僕の薔薇
とある劇場にて。
「私、あんたの恋人役なんて嫌なんですけど」
一人の女が冷めた視線を台本に送った。
「俺だってやだよ」
そう言って顔をしかめる男は、とても複雑そうなお顔。ただし台本は、ばっちいと言いたげに指でつまんでいる。
「てかこの台本が気持ち悪いのよねー」
「だよな。おい、脚本家呼んでこい!」
ふたりの心はひとつになった。
さあ、脚本家をぶちのめ…
「真面目にやれ!」
「…ハイ」
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「えへへ、ありがとう」
君は笑う。僕が渡した真っ黒な薔薇を大事そうに握りしめて。
毎日一輪ずつ、花をあげよう。
僕の気持ちを込めた、真っ黒な薔薇を。
君の手首には僕が贈った腕輪。君の手首で黒薔薇の飾りが揺れるたび、僕の胸に仄暗い喜びが浮かび上がるんだ。
美しい僕の薔薇。君の可憐な美しさは、甘い香りは多くの人を惑わせる。
ほら、今日も君を狙う害虫がやってきた。君の手を取り、愛を囁き、奴の温室に誘う害虫。
君は優しいから断れなくて、いつも困ったように微笑んでるね。だけれど君は、自分の手首を見て思い出すんだ。
君が誰の花なのかを。
君が断れば、害虫は肩を落として去っていく。
「ローズ」
声をかければ、君は笑顔の花を咲かせる。
「君に薔薇を」
「ありがとう」
君は笑う。のんきに笑う。
これで999本目の薔薇。僕の気持ち。
離れていくことは許さない。
今も、この先も、来世でも。ずっとずっと僕のそばにいるんだ。
ああ、僕の愛しい薔薇。
あくまで君は僕のもの。
「あー、やだやだ。私、あんたとずっと一緒にいるくらいなら死んだほうがマシだわ」
黒薔薇をペイッと投げ捨てた女は、劇中で可愛らしい笑みから一変して不機嫌そうに吐き捨てた。
「俺だってゴメンだぜ」
そう言いながらも、男はやっぱり複雑そうなお顔。
色男が台無しです。
女は台本をゴミ箱に投げ捨て、劇場から去っていく。その背中を見ながら、男はぽつりと呟いた。
「…やっぱり受け取ってくれねぇよな」
拾い上げた黒い薔薇は、一部塗料が剥がれて赤色を覗かせていた。