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時空間管理人~異世界転移のその裏で~  作者:


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14/31

酒は飲んでも……

 暗夜はデスクワークを終えて、いつも通り帰宅しようと時空間管理局の中央棟ロビーを歩いていた。

 いつもなら人々が足早に通り過ぎていく場所なのだが、今日は少し混雑している。ある一点を避けるように、それでいてゆっくり眺めるように人々が動いているのだ。


 珍しい光景に暗夜も人々が注目している一点に視線をむける。そして硬直したように足が止まった。


 人々の視線の中心には、白い肌に映える白いワンピースを着て、白いレースの日傘を持ったセレナがニコニコと立っている。

 その姿は世の中の穢れを知らない深窓の令嬢のようで、すれ違う人々全員が一度は足を止めてその姿に見入り、そして我に返ると恥ずかしそうにスタスタと足早に通り過ぎていく。


 その姿に暗夜の思考は停止していたが、優秀な足は無意識に回れ右をしていた。


 君子危うきに近寄らす。


 このまま裏口まで全速力で逃げようとしたとき、


「暗夜!」


 掛け声とともに、恐ろしいスピードで暗夜の隣にきたセレナに腕を掴まれた。こうなっては逃げられそうにない。


 暗夜はため息を吐きながらセレナを見た。


「何か用ですか?」


 黒縁眼鏡の下でこめかみを引きつかせている暗夜に対して、セレナは嬉しそうに笑いながら上目使いで暗夜を見上げるた。


「今日がなんの日か知ってる?」


「いいえ、知りません」


 暗夜は考えることもせずに簡潔に答える。


 先ほどから視線を浴びていたセレナに、時空間管理人資格取得の最年少記録を持つ暗夜まで登場したため、いつの間にか周囲には人垣ができて好奇の視線が四方八方から突き刺さってくるのだ。暗夜としては一刻も早くこの場から立ち去りたい。


 だが、そんな暗夜の心境など知るはずのないセレナはもったいぶるようにゆっくりと話す。


「今日はねぇ……なんとねぇ……」


 セレナの態度に暗夜の苛立ちがピークになる。


「早く言って下さい」


「あ、もしかして用事がある?」


 何故、普段の勘がここで働かないのか!?


 暗夜は怒鳴りたくなる気持ちを抑え、どうにか無表情を維持する。だがセレナの問いには苛立ちのためか、つい本当のことを言ってしまった。


「いえ、予定はありません。いいから早く言って下さい」


 セレナがニッコリと笑うと暗夜の腕を掴んで歩き出した。


「じゃあ、飲みに行くよ! 今日はお給料日だからね。遠慮せずに飲めるよ!」


「は?」


「お勧めのお店があるの。お酒が美味しくて、おつまみも絶品なの」


「私は未成年です。他の人と行って下さい」


 きっぱりと断る暗夜を無視してセレナが中央棟から暗夜を引きずるように出ていく。


「いいの、いいの。無礼講よ、無礼講」


 セレナは時空間管理局中央棟の前でタクシーを拾う。


「言葉の使い方を間違ってます」


 暗夜はセレナにタクシーに押し込められながらも、注意することは忘れない。


「気にしない、気にしない」


 セレナは笑いながらタクシーロボットに行き先を告げた。





 カウンターの上にビールや果実酒、焼酎等の酒ビンが並ぶ。あとはその隙間を埋めるように、おつまみや一品料理が置いてあった。


「暗夜~飲んでる~?」


 すっかり酔っぱらっているセレナは焼酎のビンを持ち、暗夜のコップに注ごうとする。


 暗夜は素早くコップを引っ込めると、本日何度言ったか分からない台詞を言った。


「私は未成年です」


「今日ぐらいはいいよ~。暗夜は毎日働いてるんだから、立派な社会人だよ」


「飲みません」


 キッパリを断る暗夜に、カウンターの奥から声がした。


「兄ちゃん、しっかりしているねぇ」


 声をかけてきたのは店の主人で、五十歳ぐらいの威勢のいい典型的な料理人だった。大柄で中年太りが目立つが手先は器用に動いて見た目、味ともに絶品の料理を作り出している。


「セレナちゃん。軟骨のから揚げ、お待ち」


「わーい、軟骨。軟骨~」


 セレナが嬉しそうに軟骨のから揚げの入った皿を受け取る。


「兄ちゃんは、とても未成年に見えないな。普通に飲んでいそうだ」


 店の主人の言葉にセレナがウンウンと頷く。


「そうそう。暗夜は老け顔なんだから飲んでも、誰も何も言わないって」


 二人の言葉に暗夜の眉間にしわが寄る。


 職場以外の場所でまで外見のことについて言われたくない。そもそも、ここには無理やり連れてこられたわけで飲みたいわけでもない。


「そういう問題ではありませんし、飲む気もありません」


「なんで飲まないの? 明日は仕事休みなんだから、いくら飲んだって問題ないのに~じゃあ、暗夜の分も私が飲んじゃおう!」


 セレナはコップに入っていた焼酎を一気飲みして、空になったコップを高々と頭上に掲げた。


「プハァ~。……ちょっと、ごめん」


 セレナがいきなり立ち上がる。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫」


 セレナはヘラヘラと笑いながら、思ったよりしっかりとした足取りでトイレのほうへ歩き出した。


「それにしても、セレナちゃんが誰かと来るって珍しいね」


 暗夜はセレナが無事にトイレに入ったことを確認して店の主人と会話を始めた。


「いつも一人で来るんですか?」


「おうよ。一人でも気持ちのいい飲みっぷりだけどな」


 暗夜が呆れ顔で空になった酒ビン達を見る。


「いつも、こんなに飲むんですか?」


「いつもはこれぐらいだけど、この時期はこの倍は飲むよ」


「この倍!?」


「そうさ。なんか、全てを忘れようとしてるみたいな飲み方なんだよ。セレナちゃんは何も言ったことはないけど。ま、あれでも社会人だし、いろいろあるんだろうからな」


 店の主人の話しから、セレナはいくら酒を飲んでいても仕事のことは話していないようだ。暗夜はそのことに少し安心した。

 軍人は酒の席での情報の漏洩を防ぐため、酔っぱらって仕事の内容を話さないように訓練されている。このことは時空間管理人でも同じことがいえるのだが、元軍人であるセレナは大丈夫そうだ。


 暗夜は頭では別のことを考えながら、さりげなく会話を進める。


「よく見ているんですね」


 その言葉を聞いたとたん店の主人は眉間の深いしわを緩めて頬を少し赤くした。


「いやあ、俺の娘があれぐらいの年でさ。なんか、親の気分になっちまうんだ」


 娘の年とは、セレナの実年齢である二十四歳ぐらいなのか、それとも外見の年齢である十六歳ぐらいなのか。


 暗夜は疑問を口に出さず、適当に相槌をうった。


「でも最近、娘が冷たくてさぁ。それに彼氏が出来たみたいで……」


 店の主人はそこまで話して、眉間にしわを戻して暗夜を見た。


「兄ちゃん、まさかセレナちゃんの彼氏かい?」


 店の主人からの思わぬ発言に、暗夜は飲みかけていた烏龍茶を噴出しそうになった。


「冗談にしては酷すぎます」


 少し咳き込みながら答える暗夜に店の主人が安心したように笑った。


「いやぁ。すまん、すまん。つい気になってな」


 そこにセレナが帰ってきた。


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