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嘘つきは安西さんの始まり

お化け屋敷事件

作者: 周防まひろ


 さっそくですが、皆さん、小学校の時どのクラブに入ってました? 

 四年生になると、水曜の五、六時間目辺りを使ってやりだして、授業か遊びかよく分からないアレです。

インドア系なら、室内ゲーム、パソコンに手話、理科、漫画、将棋など。アクティブな体育会系なら、ドッジボール、バスケ、野球、陸上などなど……。

 学校によって違うけど、どこも当たり障りのないものばかりだろう。自分の特技や趣味に合うクラブがあればいいんだけど、どこにも肌に合わないと面倒でしかない。はっきり言えば、帰宅部があったら、ほとんどがそっちを選ぶんじゃないかな。

 ちなみに、これからクラブに入部する予定の人がいたら(いるかどうかは知らないけど)、一つだけアドバイスしてあげる。

 クラブの一覧の中に、おかしな名前があったら、興味本位で入部しない方がいい。横文字だけで実際何をしているか分からないとか、マニアックなものを研究するクラブとか。そこに一度入ったら、一年間もそこにいなければいけない。強制なので、辞めたくても辞められない。経験者だから言えるんだ。

 僕、山ノ辺敦や、親友の仲上龍樹くんと池沢宗介くんも、五年になって少しややこしいクラブに入ってしまったからね。


「山ノ辺、何かいいアイディアはないか?」

「特になし」

「ヒマワリの観察日記みたいな答えだな」

「ないものはないの。入り口から出口まで一本道で、お墓とかお化けの人形を適当に飾っとけばいいんじゃないかな」

「芸がなさ過ぎる。子供にしてはすごい物を作ろうという気概がないのか?」

 とある水曜日の五時間目――僕らは机で向かい合いながら、ある企画に向けて話し合っていた。当クラブにとっての最大案件だ。

 だけど、なかなか妙案は浮かばない。

「こういうのはどうよ? 教室に入るとヘッドホンかけさせて、稲×淳二の怖い話を聞かせんだよ? それとか乗り物に乗せるとかどうだ?」

「そんな予算あるわけないだろ。U×Jやディ〇ニーランドじゃあるまいし」

 僕の無案と、仲上くんの荒唐無稽に、池沢くんはペンを器用に回しながら、ため息交じりに頭を抱えていた。

「だいたいよ、なんで、俺らのクラブがお化け屋敷なんてダセーもん作らねえといけないんだ? てんでおかしいぜ、まったく」

「仲上、おかしいのはお前だよ。僕らは、お化け研究クラブなんだぞ。このクラブは学期ごとに、空き教室にお化け屋敷を作るのが恒例行事じゃないか」

 そう、僕ら三人は、お化け研究クラブなる珍妙なところに所属している。

 僕は、他に入るクラブが全然思いつかなくて、お化けや妖怪が好きという浮ついた理由だけで選んだ。

 エセインテリの池沢くんは、科学クラブ(重要:彼の理科の成績は芳しくない)が第一希望だったものの、人気が集中したために定員オーバーとなり、抽選の結果、落選。第二希望のパソコンクラブ(重要その2:彼の家にはパソコンなんてない)も同じく漏れて、第三希望のこのクラブに難なく決まった。

 熱血バカの仲上くんは、男らしくサッカークラブ(重要その3:僕の知る限り、彼はサッカーが得意ではない)に入るつもりだったが、入部届けの用紙にサッカークラブを選ぶ際、間違ってお化け研究クラブに〇を書いてしまったらしい。

 で、このクラブでは何をするかというと、皆で怖い話をしたり、肝試しをするのだが昼間しか活動しないため、明るい墓地を歩いたりするので、怖くもなんともない。

 そして、お化け研究クラブの一大イベントが、お化け屋敷の制作だ。僕らが入部する前は大人気だったらしく、なぜか先生まで期待している有様だった。ほっぽり出してしまいたいプレッシャーには理由がある。

