コード屋
7.コード屋
情報屋の簡易機械がそのコードの束へ突っ込む。すると、その大量の白いシステム検査用のコードが壁の差し込み口から抜けていった。情報屋の簡易機械が床を転がっていく。コードに引っ掛かり、失速して床に叩きつけられたのだ。情報屋と冬華、諒の三人も、床へ。
「そんな、簡易機械が」
情報屋が簡易機械の状態を確認しようと、自分の簡易機械へ這いながら近づいていく。
「壊れたんですか?」
上体を起こした冬華が焦って尋ねる。
「いいや、少し傷ついただけだ」
簡易機械は、大破していなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
白い少年が話しかけてきた。彼は、コード屋。機械を点検する機械である。アンドロメダ側の機械だが、人類側のエリアも点検する時がある。今がそうだったのだ。
「お前か、このコードの犯人は」
「すみません。まさか、情報屋さんの移動ルートだとは思いもよらなかったので、本当にすみません」
白い彼は、申し訳なさそうに謝った。本当は情報屋の方が勝手に高速で移動しているだけで、通常作業を行っていた彼には、責任がない。だけど、申し訳なくなる彼はとても優しい性格だ。それに加えて、引っ込み思案でもある。
ちなみに彼は、下を向いていたので、冬華たちには、少しくせ毛の白髪のオールバックが目に付いた。作業着も真っ白。なので、彼の青い虹彩がひときわ目立っていた。
「情報屋さん、さっきの〈コード屋〉って?」
冬華が情報屋に尋ねる。
「コード屋とは、この宇宙コロニーのいろいろなシステムがちゃんと機能しているかどうか、コードを壁の点検口に差し込んで、プログラムに異常はないかどうかを点検する機械たちのことだよ」
「へぇー」
――機械が機械を点検か。それじゃ、人類やアンドロメダ生命体は何をしているんだ?
諒は、横たわる簡易機械の隣で佇んだ。
「そうだ、これはもしかしたらラッキーかもな。君たちには」
「え?」
情報屋の言葉に、冬華はそちらを見る。
「コード屋は、人類やアンドロメダ生命体のエリアのシステムも点検しているから、そのエリアにある情報セクターまで行けるかもしれないぞ?」
「そうなんですか?」
冬華は、表情を明るくした。
「なぁ、コード屋。この二人を情報セクターまで、連れてってもらえないかな?」
「はい。いいですよ」
彼は微笑んだ。
「ありがとうございます!!」
冬華は笑顔を見せた。
「あの、ちなみに、お名前は?」
「トハク・ホワイと申します」
トハクはそういうと、少し恥ずかしそうにした。初対面の人が少し苦手のようだ。
「私は、赤咲冬華です」
「俺は、諒・リー」
諒は真顔だ。
「あの」
「何ですか?」
冬華に話しかけられてトハクは視線を少し上げ、冬華の顔の付近を見た。目は合せられないようだ。
「人類・アンドロメダ生命体のいるエリアってどんな所ですか?」
「えっと、内装はまるで、豪華客船のような感じです」
「そうなんですかー」
「他にご質問はありますか?」
トハクは緊張して、また視線を下へ落としてしまった。すると、諒が会話に入って来た。
「この宇宙コロニーに来て知ったんだが、生命体がいるのに機械が機械を点検しているだろう?」
「はい」
諒は続ける。トハクはさっきと同じように、視線を少し上げた。
「それでは、生命体は一体何をしているんだ?」
「ほとんどは、司法と政治にたずさわっています」
巨大なゲートの前。冬華と諒の二人は見上げて、書かれている文字を読む。その横でトハクが説明をする。
「ここから先が人類・アンドロメダ生命体のいるエリアです」
「大きなゲート」
冬華がつぶやく。一方、トハクはゲート横の開閉装置にカードをかざした。
「情報セクターはここから先two blockの所にあります。案内しますね」
「ありがとう」
冬華は、トハクに笑顔でお礼を言った。
「どういたしまして」
トハクは少し下を向いた。
――高いふきぬけだ。
冬華は人類・アンドロメダ生命体の混合エリアで、天井を見上げた。
――ここにいる人たちが人類とアンドロメダ生命体。
「……」
諒は、黙ったまま辺りを見渡していた。
――職業に特化した機械ばかり。
――所詮、機械の自由意志なんて、尊重する気などないのだろう。
――俺たちを置いていった人類なんか嫌いだ。
諒は、人類から目を逸らす。すると。
「!?」
すぐ背後で誰かが倒れる音がした。諒は驚き、振り返る。そこには、まだ幼い人類の少女が倒れていた。走って遊んでいる最中に転倒してしまったのだ。
「ううう……」
「……」
――泣いている?
――これは、抱き起した方がいいのだろうか?
――でも、そうしたら人類たちに見つかる。
――先を急いだ方が。
「ちょっと!! 何やっているの!?」
「!?」
突然の大きな声に振り返る。
「君、機械でしょ!? 生命体が怪我したらどうするの!? すぐに助けなさい!!」
そこには、人類側の機械と思われる、女子が仁王立ちで腕組みをして、睨んでいた。
「君、このエリアの勤務何年? 常識でしょ」
――このままだと、こいつを通して人類に捕まりそう。
諒は危機を感じた。
「所属は?」
「え」
「……」
その女子、カーラ・武生士は、構えを崩さない。まっすぐ瞳を睨んできていた。
「医療班では、なさそうね。生活・サービス班?」
「……」
――どうするか。
諒は、この宇宙コロニーのシステムを知らない。よって、どうきりぬけるか思いつかなかった。が、助けが来た。
「こんにちは。私を雇いませんか?」
――え?
