レオン「あれ!? アルが居ない!?」じっさま「探せぇ! しらみ潰しだこの野郎!」
繰り返しになるが、切っ掛けとは本当に些細なものなのだ。
物事を起こすトリガーを、誰かしらが無自覚に引くからこそ予測が出来ない。
何かを買ったから、何かを売ったから、何かをしたから、何かをしなかったから。
何かを作ったから、何かを壊したから、何かを発明したから、何かを失ったから。
そんな『何か』を特定する事自体は簡単だ。
けれど、予想をする事は難関である。
この世の物事は優しくない。
我慢できずに隠れて小便をしたそれが染み込み、偶然スポーンブロックを起動させた。
なんて優しい因果関係だろう。
違うんだ。違ったのだ。見落としていたのだ。
この廃坑はじっさまのじいさんのじいさんのじいさんの代から廃坑となっている。
確かに、魔石がスポーンブロックに昇華するには時間が掛かる。
逆を言えば、時間さえ有れば同じ場所に複数点在していてもおかしくないんだ。
もしも棚が揺れるぐらいの地震が来ていたら、廃坑から湧き出す魔物に村は蹂躙されていただろう。
後出しによる結論だが、スポーンブロックは最初から幾つも幾つも存在していた。
子供が起動させたのは、その内の一つでしかない。
廃坑に存在する全てのスポーンブロックを起動させたのは、俺だ。
岩男との死闘で、随分と廃坑を揺らしてしまった。
恐らくそれが、残りのスポーンブロックを起動させるトリガーとなった。
じっさまならこの結論に一分もかけないだろう。
すぐに岩男の異常発生の原因が俺にあると分かる筈だ。
なんて間抜けだ。すぐに気付けよと過去の自分に言いたい。きっと子供達を優先し過ぎていて視野が狭窄していたのだろう。自分の事を後回しにする悪癖のせいでもある。
スポーンブロックが特殊である可能性?
成る程、優しい可能性だな。
けど俺は世の中が嫌いなので、そんな優しさは御免被ります。
俺が求めているのは愛人系癒しのお姉さんである。膝枕されたい! 豊満なお乳に顔を埋めたい! 頭を撫でられたい! 癒されたい!
そんな邪な願望が、俺にはあるのです。
「……ったく、少しは休ませろよ」
岩男の亡骸でバリケードを作り、袋小路でのんびり干し肉をもしゃもしゃ食べてエネルギー補給をしている現状。
天井からポロポロと小石が落ちてきたので、半壊している戦棍へ手を伸ばす。
瞬間、岩男共は土砂崩れの様に天井から落ちてきた。
最下層であり袋小路。壁を掘って新たな道を作るよりも上から掘った方が早いという結論はよく分かるが、少しは着地を考えた方がいい。
自分達の重さで下敷きになった岩男が死んでるじゃねぇか。
一番槍のつもりで落ちてきたのか、最初に落ちた岩男のコアは無惨に割れている。なんとなく、悲しさが込み上げてきた。
それしか技能がないのか、岩男共は突撃の構え。紫の光が浮かび、単純ながら効果的な波状攻撃を仕掛けてくる。
最初はバカ正直に強撃で迎え撃っていたのだが、流石にもう慣れましたよ。
腰を落として左腕にくくりつけた小盾を構える。足を引いて踏ん張りを利かせ、体を若干横向きにする事で衝撃に備えた。
武器技能発動:シールドバッシュ。
技能発動:強靭。
融合します。
小盾から迸る緑の輝きが、この身から滲み出る紅い光に飲み込まれる。
技能の光は魔力の輝きだと言われている。魔力の光は武器を、そして防具を保護し、耐久性を高めるとかなんとか言っていた。
どうせなら攻撃力を高めてくれれば良いのにと思う。
それと、武器自体に技能が有る。
この場合は熟練度とかは無く、積極的に使ったところで性能が向上する事はない。
これも繰り返しになるが、熟練度とはどれだけ使いこなせているかの目安だ。
だからこの場合、シールドバッシュに適用される熟練度は盾である。
そして、この戦いの間に、盾の熟練度はC-まで上がっている。
つまりは、まぁ、こういう事だ。
突撃してくる岩男に合わせるようにして盾を動かし迎撃する。すると、岩男は面白いように跳ね返っていった。
仲間に踏まれ、コアが割れる岩男。倒れているその身に躓き、転ぶ岩男。跳ね返され、今まさに起き上がろうとしていた奴に重なる岩男。
そんな奴等に、俺は無情に強撃を叩き込む。
盾で受け、崩したところに強撃を打つ。
この一連の流れが確立されてから、岩男共の勢いは目に見えて落ちている。
イケイケ状態からやべぇーよこいつ状態である。
けど、一つミスすれば即こちらの死に繋がる。綱渡りであると向こうも理解しているから、こうした攻撃が止まる事なく続いていた。
一本道であるからこの戦法は有効である。
もしも横穴を掘り、背後からこんにちはされた日には、即デッドエンドだ。レオンハルトにぶっ殺される。
