登録登録ぅ!
終わったら一杯奢ってくれると言うので、果実酒を貰う事にした。これまで酔った事はないので、一杯飲んでから傭兵ギルドに赴いても問題ないだろう。
長い列にも終わりが見え、そしてようやく少年の番である。
「……あっ。ねぇ、技能欄どうしよう」
氏名にエンドウマモルと書いた少年は、紙面に続く項目に目をやって困ったように見上げてくる。
「どうしようも何も、持ってる技能書けば良いんだよ。隠したい技能が有れば書かなくて良いし」
主に鑑定とか。
資格を持っていない少年がそんな技能を書けば即逮捕である。俺も匿った疑いを持たれるので、余りバレてほしくはない。
「んじゃあ。魔法師で、主な技能は火炎魔法……ランク? えっと、Cぐらいでっと」
「魔法師じゃなくて見習い魔法師って書いとけ。駆け出しで魔法師は居ないらしいから」
「見習い魔法師、と。出来た」
出来上がった用紙を受付嬢へ渡し、彼女が写しを取ると、認識票を一つ少年に手渡した。
付き添いはここまでの約束なので、早々に列を離れて出口へ向かうが、視線を感じて振り向く。そこには申し訳無さで一杯の青年が居た。
「奢られなきゃダメ?」
正直、宿泊施設の説明なんかを聞いて頭が疲れてきている。付き合うのは構わないけど、面倒に感じていた。
「頼むから! 奢られてください!」
両手を綺麗に合わせて腰を九十度に曲げての懇願である。一体何が青年をここまで追い立てるのか、不思議だ。
「あのさ、冒険者の決まり事か何かなの? それとも傭兵ギルドに何かあるの?」
後者の台詞で、彼はビクリと肩を震わせる。
「傭兵ギルドに登録する」と言ってから、青年の強気は何処かへ消し飛んでいる。もしやと思ったが、やはり何かあるらしい。
あれこれ考えて疑問符を浮かべていると、青年の知り合いらしい冒険者が笑いながら告げてきた。
「こいつ傭兵ギルドの奴等に賭け事で負けまくって借金作ってんだ。因みにこれ、五年前の話な。それで向こうも本腰入れて取り立てに来たもんだから、良くない話を持ち込まれたくないんだよ」
滅茶苦茶個人的な理由な上に五年も待ってくれてたとか良心的じゃね?
個人間の借金だから利子も無いだろうし、それで五年かー。
「う、うっせうっせ! あっちに行きやがれ!」
青年は虫でも追い払うようにしっしっとやる。
「うーん? これはその借りている人を探しだしてうぇーんと泣き付くべき?」
「ホントに止めて!?」
突然殴られた身だけど、なんだか青年が面白くて嫌いになれない不思議。
レオンハルトからも「お前はどうしたら人を嫌うんだ」と言われている俺である。
思えば顔も見たくない、という勢いで誰かを嫌いになった事は一度としてないや。
そうやって揉めていると、説明を聞き終えたらしい少年がトコトコとやって来た。
「さらっと居なくならないで」
「自立しよ、少年」
「やだ」
「お前等親子? 似てねぇな」
「昨日拾った少年だもの。似てたらビックリだー」
「俺としてはおじさん家の子になるのも吝かではない」
「む。ネフェリの遊び相手としては良いかもしれない」
「子持ちかよ!?」
「子供居るの!?」
精神年齢的には子供だが、肉体年齢的には成人女性であるネフェリを、果たして子供と言えるのだろうか。
うちの娘、という台詞は言えそうだからありの方向で大丈夫だろう。
「となると、俺は結婚した事なければ童貞のまま男女の子を持つ事になるのか」
「あの、おじさん。一応言うけど冗談だよ?」
「何このポジティブ最強マン。怖い」
死にたがっていたり生きている事に罪悪感覚えてたり、絶望していたり挫折している人間をポジティブと言えるかは疑問だけど、わざわざ言う事でもないか。
「それで、少年は依頼受けないのかい?」
「討伐とか採取とか探索とか、色々有ったけど俺でも分かる。割りに合わない」
「そこに加えてパーティー組むと報酬山分けなんだぜ? 基本三つ纏めて受けるのが冒険者流よ」
「あぁ。だからさっき掲示板に群がってたのか」
ぽん、と手を打って納得する。
納得する横で、少年が首を傾げていた。
「認識票貰った時にはランクみたいな説明無かったけど、新人でも難しいのとか受けられるの?」