 大人気のお化け屋敷のオープンまで一週間。にもかかわらず、現場の空き教室は、いまだ手つかずの状態である。

「せめて、六年生さえいればなあ……」

「僕らは人の上に立つタイプじゃない」

「そうそう。むしろ、顎で使われる方が性に合ってる」

 お化け研究クラブには六年生が一人もいない。小学校最後の一年をこんなクラブで過ごしたくないという一つの答えだろうが、当然、五年生である僕ら三人がクラブの看板をしょって立たなければいけない。だが、アイディアが一つも浮かばない上、後輩の四年生達とは完全に馬が合わなかった。

 さっきから教室の端で、ゲラゲラ談笑する一団がいるのだが、彼らが僕らよりも一歳年下には見えなかった。身長が僕らよりも高く、体の大きさは二倍くらいある。一人何か、おじさんみたいな老け顔もいる。女子も居酒屋にいるおばさんみたいに下ネタを連発させては井戸端会議に花を咲かせていた。

「もう頭にきた。俺が言ってきてやる」

 仲上くんがさっそうと彼らに向かっていった。

「おい、お前ら!」

「あ、急になんすか、にいさん?」

 一人の金髪に鼻ピアスの四年生に睨まれ、仲上くんは一瞬ひるんだ。

「君達も何かいい案、ないですかね?」

 震える声で変な日本語で返す彼に、別の四年生(頬にタトゥを施してある)が彼の額をつついた。

「まずさ、おにいさんがアイディア出すもんでしょ。なんで、オレらが考えるわけ? こっちはこっちで忙しいんだよね」

「そ、そうか、そうか。悪かったですな。じゃあ、おにいさんらで考える」

 無様に戻ってきた仲上くんを、僕らは慰めるしかなかった。

 何かの本で読んだのを思い出したのだが、高学年と低学年は程良い上下関係を築きやすいが、あまり年の違わない中学年、高学年は仲が悪くなるという。一年早く生まれただけでは、彼らは着いてこない。

 八方ふさがりの状況で、答えのない大海原に放り投げられた僕らは、まさに藁にもすがる思いだった。いや、できれば浮き輪が流れてきてほしいし、あわよくば救助船が助けに来てほしい。

 僕らの苦境を神様が見捨てなかったのか、ある日、彼女が訪ねてきた。


「こんにちは、お化け研究クラブの皆さん」

「あ、安西! おめえ、どうして、ここに?」

 安西さんがやって来た時、僕らは一層緊張した。安西さんは、僕らと同じクラス、同じ班の女子だけど、普通の子供と少し違う。僕らは、彼女に唆されて軽犯罪の片棒を担ぎ、その結果、共犯者という理由で脅されている。

 安西さんは空き教室の中を眺めるなり、わざとらしく肩をすくめた。

「どうやら、お困りのようね」

「だから、何をしに来たんだ?」

「助けに来たの、あなた達のクラブをね」

 彼女さんは一枚の名刺を渡した。


 ジプシークラブCEO 安西 栞(五年五組)

 ~クラブ活動お助けします~


「ジプシークラブだあ……つうか池沢、ジプシーって何だ?」

「各地を転々と移住する人達のことさ」

「CEOって?」

「意味は最高経営責任者。チーフ・エグゼプティブ・オフィサーの略」

「でもよ、ジプシークラブって聞いたことねえぞ。そのジプシーがうちのクラブに何の用だ?」

「我が、ジプシークラブは今年になって新設されたクラブなの。部員は私一人」

 仲上くんが噴き出すや否や、安西さんの肘鉄が彼の脇腹を殴りつけた。

「活動方針は、他のクラブの援助」

「クラブの援助?」

「まずはこれを見て」

 安西さんは脇に抱えたポータブルタイプのDVDプレーヤーを再生させた。優雅なクラシックのメロディが流れ出し、タイトルが表示された。『ジプシークラブとは』。そして、ナレーションが始まった。

(あなたはクラブ活動で困っていることはありませんか? いまいち活躍の幅が広がらない。認知度が低くてマイナー。部員の数が不足しているなど、問題はありませんか? 当クラブは、そんな皆さんの悩みを解決します)

 そして、ジプシークラブの輝かしい功績が紹介される。

(部員たった一名の超マイナークラブ、百人一首クラブ。ヒット漫画の題材にでもされない限り、全く注目されないような部は、なんと、全国ちはやぶる大会に初出場して、見事準優勝を飾りました。それを陰で支えたのは……)

(ジプシークラブ!)

