第001話 VRMMO始めます
はじめまして。よろしくお願いします。
「なあハル、VRゲーム欲しくないか? いま世間で大好評、本運用が開始してまだ三ヶ月のフルダイブ型のVRMMO『ジェネシス・プロジェクト』、通称『ジェプロ』だ」
わたしの名前は橘ハル。この春に中学二年生になりました。
「開発に5年、制作費42億の大作で、現在、なんと世界18カ国でプレイされている。この手のVRゲームで、世界同時発売はかなり珍しいんだ。国産ならではの……」
それから、こんなゲームのCMみたいなことを言っているのが、わたしのお父さん。ブラウンヘアーの似合う結構イケメンさんで、友達も「ハルのお父さん、かっこ良くて羨ましい」なんて言ってくれる、いつもは自慢のお父さんです。
「自律型判定プログラムだからこその圧倒的な自由度。冒険するも良し、住人とのコミュニケーションを楽しむも良し。ハルの好きな牧場経営みたいなことだって……」
今日は四月の第二日曜日。クラス発表も始業式も最初の授業もひと段落して、ちょっと落ち着いた休日の午後です。
新しいクラスメイトにはまだ休日に遊ぶような相手はいなくて、いつも遊んでる小学校からの友達三人は部活の新入生勧誘の準備に忙しく、帰宅部で予定がなかったわたしがリビングで携帯ゲームをやってたところに、お父さんが話しかけてきたわけです。
「最新モデルのVRギアとフルダイブ型で要求スペックを厳しくしたことにより、ハイレベルでの感覚の再現している。あ、もちろんソフトだけじゃなくてVRギアもあるぞ、最新モデルの……」
ただ、そんなお父さんのいつもは凛々しい眉毛が最近ヘンニャリしています。ヘンニャリの原因はお母さんで、この謎なトークはその解決に協力しろとの要請であり、報酬の交渉なのでしょう。
「プレイしたユーザの内98%が、これまでのVRゲームよりリアルな世界を実感できているというアンケート結果もあって……」
お父さんとお母さんは大学の頃に出会った恋愛結婚で、いまでもすごいラブラブなんですが、ラブラブ過ぎてお母さんがよく焼きもちを焼いちゃうんです。
今回も、お父さんのデバイスに女の人からの着信があったそうで、お母さんがお怒りモードなのです。今もリビングとつながってるキッチンで「ぷんぷん」と怒ってるぞオーラを出しています。
「ハル、聞いてるか?」
ごめんなさい。
あんまり聞いてませんでした。
「あれ?」
そういえば弟のナツもゲームが好きで、前に『ジェプロ』の話を聞いたことがあります。たしか、最新モデルのVRギアが必要で、それが10万円以上もする上に、『ジェプロ』の人気のせいで品薄になってるから買いたくても買えないのだとか。廉価版のVRギアが出る夏までは我慢するって言ってました。
「ナツの分のVRギアもあるの?」
ナツはわたしの一つ下で、この春に中学生になりました。昔は「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とか言って可愛かったんですが、最近は背が伸びたせいかすっかりナマイキになってしまいました。わたしだけがお父さんから最新モデルのVRギアを貰ったら、ナツの「姉ちゃんだけずるい」の叫び声が、家中どころか町内中に響き渡りそうです。
「ん? ああ、もちろん。それに最新モデルのVRギアと『ジェプロ』のソフトだけじゃなく、プレミア特典も付いてる」
「プレミア特典?」
「マスコミとか関係者に配る『ジェプロ』同梱版のVRギアには、ゲーム開始時にスーパーでレアなアイテムをランダムで1つ手に入る特典がついてるんだ。何が出るかは運しだいだけど、ハルは運が良いから良いもの出ちゃうんじゃないか?」
たしかにわたしは運が良いのです。自分でもそう思いますし、他人からもよく言われてきました。なにしろ、商店街の福引では一等を過去3回も出してますし、当たりが無いと言われた縁日の夜店のクジからも当時最新のゲーム機を当てたことがあります。
でも、小学校のときに弟のナツやクラスの子たちに散々「ずるい」と言われてから、わたしは自分の運の良さをできるだけ目立たないようにしています。
別にそんなに深刻なことではないのですが、「ずるい」と言われてもわたしにどうにかできることじゃないですし、言われ損な気がするのです。
まあ、それはさておき。
「よくそんなのが2つも手に入ったね」
「ま、まあ、それしか転がってなかったというか。あ、いや、会社の関係でちょっとね」
お父さんは、普通の会社に勤める普通のサラリーマンだったはずなんですが?
「ふぅん……。じゃあやってみようかな」
実は前にナツから『ジェプロ』の話を聞いたときから興味はあったんです。
「そうか! あと、その、母さんのことなんだけど……」
「わかったよ。わたしからもお母さんに言っておくから。でも、お父さんがもっとハッキリ言えば済む話だと思うんだけど……」
そうなんです。お母さんのヤキモチは今に始まったことじゃなくて、いつもはお父さんがもっとハッキリ説明して「サクラさん愛してるよ!」なんて言えば、すぐにラブラブな二人に戻ると思うのですが。
「いや、その、ちょっと会社の企業秘密がコンプライアンスの機密に関わるデリケートな問題でね。あの電話も、その、ハニートラップ的な。……その、もちろん父さんに後ろめたいことなんて何もないぞ」
まぁ、このお父さんが浮気なんて、槍の雨が降るよりありえないですけどね。
「じゃあ、父さん明日VRギアを持って帰ってくるから」
そんなわけで、わたしはVRMMO『ジェプロ』をやってみることになったのです。
お読みいただきありがとうございます。
社会人になりTRPGやMMORPGなんかをする時間が取りにくくなり、長いことゲームや小説を読んで消化していたんですが、自分でも書いてみたくなって拙い文章ですが投稿してみました。
書いては消しての繰り返しで、二話目がいつになるかわかりませんが、また読んでいただけたら嬉しいです。