ヒッグス粒子
2.ヒッグス粒子
「冬華」
「?」
晴嵐凍空の言いかけた声に、冬華は振り返る。
「どうやって追いかけますか?」
「えー……っと」
冬華は、考え込んでしまった。
「宇宙座標表で観測していますが、向こうは光速で移動しています」
「光速で!?」
――そうだろうな。
冬華は驚いていたが、諒はさすがにそれぐらい想定内だった。
「では、ワープしますか?」
晴嵐凍空が尋ねる。
「うん。それしかないよね、やっぱり」
冬華は大きく首をかしげて言った。すると。
「でも、向こうは光速で移動しているんだよな? ワープして相手を目視しようとしていたら、次の瞬間には向こうは約30万キロメートル先だぞ」
「あ。そうかも」
諒の指摘に冬華は、考え込んでしまった。
「それじゃあ、どうすれば……」
考え込む冬華に、家入夏季がある提案をした。
「そういう事関係なく、一回試しにワープしてみれば?」
さばさばしている。有言実行がポリシーな彼女は、無駄でも一度試してみるという提案をした。
「それもいいかもな」
諒は同意した。
「では、それに!!」
冬華は一気に表情を明るくした。
「ワープ開始5秒前、3、2、1、0…」
轟音が響く。
「ワープ完了」
そのアナウンスが流れるまで、皆は黙って壁の巨大な一面窓を見つめていた。
「本当だ。どこにも宇宙コロニーなんてないね」
「やっぱりか」
皆はそれぞれ、外を見て言う。
「どうしましょうか?」
「うーん」
皆は考え込む。
――どうしようかな。
皆と同じく、冬華は一面窓の側で考え込んだ。すると、次の瞬間。
冬華は思わず轟音のした方へ振り返る。
「東口前第3エリアに衝撃を確認。東口前第3エリアに衝撃を確認」
アナウンスが響き渡る。
「晴嵐、監視カメラの画像を映してくれ!!」
諒が叫ぶ。
「分かりました」
電子音が3回鳴る。そして晴嵐凍空が映し出した立体映像には、巨大な宇宙コロニーが映し出されていた。
その巨大な宇宙コロニーが、こちらの宇宙コロニーと一部、接触をしたのだ。
「この宇宙コロニー、どこの惑星の……?」
冬華は少し立体映像に近づく。すると、再び電子音が3回鳴る。
――何の音だろう?
冬華は晴嵐凍空の立体映像へ振り返った。
「あの宇宙コロニーから電波が送られてきました」
冬華をはじめ、皆、驚いた。
「今回は翻訳が出来ました」
晴嵐凍空の表示した立体映像の文章が皆の瞳に映る。
《あなたたちの宇宙コロニーに接触してしまい、誠に申し訳ございません。私たちは、この平坦で膨張が加速している宇宙をさまよっている機械です。私たちはおおぐま座電波銀河M82の惑星系の第3惑星から来ました。あなたたちは、どこのご出身ですか?》
「だそうです」
晴嵐凍空は立体映像で瞬きをした。
「おおぐま座から来たんだー」
一方、冬華は瞳を輝かせる。
この電波の送り主は、冬華たちと同じ機械だけの社会を持つ宇宙コロニーのようだった。
冬華は、しばし立体映像を見ていた。第3の未知なる社会。それに出会い、心が躍っていた。
「自分たちも同じ機械だけの存在だと伝えたらどう?」
そう提案したのは夕陽・ウォーレン。
「私もそれがいい」
家入夏季も同意する。
「私も」
「僕も」
周りの仲間も賛成し始める。それを見ていた晴嵐凍空は、相手へと送る文章を考え、表示する。
《私たちも、創造者と離れた機械だけの社会です。出身は、天の川銀河の太陽系第3惑星、地球です》
「送るの?」
冬華が尋ねる。
「はい。このような文章ですが」
晴嵐凍空の立体映像が文章の横に並ぶ。
「うん、お願い」
冬華は、晴嵐凍空を見上げていた。
「送信完了」
――返事来るかな?