 表彰状を持つ女子生徒が泣きながら言った。その横で安西さんが映っている。

(六年生二人しかいない鉄ちゃんクラブ。世間の趣味に背を向けて、人間を運搬する鉄の塊に魅了された日陰者の彼らは、今年でできたばかりの最新式リニアモーター新幹線の試乗体験ツアーの抽選で見事当選されました。それを陰で支えたのは……)

(ジプシークラブ!)

 リニアモーターの写真を片手に、うれし涙を浮かべる男子生徒二人が叫ぶ、その後ろに安西さんの姿が……。

 彼女は次々とマニアックそうなクラブの成功例を披露していく。関わった部員のコメントが流れる。

『ジプシークラブが私達の救世主です!』

『最初は詐欺かと疑った自分達が、本当に恥ずかしいです。保証します! ジプシークラブの力は本物です!』

 最後に紹介されたクラブが衝撃的だった。

(普通の児童ならば、絶対に入部しないような超ド級のお化け研究クラブ。その一大イベントのお化け屋敷が一か月満員御礼の大ヒット。もちろん、立役者は……)

(ジプシークラブ!)

 そう叫ぶ六年生には見覚えがあった。去年のお化け屋敷で活躍して、現役の僕らにプレッシャーだけを残していった前任者だ。結局、他力本願だったのか。

「報酬はこれでどう?」

 安西さんは指を三本見せた。

「金を取るのかよ」

「当然じゃない。ただの方が怖いと思わない?」

 入場のノルマは、来場者数リピーターを入れて千人。それ以下なら、報酬はキャッシュバックするというのだ。

 僕達はとりあえず協議した。三千円は安くはないが、あと一週間でお化け屋敷が完成できるかと聞かれたら、全員が首を横に振るしかない。しかも、安西さんだ。もしかすると、千人も客を呼び込むのむ不可能じゃないかもしれない。できなければ、お金も帰ってくるんだし。

「決まった?」

「お願いします」

「毎度あり」

 三人同時に頼みつつ、千円ずつ出し合った。


 僕達が考えていたお化け屋敷の内装を却下された。それは、前後の扉までの最短距離を通路にして、その間に何か怖いお化けに扮した係が驚かす作りだった。

「こんな子供だましで、怖いお化け屋敷ができると思っているの? 怖くないお化け屋敷なんて、辛くないワサビと一緒よ」

 こちらはお金を出しているとはいえ、すべてを否定された気がした。あとは私一人でやると言って、僕らおばけ研究クラブを廊下に締め出した。

 その日からというもの、お化け屋敷の教室は『立ち入り禁止』の札がかかり、大工の人達が山のような部材が運び込んでいった。窓はすべてブルーシートで目張りされ、中を覗く事は出来ない。ヘルメットをかぶった安西さんに途中経過を聞こうにも、秘密だと言われて跳ね返される。

 もっとも、僕らとしては、約束の日にお化け屋敷がオープンすればいいかなと、軽い考えを持っている。 ここはジプシークラブを信じるより他はない。


 時間は光陰矢のごとくとは、どうやら本当らしい。気がつくと、お化け屋敷オープンの前日には、空き教室の入り口には不気味な怪物や包丁を持ったおばさんの絵が描かれている。それにゾンビになった僕らも端にいた。

 赤いペンキの塗られた扉には『明日、恐怖の開館』と札がかかっている。

「安西、本当にできたみたいだな」

「すげえ、まるで本物のお化け屋敷みたいだな」

「さすが三千円払っただけあるね」

 まるで自分達で作ったかのように悦に入っていた。その時、校内放送が流れた。時間は夕方の五時頃。いつもの居残りで遅くなったのだ。

(五年五組の山ノ辺君、仲上君、池沢君。職員室へ来て下さい。原田先生がお待ちです)