決して楽ではない。気を弛める隙すらない。
五感を研ぎ澄ませての極限状態は、もう数時間に渡って維持されている。
そろそろ、限界だった。
穴を掘って奇襲されない様に、一戦一戦場所を変えている。
松明が消える前に新しい物と取り換え、兎に角灯りを絶やさない様に苦心した。
なんたって、あの岩男共は執拗に松明を狙ってくる。真っ暗の中では無力だと理解しているのだ。全くもって厄介なり。
誰だ魔物に知能を持たせたのは? 殺してやるから出てきやがれ。
何処をどう進んだのかなんて、もう分からない。
朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止めて、ふらふらと歩いては袋小路を見つけ、少しでもと休んでいるのだから、確認する余裕なんかない。
小盾はベコベコ、戦棍はボロボロ、革鎧はズタボロである。
酷使した両腕は熱を持っている上に、右腕に関しては時折叫びだしたい程の激痛が走る始末だ。きっと骨にヒビが入っている。
体力は既に尽きている。それでも、気合いと根性でなんとか動かしているのだが、限界だ。
連戦に次ぐ連戦。休む暇なんて殆どない。
気力と体力はゴリゴリ削られて、心身共に疲れきっている。
そんな調子だから、岩男共に誘導されていると、気付かなかったのだ。
通路の分岐では片方が潰され、不自然な程に前からの襲撃が無く、追い立てるように背後から迫ってくる岩男。
普段の自分なら気付くであろう、あからさまな誘導。
そこに居たのは、まともな人間なら絶望して、乾いた笑いでも漏らす様なやつだった。
けど、俺はまともではないので、嘲るように鼻で笑い、挑むように、獰猛な笑みを浮かべるのだった。
この廃坑で一番狭い広間で、やつは待ち構える様に中央に陣取っていた。見上げる程に大きく、その拳はこの身を易々と飲み込むだろう。
そんな拳が振り上げられ、地面すれすれを舐めるようにして向かって来た。
武器技能発動:シールドバッシュ。
技能発動:強靭。
融合します。
無理だ。
即座にそう判断した。
だが、この身をすっぽり覆える拳が目前に迫っても、俺の体は動かなかった。
小盾を構えた体勢のまま、押し退けられる様にして地を滑り、そのまま猛然とした勢いのまま岩壁に押し付けられサンドされる。アルバート印のサンドイッチ。きっと美味しくない。
右、左、右、左と交互に繰り出される拳撃。清々しい程のオーバーキル。戦士じゃなければもうとっくにぺしゃんこだ。
岩壁は執拗に穿たれ、埋没していく体。
左腕から何かがボトリと落ちる。
見ると、それは原型を留めていない小盾だった。くくりつける金具がひしゃげていて、固定するボトルが何処かへ消えている。
盾が無くなろうと、やつは攻撃を止めない。
迫る拳は容赦なく全身を打ち据える。
やつの拳にしがみつき、引き抜かれるタイミングでよじ登る。
当然、やつは虫を払うように、俺を潰しに掛かった。
腕を駆け昇り、妨害を飛び越え、そのまま肩へと至る。
技能発動:強撃。
紅い光に包まれた戦棍を、力の限り頭部目掛けて両手で振り抜く。
すると、戦棍は柄からボッキリ折れてしまった。
宙を舞う戦棍を見送っていると、やつの手に捕まった。
ギチギチと骨が軋むほど握り締められてから、地面へと叩き付けられる。
面白いように体が跳ね回って、岩壁に激突してようやく止まった。
「――――」
これまで、のんびり日々を浪費していたツケが回ってきたのだろう。
惰性に生きていた俺を制裁する為に、使者が送られたのだ。
そう思うと、少しはこの状況がマシに見える。
「――ワケねぇだろ」
力を込める端から萎える体に鞭打って、気合いと根性で動かす。
全身がガクガクと震えるが、構うものかと拳を握った。
ここまでされて、何故戦意を失わないのか不思議なのか、やつは様子見をするように攻撃を止めた。
常に絶望していると、何かに屈する事が出来ず大変だ。
既にベキベキに折れているのだから、これ以上何処かが折れる余地などない。
失意と絶望は俺の味方だ。
この俺に逃げ場などない。逃げ道も閉ざされている。残る道は前だけだ。
故にこそ、
やつを見据えながら、ダンッ、と一歩を踏み締める。不思議な事に、やつは脅える様に一歩下がった。
「おい、どうした?」
壊れた人形の様にケタケタ笑いながら問い掛ける。
「満身創痍の虫の息、吹けば飛ぶ死に体に、何故脅える?」
ゆらりゆらりと身を揺らす。幽鬼のごとき歩みに、やつは明らかに脅えていた。なまじ知能がある分、危機的意識も存在しているのだろう。手を出したらやべぇーとでも思われてるのだろうか?
