後ろ姿が似ているという理由で、全く知らない人を叩くやーつ。
ランダムテレポートは、確か短距離の行き先不明の転移魔法。転移で出た先が石の中であったり、上空であったりする事故を起こす欠陥魔法なのだが、まさか躊躇なく使うとは思わなかった。そもそも使える事も知らなかったが。
「っと」
出た先は何処かの住宅の屋根だった。屋根よりも少し高く出た為、軽くバランスを崩してしまう。すぐに体勢を直して見回すと、近くに少年も転がっていた。どうやら着地に失敗したようだ。
取り敢えず縛るか。
「おぉー、腰打ったぁー。……あの、なんで腕縛るんですか?」
「変態はお縄につけぇーい」
「違うんです! 誤解なんです!」
「鑑定しといてよく言う」
「だからなんで鑑定しただけで変態扱いされなきゃならないんですか!? 意味が分かりません!」
「お前の行いはな。相手の履いているパンツを剥ぎ取った挙げ句、頭に被って大はしゃぎしているのと大差無いんだよ」
「まごうことなき変態だっ!」
縛った少年を肩に担ぎ、何処か楽に降りられる場所はないかと探す。
「知らなかったんです! まさかこの世界でチート技能である鑑定がそんな扱いだったなんて知らなかったんです!」
「嘘つけ。物心つく前の子供ですら知っている事だぞ」
「記憶喪失なんです!」
「なんとも都合の良い記憶だな」
「くそぅ。取り合ってくれない。こうなったら……。俺、実は異世界から来たんです!」
「はいはい異世界異世界、良かったね」
「せめて話を聞いて!?」
ぎゃーすか叫ぶ少年がうざったいので、仕方なく話しだけ聞く事にする。
一度少年を降ろして、腰を落ち着ける。すると、話を聞いてもらえると思ったのか、希望を抱いた少年が藁にもすがる勢いで捲し立てた。
ニホンとかチートとかは聞き流すとして、少年は数々の技能を使えるらしい。本来なら職業固有である技能を幾つか披露してもらったので間違いない。
妙な事に、派生技能を持っているくせに派生元の技能熟練度が著しく低い。
確かに、技能が外付けされなければ成り立たない矛盾である。
「異世界だのチートだのは脇に置いとくとして、確かに筋は通っているなー」
「あの、一番大事な部分を蔑ろにしないでもらえると嬉しい」
「どうでもいい」
「あ、そうですか」
まぁ、警備隊に引き渡す事に変わりはない。
「あの、なんでまた担ぐんですか?」
「変態はお縄につけぇーい」
「俺の説明無意味!?」
そもそも、この変態を引き渡して、警備隊に顔を覚えてもらおうという打算があるので見逃す選択肢はない。
魔物の素材の換金であったり、気紛れの観光ならまだしも、ちび共の為にも良好な関係作りは最重要案件である。
手頃な場所を見付けて、いざ降りようという段階になり少年がめそめそしている事に気付いた。
「うぅ……。もうやだ。家に帰りたい。母さんの卵焼きが食べたい……」
「……泣き落としは勘弁してほしいんだけどなー」
どんどん暗くなっていく空を見上げ、ため息を一つ。
致し方なく、もう少しだけ少年に付き合う事にした。
「あーもう。ほれ、良い男がぐずぐず泣くんじゃないよ。カッコつけられねぇぞー」
「うっさい。思春期なんだよ、多感なお年頃なんだよ、甘えたい盛りなんだよぅ!」
「よく分からんが、よしよし」
「頭撫でんな」
と言いつつも振り払わない少年。満更でもないらしい。
ネフェリで撫で撫で熟練度は相当上がっているからな。そんな項目は無いが。
泣き疲れて少年が眠る頃には、もうお空が真っ暗である。空腹で腹がくぅ、と虚しく鳴った。
「……宿、探すか」
住宅から漂う香ばしい匂いに胃袋をやられながら、宿屋を探して街を歩いた。
酒場兼宿屋を見付けて、そこに入ると酒の臭いが充満していた。
冒険者や傭兵、仕事帰りの男性などが酒盛りで盛り上がっている。
出来る限り気配を消しながら、カウンターの奥で店を切り盛りしている店主らしき人物に近寄る。
「部屋空いてますか?」
「子連れのお客さんとは珍しい。空いてるよ」
店主は穏やかに眠る少年に微笑ましい目を向けると、部屋の鍵を差し出してくる。料金を聞いて、お金をカウンターに置いてから鍵を受け取った。
「あ。マスター、明日の朝厨房と食材借りてよろしいですか?」
「きっちり払ってくれるなら構わねぇよ。変な事さえしなきゃな」
「分かりました、ありがとうございます」
礼を言って二階へ上がり、空室となっている部屋に鍵を差して開ける。ランタンに火を灯すと、淡い光が部屋を照らした。