二人の会話に割って入ってきたのは、再び人類側の機械の女子。
「誰?」
諒が突然の言葉に呆れて尋ねると、その子は、笑顔で名刺を見せながら答えた。
「無所属の機械弁護士、氷雁花重と申します」
「……」
カーラ・武生士は、厄介な奴が来たと、少し睨みながら彼女を見た。
「問題の内容は?」
「生命体安全への不干渉です。機械は、幾何時とも生命体の心身への安全・保護を優先させなければいけない。彼は、それがなっていない。ならば、この今の職を解かなければいけない」
「もしくは、スクラッ……」
「?」
「……」
「いない」
二人は、問題の張本人の逃走に気付いた。
「警察機械へ連絡します。異論はないですね?」
「えぇ」
――かばいきれない機械だなー。
氷雁花重は、少し口角を上げた。策を考えるのが好きなのだ。
「このゲートの先が〈情報セクター〉です」
「ここが」
「はい」
冬華はゲートを見上げる。ゲートの上には文字が表記されていた。しかし、それは地球でも円々の言語でもなかった。アンドロメダ生命体の方々と平等にする為の新しく人工的に作られた言語だ。
「あの、じつは。僕はここのゲートのカードキーを持っていなくて。だから……」
トハクは情報セクターのゲートの鍵の事を話して、下を向いた。そんな彼に、冬華は笑顔で答える。
「分かった。ここは私たちが開けるね」
「?」
彼女の言葉にトハクは少し首をかしげる。ここのゲートの鍵をカードキー以外で開けるには、受付ロボットの機械にアクセスしなくてはいけないからだ。
「諒、よろしく」
そう言うと、冬華は諒を待ち構えていたかのように振り返る。
すると、ちょうど追いついてきた諒が容赦ない冬華の扱いに、こけてしまった。
「大丈夫?」
冬華は、しゃがんで諒の顔を覗き込んだ。
「あぁ」
諒は立ち上がると、その言葉に反論せず、鍵を攻撃する作業を開始した。
右手の人差し指から、システムへ強制的にアクセスできる制御針を取り出し、カードキーを認識する機器の横へ差し込む。そして、立体映像として出現した操作パネルを回転させ、〈ピント〉を合わせていく。
「離れてろ」
――――――――。
電子音が5秒間、鳴り続けた。
すると、ゲートの〈電子壁〉のシステム・ロックが破壊され、電子壁が崩壊した。それに合わせて、ゲートもゆっくりと開いた。
そこには情報セクター内から〈粒子リフター(=粒子の反作用で揚力を得て、空中を移動できるシステム)〉を応用したと思われる防犯システムの機械たちがもう既に待機していた。が、しかし、諒は先に被弾を避ける為に電子パネルを電子壁化させていた。
――――――――――。
電子壁がレーザーでの攻撃を吸収していく。
次に、諒は空間に円を描き、出現したそれを回転させた。すると、空間にひびが入り、防犯システムが電子空間ごと崩壊した。
「……」
冬華とトハクは、じっとそれを見ていた。
「防犯システム、ダウン。防犯システム、ダウン」
――――――――。
再び、電子音が5秒間、鳴った。
アナウンスと共に防犯システムの機械たちの気配が消えた。すると、情報セクターの受付のドアが開いた。
三人はその中へゆっくりと入って行った。
「僕が案内します」
そう言うと、トハクは先頭へ、そして、冬華たちはその彼のあとをついていった。
そして、情報セクター一階の受付へとたどり着いた。
――あ。
冬華たちの視界に建物と一体化した受付ロボットの姿が目に入る。受付ロボットの彼は、壁から監視カメラとその他のセンサーだけで受付を任されていた。
諒は、冬華の右腕を掴むと、自身と共に柱に隠れた。しかし。
「こんにちは」
――何!?
諒は焦った。
先頭の彼、トハクがその受付ロボットに挨拶をしていたからだ。
「おや? お友達?」
「えっと、実は……」
「そっかぁー。今日は作業が休みなんだね。入っていくんだろう?」
「うん」
トハクは俯いて頷いた。どうやらトハクと受付ロボットは、顔見知りだったようだ。
「はい、どうぞ」
受付ロボットは、笑顔でドアを開けてくれた。
――俺は、何の為に。
防犯システムを一応秘密裏に破壊したとはいえ、無断で侵入をしているのだから、情報セクターの関係者に見つからないようにと思っていた諒は、まさかの出来事に少し脱力した。
それを冬華は、覗き込むように見ていた。彼が右手で隠した顔を見ようとして。
「諒? 行くよ?」
冬華が諒の手を引く。
「あぁ」
三人はエレベーターに乗った。
――あれ?
エレベーターの操作ボタンが見つからない。冬華は空間内を見渡す。
「操作は受付ロボットの仕事です。遠隔操作で」
トハクが説明をしてくれた。
「そうなんだぁー」
――仕事。
地球に置いていかれてから、仕事という事柄などなかった。冬華には、久しぶりに新鮮さを感じた。創造者の役に立つ仕事に。
「……」
――何で、笑顔?
諒は、冬華の様子をじっと黙ったまま見ていた。
電子音が3回、そしてエレベーターのドアが開く。
「ようこそ、情報セクターへ!!」
開いたドアのすぐ近くには、笑顔でお出迎えをしている、この宇宙コロニーのアンドロメダ側の管理人工知能、広報担当のマス・ディーアの姿があった。