります」
「う~ん、どうかな?」
セレナが顎に手を当てながら考える。
「あの銀髪、金瞳って、なんか作り物って感じなんだよね」
ビルの三階の一室の前で二人が足を止める。
「本人に会えばわかるでしょう。開けますよ」
暗夜がドアの鍵に金属を差し込む。金属は鍵穴を埋めるように滑り込み、数秒で固まった。カチリという音とともに簡単に鍵が開く。
暗夜がドアを開けると同時にセレナが部屋の中に飛び込んだ。
「どちらさん?」
のんびりとした声とは反対に素早い動きで部屋の中にいた青年がセレナに銃をむけた。だが、セレナの後ろから暗夜が青年の持っている銃をサイレンサー銃で撃ち落す。
その隙に青年の後ろにいた少女が外に出ようと他のドアに駆け寄った。そこに暗夜が少女の動きを止めるために目の前の壁に銃弾で穴を開けた。
「動かないで下さい。キアラ・シュナーツ氏ですね?」
名前を呼ばれて少女の動きが止まる。恐る恐るこちらを見た少女の姿は銀髪、金瞳ではなく、この世界の住人と同じ黒髪、黒瞳だった。
「どういうことだ? 本人か?」
黒縁眼鏡の下で目を細めた暗夜にセレナが頷く。
「その子だよ」
「ですが……」
資料に写っていた少女は銀髪、金瞳という派手な外見だけではなく、雰囲気そのものがとても神秘的で一目見れば忘れられないほどの強い印象があった。
しかし目の前にいる少女は平凡で、とても資料と同一人物には見えない。
暗夜が怪しんでいる隣でセレナが窓の外を見た。
「暗夜!」
セレナが叫ぶと同時に窓を突き破って男達が侵入してきた。男達は全員、この世界の住人より黒髪を短く切りそろえ、同じデザインのサングラスをかけている。
「全員、動くな。昴・フォン・覇宮だな?」
男達が青年を囲むように銃を構える。
青年はどこか懐かしそうに男達を見た。
「名前なんて確認しなくても俺のことはよく知ってるだろ? なあ、葉霧」
名前を呼ばれた男は一歩前に出ると表情を変えず事務的に言葉を並べた。
「昴・フォン・覇宮。国家反逆罪で逮捕する」
青年が肩をすくめる。
「友達を捕まえるって? ひどいな」
淡々と会話をする青年と男の間で暗夜は視線だけで逃げ道がないか探す。
しかし逃げ道は窓とドアから侵入してきた男達に塞がれており、時空間移動もこの世界の人間が大勢いる前でするわけにもいかない。
暗夜がセレナに視線を移すと、セレナも暗夜を見ていた。そして、意図的に床の一点に視線を移した。
「反逆者の友人などいない! 全員、捕まえろ!」
男達が動くと同時に暗夜はセレナの視線が移動した先にある床の一点に発砲した。
床から白い煙が噴出し、部屋に充満する。予想外の出来事に男達がざわつく。
視界が白くなる中、暗夜が素早く廊下にいる男達を気絶させると、セレナが少女の手を引っ張って廊下へ走った。
「先に逃げるね。大怪我させたらダメだよ」
そう言いながらセレナが少女を連れて走っていく。暗夜はその言葉に軽くため息を吐いた。
部屋の中にいた男達が逃げた二人を捕まえようとドアに集まる。そこに、いつの間にか暗夜の隣にきていた青年がにっこりと笑って男達に声をかけた。
「おまえら働きすぎなんだよ。少し休んだら?」
青年が手の中にあるスイッチを堂々と押すと、ポフンという可愛らしい爆発音が足元から響いた。
あまりにも迫力のない爆発音に男達が訝しげに足元を見る。すると一瞬で床にヒビが走り、男達は崩れゆく床と共に階下へ落ちていった。
「よお、にいちゃん。よくあのスイッチに気付いたね。とりあえず、一緒に逃げない?」
青年が十年来の友人のように暗夜の肩に手をかける。少し下がった目尻に高々と上がった口角。調子の良い口調だが、不思議と人に不快感を与えない。
とはいえ、これ以上この世界の住人と接触するわけにはいかない。
暗夜は青年を無視してセレナと少女を追いかけた。




