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アンドロメダと天の川  作者: 津辻真咲
1/18

出星 ~Exodus~

50億年後の未来の地球。人類が宇宙コロニーに乗り、宇宙へ旅立ってから30億年が過ぎていた。人類と共に宇宙へ連れていってもらえなかった機械たちは、赤色巨星になってしまった太陽から逃れるため、地球を脱出する計画を日々試行していた。



1.出星 ~Exodus~



大気が揺らぐ気配がしてくる。もうすぐ夜明けだ。赤色巨星になった太陽が地平線から昇ってくる。人類が出て行ってから、今日でちょうど9501億回目の朝日だった。

赤咲冬華あかさき ふゆかは耐熱ドームの巨大な一面窓から、太陽を見ていた。彼女は、人類に置いて行かれた機械である。オレンジ色と明るい茶色を混ぜたような淡い色の髪に、赤色の虹彩をしている。服は白色を主にしており、スカート、ネクタイ、肩章が黒色となっている。

「ここにいたのか」

冬華は振り返る。すると、そこには親友であり、良き理解者でもある機械の男子、諒・リー(キョウ・リー)がいた。

 彼は、淡い茶色の髪に緑色の虹彩をしている。眼鏡は、右側だけのものをしており、その奥の十字のカーソルが見える虹彩と連動している。カッターシャツはいつも黒色、ネクタイは緑色、そして、ボトムスは髪色と同じである。

「もう人類には会えないね」

 冬華は、残念そうにしていた。

「あぁ。捨てられたからな」

諒は一面窓の外の太陽を見ていた。

「さてと、もう行こう」

「うん」

冬華は返事をすると、諒のあとを走っていった。



 耐熱ドームの廊下を二人は、進む。向かって左側の一面窓の外には、赤色巨星の太陽に照らされた、地球の大地が見える。もう、海などはない。緑も、風も、生命体の気配も。


 赤色巨星とは、太陽のような〈恒星〉が、なくなる前の姿である。恒星は、中心核で行われている核融合のエネルギーで、自ら発光している。しかし、その中心核で行われている核融合の〈燃料〉となっている〈水素〉がなくなると、その中心核の外層の水素が核融合をしていく〈汲み上げ効果〉が進む。この時、中心部はエネルギーを失い、自らの重力で収縮するが、外層は核融合のエネルギーで膨張していく。外層の膨張が重力による収縮を上回ると、次第に赤色巨星となる。


 赤色巨星の太陽が、次第に空を覆っていく。地球が自転し、ダークサイドから、昼へとなっていく。

 荒野と化した大地が地平線まで続く。その景色を耐熱ドームの一面窓越しに見ながら、冬華は歩いていく。

冬華と諒の二人は、機械たちの中では地球を脱出する為の宇宙コロニーの人工知能のプログラミングをする担当である。それを天体観測所跡地のコンピュータで行っている。



天体観測所跡地までは、耐熱ドームから長く伸びるトンネルを移動して向かう。移動レーンの機械に乗り、15分待った。この時代でも加速中は、未だに慣性力がかかり、体が揺れる。

再び慣性力がかかった。到着の合図だ。減速から停止へ。そして、車体の固定。すると、ドアが開く。

「冬華、諒、おはようございます」

「おはよう」

ドアの向こうには、巨大な天体観測ドームが広がっていた。まだ、天体望遠鏡もそのままだ。そのドームに一体化している人工知能、晴嵐凍空せいらん とうあが立体映像という姿形で挨拶をしてきた。