だとしたら、追い詰められた生物が取る行動は一つ。
決死の反抗だ。
やつは目の前の脅威を取り払おうと、全力で踏み潰しに掛かる。
振り上げられる足。きっと子供が地団駄を踏むように、何度も何度も振り抜かれるだろうそれを、何を考えるでもなく呆然と見つめる。
あれを喰らえば、待っているのは確実の死だ。逃れようの無いデッドエンド。今世にさようなら、来世にこんにちは。そんな終わり。
俺が死んだら、子供達は泣くだろうな。この廃坑を遊び場にしたいと望むちっこい奴等の為に、長老衆に話を付けたのは俺なのだから、泣いてくれなきゃ困る。一日三回の巡回は、中々に面倒だったぞ。
レオンハルトはどうだろう。世話を焼いたり焼かれたり。あいつは恥ずかしがり屋さんだから、きっと隠れて泣くだろう。それとも親父さんの腕の中かな? 装備を用意したのはあいつだから、きっともっと良いやつをとか、後悔して過ごしそうだ。
じっさまはぁ、まぁじっさまだからいいや。どうせ泣かない。悲しむだけだろう。
うん。そうか。そうだな。
済まんな、父さん。
俺が死ぬと、泣いちゃう奴等がまだまだ居るので、親不孝なアルバートはそっちに逝けそうにありません。
顔も知らない母さんと、まだまだ二人で乳繰り合ってて下さいな。
「アルバートォオオオオッ!!!」
技能発動:強撃。
技能発動:強撃。
技能発動:強撃。
融合します。
燃える炎の様な紅い煌めきを右手に灯し、今まさに踏み抜こうとするやつの足に限界突破の強撃を叩き込む。
足裏から走る衝撃がやつの片脚を駆け抜け、ピシリピシリとひび割れ、そして、粉砕された。
ボロボロ落ちてくる岩を鬱陶しいとばかりに払い除け、必死な形相で人の名前を叫んでくれた心配性のバカたれに一言告げる。
「うるせぇバァーカ」
ここまで来る間に、何戦かしたのか、レオンハルトとその後ろに居る自警団の連中は土埃にまみれていた。唯一綺麗なのが煙管を吹かすじっさまぐらいだろう。
そんなじっさまは、怪訝な目を向けてきている。
「おめぇ、なんだ今の?」
「相討ち用の必殺技。使ったら最後、一ヶ月は腕使えません」
お陰で、強撃を打った右腕は内側からはぜたみたいに見るも無惨な状態である。痣にまみれて捻れていた。
「成る程な。んで、そのデケェのはなんだ?」
「個体じゃ無理だと判断したのか、奴等は合体してパワーアップしたようです」
見た感じ、各関節ごとに岩男のコアが埋まっているようで、その全長は約5メートルといったところ。等身大の人間をそのまま大きくするとかちょっと訳分かんない。自重でくたばっちまえと心の底から願いたい。
自警団から戦棍と小盾を引ったくり、左腕に盾をくくりつけて戦棍を持つ。吊り下がるだけになった右腕を千切った布で邪魔にならないように体に固定した。
自警団じゃ、手も足も出ないと下がらせる。丁度そのタイミングで、脚の再生を終えたやつが地響きと共に起き上がった。
「ほいじゃ、第二ラウンドと洒落こもうじゃねぇか」
「こっちの状態は最悪ですがね」
「よく分かんねぇが、手伝わせろよ」
「おや? レオンハルトくんは寂しんボーイですこと?」
「今ここで打ちのめしてやろうか?」
「冗談じゃなく死んでしまうので止めてください」
そんな掛け合いを遮るように、やつは拳を振り抜いてきた。
熱い展開とか、メンドイ。