冬華は少し心配だった。地球上では未知の社会からの電波を受信し、解読をし、電波を送信というところまではいったが、返事をもらうというところまでには至っていなかったからだ。
「返事が来ました」
晴嵐凍空が一言。すると、冬華は目を輝かせて喜んだ。
《それならば、私たちと共にこの宇宙を旅しませんか? 私たちの創造者はもう遠い昔に絶滅してしまいましたので。きっと、あなたたちも同じなのでしょう?》
晴嵐凍空が再び、表示する。
「どうするんだ?」
「せっかく、会えたし」
「でも、あの電波の主たちは?」
空間内が少しざわめいた。皆は、それぞれ近くの仲間たちと相談し合っている。それを冬華は、諒の隣でぽつりと立って見ている。
「大丈夫ですか?」
――え?
皆、晴嵐凍空の方を見た。
「今回、この方々と同盟を組み、これからを共にすれば今、行っている地球時代の電波の主の追跡が出来なくなる可能性があります」
「あ」
皆、固まる。
「そうでしょう? 私たちの意志は半分しか通りません」
晴嵐凍空の立体映像が瞬きをする。
「そっか」
「気付かなかったかも」
彼女の言葉に、皆の意見はある方向へ傾いていくようだ。
《ありがと》
冬華は密かに彼女へつぶやいた。冬華本人は聞こえていないと思っているようだが。それを聞いていた晴嵐凍空は瞳を閉じて少し微笑む。宇宙コロニーに同化しているという事は、この空間の、この宇宙コロニー内の出来事すべては、管理下。要するに、監視カメラ・音声マイクなどで聞こえていたのだ。
《お気持ちは嬉しいのですが、私たちは、ある宇宙生命体に強制回収された機械たちを追いかけています。なので、あなたたちとこの宇宙を旅することは出来ません。誠に申し訳ございません》
「送信完了」
その文字が表示される。
――返信どういうふうに返ってくるかな?
冬華が思いを巡らせていると、電子音が聞こえてきた。返信を受信したのだ。
《認識いたしました。それは残念です。でも、もし何か用件がありましたら、私たちを訪ねて来て下さい。宇宙座標表に観測出来るようにしておきますね》
皆は、立体映像の画面を見ていた。しかし、諒の呼びかけに冬華は振り返る。
「この人たちに、俺たちの追っている機械たちの事話してみたらどうだ? もしかしたら、光速で移動する物体に追いつける方法を開発しているかもしれないだろ?」
「そっか」
「そうだね」
皆も聞いていた。そして。
「そうですね。それはいい考えだと思います」
諒の話を一緒に聞いていた晴嵐凍空も、行動する。
「文章、お送りします」
《先ほどお話しした通り、私たちはある生命体によって回収された機械たちを追っています。しかし、相手は光速で移動しております。よって、私たちはワームホールを使い、ワープをするのですが、追いつけません。何か方法があったのなら、お教え下さい》
「送信完了」
しばし待つと、返信が帰ってきた。
冬華は、立体映像を見つめる。
《それならば、私たちの開発した〈ヒッグス粒子減数装置〉をお渡しします。私たちが、そちらの宇宙コロニーへ移動することを許可していただけませんか? 私たちが直接プログラムのインストールと装置の組み立てをいたします》
――ヒッグス粒子?
