戦士の意地とはなんじゃろな。
鉄の剣:攻撃力H-。
「ゴミじゃん」
「うっせ」
歯に衣着せない評価に、レオンハルトは舌打ちをして俺の手から鉄の剣を奪い取った。そして屑鉄入れの木箱に粗末に叩き込む。
橙色の髪を乱暴に掻き、人相の悪い目をじろりと向けてくる。
「もっと品質の良い鉄ならなぁ。俺だってちゃんとしたもん打てるんだよ」
「あぁー。まあ一理あるなぁ」
俺が村近くの廃坑から採ってくる鉄は全て鉱夫が敢えて採掘しなかった粗悪品だ。町で市販されている鉄の方が遥かにマシなのだが、一村人でしかない身には痛すぎる出費である。どれぐらいかと言うと致命傷ぐらい。
行商人が村に立ち寄る度に財布をすっからかんにしなければいいのだが、あればあるだけ使ってしまう典型的な浪費癖のある身としてはちょっと辛い。
「きっと、奴等は商人のジョブレベルをカンストさせてるに違いない」
「ねぇよボケ」
という現実逃避をレオンハルトはばっさり切り捨てる。ヒドイ。
「にしてもさぁ。鉄の剣の平均的な攻撃力ってF-だろ? 品質だけの問題じゃないと思いまーす」
「っち。あー、はいはい。どうせ俺は鍛冶師レベル1ですよ。雑魚ですよざぁーこ」
「それを言ったら俺もなんですけど? しかも適性値Dの戦士、ジョブレベルは2」
「っけ。俺よりも高いじゃねぇのくそったれめ」
「そりゃあ、戦闘職と職人職だもの。経験を積む機会は戦闘職のが多いってだけの話よ? それなりにアクティブに働いてくるし」
主に野生の狼を狩ったり、森に出た熊を狩ったり、時折やって来る魔物を狩ったり。……あれ? 狩人じゃね? 戦士要素がないぞう?
気付いてはいけない事に気付いてしまい、絶望的な気分になっているとレオンハルトがオーバーオールの前ポケットから鎚を取り出して向けてきた。
思わず「なんぞなんぞ?」と身構えてしまう。あの鎚で頭を叩かれた回数は数知れず。完全にトラウマとして刻まれている。冗談抜きで痛いんだぞこの野郎! 俺が戦士じゃなかったら死んでるぞこんちきしょう!
そんな内心の憤慨もレオンハルトはどこ吹く風。凶悪な人相でじろりとひと睨み。子供は泣く。
「いいから、とっとと、鉄を持ってこい」
「なに? 鉄打ちたがりマンなの? 鉄うっちーマンなの? 睨めばいいと思ってんじゃないよ行ってきまぁーっす!」
軽く煽ったら鎚を振り上げおって。脅すんじゃないよ全く、びびっちゃうだろ!
と、あーだこーだと胸の内でぐちぐち言いながら、逃げるようにレオンハルトの工房を飛び出す俺であった。ちゃんちゃん。
村近くにある廃坑は、岩山の麓を少し掘り下げてから地下に伸びるようにして造られている。入り口には村の自警団が交代で見張りをしていて、良くない輩が入り込まないようにしていた。結果、村の子供達の秘密基地となっている。
職務怠慢だと思いまーす!
時折、鉱物を糧とする粘液型魔物が湧くが、そんな時は何故か自警団ではなく俺のところに来る。
過去に一度、自警団がびびって「お前が行けよ」「いやお前が」状態の時に、何も知らずに鼻歌混じりに入って魔物と遭遇し、叩き潰した瞬間を子供に目撃されてしまった。
それが噂となり、モンスターが出たらアルバートに。みたいなジンクスが出来上がっている。経験値稼ぎになるから、まあ、良いんだけどね?
