既に絶望している。だから、小さな生き甲斐を胸に、青年は日々を笑うのだ。
一夜明けて、携帯食料と水と着替え、そして廃坑の地図を持って仕度を済ませる。
「ふが?」と朝早くから出掛けようとする俺が不思議なのか、ネフェリがついて来ようとする。
「目付きのわるーい兄ちゃんが迎えに来るから、良い子にしてるんだぞー?」
と、なんだが物心つく前の娘を抱えるシングルファザー染みた台詞を吐く。
自分で言うのもなんだが、こう、あれだな。
「似合い過ぎててキモいんだけど」
「そう! それだ!」
玄関から聞こえた言葉に思わず同意する。
振り返るとそこにはレオンハルトが居た。
何故か大きな荷物を背負い、俺と揃いの戦棍を持って立っている。
「なじぇー?」
もしかしなくてもついて来るのだろうか?
「――みたいな顔してんじゃねぇよ」
「キミとわたしは以心伝心!?」
「ハァ?」
蔑むような視線を頂戴してしまった。
「ではなく! ネフェリの世話どうするんよ?」
「親父にやらせる」
「んな無茶なー。親父さんも仕事あるだろうに」
主に農具の修理とか包丁を打ち直したり鍋作ったり等々。
完全に金物屋である。
「それより、昨日の内にガキ共から話を聞いといたぞ。多分、アルが睨んだ通りだ」
「おっ! 聞かせて聞かせて」
その場に座り込むと、ネフェリが股の間にするりと入り込んできた。頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めている。
「……将来子煩悩になりそうだな」
「そう?」
ぐいーっと背中を反らせると、だらーんとネフェリが凭れてくる。なんだか楽し気だ。
レオンハルトが子供達から集めて来た情報をまとめると、やはりスポーンブロックの可能性が高い。
スポーンブロックは魔素を溜め込む性質を持つ魔石が、長年の蓄積の果てに昇華したものだ。通常、地中に埋没している場合が多く、それこそ鉱山などで掘り当てるか地震などの何かしらのちょっとした刺激で起動してしまう。
そうすると、溜め込まれた魔素が一息に解放され、魔物の核が多数生成される。
今回の場合は岩男だ。
岩男は地中から湧き出る事が多い。何故なら地中で発生した核に引き寄せられるようにして鉱物が集うからだ。磁石のように引き寄せられた岩石によって岩男は構成され、ふとした拍子に地中から姿を現すのである。
んで、どうやら子供達の誰かが我慢できず、廃坑の中で小便をしたらしい。恐らく、染み込んだ小便がスポーンブロックに到達し、トリガーとなったのだろう。
切っ掛けってのは、大抵そんな些細な事柄である。
「スポーンブロックを持って帰れば、売って資金に出来る。じっさま方は冬備えが出来てハッピー。俺もネフェリを村に置けてハッピー!」
錬金術師が何かの媒介に使うらしく、王都での需要は気持ち高めだ。じっさまなら行商人涙目な値段で吹っ掛けるだろう。
「なんにしても、このネフェリって奴もタイミングが悪いな。魔物が出なきゃもうちょい穏便に話が進んだだろうに」
「それはどうかな」
スポーンブロックが何時から存在していたのかは知らないが、個人的にはこれ以上ないベストタイミングだ。
魔物発生よりも前に来ていたら、やはりネフェリのせいだと長老衆は騒ぐだろう。後に来ても結果は同じ。ネフェリは黒幕扱いをされて、迫害は免れない。
ネフェリにアリバイが無かった場合、結果は全て同じだ。
けど今回、ネフェリは自警団に足止めされ廃坑には入れなかった。その後も自警団に預けていたから悪さをしていたと誰も言えない。そんな状況で、魔物の発生とネフェリの関係をこじつけるにはやはり無理がある。
「だから、俺は絶対の自信を持って、ネフェリの味方で居られるのだよ」
と、熱弁するとレオンハルトは呆れていた。
「全く、何をどうすれば素性不明の娘を信用出来んのかねぇ」
「そりゃー、ねぇ」
ネフェリの顔を覗き込みながら笑うと、彼女も釣られて笑顔になった。この娘が魔物を発生させる? バカらしい。
「東から来る魔物とか、俺知らんもの」
レオンハルトは疑問符を浮かべていた。
結局、レオンハルトはついて来る事になった。
親父さんにネフェリを預けたが、彼女は親と引き離される子供が如くそれはもう渋りに渋った。最終的に泣き疲れるまで構って眠っている間に去らばである。
親父さんの顔が珍しくひきつっていたが、まぁ、なんとかやってくれるだろう。……帰ったら肩叩きでもしてあげようそうしよう。
「……子育てって、大変なんだなぁー」
悟りを開いた様な目で呟いてみると、案の定レオンハルトが生ゴミでも見る目を向けてきた。
ネフェリのあのなつき様は称号の影響なのだろうか。ネフェリとの絆、恐るべし……!