 原田先生はうちの担任だ。僕らに何の用だろうか。

「まだ説教でもする気かもよ」

「余計に遅くなる。塾には遅刻したくない」

 だが、職員室で待っていた原田先生から告げられたのは、僕らの予想に反していた。

「君ら、安西を知らないか?」

「いいえ。放課後は見てないです」と言いながら、僕はちらりと机のパソコンを覗き見た。いつものように、オンラインゲームの途中だった。

 三十代前半で小太りの担任、原田先生はオタクだ。ネットゲーム中毒者でもある。教室には先生の趣味でアニメキャラのポスターが壁や天井に貼られ、軽く汚部屋化している。

 今も職場で業務時間にもかかわらず、学年主任の目を盗んでプレイしている。この先生にしてこの生徒。そのせいか、僕らは、原田先生は嫌いではなかった。

「いやな、安西の親御さんから、まだ帰ってきてないって電話があったんだ。ほら、君ら、最近よく一緒にいるだろ? だから何か知っているかと思ってさ。知らないならいいぞ」

 投げやりに答えると、片手でテストの採点を、もう片手でマウスを走らせ、電脳の旅を再開する。おいおい、と呆れながらも、僕は確信を持っていた。安西さんの居場所だ。

「なあ、山ノ辺」と耳打ちする二人。「安西はもしかすると……」

「うん。たぶん、あそこだ」

「君らも早く帰れよ」

 パソコンと答案に目を泳がせながら、原田先生は言った。先生も早く現実に帰った方がいいよ、と心の中で訴えつつ、僕は職員室を後にして、目的の場所へ急いだ。

「あの安西にも心配する親がいるんだな」

 池沢君がそうつぶやくのを聞いた。

 

 安西さんは、やはり、お化け屋敷の中にいるのだ。廊下の端に置かれたランドセルでそう確信した。

 『明日、恐怖の開館』の看板の下に置かれたランドセルには、彼女の名があった。手掛かりはないかと、ランドセルの中を探ったが、筆箱に教科書とノートに交じって、分厚い本が何冊も出てくる。『上手な嘘を作るテクニック』、『完全ペテンマニュアル』、『だまされる方が悪いんや!/なにわの一流詐欺師が教える詐術論』など、小学生が読むには教育上よくない悪書ばかりそろっていた。この本による犠牲者は、決して僕らだけではないだろう。