レオンハルトは、祖父が若い頃に村に居着いて鍛冶仕事をしていたお陰か、鍛冶師というジョブを代々引き継いでいる。
俺みたいな生粋の村人が戦闘職になるなんて稀だ。村人の殆どは生産職である農夫や牧夫しかいない。昔は鉱夫も居たらしいが、廃坑となってからはめっきりらしい。
そうして、何時もの様に腰に剣を差して、革鎧を着込み額当てを装備した俺が廃坑に着くと、何時もとは違う、異様な光景が広がっていた。
自警団の青年が槍で女の子をぶっ刺していた。殺伐ッ!
よくよく見ると、青年の顔は切羽詰まっていて、女の子は低い呻き声をあげながらずぶずぶと腹に槍の柄を押し込んでいる。きっと激痛どころじゃないだろうに、構わず直進とは正気ではない。
と、観察していると、二人体制で見張りをしている自警団。槍でぶっ刺した青年とはまた違う若者が持っている槍を雄叫び混じりに女の子の胸へと押し込んだ。
二方向から刺されてしまったからか、女の子の直進は止まる。代わりにゾンビの如く蠢いていた。その姿が余程不気味なのか、青年達は恐怖に顔を歪めている。
彼等が恐怖するのは女の子が不死身だからだけではないだろう。
腰辺りから伸びる一対の翼は蝙蝠の様で、頭には二本の角。肌は浅黒い癖に、髪は真っ白で伸び放題である。口の端しからは涎が垂れており、覗く牙は狼の様に鋭い。本来白い筈の目は真っ黒で、真ん中に輝く怪しい赤点で尚気味が悪いのだろう。
近付く俺に気が付き、自警団の青年は口々に声をあげる。
「ア、アルバート! こいつだ、こいつ! 今村で噂になってる奴!」
「不死身の化物! 遂に東の国からやって来やがった!」
「俺達で押さえてっからお前止めさせ止め! 頭吹っ飛ばせば流石に死ぬだろ!」
「早く殺れよ! こぇーんだよこいつ!」
見れば、青年達の腕が力みでぷるぷる震えている。女の子が直進しようとするのを止めているせいだろう。
「なんでもかんでも俺に頼るのはどうかと思いまーす!」
そこまでやったなら残りも自分達でやって欲しい。
「言ってる場合か!?」
「ぐおっ!? 押され始めた……ッ!」
二方向から刺されているというのに、女の子は直進する。それに伴い青年達は押されていた。地に四本の線が生まれる。
「ふとした疑問なんだけど、ここから東の国ってかなりの、それはもう気の遠ーーーーーくなる程の距離じゃん? その過程で頭を吹っ飛ばす考えって有ったと思うんだ、俺」
寧ろ無かったら相当人々が間抜けなのだけど、流石に無いよな?
「なんでもいいから、なんでもいいから早くしてえ!」
「廃坑の中には子供達がいんだぞ!」
「それ早く言お?」
惨事になる前に介入しようかと余裕ぶっこいていたけど、子供達が絡むのなら話は別である。子供は村の財産です。この言葉、何故か良い意味で使われたりするけど、字面が酷いよね。まさに外道。
大股でうがうが言う女の子に近付き、腰に付けた小袋から干し肉を取り出してみる。すると、彼女の視線が俺の手元に来た。予想通り。
干し肉をその口に放り込むと、女の子はもぐもぐごっくん嚥下する。そして、ぱぁーっと華やいだ。美味しかったらしい。塩と胡椒を振り掛けてあるのだから当然である。高かったんだからな、調味料。
通告:ネフェリとの絆が結ばれました。以降、ネフェリを介して魔法の使用が可能です。
「お? なんだなんだ?」
視界の端に突如表れたログを確認する。ネフェリとの絆? 女の子の名前か。んで、戦士の俺が条件付きで魔法を使えるようになった、と。
「どういうこったい」
全く訳が分からん。
取り敢えず、分かった事は一つ。
「お前、ネフェリ、つーのか?」
「ふがふが」
彼女はふがふがと頷いた。言葉は分かるのか、そんで喋れないのか。発声器官に異常があるのか未発達なのか、さっぱりである。
