緊急特別保護者会
いやぁ、こんな不思議な事もあるんですねぇ!!
「えっと···おは···よう」
「おはよう。大丈夫?凄い汗」
隣のクラスの望月綾香ちゃん。前に合同授業で、一緒の班になって以来、たまーに擦れ違ったりすると手を振ってくれる。その望月さんが、今朝僕の家の前にいた···
「だ、大丈夫だよ。暑くなってきたから···」
梅雨が明け、7月の始めとはいえどちらかというと暑さよりも肌寒さが先に今年はきていた。
「じゃ、行こっか?」
「う、うん···」
突然の事に戸惑いを隠せない僕は、学校につく迄の間、緊張して何を喋ったのか記憶になかった。
僕が眠っている時、なんとなくソーマが中に入ってきたのが分かった。ソーマが言った通りの出来事が映像でつたわった事も、クラスの皆が死んだ事も···
階段を昇ると2階フロアは、1年の教室があり廊下には登校したての生徒が何人か騒いでいた。
キュッ···キュッ···
上履きを鳴らし、僕は、僕の教室がある1年3組へと向かう。
何を願おう?みんながいる世界?苛められない毎日?
─そんなの、決まってるじゃないか!
教室のドアに手を掛け、深く深呼吸する。
ガラッ···
「おはよう···」
教室の中には、誰も居なかった。
─嘘。なんで?なんで、誰もいないの?ソーマ?どこ?
〘ここよぉ!!〙
コンッ···
僕の後ろにソーマはいた!けど···
〘ちょっとぉ!なぁに、ジロジロ見てんのよ。こっちじゃないわよ。今日は!母上の話、聞いてなかったの?〙
「え?聞いてたよ?今日、緊急特別保護者会があるって···」
〘その後で、場所言ったわよ?ほら、体育館行くの!〙
今日のソーマは、グレーのスーツで長い髪をおだんごみたいにまとめ、スカートを履いていた。ひげもなく、何故かバッチリお化粧してるから、知らない人が見れば、女性に見える。
「あ、ちょっと!」
それで、手を引っ張られてる僕は、傍からみたら、『これから説教される生徒』的な扱いに見えるのだろう。
[よっ!ソー先生、おはようございます]
〘おはようございます。リュー先生〙
「???」
─こんな先生いた?上級生の先生?僕が通ってる中学は、ある意味マンモス校だから、1つの学年でも8クラスある。
「あ、おはようございます」
取り敢えず、挨拶をし、僕は両脇を先生に抱えられ···
─ますます有名人じゃん!!
ガッチャンッ···
体育館の中を開けると···
「嘘だ···。なんで?」
昨日、死んだと聞かされたクラスメイトや先生がいた。他の保護者もいて、お母さんもいた。あと、1年の教育担当の先生や校長先生までもが···
「成瀬くん!早くおすわりなさい」
学年主任の村松先生が、僕を見て安心したかのように言ってきて、ソーマに背中を押され···そう、押されたんだ。ドンッて!!
つんのめった僕は、転んだ···
いつもなら、ここで失笑されるのだが、「大丈夫かー?」と一番後ろにいた渡辺くんが心配そうな顔で言った。
「う、うん」
慌てて自分の席に座る。後ろを振り返ると、ソーマがシークレットの合図をしていた。
舞台進行は、ソーマとリュー先生だったけど、他の先生は椅子に座って何も言わなかった。
〘皆さん、おはようございます。あと、保護者の方も本日は朝早くからお越し頂きありがとうございます〙と丁寧に言った。
「「「「「おはようございます」」」」」
「???」
〘最近、どの学校でも問題視されている······〙
ソーマの澄んだ声が、マイクもなしに館内に広がる。
〘─それでは、本当に我が校にいじめがなかったのか?実際に観てもらいましょう〙
ソーマが、指を鳴らすと館内の暗幕カーテンが締まり、中が暗くなっていく。
「なーに?魔法」
「リモコンか?」
生徒も保護者もざわつき始めた。
上から大きなスクリーンシートが、ゆっくりと降りてくると、後ろの方から1本の光が線となってシートを照らす。
〘今から写しだされる映像は、全て事実!です。お静かにお願い致します〙
ソーマは頭を下げると、体育館の隅へと移動していった。
『何が起こるんだろうか?』
最初は、桜が映し出され学校も出てたから入学式の頃の?