彼女も、また、人類に置いて行かれた機械の一人である。人類型ではない彼女は、基本、この天体観測所跡地にいる。

彼女の立体映像が揺らぐ。その虹彩が紫がかったり、青みがかったり、変化する。水で薄めたような淡い紺色、彼女の髪も揺れる。

「晴嵐、また充電量ギリギリだぞ」

諒は晴嵐凍空の本体画面を覗き込む。冬華は後ろでジャンプするが、諒で見えない。

「実は最近、アンドロメダ銀河M31の方角から、ある不思議な電波が送信されて来ているんです。それをずっと、観測しておりました」

彼女は仲間との会話でも、敬語が所々混じる。

「不思議な電波?」

「はい」

「まさか、人類?」

冬華の目に、期待がうかがえる。

「それは違うかと。解析して、きれいな英語になりませんでした」

「そっかぁ……」

晴嵐凍空の即答に冬華は、少し残念がった。

「でも、解析して英語にはなりませんでしたが、何かの文章になっている事は分かりました」

冬華の表情がぱぁーっと花開くように明るくなる。彼女は、こういう宇宙からの電波の解析が大好きだ。以前も他の仲間の機械たちを巻き込んで電波の解析をしていた。だが、何かの文章になったためしはなかったが。要するに、自由意志を持って作成された電波ではなかっただけである。

「何て書いてあったんだ?」

諒が問う。

「まだ、分かりません」

 晴嵐凍空は、それに答える。

――法則はあったとしても、また、双極分子流等の電波だったか。

 諒は、今までの経験からそう思った。

「それなら、私たちでその電波の翻訳をする?」

冬華が嬉しそうに下から覗き込んで、諒を見る。先ほどの巻き込まれた仲間の機械とは、ほとんど諒である。

「という事で、晴嵐。データの送信、お願い」

冬華は諒の返事を聞く前に、晴嵐凍空に頼んでいた。

「分かった。今、転送します」

短い電子音が鳴る。

「転送完了しました」

データは冬華と諒、それぞれの人工知能に、直接転送された。

「晴嵐、充電量があと少しだから、今日は充電して休んでいたらどうかな? 私たちもこの電波の事、みんなに知らせに行きたいし」

 冬華が晴嵐凍空を見上げる。

「そうですね。ありがとう、そうさせてもらいます。それでは」

晴嵐凍空はそう言うと、出力を落としていく。立体映像も収納されていく。

「スリープ状態完了」

アナウンスが流れた。

「さ、行こ?」

冬華は、くるりと諒の方を振り返って言った。

「あぁ」

諒は軽く返事をすると、冬華と共に天体観測所跡地を後にした。



 巨大な耐熱ドームの片隅。そこには、宇宙コロニー開発本部がある。ここはアジア地区の日本。よって、アジア支部となる。年ごとに巡ってくるアジア地区の本部は、今年から日本になっていて、冬華たちのいる耐熱ドームに〈日本本部〉が開設されていた。

そこでは、その担当の機械たちが毎日、宇宙コロニーの製作に取り組んでいた。設計しては、部品を地上で、組み立てをダークサイドの夜空で。そして、宇宙へ脱出する計画を着々と進めてきていた。