まぁ、意思疏通が可能なら殺すこたぁ、ないよな。
「痛いと思うが我慢だぞ」
と伝えてから、青年達の手から槍を奪って柄を押し込む。引き抜くと槍先が返しになっていて余分に痛いと思うんだ、俺。
カランと落ちる二本の槍。案の定血塗れになったが、気にしない。
ビックリなのが、ネフェリの胸と腹に空いた孔が、僅かに血を噴出させるに止まり塞がった。綺麗なものである。痕一つない。今更だがネフェリは全裸である。
後ろで、「おい何を」とかなんとか聞こえるが、無視する。
視線を合わせて、干し肉の入った包みごとネフェリの手に渡し、ついでに水袋も丸ごと握らせる。
「これをやるから、大人しくしてろよ? 約束出来るか?」
「ふが」
約束出来るらしい。
ネフェリがちっこいせいで、曲げた腰がちょっと痛い。十代後半ぐらいだろうが、ちっこいからよく分からん。
「そんじゃあ、ちょっと任せるわ」
「待て待て」「待て待て」「「待てぇ!!」」
「器用かお前ら」
自警団の青年達は俺をネフェリから離し、詰め寄ってきた。
「任せるってどういう事だ」
「殺すんじゃないのかよ」
「いやだってさ、レオンハルトが鉄を所望してるんだもん。土産も無く帰ったら鎚で頭を叩かれる」
「話せば分かってくれるって!」
「お前の事情とかどうでもええわ!」
「えぇー。そんなにあの娘の世話嫌?」
「「嫌だ!」」
声を揃えて言われてしまった。
そっかー、そんなに嫌かー。
二人の肩をぽんっと叩き、耳に口を寄せる。
そして、ちょっとした弱味を囁くと、
「「い、行ってらっしゃいませぇー!」」
という自棄っぱちな敬礼を頂いた。
交渉成立である。
廃坑に入ってすぐにはゴンドラが独りでに動いていた。近くの川の流れを利用した水車から動力を得て、下まで人を運ぶ箱である。使わない時は上と下に設けられているレバーで停止出来るのだが、動いている。
なんだ、丁度よく上がってくるのか。
と思って見ていると、やって来たのは空の箱。不思議に思いながら箱に乗り込み、下へ参る。
ゴンドラは途中で停止されない様にか、二箱だ。その関係で、中間辺りでもう一つとかち合うのだが、それにも子供達は乗っていない。
これは、レバーを入れたまま放置したな? 定期的にレオンハルトがメンテナンスしているとは言え、古い事に変わりはない。何時故障するかも分からないのだから、作動させたまま放置は宜しくないと教えたのに、全く。
下に辿り着くと、そこにはなんか居た。
ぱっと見は岩で構成された人型魔物。ランタンの淡い灯りながらもなんとか見やると魔物の向こうには子供達の姿がある。
位置関係で言えば、魔物が脱出口の前を陣取り、通せんぼしている形だ。
岩山や鉱山で度々見掛けられる魔物と聞いているが、目にするのは今回が初めてだ。なんでも、この辺は魔素が薄いから、低ランクの魔物しか発生しないらしいのだが、何故だろう。
疑問は脇に置いておき、取り敢えず子供達の救助が最優先だ。
ジョブレベルは2。装備も決して上等とは言えない。武器だってレオンハルトの父親が打った剣一本のみ。盾はぶっ壊れたままだし。
名前:アルバート。
種族:人間。
職業:見習い戦士レベル2(適性値D)。
体力:G。
魔力:G(S+)。
攻撃力:G(武器攻撃力E-)。
防御力:G(部分防御力F+)。
敏捷:G(補整敏捷なし)。
熟練度。
棍棒:B-。
剣:E+。
盾:D-。
槍:F-。
弓:E-。
両手:C。
技能熟練度。
強撃:D-(ジョブレベル1)。
強靭:C+(ジョブレベル2 常時発動)。
称号。
復讐する者。
家族を喪いし者。
レオンハルトの親友。
ネフェリとの絆(レベル1 補整魔力S+)。
やれるか?