寝台が一つ。テーブルが一つ。椅子が一つ。最低限宿としての体裁を整えました感が激しいが、本業は酒場だろうから仕方がない。その分、料金は安めだった。
少年を寝台に寝かせる。
荷物を部屋の隅に降ろして、戦棍を立て掛ける。革鎧を脱ぎ捨てて身軽になると、爽快な開放感に包まれた。肩が軽いって素敵。
窓と扉につっかえ棒を差して、戦棍に手を添えながら瞼を閉じた。
扉の鍵を開けられる事七回。扉が開かずに諦めたのが四回。窓から覗き見してきたのと目が合ったのが二回。
案外、町は村よりも物騒らしい。
酒場に降りると、マスターが意外そうに眉をあげていた。
「へぇ。何事もなかったのか、珍しい」
「三人程戦棍の錆にしてやりました」
「どうりで半泣きで出ていった訳だ」
「よくある事なんで?」
「まぁな。初見さんが二階で冷たい死体になっていた、なーんて事はまだ無いが。流石に殺しはまずいって奴等も分かってんだろ」
「殴り合いの喧嘩で頭を狙わない、みたいな?」
「殴り合いと殺し合いの分別はついてんのさ」
と、マスターは笑いながら言った。
厨房に案内され、適当に料理を済ませて盛り付けると、マスターに感心された。
「手慣れてんな。どうだ、ここで働かねぇか?」
「生憎と、村のちび達の保護者役なもので」
言うと、マスターは納得した様に手を打った。
「どうりで子守りが様になってる訳だ!」
「そんな様になってました?」
「なってたなってた。お陰で子持ちの酔っ払いが何人か帰っちまったよ」
哄笑しながらマスターはバシンバシン肩を叩いてくる。
「それと、朝食済ませたら下宿先に挨拶するんですけど、浴場とかはあります?」
「あるぞ」
浴場の情報料と食材費と厨房の使用代を払い、二階へと上がる。部屋のテーブルに食器を置いて、未だ夢の中に居る少年を起こした。
「……トイレ」
「ちゃんと手、洗えよ」
「……うん」
トイレに行って目が覚めたのか、少年は瞠目してこう言った。
「どこここ!?」
「宿」
「ここどこ!?」
「酒場。いいから席つけ、朝飯にすんぞ」
テーブルに置いたご飯を指差すと、少年も釣られてそっちを見た。
「あ、卵焼き」
魚の塩焼きと卵焼き、野菜とかご飯と味噌汁である。
「ほれ、手を合わせて。頂きます」
「あるの!?」
「何が?」
「その頂きますってやつ! ていうか逆! 普通異世界だと驚く人逆!」
「まぁ、村育ちだからなー。食材の有り難みが身に染みてる」
畑仕事は日々戦いの連続である。害虫絶対ぶっ殺す。
野菜だって勝手に実る訳じゃない。手間と時間を掛けて育てている。肉だって、動物が無尽蔵に湧いて出る訳ではないし、狩る側としても決して楽じゃない。
育てる人、加工する人、調理する人。
一枚の皿に載る料理には、幾人もの手間隙が注ぎ込まれている。
「という訳だから、俺に感謝しながら食えよー」
「うっわ台無し」
適当な話題で盛り上がりながら、朝食を済ませ、浴場でさっぱりし、下宿先へと向かう。
住宅地が主な中央区にも、一応市場があるようで、朝早くから人の流れが激しい。ここで適当な手土産を調達しようと企んでいただけに、ちょっと気が滅入る。
ミュレリッツにもこういう場所は用意されてるのだが、基本要らない物を放り込む場所として認知されている。こう見ると、うちの村もまだまだなのだろう。
というよりも、あそこの住民が軒並み逞しい証明だろう。ニートという名の自警団が出来上がる程度には、自給自足が成り立っている。
「で、夜を共にした仲だから見逃そうと言うのに、なんで付いてくるのかね?」
「だって、右も左も分かんないし。一人だと心細いし」
消え入る様な声で少年が言う。
酒場兼宿屋を出てからというもの、少年の寄生が激しい。ついつい流れで浴場で一緒に汗を流し、今も串焼きなんかを買い与えている。これもネフェリの影響だろう。
「仕方がない。これからお前のやるべき事を教えてやろう。取り敢えず鑑定の資格試験に受からないと、これから先ずっと変態扱いされるぞ」
「もうやだこんな世界」
何やら悄然としながら呟いていた。
下宿先は大きな宿泊施設だった。相当年季が入っていて、かなりボロく見える。外壁に植物の蔦が走っていたり、こんなんで客が入っているのか物凄く心配になる場所だった。
「わーお」
「なんというか、ホラー映画の撮影場所に選ばれそうなところだね」
少年がとても失礼な感想を溢しているが、概ね同意できるので何も言えない。
村の子供達が入りたくないと駄々を捏ねたら、一人一人放り込んでやろう。
中に入ると、奥から女将さんが小走りで出迎えてくれる。