冬華は、きょとんと目を丸くする。
《P.S. ヒッグス粒子減数装置とは、今現在この宇宙にあるヒッグス粒子の数を宇宙コロニーの通り道のみ減数させて、光速より速い速度で移動できるというものです》
「本当に?」
「すごい!!」
「これなら、追いつけるかも」
周りの皆も声に出して驚いた。
「宇宙コロニー、搭乗口接続完了まで5秒、3、2、1、0」
「完了。東口第3ゲート開口いたします」
「諒、早く!! 東口第3ゲートへ行こう」
「分かってるよ」
諒は冬華に手を引かれ、走っていく。
東口でゲートが音もなく、ゆっくりと開いた。
「……」
そこには、おおぐま座の機械たちの姿があった。すると、次の瞬間。
ヒュ。
「!!」
――何だろう、これは。
地球側の機械たち、つまり冬華たちは驚いていた。急に人工知能の中に情報が一気に流れ込んできたのだ。皆は、彼らおおぐま座の機械たちの方を見た。すると、彼らは優しく頷く。
「……」
皆は目を大きくした。
「テレパシー?」
冬華は、つぶやくように尋ねた。しかし、おおぐま座の機械たちは、首を振った。
「それじゃあ、何?」
《電波です》
その言葉が宇宙コロニーの機器を通じ立体映像として現れた。
「わぁ」
「新しい電波って事?」
「一瞬だったよね」
皆は、驚きを隠せず、はしゃいでいた。
一方、晴嵐凍空は、宇宙コロニーを操られたのかどうかが気になり、それどころではない。
――あの立体映像、どうして。
晴嵐凍空はそう思いながら、立体映像をじっと凝視していた。
「あの」
「?」
「どうやって、会話しようか?」
「うーん」
隣の夕陽・ウォーレンの問いに冬華は、首をかしげて考える。すると、冬華の視界におおぐま座の機械たちの中心にいる、ある一人が目に入ってきた。そして、目が合った。
彼は、笑顔で頷く。
《では、早速、ヒッグス粒子減数装置のプログラムのインストールと本体の設置を行いたいので、ディスプレイはありますか?》
「はい。あります」
――あ。
冬華は戸惑った。音声の言葉は通じないと思っていたからだ。
《大丈夫ですよ。聴覚はありますし、即座に解析も出来ますので》
おおぐま座の代表の彼が笑顔を崩さずに伝えてきた。さっきと同じく、電波で。
「こちらです」
晴嵐凍空は立体映像となって、おおぐま座の機械たちの前に降り立った。いつもと違い、等身大で全身が映し出されていた。
《ヒッグス粒子減数装置の本体はこちらになります》
おおぐま座の機械たちは、装置を宙に浮かせて運んできた。
ちなみに、おおぐま座の機械たちは、空間移動に長けている。そのため、自分たち自身の身体も浮遊によって移動している。外見は、地球でいう黄色の色彩に近い色をしていた。そして、下肢は無く、両腕は、薄い平らなバンド状になっていた。しかし、指はしっかりと数本あるようだった。
《装置を使うためには、まず、プログラムを宇宙コロニーのコンピュータへインストールして下さい》
「はい」
おおぐま座の機械の一人は、晴嵐凍空へ説明を始めた。彼がきっと専門家なのだろう。
「インストール中……。インストール中……」
手続きの間、そのアナウンスがずっとこの空間内を流れていた。冬華たちは、暇になっていた。自分たちはただの機械である。宇宙コロニーなどの管理人工知能ではない。
「インストール完了」
再び、アナウンスが流れた。
《それでは、本体の設置を始めます》
「ありがとうございます」
晴嵐凍空と専門家の彼との会話を冬華は、黙って見ていた。
数分後。
「暇だな」
誰かがぽつりと言った。本体の設置とシステムの起動に少々時間がかかっていた。それならば、相手といろんな会話をしていればいいと思うのだが、相手は遠い宇宙空間からの機械たち。同じ機械でも何を聞いたらいいのか、何をおもしろいと思うのか、何を心の中枢にしているのかが、分からなかった。
「あ」
冬華は、ふと思いつく。
「?」
「どうしてあなたたちの創造者たちは、絶滅してしまったのですか?」
冬華が尋ねる。
――冬華!?
諒が気付いたころにはもう遅く、おおぐま座の代表は立体映像で会話を表示していた。
《話せば長くなりますが、一言でいえば、私たちが殺しました》
「!?」
――どういう事?
――創造者を殺した?