 僕は携帯で安西さんに電話をかけた。彼女からは、こちらがかける以外は電話するなと禁じられているが、時と場合がある。

 お化け屋敷の中から着信音がかすかに聞こえた。だが、いつまでたっても通話には出ない。きっと、電話を取る事が出来ないのだ。

「安西さんはこの中にいるよ」

「入るのか?」

「電話に出てこないんだよ。きっと、何かアクシデントに巻き込まれたんだ」

「安西に限って、そんな……」

「助けられるのは僕らだけだ」

「山ノ辺、お前……安西に惚れたのか?」

「僕だって行きたくない。でも、助けなかった時の事を考えると……」

「確かにその方が賢明だな」

 僕らは意を決し、お化け屋敷の入口の扉を開けた。


「なんだ、ここは?」

 仲上くんが素っ頓狂な声を上げたのは無理もない。扉をくぐると、四方二メートルの小部屋だった。壁や天井は真っ黒。床にほのかな蛍光塗料の光りが照らすのみ。

 そして、部屋の奥に鍵がぶら下がっている。

「よせ」と池沢くんが止める前に、好奇心に負けた仲上くんの手が伸びていた。

 途端、入口のドアが閉まり、勝手に鍵がかかった。

「ちくしょう! ドアが開かねえぞ!」

 すろと、壁にかかったスクリーンが光りだし、仮面の怪人が映し出された。背格好からして、安西さんだろう。

『ようこそ、恐怖の館へ。鍵を取った諸君はすでに退路はない。館のどこかにある出口を探し出し、その鍵で外へ出るのだ。忠告しておく。空飛ぶ人さらいには用心せよ』

 そして、スクリーンは消えた。

「空飛ぶ人さらいって何?」

「きっとこけ脅しだろ。早く行こうぜ」

 仲上くんが率先して、前方のドアを開けた。すると、その先には同じ部屋があった。四方の壁と天井と床の六面にドアがある。

「きっと、俺らをかく乱しているだけだ。男なら直進だ」

 そう宣言して、リーダーの仲上くんに従って、ドアを開けては進んだ。同じ部屋を通り続ける。だが、いくら歩いても出口が見えてこない。しまいには、最初の小部屋に戻っていた。息の切れた仲上くんが床にへたり込んでしまった。

「どうなってんだよ……このお化け屋敷はよ。悪いけど、リーダー交代するぞ」

 いち早く名乗り出たのは、三人組の頭脳、池沢くんである。

「このお化け屋敷は迷路だ。闇雲に歩いても無駄なんだよ。こういう場合は壁に左手を置いて進めばいい」

 僕らは彼の言う通りにした。池沢くんが自信ありげに言うには、『左手法』と呼ばれるこの方法ならば、時間はかかるが迷路のゴールに辿り着くというのだ。

 池沢くんは颯爽と左のドアを開けた。いきなり、大きな怪物が飛び出し、白い煙を噴射させる。絶叫を上げた彼は腰を抜かしていると、スクリーンが点灯し、仮面の怪人が再び現れた。

『小細工を試みた間抜けな冒険者よ、そっちは壁だ。先が思いやられるぞ! 左手を壁に添えていたら出られる迷路と思うな』

 甲高い笑いを残して、怪人は消えた。

「右手で行こう」

 池沢くんは僕らの後ろから歩いた。名ばかりリーダーだ。

 しかし、この方法も同じだった。今度は入口の部屋に三回ぐらい戻っていた。

「こうなったら、三手に分かれて進もう。そして、自分の入った部屋に目印を置いていく。そうすれば、きっと出口に辿り着けるはずだ」

 鍵は僕が持つ事となった。文字通りのキーマンだが荷が重い。とりあえず、僕は向かって右のドアを、背の高い仲上くんは天井のドアを、池沢くんは床のドアを開けた。

 さっきのように恐ろしい人形が出てくる事もなく、僕は同じ小部屋に入った。池沢くんの指示通り、番号を入れたノートの切れ端を部屋の中央に置いた。この作業を続けていけば、同じ部屋に戻ったらすぐに分かるはずだ。

 さて、次はどのドアをしようか? 天井と床の部屋は二人に任せるとして、右の次は左か? いや、続けて右というパターンもありうる、それかまっすぐか……。

 その時――。

「うあぁぁぁっっ!」

 誰かの悲鳴が上がった。あの声は……池沢くんだ! 

 僕は小さい頃から鈍感なのか、遊園地でもお化け屋敷には一人で入ったこともある。そこに出てくる幽霊や妖怪なんて、アルバイトのお兄さんか、ホコリのかぶった人形だと分かっていた。

 このお化け屋敷だって、よく出来てはいるけど、怖いかどうかは微妙だな。

 とりあえず、前方の部屋に入った。壁にスクリーンがあったので、最初の部屋に戻ったのかと思ったが、どうやら別の部屋のようだ。目印を置いた直後、スクリーンに何かが映し出される。

 どこかの墓地。墓石が盛り上がって、地中から手が突き出す。中から出てきたのは安西さんだ。白装束を着て、頭には三角筋を乗せている。ベタな幽霊だ。

 墓から抜け出してきた幽霊役の安西さんがこちらを向いた。スクリーンに向かって走ってくる。少し怖いと思った。お化けではなく、安西さんの方だが。彼女の顔が画面一杯になった。スクリーンを突き破って、何かが飛び出してきた。