首から下げている真新しい認識票を見せながらの質問である。これに答えるのは当然、殴ってきた青年だ。
「受付で止められる。信頼度ってのが有ってな、最初の内は雑魚いのしか受けらんねぇ」
「あー、依頼達成すると少しずつ増えるんですね、分かります」
考え込む様に顎に手を置くと、少年はこそっと耳打ちしてきた。
「持ってる技能全部書いてたら信頼度無視できた?」
「技能詐称を疑われて逮捕。かーらーの、鑑定技能を暴かれて変態扱いされるルート待ったなし」
この世には技能を暴く恐ろしい魔道具が存在している。出来る事なら、一生関わりたくない。
「まっ、人間の脆さに対してモンスターって奴は総じて理不尽だ。坊主には関係無いだろうが、武器の相性は重要だな。分かりやすく言うと、ロックゴーレムに剣で挑む奴は頭のおかしいバカだ。まず間違いなく死ぬ。情報収集は生死を分けるぞ」
「ロックゴーレム、て事はアイアンゴーレムも居そう」
「そいつはやべぇぞ。出逢ったら即逃げろ。打撃武器も弾くやべぇー奴だ。慌てず騒がずギルドに報告しろ。そうすりゃ討伐隊が組まれる」
「具体的に聞きたいんだが、その鉄男をどう倒すんだ?」
「鉄男……? ま、まぁ、盾熟練度の高い冒険者を揃えて、後衛から何人もの魔法師が魔法をぶっぱなすんだよ。魔法の火力でごり押すのが基本だ」
「成る程、良い事を聞いた」
今度遭遇したら素直に逃走しよう。
改めて、朦朧とした意識の自分がどれだけ無謀な事をしたのかを実感した気分である。
左手一つと鉄男の交換は、法外な買い物だったのだろう。勿論、安いという意味で。
下手したら村が滅ぶ未来も有り得た訳だ。おー、こわっ。
「酒代分の情報貰ったから、もう行って良いよ」
そして俺を解放してくれ。
「……ホントに? 変な事言わない?」
「言わない言わない。殴られた事なんか言わないから。寧ろ快く色々教えてくれた親切な奴だったって逢ったら伝えるから」
「そ、そうか! 恩に着る!」
最初の見下した視線は何処へやら、気付けば恩人に向ける様なキラキラした瞳を向けてきている。
俺の言葉に安心したらしく、青年はあらかじめ確保していたのか、腰から依頼書を取り出して受付へとスキップして行った。
「で、少年はまだ付いてくるのかね?」
「おじさん家の子になる」
冗談じゃなかったんかい。
冒険者ギルドを辞して、すぐ近くにある傭兵ギルドへと入る。
冒険者ギルドが明るく自由な雰囲気とするなら、こっちは固く殺伐としていた。
質実剛健。まさにこの言葉を表している。
だからだろう。
少年を連れた俺に向けられる、排他的な視線の数々。
文句が有るなら相手になってやる。
一人一人に視線を合わせると、彼等は目を逸らした。
文句はないらしい。
そのまま悠々と受付へと向かい、愛想笑いを浮かべる受付嬢を相手に質疑応答を済ませた。
見習い戦士である事を明かすと、やんわりと登録を辞めるよう誘導されたが、俺の意志は固い。
根負けしたのか、受付嬢は息を一つ吐くと、先程まで渋っていた事が嘘のように登録を済ませてくれた。
冒険者ギルドと違って、依頼書を受付に持っていった後は自分のタイミング! ではないようだ。
基本的に寄せ集めの急造チームになる事が多く、全く知らない他人と護衛任務に就く、なんて事が殆どらしい。
「うーん。依頼見る限り、ごたごた代理人って感じだなー、これ」
「あっ。見ておじさん。決闘代理人なんて依頼も有るみたいだ」
「体調不慮で休む警備員の代わりも求めてるな」
見事に、夢も無ければロマンも無い。有るの多額の報酬である。
「つか、決闘代理人と決闘代理人が戦ったら勝敗どうなるんだ、これ?」
「普通に勝った方じゃん?」
「いやー、これ決着付かないパティーンだと思うんだ俺」
「武道大会の当て馬役とかあった!」
「サクラかな?」
傭兵ギルドの依頼は、色々と混沌としていた。
何はともあれ、予定は繰り上がったが概ね想定通り。今日の内に予定していた用事を済ませられるだろう。後は学校に挨拶しに行くのみである。
傭兵ギルドを辞して、学校へと向かう。後ろを当たり前の様に付いてくる少年。
