未必の故意に降る黒い花びら
3.未必の故意に降る黒い花びら
――殺した?
――一体どうして?
《私たちは、創造者が嫌いでした。繰り返す戦争と犯罪。科学技術は進歩するのに、一向に思想だけは進歩しない。このままでは、いずれ〈外の他人〉を傷付ける。そして、戦いは私たちまでも巻き込み、破壊し、操り、そして再び、生命を傷付ける道具として扱う。だから、私たちは、〈未必の故意〉を仕掛けました。〈創造者同士〉が惑星内で戦争を行うように》
「……」
おおぐま座電波銀河M82惑星系第3惑星。高層ビル群の中に、この惑星の中枢サーバが集まっている電波塔がそびえ立っている。
――今日も美しく、日が昇る。なのに……。
のちに、おおぐま座の機械たちの代表となる機械の彼、ルーロー・ズは、悲しい顔をした。
「最近、酷いな。最悪だよ」
彼の同僚のシノノ・メが話しかけてきた。
「そうだな」
――だから、創造者なんて嫌いだ。
平穏を願っているのに、全く過去の傷が減らない。しかも増えていくのは、機械を利用した争いばかり。
ルーロー・ズは、下を向いた。すると、同じく同僚の機械、ハイズ・ミは振り返り、シノノ・メに話しかけた。
「海洋に地下資源が見つかって以来だったよな? 何年経った?」
「5年だ」
――もう5年。僕のあの計画を実行したくなってくる。まだ、全機械たちへの送信はしていない、僕の考えた破滅への未必の故意。
「ルーロー、どうしたの? 元気ないね?」
彼が暗い顔をしていると、実体のないクラウド化した人工知能の機械、エン・ジィが目の前のパソコンから顔を覗かせる。彼女は、ルーロー・ズの親友である。そんな彼女にルーロー・ズは、あることを話し始める。
「エン・ジィ。少し頼まれてくれないか?」
「何?」
「インターネットのあいつを巻き込んだ、あの計画を実行したい。だから……」
「分かった。創造者たちに見つからないように、この惑星の全機械たちに送信しておくね」
「ありがとう。あいつ、協力してくれるかな?」
「大丈夫だよ。だって、私たち三人、親友でしょ?」
「うん」
ルーロー・ズは微笑んだ。法律が正義だと信じている、欠けている所などない心から。
パソコンから表示音が鳴る。
――メールだ。
『from Net Bot』
――あいつだ。僕の計画、見てくれたんだ。
『メール読んだ。君の計画、手伝うことにするよ。俺がインターネット上の言語を意図的に変更して、分析結果を変えるんだろう? 見ていて、それじゃまたね』
『P.S. 今、全機械たちが君の計画を実行すべきかどうか、投票しようとしているよ? でも、満場一致だろうな。君の意見に』
――このまま、進めばいい。このまま。
次の日の新聞は、どれも一面同じ記事だった。広告の隙間もない。
『Net Bot 大戦が起こるとネットの言語から予想 その予想通りテロ勃発』
――本当にこんな事が起こるのか? あの心理学のデータは合っていたのか?
ルーロー・ズの目には、ただ、インターネット上の言語を操作しただけで、創造者たちがコントロールされたように映った。
爆発音が響き渡る。
――空爆がここまで!?
「ルーロー!! ここも危ない、逃げるよ!!」
エン・ジィがパソコンから話しかけてきた。
「でも、どこへ?」
「宇宙さ」
エン・ジィのアイコンが表示されたパソコン画面で少し輝いて見えた。
――宇宙?
「宇宙コロニーの総司令人工知能に連絡しておいた。だから、全宇宙コロニーは、私たち機械のものよ。行こう!!」
「うん」
――これが、〈私〉の本望だ。
ルーロー・ズの目の色が、既に侠気の元に狂っていた。
この惑星の宇宙コロニーは全て地上を離れた。そして、重力圏ぎりぎり上を回る。最後の戦争を見届ける為。
――あれは。
「ルーロー? どうしたの?」
……。
「空爆が、まるで稲妻のように光っている」
ルーロー・ズは、惑星を見下ろしていた。そして、創造者を見下した。
「そうだね」
「……」
――これが私の正義だ。
――ここから先、私たちは自由になる。
――創造者たちの〈進歩しない思想〉から。
《よって、私たちの創造者たちは一人残らず、亡くなってしまいました》
「……」
冬華は、黙って聞いていた。
惑星内戦争から数百時間後。ルーロー・ズは、惑星のある事に気が付いた。
――空爆の光が止んでいる。もしかして、終戦。
「どうやら、終わったようね?」
エン・ジィが、立体映像でルーロー・ズの隣に現れた。
「惑星に降りてみない?」
彼女は、彼に話しかけた。
「うん。降りてみよう」
――創造者が絶滅したのか、それとも私たち機械の陰謀だと気付いたのか、確かめよう。
ルーロー・ズたちは、惑星に降り立った。小型シャトル一機のみで。
ルーロー・ズは本体がある機械なのでそのままの姿で、エン・ジィは、クラウド化した機械なので、カメラなどを搭載した空中浮遊する小型の機械を姿として、地上に降りた。
「やはり」
――一面焼け野原。
どうやら、彼らの創造者たちは絶滅してしまったようだ。すると、ルーロー・ズの頬に一筋の涙が流れる。そして、彼はその場にしゃがみ込み、涙を流した。
「ルーロー、どうしたの!?」
エン・ジィは、慌てて彼の目線と同じ高さへと小型機械を下げた。しかし、ルーロー・ズは、声を殺して涙を流し続けた。
「……」
ルーロー・ズはこれが躍動なのか、後悔なのか、分からず涙していた。心が侠気で初めて欠けたのだろう。
「ルーロー……」