 僕は悲鳴を上げた。安西さんに似た人形はケタケタ笑うと、スクリーンの裂け目に戻った。

 正直、びっくりした。うん、お化け屋敷としては成功だ。後は、本人を見つけ出せばいい。

「安西さん!」

 声に出しながら、僕は次の部屋に移る。そこで何かを発見した。部屋の隅に何かが落ちている。安西さんのスマホだ。僕の着信履歴が残っている。やはり、彼女はここにいて、何かが起きたのだ。

 他人の持ち物を盗み見るとのは良くないが、この時、僕はつい気になって、安西さんのスマホを見てしまった。画像には、他の生徒のカンニングや万引きの現場など悪事が映し出されている。どれも本人達は気がついていないので、隠し撮りだろう。彼らを操るための材料に違いない。

 僕は画像をスクロールしていく、彼女を逆に脅迫できそうな、裸の自撮りとかないか探してみた。

 ふと、一番古い画像に手を止めた。撮影されたのは、七年前ぐらいのものだ。制服を着た男の人と、その手にだき抱えられた幼い女の子、その横に立つ女性。女の子には安西さんの面影があった。似ているのは顔立ちだけで、今のふてぶてしさや不敵さは嘘のようにない。この頃はまだ、“覚醒”していないのかと思った。

 制服姿の男の人は、飛行機の機長のようだ。後ろに旅客機の横腹が映っている。安西さんと両親だろうか。何百枚ある中で、家族との写真は一枚だけだった。

 夢中になっていた僕は、天井の音に頭を上げるのが遅れた。

「山ノ辺!」

 仲上くんが床に着地するや否や、僕の手を強く引っ張る。

「どうしたの、さっきの悲鳴は何?」

「池沢だよ。あいつに誘拐されたんだ!」

「あいつ……?」

 有無を言わさずに、適当なドアの向こうに隠れた。すると、彼が出てきた天井のドアから、黒いマントの塊が降り立った。隙間からのぞくそいつの顔はドクロである。

 ドクロは周りを警戒しているようだが、その動きはぎこちない。

「何なの、あれ?」

「知るかよ。あいつが急に出てきて追いかけてきたんだ。きっと、池沢も――」

 その時、仲上くんの携帯電話が鳴り響いた。アニメソングだ。どうして、マナーモードにしていないのかととがめる前に、彼は電話を取った。

「里麻か、どうした? えっ、母さんが早く帰って来いって。晩御飯が出来たのか? 分かったよ、早く帰るからさ」

 仲上くんの妹、小学二年の里麻ちゃんからだ。彼に似て勝気でハキハキしている。だが、今の状況の晩御飯どころではないと思う。

 黒マントがこちらを向いていた。逃げる間のなく、ドアが勝手に開いて、あいつが入ってきた。

 僕は足が笑っていて動けない。黒マントからあらわになる骨の手が伸びる。金縛りになった僕を、誰かが突き飛ばした。おかげで怪物から逃げられたが、頭を壁に打ってしまった。相手は仲上くんだった。

「お前だけでも逃げろ」

「仲上くん」

「ここを出たら妹に伝えてくれ」死亡フラグ一杯のほほ笑みをこぼしながら、彼は言った。「昨日のお菓子のケーキ、お前の分を食べたのは俺だと」

 カッコいいとは言えない最後の言葉を飲み込み、「うん」と答えた直後、黒マントに抱きかかえられる形で、親友は別の部屋へと消えていった。

 一人残されたのはもう僕だけだ。

 仲上くんには悪いけど、彼らを見捨てて一人で逃げるより、ここで野垂れ死にする方が簡単な気がして仕方がない。どうせなら拉致される前に、出口の道順とか脱出の方法とか教えてくれたらよかったのに……。

 とりあえず、黒マントが安西さんや二人を誘拐した黒幕なのは間違いない。あいつの行き先に必ず、皆がいる。皆は、僕が助けに来るのを待っている……わけではないのだが、やはりここは義務的に助けるべきなのだろう。

 僕はあいつが去って行った方の部屋に向かったが、当然、姿はないのでどこへ逃げたのか分からない。

 そうだ。仲上くんの携帯電話を使おう。だが、かけてみたが、『お客様のかけた御電話は電波の届かない場所にいます』と出た。池沢くんも同じだった。電波の届かない所にいる三人をどうやって見つけ出せばいいのだろうか?