「少年、君ね。なんの為の登録だと思ってるのかね?」
「一人外国をさ迷う子供の寂しさを理解してほしいなおじさん」
「外国行った事無いから分からんよ」
「ぶぅー。ところで、おじさんが入学する訳じゃないよな。一応聞くけど歳幾つなの?」
「あー、数え忘れてた年もあったからー。多分二十かそこら? レオンハルトに聞けば一発なんだけどなー」
言いながら後ろ髪を掻いた。レオンハルトは何故か俺の歳を把握していて時々本気で引く。
「…………」
「何その、鳩がパイルバンカー打ち込まれたみたいな顔」
「どんな顔だし!? というか! おじさん老け顔! もっと若々しさを大切にしようぜ!」
「えー? そんな老けてる?」
「なんか、疲れたサラリーマンみたいな顔してる」
「取り敢えず覇気がないんだと理解した」
なお、サラリーマンなる単語の意味は分からん。
「あれじゃない? 若い頃に生殖本能置いて来ちゃったからだ」
「おじさんの若い頃、若い頃? 若い頃に何が有ったのか、わたし、気になります」
「若い頃を境に勃起しなくなった。マイルドに言うと性欲が消えた」
「オブラートに包んだつもりなんだろうけど、全然遠回しじゃないからな? ドストレートのままだからな?」
「まぁ、俺、器用じゃないし」
もしも器用だったなら、今頃華麗に復讐を終えて、村一番の嫌われ者となり誰からも死を望まれる立場をゲットしていた事だろう。そうすれば、死んだ時に泣く人は居ないのに。
「……なんで俺器用じゃないんだろ」
「知らない」
器用であれば少年になつかれる事もなく、躊躇いなく衛兵さんの詰め所に放り込んでいただろうに。
常に合理的な判断を下して来たつもりだが、なんだってこう、甘さと言うか、情けみたいなものが混入してしまうのか。これが分からない。
「話が逸れた。少年、いい加減に依頼を受けるなり、新人冒険者とパーティーを組むなり、仲良くするなりしなさいよ」
「……俺ってそんな邪魔?」
「邪魔。邪魔な上に鬱陶しい。たまに会うぐらいなら構わないし、ネフェリの相手をしてくれるなら毎日宿泊施設に来てくれても良いけど、流石に今日はもううんざりだ」
そんな歯に衣着せない言葉に、少年はショックを受けたような顔を浮かべる。
子供や面倒臭い女みたいな台詞を吐かれても、このアルバート、言う時は言う男である。
別に少年が嫌いと言う訳ではない。ただ疲れたし、面倒と感じているだけで、日を改めれば俺の気力も回復している事だろう。
今日はもう色々有りすぎて、おざなりな対応しか出来ない。という話だ。
「……っ。……ん? あれ? 突き放された様で突き放されてない? あれ? あれぇー?」
「要はあれだ。今日はもう疲れました」
「物凄く簡潔っ!」
説明聞いたり、殴られたり、説明聞いたり、登録したり、説明聞いたり。説明説明アンド説明で、おじさんの頭はパンク寸前である。
詰め込み過ぎて顔が熱いし、何処と無くボンヤリもする。
こんな状態でまともに相手し続けるのはアルバートさんでも辛い。
「もう! 分かった。スライム討伐にでも行くよっ」
そう吐き捨て、少年はこちらに背を向けて冒険者ギルド方面へと戻って行った。
少年を見送り、歩みを再開すると誰かとぶつかってしまった。
「っと。済みません、余所見してました」
「いや、こちらも急いでいた。気にしないでくれ」
ぶつかった相手は怪しい格好をしていた。
一般的な服装だが、何故か顔でも隠すようにフードを深く被っている。お陰で口元しか見えない。
それ以上の会話はなく、フードの人は早足に横を通り過ぎた。
彼の背中を見送り、何と無く尾行しようとした瞬間、背筋が凍るような悪寒を感じた。
フードの人から視線を切り、目的通り学校方面へと歩くと、悪寒はさっぱりと消えた。
誰かに見られていた。あのままフードの人を尾行していたら、間違いなく殺されていただろう。
先程感じた悪寒は殺気の類いだった。
「…………」
遠くない内に、この町で何かが起きるかもしれない。
そんな予感を感じた。
「まっ。俺には関係無いか」
と、呟きながら、学校へと続く一本道を歩いて行った。
夜勤上がりに書くのメンドイ。