「あ!僕だ」
「私もいる!」
教室の感じからして、確実に1年3組。そこからゆっくりと流れ···
「······。」
僕がいた。入学して、1ヶ月たった頃からかな?苛められたのは···。
─でも、そんな時にソーマいた?いなかったと思うけど···
少し騒がしかった館内が、段々と静かになり···
「!!!」
僕が、歩道橋から転落した···。でも、あそこに映ってるの···
「橋本さん···なんで?!!!」
周りを黒い煙が包み込んでいく。見えるのは、顔だけ。しかも、みんな真っ直ぐに前を向いている。
「ソーマ!辞めて!お願い!もういいから、辞めて!」
〘いいのか?辞めても。辞めたら、お前またいじめられるぞ?〙
「······。で、でも!みんな苦しがってる!お願い!僕、死のうなんて思わないから!もう辞めて!!」
〘······。〙
ソーマは、冷たい目で僕を無言のまま見ていた。
パチンッ···
ソーマが、指を鳴らすと黒い煙が消えた。
〘では、実際に本人達に聞いてみましょう。出席番号順に···。正直に話して下さい。アモッサ·シュッ·ベーヌ〙
「あ···あ···私···苛めてました」
館内にどよめきが走る。最初は、石川さんから順に男女入り混じって告白していった。少しだけ苛めに加担していた子もずっと加担していた子も、口々に告白すると保護者側の席から嗚咽が聞こえ始めた。
『これでいいの?僕は、ただ···』
[お前は、何を想い描いていた?中学に入って、勉強や部活を頑張って、友達と仲良くなって···じゃないのか?!啓吾]
─この声、さっき···
〘この映像を見てわかるように、下手をしたら殺人になる可能性もあります。そうだよな?大川···〙
「はい···」
〘じゃ、どうしてこんなことを?〙
「わかりません。ただ、気付いたら苛めてて、なんか苛めてると心のモヤモヤが晴れてきて···」
〘畑中くんは?〙
「俺も···。殴ったりするとスッとした」
〘成瀬くんに原因があった?〙
「違う···。あいつは、ただ何も抵抗しなかった」
〘─以上のように、彼らはなんの抵抗もしていない成瀬くんに常日頃から殴る蹴る、物を隠す等の苛めをしてきました。そして、事故が起きて学校に復帰した時も···。そうですよね?小林先生?あれは、先生が大川くんらに言った〙
「!!!」
─嘘···。先生は、僕を無視してただけじゃないの?
指摘された小林先生は、真っ青な顔をしていた。そういや、ここの温度低くなった?寒い···
「···はい」
〘ところで!成瀬くん?〙
「······。」
ソーマが、壇上に立ち僕を見下ろす。
〘きみは、これからどうしたいんだ?いままでのように苛め!をやられながらも仲良くしたい?それとも···〙
「ぼ、僕······。嫌だ!なんで、僕なにもしてないのに、みんなから苛められたくない!勉強も頑張って、部活も楽しんで···中学入ったらアレもしたい!コレもやろう!って思ったのに···苛められて···お母さんに言おうとしたけど、心配させちゃ悪いから我慢して、学校行って、苛められて。僕、死ぬ事しか考えてなかった。けど!けど!僕、まだ死にたくないっ!みんなと仲良くしたい!」
気付いたら泣いてた。
「成瀬、ごめん···。ほら」
隣に座ってた長谷川君が、クシャクシャになったハンカチを渡してくれた。
ガタンッ···
「ごめんなさいっ!」
「ごめんっ!」
「許して!」
口々にみんなの口から、嗚咽混じりの謝罪が出ていった。
〘ところで!あぁ、みんなは疲れた!だろうから、着席してくださいね。小林先生?先生は、成瀬くんに謝らないんですか?〙
「······。」
体育館にいる全人類の視線が、小林先生に注がれた。
「お、俺は謝らん。こんなのヤラセだ!帰る!!」
〘帰る!ねぇ···アモッサ·ナリーグ〙
ゴゴゴゴォ···
「やっ!なにぃ?」
「地震?」
体育館が、揺れ始めて···
「!!!」
─なんだ、これ?映画?
見た事もない恐竜が、僕の前に現れた。他のみんなには見えないらしいけど···
「ひっ!く、くるなっ!!」
〘おや?小林先生、どうしたんですか?あなた、見たことありますよね?僕のペットのミドゲラ〙
─このデカいのが、ペット?!
〘小林先生?あなた、あの時なにかしてましたよね?〙
小林先生は、真っ青な顔で立ち尽くしてた。
「あ?夏川か?アイツ、俺の下でヒィヒィ啼いてたさ···。助けて、助けてって!!何でもするからって言うから、犯してやったさ」
〘ほぉ···夏川?居ましたっけ?そんな生徒〙
ソーマが、僕を見た。
「いないです。ながつく名前は、中本くんだけです」
〘ですって。誰かと間違えたのかなー?小林先生?ミド!いいよ、戻りな〙
大きな怪獣は、段々と薄くなって消えていき、二人の男性に変わった。
「なんだ?あんたらは?」
「小林伸二さん?」
「あぁ。そうだけど?」
「─中央署の者です。先程、あなたの自宅で若い少女の遺体が発見されまして···」
「!!!」
「違う、俺じゃない!アイツが、アイツがすがってきたんだ!」
「「······。」」
「お、俺じゃない!違うんだ───!」
館内に小林先生の叫びが響き、黒い煙も消えていった。
「なぁ、いまの何?刑事?」
席を離れた山田くんが、僕の横から聞いてきた。
「わかんない···」
〘それでは、ですね。本日の緊急特別保護者会は終了です!今日は、このままお母さん達と帰って、よーく話し合ってくださいね。そうですよね?校長先生?〙
ソーマが、そう言うとのんびりとした口調で、「じゃ、頼むよ」とゆっくりと立ち上がった。
それからが大変だった。クラスの友達から口々にごめんを言われたし、家に帰れば帰ったで、電話が鳴り止まなかった。
お婆ちゃんだけは、のんびりお茶を飲んでいた···