格闘
セレナは普段のホワホワとした雰囲気からは考えられない毅然とした態度で断言した。
「失礼ながら私は准将とそれほどの仲になった記憶はありません。許可証がないのであれば話すことはありません。お帰りを」
「なにが欲しい? 金か? 地位か?」
セレナが呆れたようにため息を吐く。
「それはまた古い誘い文句ですね。私があの世界に行っていた情報も、この部屋に入れたのも、人を買収した結果ですか? とにかく許可証をお持ちでないのなら、これ以上話すことはありません」
セレナの態度にノルア准将はゴーグルをつけてパソコンの前からまったく動かない暗夜に視線を向けた。
「パートナーの彼がどうなってもいいのかね?」
ノルア准将の脅すような言葉にもセレナは眉一つ動かさない。普段では考えられない冷淡な声で言い捨てた。
「私には関係のないことです」
「ならば、少々痛い思いをしてもらうか」
ノルア准将の言葉と同時に通気溝やドアから武装集団が入ってきた。
「これは大人数ですね」
武装集団に囲まれているにもかかわらず表情を変えないセレナにノルア准将が余裕の笑みを浮かべた。
「君を過小評価していない証拠だよ。さあ、これが最後のチャンスだ。死にたくなければ情報を渡せ」
セレナは大きく深呼吸をすると、いつもの無邪気な笑顔になってノルア少将にベッと舌を出した。
「いーや!」
「捕まえろ!」
ノルア准将の怒鳴り声で武装集団が一斉にセレナに襲い掛かった。
電脳言語が左から右へ、ものすごいスピードで流れていく。暗夜はその中の一箇所に狙いを定めて、ゆっくりと目的のプログラムを置いた。プログラムは吸い込まれるように溶け込んで消えた。
無事プログラムを流せたことに暗夜が緊張を解いたとたん、ゴーグルに様々な映像と情報が映し出された。
一方的に流れてくる情報に暗夜の全身が痺れる。多すぎる情報に脳が麻痺したように動かない。
「油断した。このままだと情報に押しつぶされる……」
暗夜はどうにかプロテクトを張り、情報を一つずつ追い出していく。その中で、ある映像に視線が止まった。黒に近い茶髪に藍色の瞳、そして黒縁眼鏡をかけた青年の写真。
一瞬だったが間違いない。
暗夜は邪魔な情報を全て追い出すと青年の写真があった情報を引き寄せた。厳重な防御プログラムで守られており、簡単には中の情報が見られないようにしてある。
何故ここに情報がある? かなり調べたが、あの男は時空間管理人ではなかったし、時空間管理局の関係者でもなかった。だが、この情報を見ることが出来れば……
暗夜が防御プログラムを解除しようと解析プログラムを流す。その瞬間、今まで左から右へと流れていた電脳言語が動きを止めた。そして攻撃プログラムに形をかえると、雨のように降り注いできた。
暗夜は予想外の状況に、頭の中で防御プログラムを組み立てて実行していく。網のような形をした防御プログラムが、降り注いでくる攻撃プログラムを受け止める。だが、網の隙間から水のように攻撃プログラムが垂れ下がってくる。
暗夜は急いでメインコンピューターから出ようとしたが、他の攻撃プログラムが滝のように周囲を囲んでいて動けない。その間にも攻撃プログラムは暗夜の作った防御プログラムの隙間を通り抜けて迫ってくる。
「クソ!」
退路を絶たれた暗夜が悪態を吐くと同時に耳元で火花が飛び散る音がした。
バチバチ。
火花が飛び散る音と共に暗夜のゴーグルについていたケーブルが派手な音をたてて全て床に落ちた。
その音に気をとられた武装集団がセレナへの攻撃の手を一瞬止まる。セレナはその一瞬で攻撃を避けると、武装した男の前で微笑んだ。
「ごめんね」
謝罪の言葉とともにセレナが武装した男の視界から消える。その男が次に見たものは、仲間からの拳だった。
仲間の拳をモロにくらい倒れていく男の背中を踏み台にしてセレナが宙を舞う。
白いマントが羽のように広がり天使のような幻想的な美しさに武装集団の目が奪われる。
波打つマントの隙間から姿を現した銃口に武装集団が気付いた時にはその場に立っている人は誰もいなかった。
突然の出来事に何が起きたのかわからず全員が怪訝な顔で視線をセレナに向けている。
「サイレンサー銃でよかった。返すね」
セレナは武装した男の懐から抜き取った銃を倒れている持ち主の前に置いた。
「なにをした?」
体に痛みはないのだが、何故か体を動かすことが出来ない。
武装集団と同じように倒れているノルア准将の質問にセレナはにっこりと笑って答えた。
「体が動けなくなるつぼを銃弾で押したんですよ。半日もあれば動けるようになりますから、安心して下さい。それにしても最近の防弾チョッキは銃弾でつぼ押しすると丁度いいように出来てるんですよねぇ」
「防弾チョッキは銃弾でつぼ押しするための物ではありません」
背後から聞こえた声にセレナは笑顔で振り返った。
「いいタイミングだったね。仕上げは終わったの?」
セレナの質問に暗夜からの返事はない。椅子に深く座ったまま右手で頭を押さえている。
「どうしたの?」
暗夜は頭を動かさないように普通に答える。
「なんでもありません」
電脳空間と精神を強制接断したことにより攻撃プログラムに捕まる前に逃げることはできた。だが、その反動で頭に激痛が走る。
それでも普通なら強制切断は精神か記憶を損傷する行為であり、頭痛で済んだことは奇跡的であるため文句は言えない。
暗夜は激痛の走る頭から右手を放して倒れている武装集団を見た。
「それより、こいつらは何者ですか?」
暗夜の質問にセレナより先にノルア准将が答えた。
「私は時空間軍、第三部隊所属ノルア准将だ。セレナがいきなり私を撃ったのだ。早くセレナを捕まえてくれ」
暗夜はノルア准将からセレナに視線を移す。
「本当ですか?」
「うん。本当だよ」
セレナが笑顔で頷く。
暗夜の視線が再びノルア准将に移る。
「では、ここへ入るための許可証はお持ちですか?」
「……君まで、それかね。何が欲しい? 金か? 地位か?」
ノルア少将の言葉に暗夜はため息をついた。
「最近、他時空間の情報が外部に漏れているのをご存知ですか? しかも、その情報を持っていた時空間管理人が相次いで殺害、もしくは失踪しています」
暗夜の敵意がこもった言葉にノルア准将は慌てて叫んだ。
「私は殺していない! 確かに情報は金で買ったが、殺していない!」
「その辺は時空間裁判で話していただきましょう。警備員を呼んで下さい」
セレナが可愛らしく首を傾げる。
「でも、ここには誰もいないことになってるんだよね? 呼んでも大丈夫?」
「そのへんは誤魔化します。そこの非常ボタンを押して下さい」
「いや、呼ぶ必要はない」
自信に満ち溢れた低い声があまり広くない部屋に響く。いつの間にか部屋の入り口に数名の軍服を着た兵士が並んでいた。
少しだけ黒い瞳を大きくした暗夜に対してセレナが平然と声をかける。
「あ、早かったですね。連絡して、まだ三分しか経ってないですよ」
軍服を着た兵士の中から、茶色の瞳を持つ二十八、九歳ぐらいの美丈夫が金髪をなびかせながら部屋に入ってきた。そして自然な動きでセレナの手を握り微笑んだ。