 その時、僕は床に落ちている小さな屑を見つけた。拾い上げたそれは、パンの切れ端だった。パンくずは転々と落ちている。

 そう言えば、今日の給食はパンだったのを思い出した。きっと、仲上くんが落していったのだ。彼はご飯派なので、パンの日は必ず残す。おじいさんが農家をしているからという理由だが、ただ好き嫌いなだけである。

 とにかく、このパンくずを辿っていけば、彼らの居る場所に着けるはずだ。僕はパンの落ちている方向に歩いた。ドアからドアを抜け、いくつも部屋を通るが、呆れるほど同じ部屋ばかりだった。

 昔、六面体の密室ばかりある空間に人が閉じ込められるみたいな、ホラー映画を観たのを思い出した。今の自分もこんな感じだ。

 あの映画は、ラストはどうなるんだったか?

 パンくずはある部屋の中央で途切れていた。そして、天井のドアが開いたままだ。この上の部屋に皆が閉じ込められているに違いない。

 僕は意を決し、上の部屋に登った。運動神経の駄目な僕だが、今はなぜか恐ろしいほど、体が軽かった。

 上の部屋は少し広い空間だった。童話に出てくる魔法使いの家みたいだった。部屋の奥に暖炉があり、天井から怪しげな人形はつられている。

「山ノ辺!」

 僕を呼んだ仲上くんは池沢くんと一緒に、小さな檻の中に入れられていた。安西さんの姿はない。とにかく二人が無事でよかった。

 僕は急いで檻を開けようとするが、鍵が掛かっている。

「早くしないとあいつが戻ってくる」

 余計なことを言われ、僕の手は余計に震えた。プレッシャーと時間がないというフレーズに弱い。あいつはこのお化け屋敷の主だ。安西さんもあいつにどこかへ連れて行かれたんだ。だからお化け屋敷なんてやめておけばよかった。

 その時、後ろから物音がした。振り向くと、あの黒マントが立っていた。だが、動く気配はないようだ。

 僕はゆっくりと鍵を回し、音を立てずに牢屋のドアを開けた。

 あいつはじっとしたままだった。きっと、人の声や音に反応するのかもしれない。この調子で逃げていけば、追いかけてこないかも。

 そう思った矢先、また仲上くんの携帯電話が鳴った。

「は、帰りに醤油を買って来いだ? マヨネーズも? ああ、分かったよ! 晩飯までには帰るから。いちいち電話してくるなよ!」

 よりにも寄って、彼は怒鳴るように話すものだから、案の定、黒マントは眼を覚ましたように動き出した。ぎこちない動きで手を広げながら、僕の方へ向ってくる。

 間一髪で横に逃げたのはいいが、黒マントも方向転換して迫ってくる。

 僕は咄嗟にランドセルを投げつけた。休み時間や体育の授業でやるドッジボールではイの一番に外野になるので、ボールを投げる機会はない。けれど、この時ばかりは見事に、黒マントの顔面にヒットした。黒マントの動きが止まった。