「みんな、おはよっ!!」

冬華は皆に笑顔で手を振る。

「冬華、リー、おはよう」

「おー、今日はこっちに来たのか」

「晴嵐とのプログラミングは?」

機械仲間の皆もそれぞれ挨拶をした。

「晴嵐は、夜間中、ある電波の観測をしていたから充電量が少ししか残っていなかったんだ。だから今、スリープ状態だよ」

「そっかぁ」

機械の女子、夕陽・ウォーレン(ユウヒ・ウォーレン)が微笑みながら、冬華に相槌をした。彼女は物静かな性格である。

彼女の笑顔は、ふわりと空中を舞う鳥の羽根のようだ。遥か昔の夕日のように橙色の虹彩には、細かに光が乱反射している。まるで瞳が小さな球状星団のように。

「この電波なんだけど、私たちで翻訳しようかと思って」

冬華は立体映像を映写する。

「これが文章になっているの?」

 機械の女子、家入夏季いえいり なつきが尋ねる。彼女の虹彩は、黄金に輝く。横から見れば、きれいに甲を描く水晶体に守られた月のようだった。

「うん。たぶんね」

彼女の問いに、冬華は答える。

「それじゃあ。まず、素数で」

「計算済みって、記録されているぞ」

 ……。

諒の即答に家入夏季は固まる。すると、彼女の隣から。

「それなら、相対性理論の式、E=mc²に当てはめてみたらどうでしょう?」

「ん?」

冬華は首をかしげる。彼女の後ろから話しかけてきた夕陽・ウォーレンは、元物理学者の助手だ。

「向こうの文明にも存在するかな?」

「試せよ」

冬華に家入夏季がぐさっと言う。黄金の瞳が放つ視線が冬華に突き刺さる。冬華は、殺気のような気配に凍りつく。

「では、決定」

冬華は気を取り直して、解析のプログラムを打ち込み、Enterキーを押した。すると。

「解析完了」

「え!?」

皆、一斉に声をあげる。今までは一度もこんなことなどなかったからだ。コンピュータ画面にはアルファベットが並んでいた。

「英語?」

冬華がきょとんとする。

「違うな。これはローマ字で書かれた日本語だ」

諒が答えた。

「え? 何で英語じゃなくて日本語なの!?」

「ここが元々日本っていう国があったからじゃないか?」

……。

「それもそうかも」

冬華は諒の答えに即座に納得した。

「じゃあ……、やっぱり、人類!?」

「晴嵐は違うって言っていただろ?」

「それなら、誰かな?」

仲間たちが会話をし出す。

「何て書いてあるの?」

夕陽・ウォーレンが話を先へ進めようとしていた。


《私たちは、宙帯銀渦HR0001の回転星系第4回転星、円々(えんえん)に住む機械です》


「これって、〈アンドロメダ銀河M31の惑星系第4惑星〉ってこと?」

「そうだな。自分たちで付けた名前を使っているみたいだな」


《私たちは、私たちを創造した生命体、あなたたちにとっては人類のような立場の生命体に、回転星へ置いて行かれた存在です。私たちは、あなたたちと同じ立場の創造物です。なので、もし良かったら、もうすぐ消え去る規律星から逃れて、共にこの宇宙を旅しませんか? 円々の創造物一同》