件の廃坑に着くと、自警団が眠そうに見張りをしていた。時間的に交代したばかりだろう。朝早いからって呆けていると、背中から刺されるかもだぜ?
「具体的に言うと、ロックゴーレムにぐしゃり」
自警団の青年達に気合いが入った。
彼等に見送られながら廃坑に入り、通路から目的地点を目指す。子供達の話から、大まかな位置は特定出来ているので、後は付近を探索するのみである。
「ア? ゴンドラ使わねぇの?」
「ショートカットしたら岩男見逃しちゃうでしょ!」
湧き出た岩男があれ一体だけ? それなんてご都合展開?
恐らく、あれは湧いた魔物の内の一体に過ぎない。他の岩男が通路を徘徊し、偶然入り口に辿り着く可能性は十分にある。
自警団には期待出来そうにないしな。
松明に火を灯して、通路を照らす。数メートル先は真っ暗で、見通せない。カンテラの灯りが消えているから尚更だ。
「バックアタックに注意しろよ?」
「う、うるせぇな。か、鍛冶師嘗めんなくそが」
何時もの罵倒に勢いがない。それもしょうがない。レオンハルトに戦闘経験は無いのだから。
盾を括った左手で松明を掲げ、戦棍を油断なく構える。けれど過度の緊張はご法度だ。人の集中力なんて高が知れている。
鼻歌混じりに進んでいると、レオンハルトの苛立った舌打ちがよく響いた。
「構えてる俺がバカみてぇじゃねぇか、クソが」
「やーい、レオンハルトのばぁーか」
「んだとゴラァ!」
アヒャヒャヒャヒャ、と悪い笑みを浮かべる。
そうして騒いでいると、コツン、小石が落ちた様な音を拾った。
「――――」
持っていた松明をレオンハルトにパスし、戦棍を両手で構える。
音の発生源は思ったよりも近く、猛然と駆ければすぐに辿り着いた。
勢いをそのままに、戦棍で壁を穿つ。
すると、飛び出して来るのは岩男。
その姿を見て舌打ちを一つ。
目測を見誤ったのか、中心を砕いたつもりが岩男の左半身のみを粉砕していた。コアは健在、奴は無機物の魔物だ。
体を砕いても、その脅威度は変わらない。
周りの鉱物が吸い取られる様にして岩男の体を再生させつつある。
そんな事はさせない。
速攻だ。
技能発動:強撃。
投じられた球を打ち返す様に、戦棍を思いっきり振り上げ、腰を入れて岩男を打ち据える。
体を構成している鉱物ごとコアを粉砕され、岩男はその場に崩れ落ちた。
それを契機にして、あちらこちらの脇道から、硬質な足音が幾つも幾つも響いてくる。
「はぁ。なんだよ、楽勝じゃねぇか」
普段走る事をしていないせいか、レオンハルトが若干息を切らせて追い付いてきた。
先日に重傷を負った話をしたせいで、余計な心配を掛けたようだ。今更ながら、話さなければよかったと後悔している。そうすれば彼がついて来る事もなかった筈だ。
「そりゃあ、武器が違うもの。鞘でぶっ叩くよりも砕く目的を持つ武器のが相性良いっつー話なのだよ」
ふふん、と得意気に戦棍を掲げる。
拾える足音の数は五体や十体ではない、十五体や二十体でもない。
これは、まさか……。
「んでもよ? こいつ一体だけって訳じゃねぇんだろ? 一晩経ってるんだし、もうちょい居るよな。一般的なスポーンブロックで、ロックゴーレムなら五体ぐらいか……。なら最低で後三体か。この調子なら余裕じゃん」
「な、なぁ。レオンくん?」
「なんだよ、改まって?」
たらりと、こめかみから流れる汗を拭いながら提案する。
「入り口を崩落させるのってナシ?」
「アン? 何言ってんだ? ガキ共の遊び場なんだからナシだろうが」
「あらま、残念」
心の底から残念です。
「それとさ、やっぱり親父さんが心配だからさ、レオンもう戻ってよかとよ? うん、ほら、見ての通り、余裕? だし?」
「ハァ? 普段アルの戦う姿みれねぇんだからたまには見させろよ。さっきだってあっさり終わらせちまうし」
「あぁ、そう」
肩を落としながら、調子を整えるように深く呼吸をする。
一つ、話をしよう。
森の生き物にはそれぞれの縄張りがあるのは知っているな? まぁ、当たり前の事だから当然か。