「やったぞ、山ノ辺」

 いつの間にか、仲上くんと池沢くんは檻から脱出していた。僕がつかまっていたら、彼らが助けてくれたかは定かではない。ともあれ、元の三人に戻ったので安心した。

 部屋の隅で倒れている安西さんを起こそうとするが、反応がない。

「安西さん、大丈夫? ねえ、目を覚まさないよ」

「気を失ってるんじゃないのか」

「おい、山ノ辺、キスして起こせよ」

「罰ゲームだよ、それ」

 そうこうしていると、安西さんが目を覚ました。

「いけない。寝過ごしてしまったわ」

 彼女は僕らを見ると、意外そうな目を向けた。

「あなた達、私を探しに来たの?」

「早く帰ろうぜ。腹減った」

 仲上くんの言う通り、時間は門限より一時間も過ぎている。きっと、家族はカンカンだ。安西さんの両親も心配しているに違いない。

 初めて聞いた彼女の感謝に、僕は恥ずかしくなった。他の二人も満更でもない。

「お化け屋敷、成功するかな?」

「私を信じて」

 安西さんは歯を見せて、明るく笑いかけた。あの写真と同じだ。これが本当の安西さんなんだと、僕は思った。

「ねえ、あなた達……」

 正門前で安西さんが呼び止めた。前髪をかき分けた素顔をこちらに向ける。

「ありがとう」

 自分の言葉に恥ずかしくなったのか、急に顔を伏せながら無言で走り去った。

「イイ……」

 池沢くんが変態の顔をした。仲上くんも漢を捨てた男の笑みを漏らした。

「おれ、安西を見直した。やっぱ、あいつも女子だよな」

 その晩、安西さんが夢に出てきた。別れ際に見せてくれた眼差しが覆いかぶさってくる。

 翌朝、オネショでもないのに下着が湿っていた。


 お化け屋敷オープン当日。お化け屋敷の前には長蛇の列ができていた。満員御礼のうちに数日間でリピーターが続出するほどの大ヒットとなった。

 後輩というものは勝手なもので、活況になるや否や、四年の連中は僕らを尊敬し始めた。僕達は安西さんに感謝していた。三千円の出費も浮かばれるというものだ。

 しかし、数日にわたるお化け屋敷が閉館した後、真の悪夢が待っていた。

「何これ?」

 安西さんが差し出した一枚の紙は、請求書だった。請求主は株式会社《裏飯屋》。された側は、お化け研究クラブ代表者三名。つまり、僕らである。

 ちなみに、株式会社《裏飯屋》は、京都では有名なお化け屋敷制作会社らしい。

 請求額は、目玉が飛び出る額だった。額面は言わないけど、『悪霊妖怪大図鑑』(『悪霊妖怪大図鑑』事件参照)が一ダースは買えそうだ。

 安西さんはこの会社に依頼して、お化け屋敷を作ったのだ。

「こんなもん、なんで俺らが払わないといけないんだよ!」

「あなた達が依頼したからよ」

「お前がジプシークラブとか言ってきたからだろ」

「ジプシークラブ? 何それ? 私は家政婦クラブに入っているのよ」

「まさか!」

 池沢くんは、我が校のクラブの一覧表を観て、今度こそ悲鳴を上げた。

「ない! ジプシークラブはもちろん、百人一首クラブも、鉄ちゃんクラブも。どれも最初から存在しなかった。謀ったな、安西!」

「じゃあ、あの宣伝も……」

「全部、他の写真を合成して作ったの。それらしい掛け声も添えてね」

「どうしてそんな手の込んだマネをするんだ?」

「実は、私はこの度、この会社に新作のお化け屋敷の設計を提案したの。建造費はこちらの負担で。もしも、手ごたえがあれば、正式に採用する約束になっていた。報酬も倍で。まあ、提案者はあなた達の名前を使ったんだけど」

 当たり前のように言う安西さん。罪悪感のかけらもない。

「で、私が半分折半して、もう半分は、高校生に年齢詐称したあなた達がお化け役のアルバイトをする。ひと夏手伝えば、完済できるから安心して」

「ふざけるんじゃねえ!」

 仲上くんが男らしく吠えた。

「これ以上、てめえの勝手にはさせねえぞ!」

 やっと、覚醒した友人が僕らには大きく見えた。

 そして、数か月後――。

「わあッ!」

 客のカップルが通り過ぎるタイミングで、さらし首になった僕が驚かせると、女性は悲鳴を上げた。

「んだ、コラッ!」

 DQN風の彼氏がここぞとばかり格好つける。頭に包丁が刺さった仲上くんもそうだし、井戸から顔を出す池沢くんも恫喝された。

「おれ達の夏が終わっていく……」

「いいさ。自由研究はお化け屋敷にしよう」

「共同で出そう」

 次の客に備えてスタンバイしながら、僕は心の中で固く決意した。

 六年生は、絶対に違うクラブにしよう。

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