「これは……」

「私たちと同じ機械からの電波」

皆、それぞれ驚いた。

「回転星が惑星で、規律星が恒星って事かな?」

冬華は、諒に話しかける。

「自分たちの言葉を直訳しているんだろう」

諒は、じっと画面の文字を見ていた。

「みんな、返信する?」

 冬華が尋ねた。

「もちろん」

「当たり前だよ」

「せっかく、解析できたんだから」

 皆は、賛成の意見を口にした。

「じゃあ、決定!!」

 冬華は、笑顔になる。

「で、どうやって返信する?」

皆は話を進める。

「こういう時は、やっぱり……」



「晴嵐、返信できそう?」

天体観測所跡地では、冬華たちが晴嵐凍空の立体映像を見上げていた。

「えぇ、大丈夫です。電波の受信時の宇宙座標履歴が残っていますので」

晴嵐凍空も笑顔で答える。しかし、口調は坦々と。

「冬華。文章考えた?」

家入夏季が尋ねてきた。

「もちろん」

色々あったが、最終的に文章を考えたのは冬華になるらしい。

「楽しみですね」

「そうだね」

皆、少しドキドキし始めてきていた。

「それでは、返信します」

「送信」

電子音と共に、アナウンスが流れる。

「送信完了」

送信が確認された。画面にもその文字が映されていた。

「返事楽しみだね?」

「うん」

冬華やその仲間たちはがやがやと話し出す。こんな心躍るのは久しぶりだったのだ。

 しかし、その空気は一瞬で壊された。

―――――――――。

周囲に大きな轟音が響き渡った。冬華と仲間たちは、轟音の正体を確かめようと、耐熱ドームの外を確認しに巨大な一面窓を見る。

「西口耐熱シールド破損。西口耐熱シールド破損。至急処理を実行して下さい。至急処理を実行して下さい」

ドーム内に総合アナウンスが流れた。そして、窓の外の景色で事態を把握した諒が叫んだ。

「巨大フレアーの爆発だ!! もうこの耐熱ドームも危うい。早く宇宙へ行け!!」

「でもまだ宇宙コロニーの人工知能のプログラミングが……」

皆は、少しためらってしまった。宇宙コロニーを管理させる為にプログラミング中であった、未完成の人工知能の事で。

「それなら、私を使って下さい」

皆の頭上から声が聞こえた。頭上には耐熱ドームに設置されているスピーカーがある。要するに、その声の主は……。

「晴嵐?」

彼女の声に皆は、一斉に映し出された立体映像の方を見た。

 彼女は建物と一体化するコンピュータの人工知能。ある意味、宇宙コロニーの管理コンピュータへ唯一移動できる存在だ。

「お願いです。急いで」

「分かった」

諒はコンピュータのタッチパネルを使用して、作業を開始する。もちろん、彼女を宇宙コロニーの管理コンピュータへ転送する為。

「冬華、みんなを宇宙へ」

「諒は!? 大丈夫なの!?」

「あぁ。あと30秒だ。平気だよ」

諒は振り返らなかった。

「分かった」

冬華は後ろ髪ひかれながらも皆と走り出した。

「転送開始」

アナウンスと共に作業音が流れる。

――さっさとしろよ。

諒は内心焦っていた。太陽が赤色巨星になる前でも日光は、8分後には地球に届いていたのだ。でも今は太陽が巨大化した状態。はっきり計算しなくても分かる。ぎりぎりだ。

「転送完了。転送元のコンピュータをシャットダウンします」

それを聞くや否や、彼も走り出す。地球から脱出する為に。



「欧州地区、切り離し完了」

「北米・南米地区、切り離し完了」

「オセアニア州地区、切り離し完了」

「アフリカ大陸地区、切り離し完了」

――みんな早く。

晴嵐凍空が焦る。

「アジア地区、切り離し完了」

「ワープ準備」

アナウンスの終了と共に晴嵐凍空はつぶやく。

「3.2.1.0…」

轟音が響いた。ワームホール型ワープで空間を移動したのだ。

「ワープ完了」

 ……。

皆は少し、宇宙コロニーの巨大な一面窓から外を確認していた。

「ねぇ」

「何だ?」

諒は冬華の声に振り返る。

「あの惑星系じゃない?」

「あ、ホントだ」

「そうかも」

皆も冬華が見ている方へ振り返る。

「ところで、他の宇宙コロニーは?」

皆はふと疑問に思う。

「ワープしたのは、私たちアジア地区だけのようですね」

晴嵐凍空が立体映像で現れた。

 ……。

「え!?」

「何で?」

 皆は、彼女を見上げる。

「電波の観測をして返事まで出したの、俺らだけだからだろ」

晴嵐凍空の代わりに諒が冷静に答えた。

「え」

「まぁ、いいのでは。仲間が増えるのだし」

少しふてくされる冬華に夕陽・ウォーレンが苦笑しながら、やさしくフォローした。

 一面窓の外では恒星の光がだんだん強くなっていく。宇宙コロニーが第4惑星円々へと近づいて来ていたのだ。

 電子音が鳴る。

「どうしたの?」

冬華は晴嵐凍空に尋ねる。

「今、第4惑星円々から電波が送られて来ました」

「!」

冬華は驚いた。

「内容は?」

すると、立体映像で文章画面が現れた。


《私たちは帰ってきた創造者たちによって、回収されました。どうか、私たちを追いかけて来て下さい。私たちの居場所を宇宙座標表で映せるようにしておきました。どうか、私たちと来て下さい。お願いします》


「これは、一体……」

「たぶん、私たちが来ることを知っていたからだと思います。私たちがこの第4惑星に近づいてきたら、自動的に電波を送信するように簡易コンピュータにプログラミングされてあったのではないかと」

晴嵐凍空が説明した。

「どうするの?」

「ここにいなくなっちゃったんだ」

「っていうか、他の地区、心配しているんじゃ?」

空間がざわめいた。

「みんな、追わないの?」

冬華がぽつりと言う。

「うーん」

「どうしようかな」

皆は、戸惑っている様子だった。

「このまま、戻ってもいいが……」

「?」

皆、諒の言いかけた言葉が気になり、彼の方を見る。

「もう地球は無いし、人類とも、もう会えないと思う」

 諒の言葉のあと、冬華は再び問う。

「みんな、追う?」

皆は、それぞれ近くの仲間と顔を見合わせる。そして。

「うん」

「行こう」

賛成の声が上がった。


機械たちは、自身の意志で未来へと進んでいく。




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