けど、縄張りに入っただけでは奴等が何かしてくる事はないんだ。警戒され、何か良からぬ事をしないかと見張られるが、通るだけなら何事もない。
そんな奴等は良い奴等だが、一度敵対行動を取れば、奴等は総力を以て排除に掛かる。
そのえげつなさといったらもう、身震いするね。
「で? なんで突然そんな話すんの?」
「さっきのは、所謂一つの狼煙なのよ」
レオンハルトの背後に音もなく近付いていた岩男に強撃を見舞う。彼は驚き、身を強張らせた。
そして気付いたらしい。
俺達を取り囲む足音の数に。
「開戦の、狼煙だ」
曲がり角や脇道からやっほーと顔を出してくる岩男に一撃必殺強撃をプレゼントしながら、レオンハルトと一緒に通路を駆け抜けている。
「兎に角! 一つの場所に留まるのはマズイ。奴等はその気になれば穴だって掘れる!」
「マジか、それは知らなかった、なッ! っと。ついでに言っておく、とッ! 多分スポーンブロックは一つじゃない。こんなに湧いてるのは普通じゃなくてもおかしい、ぜッ!」
「何それ聞いてない」
走り慣れていないレオンハルトもそろそろ限界だ。廃坑で一泊するつもりで準備した荷物が仇になっている。
「レオンっ! 攻撃技能はっ!?」
「職人職の攻撃技能は、レベル3からだチキショウ!」
こっちもチキショウと言いたい。
「この先を右に曲がれば袋小路だけど、どうする? 休むかい?」
「バカ野郎! さっき穴掘れるつったばかりだろうが! 最悪奇襲からの暗殺だ! スポーンブロックから先に奪取すんのは!?」
「荷物が増えるからさーいご。それに一回魔素吐き出したら補充期間だ、しッ! ある程度放置したところで問題なーし」
魔素が濃い地帯にスポーンブロックが出来上がると、永遠と魔物を発生させるらしい。何その悪夢、超嫌だ。
そういう意味では、この辺りにスポーンブロックが出来たのは僥幸とも言える。相討ちになっても年単位で先延ばしに出来るのだから。
どうにかして、レオンハルトだけでも無事に親父さんのところへ帰さねば。どんな手を使ってでも、だ。
岩男を迎撃しながら、下へ下へと斜めになっている通路を滑るように落ちていく。
そうして辿り着いた場所はゴンドラのあるショートカット地点。上と下を短縮する夢の箱である。
レバーを押し込んで、ゴンドラを作動させる。無事に動く事を確認して、レオンハルトを押し込んだ。
「レオン! 上に上がってじっさまに報告しとけ。『スポーンブロック、マジやべぇ』てな」
「――ああ、分かった! 装備揃えて、自警団のモヤシ共のケツ蹴っ飛ばして来るから、死ぬんじゃねぇぞ!」
「ほーい。ついでに、入り口潰しといてくれるともっと安心なんだけど」
「誰がするかボケェ!」
ですよね!
上がっていくゴンドラの箱を見送り、もう一つのゴンドラが下まで降りて来たタイミングでレバーを引き上げ、根元からへし折った。
これで、下からゴンドラは使えない。
こいつ等が使い方を見て学習し、利用する事は無くなった。
いっそ、動物染みた知能なら、こんな修理の面倒な手間を省けるのだが、魔物の知能は漏れ無く高い。
全くもって、嫌になる。
通路に犇めく岩男共。
その身に紫の光を灯し、突撃の構えである。
一体だけではない。通せんぼする岩男を除いた全てだ。
「……これが何かしらの物語なら、運よく足元が崩れて不思議な出逢いで技能を貰ったりとか、覚悟を決めたら突然不思議な力に目覚めてパワーアップとか、隠された力だったりとか。そんな都合の良い希望があるんだろうけどさ」
世の物事はそんなに優しくないと、小さな頃に実感したので、今ある全てでどうにか対処しようと決めている。
それに、もしもこの身にそんなご都合があるのなら、俺は世界を滅ぼすぞ。
おせぇよ、タコ。と言いながら、ゲラゲラ笑って踏みにじってやる。
なので、どうにか生き延びる為に足掻こうではないか。
死んだら死んだで、レオンハルトにもう一度ぶっ殺されそうだし、それに、
「俺の復讐は、まだ終わってないのよ、これ」
雄叫びをあげながら、渾身の強撃を迫り来る岩男共に向かって振り抜いた。
句切りで行間空けたりするのは、メンドイ。