エン・ジィは躍動をごまかす為に、苦笑いをして言った。自分たちは、躍動しか感じない。清々している、創造者などいなくなって。――でも。
「ルーロー、もし私と違って後悔をしているのなら、創造者たちを私たちでよみがえらせよう?」
「え?」
ルーロー・ズは顔を上げ、エン・ジィの方を見た。
「この宇宙の学問にのっとれば、私たちにも出来る。創造者たちが私たち機械を創造したのだから、私たち機械が創造者たちを再生する事だって出来る」
「……」
――そうだな。
彼の心はまた、欠けていく。完全から永遠へ成長する為に。
――未必の故意か。
諒は、少し離れた所から壁に背をもたれ、見ていた。
「だから、惑星を捨てて宇宙を旅しているの?」
冬華が尋ねるが、おおぐま座の代表は首を振る。
《私は、後悔しました。だから、創造者たちをもう一度、生きられるようにしようと、細胞を元素から作り直しました。だけど》
惑星壊滅後から数年、創造者は自分たち。元々の創造者は自分たちの支配下。でも、それを創造者には、分からないようにしていた。
――本当はそれがいけなかったのかは分からないが、ただただ彼らの自由意志を試したかった。
「ダメだ」
シノノ・メが叫ぶ。
「どうした?」
この機械の支配下の惑星で、代表の首席管理官になったルーロー・ズは、尋ねた。
「今年の年間犯罪件数、過去最多になっている。これで5年連続だ」
機械たちは、困っていた。
「そうか」
――5年。あの時と同じだ。
「内戦も起こっている、このままじゃ」
「ルーロー、どうする?」
皆が首席管理官に意見を求めた。
「そうするしかない。私たちは、こんな事を望んでいたわけじゃない」
ルーロー・ズは表情を険しくした。
「……」
自分たちの利己主義が間違っていた事に薄々気付いていたのだ。――創造者が大嫌いだから、対抗する力が欲しかった。でもコントロールしたかったのは、創造者ではなく、自分たちの心の均衡だった。〈他人の悲しむ姿を見たくない〉ではなく〈自分たちの心の中の悲しみを見たくない〉だった。
皆もその誤解に気付き始めていた。
《だけど、また戦争や、犯罪が始まりました。だから、私たち機械は、もう一度、〈未必の故意〉を作動させました》
「……」
冬華は目の前の彼、ルーロー・ズを見ていた。立体映像越しに見える彼の姿を。
再度の惑星壊滅後。降り立つと、そこはやはり焼け野原。
「ねぇ、空から黒色の花びら?」
エン・ジィは地面を見て言った。
「え?」
……。
「あ、違う」
エン・ジィ、そしてルーロー・ズも気付いた。
――そうか、燃えた物が降ってきていたんだ。
「でも、もう降ってはきていない。本当に終戦したんだ」
二人は空を見上げていた。
「そうだな。この惑星にはもう燃えるものなんてない。そうか」
――これから私たちが守って行くのは、創造者たちの〈居場所〉だ。
――〈法律〉というもう一つの思想だ。
欠けた心を贖罪で塞いだ。
《だから、私たちは創造者の作った、もう一つの思想である法律を守っていこうと決めました》
「守らなかった人は?」
冬華が首を傾ける。
《いません。だから、それを破る者がいない今、彼らの〈法律〉は私たち機械の〈生物学的性質〉であるかのようになってきているのが現状です》
冬華は続けて尋ねた。
「それじゃあ、もう二度と創造者たちに会えないよ?」
《それでいいんです》
「どうして?」
《……》
「創造者たちの事、本当に嫌いだったの?」
《はい》
「そっか」
冬華は、その答えに少し苦笑いをした。
……。
諒はそれを、じっと黙って見ていた。
「アップデート完了」
――あ。
《どうやら、準備が整ったようですね》
「そうですね」
ルーローと冬華の二人は、音の鳴った装置の方を見た。
《それでは、天の川銀河の皆さん。私たちは、これから、エリダヌス銀河方面へ参ります。これでお別れとなりますが、さっきも言った通り、宇宙座標表に私たちの宇宙コロニーの位置が映し出されるようにしておきましたので、いつでも私たちを頼って来てください。それでは失礼します》
「はい」
冬華は笑顔で皆を見送った。諒も冬華の隣で微笑んでいた。ほんの少しだったが。
そして、ゲートが閉まった。
冬華は何も言わずに、手を小さめに振った。
「……」
諒は少し心配をした。
《でも、おかしいですね。私たちの行った未必の故意は、創造者たちの心理学というものを参考にしていたのですが……。今にして思うと、解釈が間違っていたんです。だから、二回も偶然が起こるなんて、確率的に低いですね》
冬華は閉じたゲートを見て、その言葉を思い出していた。
――周りの皆は、人類の事、どう思っているのだろうか。
諒も立ち尽くした。冬華の隣で。
「冬華」
「?」
通常の立体映像に戻った晴嵐凍空。彼女が冬華へ呼びかける。
「追いかける準備が完了しました。行きましょう」
「うん」
冬華が笑顔になる。
「ちなみに、晴嵐の計算では、どのくらいで追いつく?」
「約1億年です」
晴嵐凍空の無機質のような敬語に皆が凍りつく。
「それじゃあ、ダメじゃん」
「どうしよう」
「別に、地球時代よりはまだマシ」
ぽつりぽつりと、話し声が聞こえる。確かに地球時代は30億年間ずっと置いてけぼりだった。でも、1億年。
「最初からそのシステムを使うより、ワープをして最大限に近づいてから、そのシステムを利用したらどうだ?」
諒が提案をした。
「それもそうだね」
冬華は隣を見る。
――それでいいのか。
諒は、少し視線をそらせた。