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済まねぇ。後先考えて無かったわ。by アルバート。

 ゴンドラが上に昇りきった瞬間、箱は動きを止めた。

 僅かな振動を伴いながら停止した瞬間、俺は荷物を放り捨てて村へと走る。

 既に脚はパンパンで、力を入れた端から萎えてしまうが、それでも走った。

 アルバートがよく口にしている、『気合いと根性』というやつでひたすらに体を振り回した。


 廃坑を飛び出すと、見張りに立つ自警団がびくりと肩を震わせる。入る時の脅しが効いているのだろう。彼等は直立不動を必死で保っていた。


 今、こいつ等に用はない。


 事情を話して、代わりに走って貰う案が脳裏を掠めたが、すぐに霧散して消える。

 伝言ゲームの様に、内容が変わったり、緊急性が薄くなってしまう事を危惧したのだ。


 乾いてひりつく喉を、無理矢理唾を飲み込んで潤わせると思わずえづいてしまった。

 これ以上無理したら、確実に吐く。


 そうなると分かった上で、俺は村へと急いだ。


 こうしている間も、アルバートは戦っている。

 あんな数のロックゴーレムに囲まれては、幾らあいつでも無事では済まない。

 無茶をするに決まっている。


 似たような状況が、以前にも有ったからだ。


 何処かの行商人が引っ張ってきた魔物の群れ。

 それを殲滅したのはアルバートだ。


 アルバートは村の英雄だ。

 ただ蹂躙されるだけだった腰抜け共を助け、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、恐怖で小便を垂らしていた俺を救ったのはあいつだ。


 あの時に、決めたのだ。


 あいつの為に、あいつだけの武器を打つ。


 それが俺の、


「鍛冶師の意地だ、ゴラァアアアア!!!」


 萎えそうになる気力を鼓舞するように雄叫びをあげる。


 何事かと阿呆丸出しの顔を向けてくるくそったれ共を無視して、長老衆の籠る上等な平屋の扉目掛けて、ブレーキを掛ける事なく肩からぶち当たった。


 騒然となる老人共。その中で静かに煙管を吹かす人が一人。


 アルバートが『じっさま』と呼んでいる老人だ。


「――うぷっ」


 一気に捲し立てようと口を開いた瞬間、強烈な吐き気が俺を襲った。

 目に涙を浮かべながら、その場に胃液を撒き散らしてしまう。


 アルバートはあんなに余裕綽々だったというのに、なんて情けない。


「そんな必死こいて俺んところ来るってぇーのはつまり――」


 深いシワの刻まれた顔は、ロックゴーレムに躊躇わず突撃したアルバートを思わせる。

 見る者を震え上がらせる様な眼光で、こじんまりとした老人は覇気と共に口にした。


「ずばり緊急事態、てぇやつだな」


 びっ、と指差すように煙管を向けてくる。


「おい、そこの」


 そして、すっ、とスライドさせて、長老衆の一人に煙管を向けた。

 向けられた老人は自分を指差し、すっとぼける様な顔をしている。


「わ、わしですか?」


「おめぇ以外に誰が居る? 後ろに幽霊でも居んのか? ちげぇだろ? ふざけた事抜かしてんじゃねぇ」


「す、すみません」


「例の行商人から巻き上げた荷に、武器とか防具があったろ。わけぇのに言って、倉から引っ張り出させろ」


「まさか、応援を出すつもりですかや? そんな事せずとも、あの者なら平気で――」


「勘違いしてんじゃねぇよ。あの坊主は『戦士』ってだけで、おめぇ等『村人』となんも変わんねぇ小わっぱだぜ? 一騎当千の超人にでも見えてんのか? んな訳ねぇだろ。俺達と同じ、弱い弱い人間だろうが、ア?」


 『じっさま』から放たれる圧が、平屋を席巻する。

 呼吸をするだけでも苦しく、意識が遠くなる様な感覚に陥った。

 酸素が脳に行き届いていないのだ。


 そして、『じっさま』の覇気が直に俺へと向かってきた。

 ただそれだけなのに、恐怖に心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。


 下手な事を言えば、握り潰される。


 自然と手足が震える。

 唇も戦慄き、舌が無様に滑った。


「お、おりぇ、俺は」


「何怖がってやがる小僧。しゃんと俺を見やがれ、よぼよぼのくそ爺だぜ? 深呼吸して現実見ろよ。怯える必要なんざねぇだろうが」


 仕方のない孫を嗜めるように言われてしまった。

 言葉の通り、深呼吸をすると、意識が鮮明になる。

 ついで、『じっさま』を真っ直ぐに見つめた。


 こちらを試すような、意地の悪い笑みを浮かべ、実に楽し気なお爺ちゃんだ。


 俺は何を怖がっていたのだろう?


 この人に感じていた恐怖は、弱い心が生み出した幻想だ。


 そう理解すると、言うべき言葉が、詰まる事なくポロポロと溢れ落ちる。


 大量のロックゴーレム。多数のスポーンブロックの可能性。アルバートからの伝言。そして、あいつが今も戦っている事。


「あいつは、ゴンドラのショートカット地点でロックゴーレムに囲まれてた。早く行かねぇと、アルが死んじまうよ!」


 と、必死に訴えるが、じっさまは何処までも冷静だった。


「落ち着けぇ、小僧。あの坊主がそんな事も分からずに囲まれたと思うか? 切り抜ける自信と策があるからそうしたんだろうぜ。それよりも、合流地点について何か言ってたか?」


「あっ。いや、何も」


 そういえば聞いていない。アルバートからも、それらしい言葉を耳にしていなかった。


「そんなら、廃坑に広間はあるか? 一番大きい広間だ」


 言われて、荷物を捨ててしまった事を後悔する。


 廃坑の地図は荷物の中に仕舞ってあった。


 焦る気持ちを抑えながら、慎重に記憶の戸棚をほじくりかえす。


「――ある。あるよ! あるある! 大きな広間っ!」


「なら、坊主は最終的にそこを目指す筈だ。策を弄してちまちま削るのが対集団の基本だが、アルバートの野郎、大立ち回り大好きっ子だからなぁ」


 へっへっへ、と笑うじっさまを見ていると、なんとなく悔しい気持ちが湧いた。


 親友だと思っているアルバートを俺よりも理解している。


 思わず、むっとしてしまった。


「けけっ。そう拗ねんなよ。アルバートの一番の友達は、間違いなくおめぇさんよ」


「……拗ねてねぇし、悔しくねぇし」


 何が面白いのか、じっさまは俺を見てによによしている。物凄くうざいっ!


 ……アルバートは本当に無事なんだろうか?


 そんな不安が募るが、今はじっさまの言葉を信じるしかない。

 あいつには策があって、あの場を切り抜けている。

 今頃は何処かで休んでいるかもしれない。

 鼻歌でも歌って、暢気に踊っているかもしれない。


 そうだ。きっとそうに違いない。


 と、思い込まねばとても冷静では居られなかった。

 焦りに心を支配されて、闇雲に突っ走っていたかもしれない。

 思いの外、自分の精神が柔である事実に苦笑しか出なかった。


「そいじゃ、俺も準備すっかね」


「準備?」


 どっこいせ、と腰を上げるじっさまに疑問符を浮かべる。


 まさか、その歳でアルバートを助けに動くのだろうか?

 いやいやいやいや。

 流石にそれは無謀過ぎるとレオンハルトは思うんだ。


「決まってっだろ? 恩を売りに行くんだよ」


 そう言って、じっさまは煙管を振った。


 まるで、魔法師の使う杖の様に。

 視点変更とか、メンドイ。

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