「どうも。団体で予約してるミュレリッツの者です。今日は泊まりではなく、下見をしに来ました」
「そうですか! では、当施設のご案内をさせて頂きますね」
お願いします、と言いながら少年に目をやると、何やら目をすがめていた。次第に灯る技能の光を見て、さっと視線を遮ってやる。
「お前、ちっとも反省してないな?」
「……ごめんなさい。俺の世界じゃ、ステータス物で鑑定って当たり前だったから、うっかり忘れてた」
「まだそんな妄想を」
「信じてもらうって、難しいんだなー」
と、遠い目でなんか言っている。
宿泊施設の部屋も無限にある訳ではないので、一部屋に三人ぐらいで詰め込みたい。部屋の大きさ的にもそれで問題ないだろうが、そうなると組み合わせで揉めそうだ。
当然、喧嘩だって起きるだろうし、仲が良くなったり悪くなったりする可能性も大いにある。
まぁ、組み合わせはちっこいのに任せよう。仲を取り持つ為の保護者役だ。精々頑張るとしようかね。
飯時には食堂に集まる事として、娯楽が無い。
遊びたい盛りの子供達からしたら、毎日勉強漬けは嫌な筈だ。娯楽施設が無いとすると、こっちで何かしらのレクリエーションを考えなければならない。
子供は子供で何かしらの娯楽を見付けるだろうけど、考えて用意するに越した事は無い筈だ。
等々をぶつぶつと呟いていると、それを拾ったらしい少年が何故か深刻な顔をした。
「引率の先生って、大変だったんだな」
「お前まだ居たの?」
「ひどっ!?」
てっきりもう何処かへ行ったのかと思っていたが、まだ引っ付いていたらしい。全く気が付かなかったぜ。
手土産を女将さんに渡して、宿泊施設を辞する。
次の行き先は学校である。身分証とじっさまからの直筆された手紙を持ってきているので、問題なく校内を散策出来る筈だ。
「……少年、いい加減何処かへ行ったらどうだ」
「やだ」
妙になつかれてしまった。が、そろそろ鬱陶しく感じる。
致し方無く行き先を冒険者ギルドに変更、繰り上げで傭兵ギルドへの登録も済ませてしまおう。
「取り敢えず冒険者ギルドに行くぞ。お前さんをそこに登録させたら、そこでお別れだ。頑張って自活すると良い」
「寂しくなったら遊びに行ってもいい?」
「そんな事でいちいち許可を求めるなよ。悲しくなるだろ」
異世界云々は置いとくとして、こうして接してみた感じ、精神年齢はかなり幼い。少年ぐらいの年頃なら、既に成人扱いで働いている。そこらの矛盾を合わせるなら、異世界の話しを信じるしかないのだが、やっぱり胡散臭い。
よって、この問題は保留である。
考えるだけ面倒な問題は見なかった事にしよう。
そうして、中央区にででんと構えている冒険者ギルドに到着した。
象徴の意味合いもあるのか、建物はかなり大きい。見上げる程だ。地下には武器防具屋もあるらしい。ある程度の冒険の備えはここで出来るようだ。
敷居を跨ぐと、依頼人と冒険者でごった返していた。
必死な顔で、書類に筆を走らせる者。泣きながら、受付嬢に懇願している者。依頼書が張られた掲示板に群がる冒険者。割りの良い依頼書を手に取り歓声をあげている。人気の無い依頼は隅へと追いやられ黄ばんでいた。
それは下水の掃除であったり、町のゴミ拾いだったりと、なんとも夢がない。
冒険者登録に来た夢とロマンを抱く若人達が列をなし、先輩冒険者に羨望の眼差しを向けている。
「列、長っ」
「あそこに並ぶのー……」
嫌そうな声を出すな少年。俺だって付き添いで並ぶんだから我慢しなさい。
少年の背中を押して最後尾へと並ぶ、何と無く広間を見回していると、突然横合いから頬に誰かの拳が突き刺さった。
「っ!? ちょっ!」
驚愕しながら少年が振り向く。
襲撃者をのんびり観察していると、技能の光を放つ拳が引かれた。
冒険者なのか、中々に良い拳を持つ青年。軽装に身を包み、見下すような目を向けてきている。
「なんですか突然。暇なんですか?」
強靭と鉄壁技能のお陰か、不意打ちをされてもそれ程痛くない。これなら岩男の方がもっと痛かった。あっちは鉱物だからカチンコチンである。
「悪い悪い、なんだか新人に紛れて辛気くせぇ顔してる奴が居るからよ。つい殴っちまった」
と、全く悪びれずに青年が宣う。
「お前みたいな顔した奴が仲間に居ると思うとよ。ヘドが出るんだよ。大人しくここから出ていきな」
……。
「いや、俺はこの少年の付き添いなだけで、登録は傭兵ギルドで済ませる予定なんですけど」
「えっ? あ、えっと、その。ごめん、早とちりしました」
青年はペコペコと平謝りをした。
主人公くんの顔については幕間参照、メンドイ。