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時空間管理人~異世界転移のその裏で~  作者:


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つかの間の休息

 家の隣にある道場から威勢のいい声や声援が聞こえてくる。どうやら対抗戦をしているらしい。


 暗夜が道場のドアを開けると、セレナが門下生の一人を投げ飛ばしているところだった。


 慌てて道場に入ってきた暗夜を夜伽が呆れ顔で見る。


「なによ、その頭。寝癖ぐらい直してきなさいよ」


 無言で道場に入ってきた暗夜に十数人いる門下生達がざわめく。

 滅多に姿は見せないが実力は師範を凌ぐのでは、と噂されている暗夜が突然現れたのだから、ざわめくのも仕方ない。


 だが、そんなこと知る由もない暗夜は鋭い視線を門下生達にむけた。鋭いと言っても暗夜にとっては普通に見ただけなのだが、その視線に恐縮した門下生達が一斉に静かになる。


 そんな雰囲気を知ってか知らずか明夜が興奮しながら暗夜に話しかけてきた。


「兄貴、セレナって可愛いのに強いんだな。これで十人抜きだぞ」


 明夜が自分のことのように嬉しそうに話していると、セレナが笑顔で手を振ってきた。


 その様子をこの家の当主である父が静かに見ていた。今年で六十歳になるにも関わらず強靭な肉体は衰えをみせず、威圧的な雰囲気が存在を強固たるものにしている。


 暗夜は黙って父に一礼するとセレナに近づいた。


「何をしているのですか?」


「運動」


 セレナは当たり前のように簡潔に答えた。


「あのですね……」


「暗夜」


 セレナとの会話に深みのある声が割り込んだ。和らぎつつあった道場に一瞬で緊張が走る。


 暗夜はその声の主である父を見ると頭を下げながら遅い朝の挨拶をした。


「おはようございます」


「久しぶりだな。仕事はどうだ? 鍛錬は欠かしていないか?」


「はい。仕事は問題ありません。鍛錬も毎日しています」


「そうか。なら……」


 ゆっくりと父が暗夜の前に歩いてきた。その一歩一歩に数百年続いている道場の歴史と重みが表れている。


「久しぶりに手合わせをするか」


 父の言葉に暗夜はワザと視線を逸らすように家のほうを見た。


「まだ朝食を食べていないので失礼します」


 暗夜はそう言うとスタスタと道場を出て行った。


 道場が静まり返る中で夜伽が軽く笑う。


「父さん、またふられたわね。何年、相手してもらえてないんだっけ?」


「あいつが就職してからだ。セレナさん……と言ったね。暗夜は仕事場ではどんな感じかな?」


 セレナに向けられた黒い瞳に威圧感はなく、穏やかな大海原のごとく全てを包み込むかのように深い。セレナと門下生達の試合を見ていたときの雰囲気とは正反対だ。


「……えっとぉ……」


 急に聞かれてもすぐに答えらないセレナは首を傾げながら胸の前で腕を組んだ。


「廊下で追いかけっこしたり、肩に担がれたり……」


「は?」


 普段の暗夜とセレナを知らない者達に理解出来るはずもなく、その場にいる全員が首を傾げる。


 そこに暗夜が早歩きで戻ってきた。まるで忘れ物をしたような勢いでセレナを肩に担ぐと、無言のまま全員の視線に見送られながら足早に道場を出て行く。

 その行動の素早さと大胆さに誰も声をかけられず、呆然を見送ることしかできなかった。




 生垣に囲まれた大きな木の見える庭を歩く。空は今にも雨が降りそうな曇り空で湿度が高く暗い。


 暗夜はまっすぐ前を見つめたままセレナに声をかけた。


「余計なことは話さないで下さい」


「なんで? お父さんは、暗夜のことを心配してるんだよ」


 暗夜は足を止めてセレナを肩から降ろすと周囲に人がいないことを確認して話し始めた。


「私が時空間管理人であることを家族は知りません。時空間管理局で事務の仕事をしていることになっています」


「どうして?」


 セレナの質問に暗夜は予想していたようにため息を吐いた。


「時空間管理人になった時、書類にサインをしましたよね? ちゃんと読みましたか?」


「……あ、うん。サインしたよ。でも沢山ありすぎて、途中で読むの止めちゃった」


 照れ笑いをするセレナに暗夜は諦めたように説明を始めた。


「時空間管理人は多くの重要な情報を持っています。その情報が外部の人間に漏れないように、自分が時空間管理人であることは限られた人間以外に話してはいけないことになっています。それは家族であっても例外ではありません」


「なんか……寂しいね。こんなに優しい家族なのに」


「そうでもないです。この家を継がないことには変わりないのですから」


 セレナは納得したように頷いた。


「暗夜は家を継がないことを悪いと思ってるんだ。だから、お父さんにあんな態度をとるんだね」


 暗夜の黒い瞳が大きくなりセレナから顔を背けた。


「とにかく、仕事のことは話さないで下さい。二日酔いで少しは静かになるかと思っていたのに……」


 ブツブツと呟きながら歩き始めた暗夜の隣をセレナが胸を張って歩く。


「私の辞書に二日酔いなんて言葉はないの。酒は飲んでも呑まれるなってね」


「……おもいっきり酒に呑まれていたのに…………」


 暗夜の呟きにセレナが頬を膨らます。


「呑まれてないもん」


「では、そういうことにしておきましょう」


 まったく信じていない暗夜の言葉にセレナが怒る。


「私は呑まれてない!」


「はい、はい」


 軽く返事をしながら薄く笑う暗夜の背中を怒り顔のセレナがポカポカと叩く。


「信じてないでしょ! 私は呑まれてないからね!」


「わかりました」


 そんな二人の姿を大きな木の枝の上に座っている白い猫が見下ろしていた。そのことに気付いた暗夜が白い猫に向かって手を伸ばす。

 猫は立ち上がると器用に暗夜の腕の上を歩いて慣れたように肩に座った。


「かわいい~」


 セレナが白い猫の顔を覗き込む。猫は長い尻尾を振りながら欠伸をした。


「名前はなんていうの?」


「シロです」


 毛の色が白いからシロ。分かりやすいが安直な名前だ。


「……暗夜が名前つけたでしょ?」


 暗夜はセレナの問いに答えることなく白い猫を肩に乗せたまま黙って家の中に入っていく。


「ちょっ! ちょっと待ってよ!」


 慌ててセレナがその後を追いかけて家の中に入る。


 しばらくすると、空から雨がこぼれ出した。



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