一抹の不安を飲み込み、剣を鞘ごと引き抜き、両手で構える。あんな硬そうな相手に剣では効果が見込めない。やるなら棍だ。本当なら同じカテゴリーの戦鎚があれば有り難いが、贅沢は言えない。視界の端に映るステータスログを流し見て、技能を再確認。魔力に補整が入っているが、元から魔法が使えない身としては腐らせる他ない。
称号を見る度に悲しくなるなぁ。
深く吸って、深く吐く。そして空気をぐっと飲み込み、岩男に飛び掛かる。
「吹っ飛べや」
技能発動:強撃。
裂帛の気合いを込めて打撃一閃。紅い輝きを伴い、両手で持った剣が岩男のうなじに炸裂する。奴が壁に激突すると、一様にランタンが喧しい音を立てて揺れた。
「アルバートのおじさん!」
「おー。元気か、がきんちょ共?」
「おじさんおじさん! なんか変なの出たー!」「すんごく岩っぽいの!」「飛んでったー!」「おじさんがやったのー?」「すっげぇー!」
「おうおう、喧しいこって。今の内に上がっちゃいな。そんで大人達にこう言うんだ、変なの出た、てな」
「分かったー」と喧しく子供達はゴンドラに収まり、上へと上がっていく。警戒しながら小さいのを見送り、さて、と肩に剣を乗せた。
瞬間、土煙を上げて猛烈な勢いで壁から脱出し、姿勢を低くして突進してくる岩男。その身は紫の光に包まれている。
「見た目を裏切らないなぁ。突撃持ちとは、厄介ね、キミっ!」
背後にはゴンドラがある。子供達が上がっている途中で、避ける選択肢はない。
「気合いと根性ッ! 戦士の意地、見せたらァ!!」
技能発動:強撃。
ゴインという金属音が鈍く響き、紅い輝きと紫の光が激突した。流石に体重の乗った突撃を迎え撃つには無理があったらしく、踏ん張っているというのに足が地面を滑る滑る。
このままだと押し込まれてゴンドラを巻き込んでしまう。
「ぬぅううううう! 根性だ根性! ド畜生がァアアアアア!!」
両手持ちから片手持ちへと変える。途端、拮抗していた技能が押し込まれ、後退する勢いが増した。
空けた手で岩男の体をがっしりと掴み、重心を傾ける。
そして、相手を巻き込みながら転倒した。
激震が起き、天井からポロポロと小石が落ちてくる。
転倒する過程で岩男のマウントポジションを確保し、頭から流血しながら強撃をコア目掛けて、人間で言えば心臓の位置へ連打した。
当然、岩男は反撃してくる。
岩の拳が脇腹に突き刺さり、顔を陥没させ、肩を砕いた。
けど、その程度で強撃は止められない。強靭C+は伊達ではないのだ。
そして、少しずつ岩男の体表を削り取り、身を削る様な持久戦を制した。
朦朧とする意識の中で振るった強撃が何かを砕いた感触が掌から伝わってくる。判然としない頭で見下ろすと、岩男は力無く横たわっていた。
「あー、くっそ。血が足りねぇ」
体の緊張が緩んだ瞬間、岩男に重なる様にして倒れる。ごつごつとした感触が最悪に寝苦しい。
通告:熟練度が一定値に到達しました。見習い戦士がレベル3へランクアップしました。ジョブレベル3スキル『筋力増加(常時発動)』を習得しました。
「タイミング、わる」
そう力無く毒吐き、体から力が抜けていくのを感じる。それはもう、なんかヤバイ感じに抜けていく。
意識だ。意識を繋ぎ止めるのだ、俺。大人達の助けを待つのだ。
けれど、そうして起きている事も段々億劫になってきて、意識が少しずつ無くなっていく。
そうした中で、上から降りてきたゴンドラから、誰かがやって来るのが見えた。
ボヤけた視界で見たそれは、一対の翼と二本の角が特徴的なシルエット。
何処かで見た覚えがあるけど、何故だかはっきりとは思い出せない。
「ふが」
そして、俺の意識は深いところへと落ちていった。
部分防御力で胸当て()籠手()みたいな表記にしようとしたけど止めた。メンドイ。